第7話

『……何を騒いでおるのだハンサムボーイ?』


「なんだと、この! 誰がハンサム───」


 え? ハンサム?


「じ、じいさん、もっかい言って?」


『何を騒いでるのかと聞いたんじゃ』


 や、そこじゃない。

 もうちょっと後のイカすフレーズをリピートアフターミー。


『あれはお主のゴーレムか』


 が、じいさんはこちらのお願いを歯牙にもかけず、通りの方を指さす。


「グーちゃん? オレの所有物って訳じゃ無いが、友達ではあるな」


「ゴーレムを友だちと呼ぶのか……」


 じいさんが、哀れみの表情で肩を叩いてくる。

 ナリーンと違い物理的な接触は出来ないのか、思いっ切り肩にめり込んでるが気にしないことにする。


「じいさん、そんな顔を向けるな。意志疎通が出来ればニンジンや大根とだって、オレは友だちになれるぞ」


「………」


 じいさんが驚いたように眼を見開く。


「なんだよ、別におかしく無いだろ?」


 が、じいさんはしかつめらしく考え込んでいる。

 と、そこへグーちゃんが戻って来てオレの頭の上に乗った。


「トシノブ! 生体反応ありましたよ!」

 

 嬉しそうに報告してくるが、オレが求めてたのは生体反応が無い方だからな?

 魔獣がいるかも知れない所に丸腰で入る気はないぞ。


「ご苦労さん。じゃあ、次のところ行くか」


 じいさんはフリーズしてるので放っておいてもいいだろう。


「え、なんでです?」


 グーちゃんが驚く。


「なんでって、ドローンに武装は無いだろ?」


「武装は無いですけど……中を見ないんですか?」


「生体反応が有ったんだろ? 魔獣だったら危ないじゃん」


「あー! そっちを気にしてたんですか? スミマセン、そっちは探してませんでした」


「おいっ! 何の為に調べて貰ったと思ってるんだ!?」


「えーー? だってそんなこと一言も言って無かったじゃないですかー!!」


 や、確かに言ってないが、激しくぶち壊されたドアを見たら、普通警戒するだろ。仮にも軍用機が無頓着過ぎじゃないかい?


「つか、逆にグーちゃんの見つけた生体反応って何だよ?」


「トシノブが倉庫でかき集めてたアレです」


 アレって……アレだよな、精巧なダッ◯ワイフ。

 でも生体反応ってどういうことだ……?

 アンドロイドじゃ無いのか?


『その小さなゴーレムには人格が有るのか……?』


 不意にじいさんが話しかけてくる。


「なんだじいさん、復活したのか。随分考え込んでた様だが、もう良いのか?」


『わしの質問に答えんか! そのゴーレムに人格があるのか!?』


 いきなりの豹変に少しビビる。

 さっきまでとは違い随分と鬼気迫る様子だが……


「こいつはあの戦車のドローンだよ。人格があるのは、あっち」


 と言って、グーちゃんの本体を指差す。


『戦車じゃと……?』


 じいさんはいきなり消えると、パッとグーちゃんの前に出現し、グーちゃんの回りをぐるぐるしながら観察し始めた。


「トシノブ、また病気ですか……本格的に治療を考えないといけないかもしれませんね……」


 知らぬは本人ばかり。

 じいさん、今お前の機体に文字通り頭突っ込んで、舐めるどころか内臓を喰らう勢いで観察してるぞ?


『なるほど、多次元集積回路か……じゃが、聞いていた物より随分と……』


「多次元集積回路?」


 なんだそりゃ?


「え? なんでトシノブがそんなこと知ってるんですか!? もしかして、トシノブの時代にもあったんですか!?」


 こっちはこっちで訳のわからん食い付きを見せる。


「いや、オレが言ったんじゃない、じいさんが──」


「!? トシノブ……自分で言ったことも分からなくなっちゃったんですか……」


 ああもう! グーちゃんには見えないから説明しようが無いんだが!!


