第10話
ナリーンと明日の約束をして別れたあと、オレは”人をダメにするダンジョン”で体調を整えようとした。
しかし、何度試しても”人をダメにするダンジョン”には入れず、仕方なくログハウスで一晩を過ごした。
幸いなことに体調は元に戻ったのだが、
いざと言うとき”人をダメにするダンジョン”の風呂と果実を頼れないのは厳しい。
カルトアとの話が済んだら、最優先でポケットを直そうと心に誓った。
ダンジョンの出入口から外を覗くと、そこには既にナリーンが居た。他のゴーストが見当たらないところを見ると、ナリーンか、彼女の両親が説得してくれたのかもしれない。
「ナリーン」
オレはナリーンに声をかけ、グーちゃんとキャリイを引き連れて外に出る。
「としのぶおじちゃん!」
驚かせ無いように声をかけたのだが、それでもナリーンはちょっと驚いた様で、胸に手を当てている。
「驚かせちゃったか」
「んーん、全然平気!」
手をパタパタ振り笑顔を見せるナリーン。 もし自分に娘が出来たらこういう子が良いなぁ、とか本気で思う。
「今日は他の人たちは居ないんだな」
「お母さんたちが押さえてくれてるの」
お母さん、たちか。
こういうこときは女のが強いのかも知れない。
「でも、どうなるか分からないから、合流したらすぐ移動して、だって」
ナリーンに先導され工房地区への道を進む。途中ナリーンの母にぶちのめされてるゴーストの一群とナリーン母を必死で取り押さえているナリーン父を見かけた。
う~ん、逞しい。
オレも嫁を貰うならああいう逞しいタイプにしよう。
楽そうだし。
「そう言えば、ナリーンはどうしてカゴニサ……下の街に居たんだ?」
ナリーンの両親はこの場所に縛られていた。そんな状況で、なぜナリーンだけ90キロも離れた場所に居たのか……
「お人形さんが魔物に持ってかれそうになって……それで慌てて掴まったら、下まで運ばれちゃった」
人形って、あのビスクドールか。と言うことは、あの人形に取り憑いてたってことかな?
「だから下に居たのか……」
「うん。少しは動けたから自分でも帰ろうとしたんだけど、魔物が沢山居て一人じゃ無理だったの。だからおじちゃんが来てくれて良かった!」
にっこり笑うナリーン。
思わず、その頭を撫でてしまう。
照れ臭そうに肩をすくめたナリーンが、不意に真顔になり立ち止まる。
「この先の角にある青い屋根のお家がカルトアさんちだよ」
ナリーンが目的地の一区画前から前方を指差す。
これ以上近づくとカルトアの影響が出るらしく、ナリーンのガイドはここまでだった。
「ありがとう、ナリーン。助かったよ。お母さんたちにも宜しく言っといてくれ」
オレが頭を撫でるとナリーンが擽ったそうに首を竦める。そしてオレを見上げると
「としのぶおじちゃん気を付けてね。カルトアさんは昔はいい人だったけど、今は怨念の塊になっちゃてるから」
「わかった。ちゃんと気を付けるよ」
オレの返事にコクンと頷くと、ナリーンは来た道を駆け足で戻っていった。
カルトアの工房は、ミアータの工房と違い小ぢんまりとした普通の一軒家に見えた。通りから見える庭は荒れ果てているものの、とても三千年前から放置されていた様には見えない。
いったい、どんだけ高度な技術が使われていたのだろうか?
玄関のドアは壊れていたが、これは風化に依るものでは無く、ミアータの家同様、襲撃者に破壊されたものだろう。
グーちゃんの本体を通りに残し、オレはドローンとキャリイを伴って家のなかに足を踏み込んだ。
埃だらけの短い廊下を抜けると、八畳ほどのリビングに着く。
テレビらしきものを囲む様に配置されたされたソファー、壁には暖炉があり、写真立てが並んでいる。
その一つを覗き込むが、肝心の写真が入っていなかった。
「デジタル写真立てみたいなもんかな?」
その内の一つを手に取ると、不意に表面が明るくなり、画像が映し出された。
そこには、初老の男と簡素な部屋着を来たエリーザベトが映っていた。
不安げな表情で男に縋りつくエリーザベトと慈しむように彼女の肩を抱いている男の姿が。
この男が恐らくカルトアだろう。
「親子みたいですね……」
脇から覗き込んでいたキャリィが呟く。
「お前を見てるときのミアータ爺さんもこんな感じだったぞ?」
「そうですか……お話しできなかったのが悔やまれます……」
そういって羨ましそうにフォトスタンドに視線を戻す。
キャリィは同じ人形として思う所があるのかもしれない。
それが何なのかは分からないが、ミアータ爺さんとの約束もあるし、彼女の行く末はしっかり見届けようと思った。
リビングを離れ奥の部屋に向かったが、そこはベッドが一つあるだけの簡素な寝室だった。
小さなサイドテーブルとその上に風化したランプらしきものが転がっている。
「寂しい部屋だな……」
そこは本当に寝るためだけの部屋の様に見えた。
自分が住んでた安賃貸マンションの事を考えると、ある意味贅沢な部屋の使い方と言えなくも無いが、出来ればご免こうむりたい。
「トシノブー! なんか地下への入口があるよー!!」
リビングで別れたグーちゃんがふわふわと漂ってきて頭の上にとまった。
「工房か?」
「多分そう。地上階の他の部屋は書斎とキッチンと食堂だったけど、カルトアは見当たらなかったー」
地下が本命か……
逃げ場所は無いだろうから、いつでもダンジョンに入れるよう心がけておこう。
ポケットダンジョン放浪記 芋窪Q作 @imokubo
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