第6話

 森を進むグーちゃんの脚音が変わり、オレはキャノピー越しに地面を見下ろした。


「アスファルトか?」


 それまでの土を踏む柔らかな音とは明らかに異質の固い何かを踏みつける音。

 所々ひび割れ木の根に侵食されているが、元の世界で見なれたアスファルトに酷似していた。


「アスファルトより踏んだ感触が少し固いですが、何らかの舗装材なのは間違い無さそうですねー。左側を見てください。木に被われて分かりづらいですが、崖までずっと続いてるようですよー」


 グーちゃんに言われて左方向、つまり南側を見ると確かにこの舗装材が続いてるのが分かる。


「ってことは、ここはかつて道路だったってことか……」


 道幅は凡そ15メートル、上下二車線分はとれそうだった。


「変な村……って言ってたよな」


「そうですね。この道幅だと大型の貨物車も行き来出来そうですし、ますます工廠っぽいですねー」 


 オレは右側を見た。

 鬱蒼と木々が覆い被さりトンネルの様になってはいるが、それなりに大きな道だった様に見える。


「この道なりに北に進めば村につくのか?」


「この先で大きく左カーブしているので、北って訳じゃ無いですが、道なりに進めば村に着きますよー」


「本当に工廠なら、何か売れるものが手に入るかも知れないな。あと、自衛用の武器とか」


 先ほどの蛇との泥試合みたいなのは、もう勘弁して欲しい。オレにも使えそうな武器があれば……

 と、そこまで考え、最近”一マスダンジョン”を覗いていなかった事を思い出した。

 小さい方からは大した物が出ないのは分かっているが、大きい方はグーちゃんを出したなかなかの優れもの。

 村に入る前にチェックしといても損は無いだろう。

 そう考え意気揚々とダンジョンに入ったのだが、出てきたのは醤油とシャシーだった。

 小さい宝箱から醤油のペットボトル。大きい宝箱からは何かの車体のシャシー。

 醤油はともかく、シャシーだけ出されても困る。使い道も無いし。


「時間の無駄だった……」


 少々凹みつつ、グーちゃんに発進してもらう。

 魔法の剣とか贅沢言わないから、ナイフくらいは出て欲しかった。




 その村は半ば森に埋もれる形でひっそりと存在していた。殆んどの建物が森に飲まれており、誰かが生活している様な気配は微塵も無かった。

 確かアンコールワットって、発見当初こんな感じだったって動画でみたことある気がする。

 高度な文明も人が居なくなったら自然に飲み込まれて終わりか……


「ここら辺は商店街と住宅地みたいですねー、一軒一軒回ってきますー?」


「いや、倉庫みたいなのが有ったら、そっちを優先したい。どこかそれっぽいところは無いか?」


「ならこの先ですね。倉庫街みたいになってる場所があるのでー」





 グーちゃんに連れられて来た場所は、体育館ほどの建物が並ぶ文字通り倉庫街と呼ぶに相応しい場所だった。

 作りはコンクリートっぽいが、実際の材質は見当もつかない。

 脇にある駐車場には朽ちた貨物車が静かに佇んでいる。


「あの貨物車、なんか武骨じゃねーか?」


「軍用車両ですかね? ただ、ボクたちこの世界のこと全然知らないから、もしかしたらまるで見当違いかもしれませんよー」


 確かに。

 オレもグーちゃんも、ギフトや魔法の無い世界の住人だった。こっちの常識を当てはめるのは無理があるかもしれない。


「とりあえず倉庫に入ってみようぜ」


「アイアイー!」


 グーちゃんに乗ったまま、朽ちたシャッターを潜って倉庫内に入る。

 中は殆んど空だったが、奥の方に幾つかコンテナが残っていた。


「グーちゃん、あのコンテナ開けれるか? 出来れば中を傷つけない様に……」


「お安いご用ですー」


 グーちゃんは奥のコンテナ前に到達すると、触腕を展開して、器用にコンテナの蓋を探り始める。


「ビス留めではないみたいですねー、手前の板が上にスライドする機構の様です」


 言って鋏角からレーザーを発射し、ロック部分を破壊する。


「開けますねー」


 ガタガタと軋みながら板が上がっていく。

 その板が上がりきる前に、中身がドサドサと倒れ込んできた。


 一見それは、半透明の袋で被われている大きな食肉に見えた。

 オレはコックピットから出ると、その袋をまじまじと観察する。半透明の袋の中から透けているのは人間の顔だった。

 慌てて袋を引き千切ろうとしたのだが、オレの力では歯が立たず、結局グーちゃんに開封をお願いした。


 中から出てきたのは美しい裸の女性だった。

 

