第3話
「やっぱ外は良いね~」
と森林の中を爆走するグーちゃん。
4対の脚を器用に動かし、道無き道をかなりの速度で飛ばしている。
体感で時速60キロくらい。
食料やら何やら準備を整え、カゴニサを出たのが今から一時間ほど前なのだが、単純計算であと30分もあれば到着しそうな勢いだった。
カゴニサから見た北壁は遠くにある高い山脈と言う印象だったが、ここまで近付くともはや壁である。
「ナリーン、お前の村は北壁の上にあるのか?」
オレは胸に抱いてる人形に話しかけた。
『……うん、あの上。だけど今見えてるのの上じゃなくて一番奥……』
フィーノから聞いた話だと、北壁と呼ばれるテーブルマウンテンは五つあるらしい。
一番大きなのが今目の前に見えてる大ハーバレスク。もともとそこに有った街に因んで同じ名称で呼ばれているらしい。
その次にでかいのが西ハーバレスク、
その次が東で、その後が北。最後の一つは単に離れと呼ばれている。
つまり、ナリーンの目的地は離れと言うことになるのだろう。
どうせなら大ハーバレスクに行きたかったが、約束は約束だ。まぁ、村があると言う話だし、そこまで退屈はしないだろう……しないことを期待したい。
「聞いたかグーちゃん。目的地は一番奥の高地らしい」
「はい? 誰が何を言ったんですか?」
「や、だからナリーンが一番奥だって」
「……トシノブ、本当に頭大丈夫? 何がそんなに気に入ったのかわからないけど、人形と会話するのはちょっと不味いと思うよ?」
あれ? もしかして、グーちゃんにはナリーンの声が聞こえないのだろうか?
『ほっほっほ。お嬢ちゃんの声はグーちゃんには届かんみたいじゃのう』
いきなり入ってくるなオンジ、ビビるだろう!
「オンジの声が聞こえるのにか?」
『ワシがグーちゃんと話すときは梢を振動させて音にしてるからのぉ。今は指輪を通してお前さんに話してるゆえ、この会話もグーちゃんには聞こえとらん』
「……普通に会話出来てるから気にしてなかったが、やはりオレらとグーちゃんじゃ違うってことか?」
『ワシにもよく分からん。知性も感情もあるように見えるんじゃが……もしかしたら心が無いのかもしれんなぁ』
機械には心が無いってことか……
怒られそうだから、グーちゃんには黙っておこう。
「また一人で喋ってる。ボクの世界の治療ポッドがあれば矯正できるのに……」
そして、オンジの声も聞こえなかったグーちゃんが人を病人扱いしてくる。
まぁ、説明もめんどくさいので放っておこう。
「前に見えてるテーブルマウンテンの左側に幅2キルテ程の隙間がある。そこを抜けて北北西にあるテーブルマウンテンが目的地だ」
「はいはい、了解ですー、っと!」
グーちゃんが投げやりな返事しつつ、鋏角部分からレーザーを発射し、飛び出してきた不運な魔獣を撃ち抜く。
ここまでの道中ずっとこんな感じで魔獣を捌き続けてきたのだが、全てそのまま放置してきた。
や、だって解体の仕方なんか知らんし。
ダンジョンに放り込んで置くことも考えたが、マジックボックスやらマジックバッグのギフトと違って、オレのダンジョンは時間が止まらない。ぶっちゃけ腐るのでやめておいた。
「こりゃスゲーな……」
これが離れの麓(と言うか直下)に辿り着いたオレの最初の一言だった。
なんとも陳腐な感想だが、他に言葉が出なかった。
7000メートルにも及ぶ垂直な壁。真下から見上げると、まるで倒れかかって来そうで正直怖い。
「これを登るのか……つか、グーちゃんこの壁登れる?」
「舐めて貰っちゃ困ります。ガジール峡谷の高低差はこの三倍はありますよ! こんなの屁でもないです!!」
言ってグーちゃんが歩脚を壁に掛ける。
脚の先端にはフックが出ており、それを岩に引っ掛けながら登って行くつもりのようだ。
機体が垂直に傾き、背中にGがかかる。
宇宙飛行士は大気圏を出るまでに8分間の上昇を味わうそうなのだが、この登坂には一体どれだけの時間がかかるのやら。
10メートルを登ったあたりで、最早後ろを見る気は失せていた。
グーちゃんは8本の脚を器用に使い、迷うこと無く登坂を続ける。
オレはと言えば意味もなく力んでしまい、腹を吊って悶え苦しんだりしている。
そんな苦行を二時間ほど耐えた辺りで、不意に奇声を上げるコウモリの様な化け物の群れに襲われた。
体長は1メートル程だが、広げた羽は4メートルを超える。そんなのがグーちゃんに体当たりを仕掛けて来たのだ。
ガンっと言う音と共に機体が沈む。
思わず悲鳴が漏れるが、潰されたとかそういうのでは無い。
グーちゃんが、脚を曲げてクッションの様にショックを和らげて居るのだ。
「ぐ、グーちゃん、迎撃は出来ないのか?」
「出来なくは無いですけど、やって良いんですか?」
なんで聞いてくる? 地上では問答無用で駆逐してた癖に。
「構わん、やってくれ!」
「ラジャー!」
返事と共に機体を壁面に張り付けたまま向きを変えレーザーを掃射。
「ちょ……!」
下が見える下が見えるっ!