『寿延殿』


 不意にオンジが話し掛けて来た。


「どうしたオンジ、いま取り込んでて──」


『グーちゃん用に新たにリングを作った。わしの前に落としてあるので回収してくれんか?』


 ……最近、回りの連中が最後まで人の話を聞いてくれません。


 つか、グーちゃん用って……確か念話と言うか、テレパシー的なものはグーちゃんには聞こえないんじゃなかったっけ?


『大丈夫じゃ、ちゃんと伝わるようにしてある』


 ………まぁ、いいか。


 オレは”人面樹のダンジョン”改め”オンジのところ”から指輪を取り出した。

 基本はオレが貰ったのと同じリングだが、グーちゃんのには、ちょろんと葉っぱが二枚生えていた。


「グーちゃん、これオンジからプレゼント」


 言いながらドローンの先端にリングをあてた。 

 最初サイズが合って無かったのだが、勝手に伸縮してぴったりとはまった。


「わわっ!? 変なおじいさんがボクの身体を出たり入ったりしているー!? こらーー!! 勝手に中を覗くなーーー!!」


 突然叫んだかと思うと、グーちゃん本体がいきなり暴れだした。


 そこから始まった戦車とゴーストの対話に関しては、オレの理解を大きく逸脱していたので割愛させて頂く。





「で? これをどうするって?」


 オレはじいさんの工房の中にある巨大な水槽の前に立ち、中のものを指差す。

 水槽の中には、十代半ば位の、全裸の少女人形が浮いていた。


『うむ、これよりこの素体にグーちゃんをインストールする』


 じいさんがそう宣言し、横に浮いてるドローンが大きく頷く。


 なぜそんな話になったのかは知らない。

 オレが見てたのは、回路の集積率があーだ、美的センスがこーだと罵り合う姿だけだ。


「容量の関係でフルインストールは無理なんですけど、それでも不自由なく動かせるので問題はないです」


「そんなことが可能なのか? 仮にも異世界の存在だろ、グーちゃんは」


「細かい問題はありますが、可能です。この素体の中枢部分はボクの世界の技術を模しているので」


 オレが怪訝な顔になるとじいさんが補足してきた。


『”渡り”じゃよ。わしらの技術は基本”渡り”の知識と魔導科学とのかけあわせで成り立っておる。その素体のセントラルコアはグーちゃんの世界の知識を元に作られたものなんじゃ』


「グーちゃんの世界から来た”渡り”がもたらした技術ってことか……」


 過去の転移者が知識チートでやらかした結果と言うわけだな。


「厳密に言うと、ボクの時代より百年くらい遅れた技術ですけどね」


 ドヤるグーちゃんうざい。


「この人形はじいさんが作ったのか?」


『ああ……城主のコンペでな。わしはドールに人格は不要と考えてたんじゃが、それが城主にはお気に召さなかったらしい……機械は機械として扱われる方が幸せだというのに……』


 じいさんから暗くドロリとした感情が滲み出てくる。

 や、印象じゃ無く、ビジュアル的に見えるかたちで。

 めっちゃ怖いのでやめて頂きたい。


 ……でも、ならなんでグーちゃんをインストールするんだ?

 グーちゃんには立派な人格がある。

 それをインストールするのは矛盾してないか?


 そのことを聞いてみたら


『誰かに仕えるなら人格は不要じゃ……だが、これからあるじ無しで生きていくなら話しは別じゃ……』


 言ってじいさんは愛おしそうに水槽を撫でる。

 水槽に浮かぶ素体を見るじいさんの目は、まるで我が子を見つめる親の様だった。


『さて、さっさと始めるかの』


 言ってじいさんが背後の設備の前で何やら操作していたドローンに振り向く。


「アイアイー! トシノブ、このケーブルをそこの端末のスロットに差し込んで」


 グーちゃんのドローンは床に置いていたケーブルを示し、自分は天井の離れたところに移動する。

 このケーブルは、この部屋にくる時にグーちゃん本体から渡された物だった。

 流石にドローン経由でのインストールは難しいのだろう。


 オレはその直径五ミリほどのケーブルを拾い上げ顛末のスロットに近付ける。が、コネクタの形状が違っていた。


「グーちゃんこれ───うぉっ!?」


 確認しようとしたら、いきなりケーブルの先端が裂け始め、髪の毛の様になったかと思うと今度は

コネクタの形に収束した。

 

