第9話

『……どうして……どうして俺たちを殺した……』


 オレたちを囲んでいるゴーストは、見た感じ一般市民の様な格好をしていた。

 恐らく、この場所で行われた虐殺の被害者たちだろう。

 殺傷力が無いテーザーガンとは言え、銃口を向けるのは気が引ける相手だった。


「何か勘違いしてる様だが、オレたちはあんたらに危害を加えたことは無いし、今後加える気も───」


 不意に正面にいた男のゴーストが、滑べる様に突進してきた。

 咄嗟に避けたのだが、半身にめり込む様にゴーストが通過していく。

 その途端、ゴーストの通過した部分から力が抜け、その場に転がってしまった。

 慌てて周りを確認すると、他のゴーストも動きだし、オレたちを囲む範囲を狭めて来ている。


 どうやら聞く耳は無いらしい。


「グーちゃん!」


 オレはポケットに手を入れながらグーちゃんに呼び掛ける。

 それだけでオレの意図を理解したグーちゃんはゴーストが見えずに戸惑っているキャリイを触腕で担ぎ上げると、すぐさまオレにぶつかってきた。

 グーちゃんが接触した瞬間、オレは”オンジのダンジョン”に逃げ込んだ。


「トシノブ大丈夫ー?」


 グーちゃんが、キャリイを地面に下ろしながら聞いてきた。


 オレは自分の体を見回す。

 外傷らしい外傷は見当たらない。敢えて言えばグーちゃんがぶつかった箇所が青くなってるくらいだろうか。

 問題はえらく身体がダルいのと右足が痺れてて感触が無いこと。

 恐らくゴーストの接触が原因だろうが、ナリーンの時とは違い、ごっそり何かを持っていかれた感じだった。


「すまん、良く分からんが起き上がれん。キャリイ、手を貸してくれ」


 キャリイは慌ててオレに近寄ると、脇に手をいれ上半身を起こし、そのまま支えてくれる。


「ありがとう」


 キャリイに礼を言うと、目の前の人面樹を見上げる。


「オンジ、何が起こったかわかるか?」


「トシノブ殿に起こったことなら、恐らく生命力を奪われたのじゃろうな。しっかり食事を取って一晩休めばすぐに元に戻るじゃろう」


「襲ってきたのは……」


「分からん。トシノブ殿やキャリイ殿が武装したからかも知れんし、単に彼らの活動時間になっただけかもしれん」


「つまり、何も分からないと……一度、ここで起こったことを調べる必要がありそうだが……」


「難しいねー」


 グーちゃんの言葉に頷く。


 調べると言っても、今日村を見て回った感じだと文献類は期待できない。

 そもそも突然襲われた人々が日記を残すことなどあり得ないだろうし。


「ゴーストと話が出来れば良いんだが、さっきの感じだと難しそうだよなぁ」


「ミアータ殿の様に話が出来るゴーストも探せばいるかも知れんが、トシノブ殿を行かせるのは危険じゃろうな。グーちゃんは図体がでかくて民家の中を探るのは難しいし、ドローンだといざという時心許ない」


 自然と視線がキャリイに向く。


「私……ですか?」


「頼めるか?」


「行くのは構わないのですが、私にはゴーストが見えないので……」


 だよな。


「オンジ、キャリイ用にグーちゃんに渡したリングを頼めるか?」


「う~む……あのリングはグーちゃんの性能ありきで拵えたものじゃからなぁ……」


「どういうことだ?」


「グーちゃんには接触振動で情報をやり取りできる機能が有るんじゃ。ワシはリングを通して見た情報をグーちゃんに分かる視覚音声データとして直接伝達してたんじゃよ」


「つまりキャリイにはその機能が無い、と……」


「グーちゃんとミアータ殿の口論から推察するに、キャリイ殿のボディは限りなく人間に近い。グーちゃんの様な真似はできんじゃろうな。もしかしたらワシがトシノブ殿とやっているリングを通した精神感応が出来るかもしれんが……」


 心があれば、という話か。


 確かキャリイはグーちゃんの世界の技術と、この世界の技術のハイブリッドという話だった。だからこそキャリイにグーちゃんの人格をインストール出来たわけだし。だが、それ故にキャリイにも心が無いって事か……


 となると、何とかミアータ爺さんの所へ戻って話を聞くしかないか?

 や、まてよ? 爺さん、満足げに成仏してた様な……?