高ぇ! おっかねー!!
そのままふっと接地感が無くなり、機体が降下する。
「どわわ、落ちっ落ち~~っ」
だがグーちゃんが一本の脚を起点に機体を回転させ、そこへ迫っていた魔獣をレーザーで気散らす。
そんなアクロバティックな機動を体験すること数分、辺りからコウモリの魔獣は姿を消していた。
「………」
グーちゃんが局地戦闘型の戦車だと言うのが嫌と言うほど解った。
「トシノブ大丈夫? 一応手加減はしたんだけどー?」
あれで手加減か……
今度グーちゃんに戦闘して貰う時は、オレはダンジョンに逃げ込むことにしよう。
「だ、大丈夫……とは言えんが、取り敢えず怪我は無い……」
「そっかー、でも訓練受けてないのに失神してないのは立派だよ!」
そんなこと言われても嬉しくない。
つか、次は絶対ダンジョンに逃げ込む。
「上まであとどれくらいだ?」
「ん~と、約2キルテくらい。急げば10分くらいで登れるけどどーするー?」
「や、今までと同じで安全第一で頼む」
「了解ー」
それから数十分後、上層のガスに飲まれ、前後の見通しが利かなくなった辺りで不意に何者かの声が聞こえてきた。
『……い……に…い……』
「ん? オンジ、なんか言ったか…?」
『……いや、ワシは何も言うとらん……じゃが、確かに何か聞こえたの……』
『…くい……にくい……』
ふわっと目前のガスが流れ、その先に人影がうっすらと見えた。
「……グーちゃん、前方に何か見えるか?」
「壁と雲が見えますけど、それ以外の何かを期待してますー?」
やはり、グーちゃんには見えないらしい。
「ナリーン、お前には何か分かるか?」
『……にくい……憎い……』
ちょっ、おま、何言ってんの!?
「お、おい、ナリーン!」
オレは胸元の人形を揺する。
『えっ……あ、おじちゃん呼んだ…?』
おいおい、大丈夫か?
つか、憎いとか言ってなかったか?
「……いま自分が何を言ってたか覚えてるか?」
『……え? ナリーン何か言ってた……?』
「いや、覚えて無いならそれでいい」
『ごめんなさい……なんかぼーっとしちゃった……』
ナリーンがしょんぼりと答える。
「そうか……もうすぐ上に付く。その先の道案内は頼むぞ」
辺りを覆っていたガスが流れ、前方には青空と崖の縁が見えている。先ほどまで見えていた影はいつの間にか消えていた。
このまま行けばあと数分で登頂できるだろう。
ナリーンの変化は気になるが、ここ迄来て引き返すのはあり得ない。
毒を食らわば皿までとも言うし、最後まで付き合ってやろう。
とか、数分前に決意したのだが、目の前で三人の親子と思われるゴーストが抱き合っている。
登頂終わってグーちゃんから降りた途端に二人の夫婦と思われるゴーストが現れ、それを見たナリーンが猛ダッシュ。
二人に抱きついて再会を喜び合っている模様。
オレの決意が………
や、まあ、無事ナリーンを届けられて良かったと考えるべきか……
『としのぶおじちゃん、ありがとー!』
ナリーンがこっちに手を振り、彼女の両親と思われるゴーストが丁寧に頭を下げてくる。
慌ててこちらも返礼すると、三人のゴーストは風に溶けるように消えていった。
「トシノブはたまに一人で変なことしてるよね? パントマイムって言うんだっけ?」
ゴーストが見えないグーちゃんがオレいじりに来るが、説明もめんどくさいのでスルーして辺りを見回す。
見た感じ下の森と大差無い様に見える。
しかし、標高7000メートルを超すこの場所が下と同じってのはどう言うことだ?
気温もそれほど寒くはなく、用意してた防寒具が無駄になってしまった。
まぁ、魔法のある世界だ。オレの常識で考えても時間の無駄だろう。
そう割りきり、オレは北壁の森へ、最初の一歩を踏み出すのであった。
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