「……グーちゃん、こういうのは予め言ってくれ。気持ち悪いから」


「き、気持ち悪いってなんでですかー!?」


 がなるグーちゃんを無視して、ケーブルを差し込んだ。


 微かにハム音が聞こえ始め、水槽の中の水が淡いピンク色に輝き出す。


 爆発するんじゃないかと身構えたが、そんなことは起こらず、十分ほどでインストールが完了した。


 水槽の水が抜け、前面の硝子がスライドする。

 そして、全身ずぶ濡れのまま、少女の素体は眼を開いた。


「グーちゃん……なのか?」


 だが人形は返事をしない。


「その人形はボクであってボクではないのです」


 失敗したのかと勘繰ってたら、グーちゃんのドローンが説明してくれた。


 曰く、素体にインストールされたのは確かにグーちゃんなのだが、お互いに独立した存在な上に、コアが別物なので、グーちゃんの姉妹機であるグーニトーⅢよりも離れた関係となるらしい。

 また情報共有は可能だが、構造的にグーちゃんの下位互換となり、遠隔での情報交換は無理でワイヤードでのみ可能とのこと。


「つまり、別の存在と言うことか……」


「今は殆んど違いはありませんが、何れ差異が広がり別の個性として成立するかと思います」


 こう言ったのは人形の方。


 オレは慌ててジャケットを脱ぎ、人形に被せた。


 喋るといきなり人間っぽくなるんだものなぁ……ちょっと焦ってしまった。


 じいさんが人形の頭の上に手を乗せる。

 相変わらずめり込んでるし、人形もオンジの指輪をしてないせいか、気付いていない。

 それでも構わないのか、じいさんがなにごとか小さく呟く。

 そして、こちらに振り向くと


『……これが動く姿を見ることが出来た……もう思い残すこともない……ありがとう、これを宜しく頼む』


 と言って頭を下げてきた。


「え? いやいやいや、ぶっちゃけオレは見てただけなんだけども……」


 インストールを決めたのはじいさんとグーちゃんだし。

 礼を言われる筋合いも無ければ、感謝される謂われも無い。


 ……のだが、じいさんが頭を上げない。


「……わかった。彼女がどう生きるのか、オレが生きている間は見届ける」


 オレがそう言うと、じいさんは顔を上げ、穏やかに笑って消えて行った。




「さて、オレのことはわかってるんだよな?」


 オレは少女人形に確認する。


「はい。トシノブ……さん、ですね」


「ん? さん付けなのか? グーちゃんは呼び捨てなんだが」


「一緒の方が良かったですか?」


「いや、別にどっちでもいい」


「……では暫くこのままで。始めの内は敢えて差異を付けて無いとトシノブさんが混乱してしまうと思うので」


 なるほど。元がグーちゃんだから混同しないようにか。

 多分時間がたてば個性も明確に分かれてくるのだろうが、それまでは意図的に差別化を図ると。


「わかった。で、ここで持っていった方がいいものってあるか? 補修用品とか」


「必要ありません。エネルギー摂取が滞らなければ、自動で自己修復しますので」


「そのエネルギーはどうするんだ?」


「本来なら専用のエナジーバーがあるのですが、この時代にはもう存在していないと思うので、出来ればトシノブさんの食事を別けて頂きたいと……」


 普通の食事で済むのは助かるな。だが最後少し恥ずかしげだったのはなぜなんだろうか?


「あの……トシノブさん、私に名前を付けて貰えますか」


「名前? じいさんは名前を付けてなかったのか?」


「型式番号ならありますが……」


 言って少し困った様な笑顔を向けてきた。


 つまりこの娘的に名前が良いと……


「名前かぁ……」


 正直言って自信がない。

 後回しには─────


「………」


 や、そんなキラキラした目で見られても……


「………」


 くっ……そんな簡単に名前は出てこないんだが……


「……………」


「キ、キャリイってのはどうだ?」


「キャリイですか! はい、それでおねがいします!!」


 喜んで貰えた様だ………


 由来がもとの世界の愛車っことは黙っておこう。

 軽トラだし。

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