「打つ手無しか……」


 ダンジョンに居たまま移動出来れば、話が出来そうなゴーストを探すことも可能なのだが、残念ながらポケットダンジョンにその機能はない。


 取り敢えず外を覗いてみて考えるか……流石にまだゴーストたちは散って無いだろうが、状況確認はしておきたい。


 オレはキャリイに肩を借りて出入口のもやもやから外を覗いた。

 

 予想通り、外にはまだゴーストたちがうろつき回っている。だが、その中に見慣れた小柄な姿を見つけた。


「ナリーン!」


 もやもや越しに名前を呼ぶと、ナリーンがキョロキョロと辺りを見回す。

 オレは手だけダンジョンから出すと、ナリーンの頭の上に乗せ、そのままダンジョンの中へ飛ばした。


「としのぶおじちゃん!」


 ナリーンが飛びついてくる。

 

「ナリーン、成仏したんじゃ無かったのか!?」


「成仏……?」


 ナリーンがキョトンと首を傾げた。


 あー……そういや成仏は仏教用語か、仏教の無い世界では流石に伝わらないようだ。


「ん~~~……昇天?」


「ああー、そういう意味かぁ、んーん、ナリーンはまだしょうてんできないの。パパとママが動けないから」


 パパとママが動けないってことは、まだ何か未練があるってことなのかな?


「ナリーンのパパとママはどうして動けないのかな?」


 オレの言葉に、ナリーンからどろりとした黒いもやが吹き出す。

 

「……パパとママは城主とベスに恨みを晴らすまでは動かないって……」


 ナリーンが圧し殺す様な低い声で呟く。


「ナリーン……」


 ポンポンと頭を撫でると、ハッと我に返るナリーン。

 

「……ごめんなさい……」


 泣きそうな顔で項垂れる。

 その頭を撫で続けると、ナリーンは無理やり作った様な笑顔を向けてきた。

 慰めるつもりが、逆に気を遣わせてしまったらしい。


「ごめんな、辛いことを聞いちゃって」


「んーん、わたしこそごめんなさい。としのぶおじちゃんは違うって言ったのに、みんな聞いてくれなくて……」


 どうやらナリーンはゴーストたちを止めてくれてたらしい。


「そっか……ありがとう、ナリーン」


 オレがくしゃっとあたまを撫でると、ナリーンはくすぐったそうに身をすくめた。


 ナリーンは幼いせいか、ギリギリ理性を保っているように見える。もしかしたら、下から連れてきたことに感謝してるからかも知れないが。


「……ベスは泣いてたの……泣きながらみんなを殺して回ってた……」


 ベス……?

 城主と同じく怨まれてると言う人か……

 もしかして──


「ベスっていうのは、エリーザベトのことか?」


「おじちゃん、ベスのこと知ってるの!?」


 ナリーンか驚いた様に顔を上げる。

 やはり、エリーザベトさんがベスらしい。

 しかし、彼女はそんな虐殺をするようには見えなかったが……


「……森で魔獣に襲われたときに、そのベスさんに助けて貰ったんだ」


「……そっか、やっぱりベスは優しいままなんだね……」


「ナリーンはベスさんと知り合いなのかい?」


 ナリーンは悔しげに俯く。


「ナリーンはベスのお姉さんだったの……お姉さんだったのに止められなかった……」


 ん? ナリーンがお姉さんなのか?


「ベスは、見た目はお姉さんだったけど、生まれたのはナリーンより後だって、カルトアさんが言ってたから……」


 ……やはりエリーザベトさんもキャリイと同じく人形だったみたいだな。

 しかも、ナリーンが生きていた頃には、既に起動してたらしい。


「カルトアっていうのは?」


「ベスのお父さん。人形屋さんだったの……ベスのじょーしょーきょーいくに良いから、お友達になってって頼まれたの……」


 たぶん、情操教育かな?

 可愛いので突っ込まないけど。


 しかし、エリーザベトさんの制作者か………

 ミアータ爺さんとライバルだったっていう、もう一人の天才人形師の可能性が高いよな。

 そのカルトアと話が出来れば、もしかしたら、何か情報が得られるかも知れない。

 

「カルトアはまだ居るのか?」


 カルトアも殺されてるなら、まだ残留している可能性も高い。


「……いるけど………」


 ナリーンが言い淀む。


「どうした?」


「……カルトアさんが一番怒ってるの。カルトアさんを殺したのがベスだったから……」


 自分が作った人形に殺されたのか……話を聞くどころじゃ無いかも知れないが、他は単なる被害者の様だがら、込み入った事情は知らないかもしれない。

 ここは無理してでも話を聞きに行くべきだな。


「ナリーン、明日、カルトアの所に案内してくれないか?」


「……おじちゃん、カルトアさんと会いたいの……?」


 ナリーンが心配そうに聞いてくる。


 オレが黙って頷くと、ナリーンはオレの手を握ってきた。


「危なくなったらすぐに逃げてね……村のみんながあんなになったのは、カルトアさんのもやもやに触ってからだから……」


 カルトアの怨念が村人の霊に伝播したってことか……


「ありがとう、ナリーン。気を付けるよ」

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