 肌に触れると、柔らかいが冷たい感触が返ってくる。表面は人肌の様にも見えるが、艶やかな見た目と違い、もっとざらついている。


 オレは立ち上がり、他の袋も見て回った。

 造形に多少の差はあるが、どれも美しい女性型の人形だった。


「グーちゃん、これ何だと思う?」


「簡単なスキャンを掛けて見たんですが、内骨格があり、人工の筋肉や脂肪で被われている様に見えます。胃の辺りに何やらジェネレータらしきものが見えますが、何だが解りません」


「アンドロイドってやつか?」


「どうでしょう? その割には精巧過ぎる気もします。これ、膣や肛門を作る意味って合ったんでしょうか?」


「ぶふぉっ!」

 

 思わず吹き出す。


「なんですか、いきなり! 汚いですねー!」


「あ、いや、すまん……そうか、これ……」


 ◯ッチワイフだ……


 どうしよう!?

 みんな美人だし、ちょっと欲しいかも!?

 でもこんなの隠し持ってるのがバレたら、後ろ指さされるか!!?


「どうしたんですか、トシノブ? 挙動が怪しいですよ? また例の病気ですか?」


 いや待て寿延!

 これは使者の時代の遺物だ!

 芸術品だ!!!


 よし、持って帰ろう!

 全部持って帰ろう!!


「グーちゃん、これは大変歴史的価値のあるものかも知れない」


「そうなんですかー?」


「そうなんだス!」


 オレは零れた残りの分と未開封のコンテナ、あと他の創庫に残ってた計3つのコンテナを回収し、”ガレージのダンジョン”に放り込んだ。


「同じものそんなに必要なんですかー?」


「た、高く売れるかも知れないだろ? もし動かせたら、ログハウスの従業員に出来るかも知れないしっ!」


 グーちゃんの突っ込みを誤魔化しつつ、オレたちは倉庫街を後にした。





「ここら辺は高級住宅街かな? 大きい家が目立つ様だが……」


「そうですねー、どっちかと言うと工房兼住居と言う感じでしょうか?」

 

 工房……?

 ダッ◯ワイフの工房か?

 つか、ああいうのって、どっちかって言うと工場で作るもんじゃ無いのか?

 や、知らんけど。


「工房ね、一軒覗いてみて、面白そうならほかのも見てみようか」


「でも、ボクのサイズだと中に入れないんですけどー……」


 確かにグーちゃんのサイズだと無理か。


「じゃあ、オレが一人で見てくる。何かあったら叫ぶから突っ込んで来てくれ」


「えーー、ズルいです! こういうのは一緒に見て回るから楽しいんじゃ無いですかー!!」


「って言われてもなぁ、中に連れていくのは無理だし……」


 言うと、グーちゃんがドローンを飛ばす。


「これなら一緒に行けます!」


「や、そこまでする必要あるか?」


「あります! さっきみたいに待ちぼうけにされませんし!!」


 ……結構根に持つのね。


「分かった。じゃ一緒に行こう」


 すると、ドローンが頭の上に停まった。


「おい、どういうつもりだ?」


「低燃費走行です!」


 走行って、歩くのオレじゃねーか。

 まぁ、気にして仕方ない。

 とっとと中に入ろう。





 工房のドアは何かが突進したかの様に破壊されていた。

 恐る恐る中を覗くが、荒らされた部屋が見えるだけだった。


「グーちゃん、中の生体反応とか調べられるか?」


「お安いご用ですー」


 と言って、ドローンが中に入っていく。


「自分で行くんかいっ!」


 てっきりセンサー的な何かを使うのかと思ってたのに。


 グーちゃんが戻るまで入り口から中を見回す。


 工房と言うよりは研究室っぽい気がする。

 何の為に使うのか、皆目見当も付かない設備があちこちに並んでいる。


 凄そうだとは思うのだが、価値がわからん。

 フィーノの言ってた通りで、一部の好事家にしか需要はないかもな。

 と、そんなことを考えてたとき、どこからともなく生暖かい風が吹き抜けた。


『……ぃ………に……い……』


 ぞわりと背筋に怖気が走る。

 この声……いや、声は違う。あの時よりももっと嗄れた声……


『…に…い……にく……』


 声に振り返ると、そこには青白く透けた白衣の老人が立っていた。


『……くい……にくい……』


 老人は外の一点を見つめながら呟く。


 いったい何がそんなに憎いのか……

 オレは老人が見ているものを確認しようとする。

 が、それに気付いたのか、老人が首だけぎゅるんと回転させ、オレを睨んで来た。

 ナリーンの時とは明らかに違う怨嗟の瞳。


『……にくい……み…にくい………』


 え?


『…醜い……なんて醜いんじゃ……』


「ふざけんな、くそダボがぁ! 表出ろコンチキショーー!!」


 例え事実でも、面と向かって言っちゃいけないことがあるって、学校で習わなかったのかよーーーーー!!!!

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