第2話
フィーノから説教の様なレクチャーを喰らい、解放されたのは天辺を大きく越えた深夜2時頃。
オレは街の北側にあると言う公園を目指していた。ギフトがあるので宿を取る必要は無いのだが、寝泊まりの為に公園に向かうのは、ホームレスみたいでなんかもにょる。
飲み屋から凡そ30分くらい歩いただろうか?
住宅街を抜けた先に件の公園はあった。
深夜と言うこともあって人気は無く、もともと街路灯なども無いのでかなり薄気味悪い。
ポケットダンジョンからの出入りを見られない為にも奥に行く必要があるのだが、正直入り口近辺で妥協したくなる。
とは言え、また前回の様に貴族やらなにやらに絡まれるのは面倒なので、仕方なく公園の奥を目指する。
木々の隙間から落ちてくる月明かりが何とも頼りなく、早いところ良さげな場所を見つけてダンジョンに引きこもろう、そう考えたとき、不意に風が吹き広葉樹を揺らした。
思わずビクッとなり、あたりを見回す。
ゆらりゆらりと地面の上で踊る広葉樹の影。その先に、青白い月明かりを受けた小さな人影が見えた。
年の頃は5、6歳だろうか、ビスクドールの様なヒラヒラのドレス姿の少女がこちらを見ている。
街の子供だろうか……?
街のこどもだよな!
街の子供に違いない!!
そして、こういった事は衛兵に任せるに限る!!
オレは咄嗟に踵を返し、公園の入り口を目指そうとして固まる。
金縛りとかではない。
単に、振り返った先に同じ少女が立って居たので驚いただけだ。
一瞬で移動した?
元の世界ならともかく、この世界ならギフトがある。あり得ない話ではない。
あり得ない話では無いのだが……別の可能性が警鐘を鳴らしている。
心霊現象など眉唾である。そう笑い飛ばしたいオレではあるのだが、果たしてこの世界でもそれが言えるのか?
この世界に心霊現象が無いと誰が言った?
ロリ巨乳の狐っ娘が居て、ゴーストやレイスが居ないという道理は無い。
うん。人間の女の子でないなら、衛兵に伝える意味は無いな。
ここは三十六計逃げるに如かず。
オレはすぐさまズボンの左尻ポケットに手を入れた。
「ふぅ~~……びびったぁ……」
見慣れたログハウスを見て、安堵のため息をつく。
まさか心霊現象に出くわすとは思いもしなかった。
取り敢えず、今日は寝てしまおう。
そう考え一歩を踏み出した所で――
「おじちゃん、北の街に行くんでしょ……?」
背後から声を掛けられた。
恐る恐る振り返ると、そこには先程の少女がこちらを見上げている。
どうやって付いてきた!?
非接触の相手はダンジョン内に付いてこれない筈なのに……
「おじちゃん、北の街に行くなら私も連れて行って欲しいの……」
青白い表情で嘆願してくる少女に悪意は感じられない。が、今にも泣き出しそうなその顔は結構怖い……
「おじちゃん……お願い……」
どうする? つか、返事をして大丈夫なのか? この手の話だと、返事をしたら取り憑かれるとかあったよな……
「……お願い………」
ぶっちゃけ怖い。めっちや怖いのだが……
「そんな顔するな、なんかオレが悪いことしてる様に見えるだろ」
オレの返事に少女は困ったような顔を向ける。
や、困ってるのはこっちなんだが。
「おい、チビッ子、話を聞いてやるから、まずは名前を名乗れ」
「…! ……ナリーン! わたしナリーンって言うの!」
パッと花が咲いた様に笑顔になるナリーン。笑うとなかなかの美少女だった。
「ナリーンか、オレは寿延だ」
「としのぶおじちゃん?」
「ああ、それで良い」
オレが手を差し出すと、恐る恐ると言った感じでナリーンも手を掴んできた。
恐ろしく冷たい手だが、しっかりと質感はあった。
この世界の幽霊は触れるようだな……
そんな益体もないことを考えながらナリーンを連れてログハウスに入った。
「何か飲むか?」
ナリーンをテーブル席に座らせ聞いてみるが、ナリーンは首を振った。
オレは頷いてナリーンの向かいに座る。
「一つ聞きたいんだが、ナリーンの言う北の街ってのはカゴニサのことか?」
ナリーンは首を振る。
カゴニサなら話しは早かったんたが、やはりそんな都合良くはないみたいだな。
「どうして北の街に行きたいんだ?」
「……行きたいんじゃないの。ナリーンは帰りたいの……」
帰る……この霊は北壁から来たのだろうか?
「ナリーンは北の街に住んでたのか?」
だが、ナリーンは首を振った。
どういことだ?
故郷に帰りたいんじゃないのか?
「ナリーンは北の街の近くの村に住んでたの……」
なるほど。まぁ、どっちにしても北壁付近に違いは無さそうだ。
「分かった。もののついでだ。ナリーンも一緒に連れてってやる」
「……! 本当!? ありがとう、おじちゃん!!」
言うとナリーンの姿が薄くなり、大気に溶け込むようにかき消えた。
さて、連れてくとは言ったものの、具体的にどうしたものやら……
霊なら勝手に飛んで行けそうな気もするのだが、だったら、わざわざオレのところへ来るまでも無いだろう。
何か形見的な物でもあるのかな?
そう思いナリーンの座ってた席を確認すると、そこには小さなビスクドールが置いてあった。
これを運べば良いのか……
オレは人形を手に取るとグーちゃんの居る”人面樹のダンジョン”に移動した。
「あ! トシノブ! もう出かけますか! すぐ出かけますか!! とっとと出発しましょう!!!」
いきなり駆け寄ってくるグーちゃんをポンポンとなだめて、オレはナリーンの人形を見せた。
「なんですか、それ?」
「呪いの人形」
『ナリーンは呪わないです!』
ナリーンが声だけで反論する。
「もとい、北壁へ同行するお仲間だ」
「はぁ……トシノブには変な趣味があるんですねー、アンティークドールをお仲間だなんて……プクク、そんなに友達が欲しいなら言ってくれれば良いのに」
うざいグーちゃんを無視して人形をコックピットに仕舞い込む。
『ほうほう! 本物の呪物か!! 珍しいのぉ~、ちょっとワシにも見せてくれんか?』
………え?
「グーちゃん、今何か言った?」
「それはボクじゃ無くてオンジだね」
グーちゃんが良く分からないことを言い出す。
「オンジ……って誰?」
『ほっほっほっ、話すのは初めてじゃな。ワシはほれ、お主の目の前におるよ』
言って人面樹が目を開いた。
「うをっ!?」
驚きのあまり仰け反る。
「うをっ! だってー、トシノブ驚きすぎ」
茶化してきたグーちゃんに蹴りを入れ、
人面樹に向き直る。
「……あんた、なに? 喋れたの?」
『ほっほっ。ワシは叡知の樹……とかつて呼ばれておった老いぼれじゃわい』
「かつて? 今は違うのか?」
『ワシの世界の知識なら今でも大したもんなんじゃが、グーちゃんの言ってる事はさっぱり分からんので自重しとるんじゃ』
あー……グーちゃんこれでも異世界の機械だものなぁ……こっちの世界の知識なんか持って無いだろうし……
「えーと……」
『オンジと呼んでくれれば良い』
「じゃあ、オンジ。オンジはこの世界のことは詳しいのか?」
『この世界と言うのは、お前さんの世界と言うことかの? だったらワシには分からんのぉ』
「ん? じゃあなにか、オンジはグーちゃんとも、この世界とも違う世界の住人って訳か?」
『ワシから言わせれば、お前さんがこのワシの世界に来とるという感覚なんじゃがのぉ』
なるほど。つまりオンジはオンジの世界に居たままダンジョンに囲われていると言うことになるのか……ややこしいな。
つか、薄々感じてはいたんだが、このポケットダンジョンと言うギフト、異世界をダンジョンとして囲っているみたいだ。
ある意味とてつもないギフトだが、実用性がいまいちなんだよなぁ。
『なぁ、お前さん』
「宮城寿延だ」
『なら寿延、実は頼みがあるんじゃ』
「頼み?」
『ワシはこれでも知識を求め、場合によっては知識を与える存在じゃ。たがここに来て、知らん世界の知らん情報があることを知った。ワシはそっちの世界のことを知りたいんじゃよ』
知りたいと言われてもな……
おれ自身が異世界人なので、教えられることなんて殆んど無い。
そのことを伝えると、オンジは枝先を丸め、指輪にして渡してきた。
『そいつを指に嵌めておいてくれれば、勝手にそっちの世界の情報を見聞きする。手間は掛けさせんて』
まぁ、付けとくだけで良いなら構わないが。
オレは指輪を左手の薬指に嵌めた。
元の世界では嵌める指の位置で色々意味もあるのだが、こっちの世界では関係ない。なので一番邪魔にならない左手の薬指。
嵌めてみて思ったのだが、案外結婚指輪も同じ理由で左手の薬指なのかも知れない。ずっと付けてるもんだし。
「ふぅ、明日以降のことを相談に来たんだが、流石に疲れた。詳しい話しは起きてからで良いか?」
オレがそう言うと、グーちゃんが不満そうに機体を揺する。
「え~~、寝なければ良いじゃないですか~プンプン」
「そんな訳にいくか!」
「ブーっ、生身は不便ですね。じゃあ我慢しますー。でもいつまでもここに閉じ込めてる気なら、こっちも考えがありますからねー」
移動以外では基本ダンジョンの中に居てもらっているので、グーちゃんにもフラストレーションが溜まってるのかも知れない。
取り敢えず一通り情報は得られたし、明日は午前中に準備を整えて、さっさと北壁に出発しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます