北壁の廃城

第1話

 イゼルナの治療を終えてから一週間後、オレはコトクサより北にある街カゴニサに来ていた。

 いや、厳密に言うとその直前まで。


 オレは移動に使った多脚戦車グーニトーⅢ・改ことグーちゃんを”人面樹のダンジョン”に送ると、自分は客に待機してもらってる”ログハウスのダンジョン”に入った。

 狭いスペースに六台の荷車と一台の蜥蜴型ゴーレムが所狭しと並んでいる。

 オレは隙間を縫うように、ログハウスへ向かうが、中には誰もいない。

 はて? と思い裏へ回ろうとして声を掛けられた。


「宮城さん、こっちこっち」


 池の畔に腰掛け、釣竿を片手に笑顔で手を振ってる男が見える。

 この男がこのキャラバンのオーナーであり、今回のオレのクライアントでもあるサンドーさん。


「サンドーさん、そこ魚つれるのか?」


 池をまじまじと見たことは無かったので、魚がいるかどうかオレは知らなかった。


「魚影が見えたんで竿だしたんだけどね……」


 と言ってサンドーさんが苦笑する。

 どうやらボウズらしい。


「それでどうしたんだい? 宿場町に着いたのかな?」


「いや、もうカゴニサが見える位置まで来てる」


「ええっ! もう!?」


「もうって、荷物はここに収納してるからな。積載無しのゴーレムならこんなもんだろ?」


 コトクサからカゴニサの距離は凡そ120キルテ。元の世界の単位だと120キロ強という距離なので、1日かけて来たことを思えばそれほど早いとは言えない。


「いや、まぁそうなんだけど……」


「約束通り、街の手前で積み荷を降ろす。ここから街への搬送はそっちのゴーレムでも大丈夫なんだよな?」


 このサンドーさん、カタテリアの南部を拠点とする商人で、穀物の輸送でカゴニサに向かってたのだが、コトクサでゴーレムが一機壊れてしまい、急遽オレが手伝うことになった。


「もう街が見えてるんだよね? なら、二回で済むと思う」


「分かった。じゃあまずはゴーレムと荷車三台を出すので準備してくれ」




 それから二時間後、二便目のサンドーさんに便乗して、オレはカゴニサの外壁をくぐった。

 ゴーレム貨物が普及しているとはいえ、出自の違うグーちゃんをあまり人の目に晒したくは無かったのだ。


「今回は助かりました。宮城さんが良ければ帰りもお願いしたいところですが……」


「いや、オレはしばらくこっちに残るから往路は自分でなんとかしてくれ。空荷なら六台行けるんだろ?」

 

 オレは北壁に挑むつもりなんで、帰りがいつになるか分からん。当てにされても困るので、ここはきっぱり断っておく。


「そりゃ、そうなんですけど、荷車を空荷で運ぶのは商人としては厳しいんですよね……まぁ、軽くて高価な物を見繕いますか」


「そうしてくれ」


 言ってオレは荷車から飛び降りる。


「また何かあったら、お願いしますね~」


 荷車の上から手を振ってくるサンドーさんに片手で挨拶を返し、オレはそのまま冒険者ギルドへと向かう。

 場所は事前に聞いていたので問題ないが、実は目的は冒険者ギルドでは無く、その近辺にある飲み屋だった。




 日暮れ時ということもあってか、ギルドの周りには冒険者で溢れかえっていた。

 オレは適度に混んでる店を見つけ、カウンターに陣取り、ビールを頼む。

 出てきた温いビールで喉を湿らせるが、味はいまいち。

 ミランダのビールを飲んだ所為で、あれ以降どんなビールを飲んでも満足できない。多分元の世界のビールでも同じだろう。

 カウンター席から店内を見回し、良い感じに酔ってる冒険者を探す。が、まだ夕飯時と言うこともあってか、見るからに酔ってるという感じの冒険者は見当たらなかった。


 早く来すぎたか……


 そう思い、この間に自分も食事をしておこうとメニューに手を伸ばす。

 この世界……というほど、この世界のことを知ってる訳ではないが、コトクサあたりの料理は基本塩味。他はハーブとワインと魔物の骨を煮込んだ甘辛いソース。若しくはニンニクや唐辛子の様なもので味付けされている。特別旨いわけではないが、不味いという程でもなく、味の濃ささえ我慢できればそれほど悪くもない。


「鶏胸のソテーと揚げジャガを頼む」


 パンは頼まないでも付いてくるので、いらない場合のみ断りを入れる。

 

 料理が出てくるまで店内を見回し、ノリの軽そうな冒険者を探す。さっきからそういった冒険者を探してるのは北壁の情報を集めるためだった。

 本来なら冒険者ギルドに聞くのが手っ取り早いのかも知れないが、オレは金銭的は事情でギルド会員にはなっていなし、この世界の冒険者ギルドはどこかお役所気質というか、あまり当てにならない感じがしてて、だったら最初っから自分で調べた方が早いとこうしてる訳なのである。


「はいお待ち」


 声と同時に、目の前に料理が出される。1羽丸々使ったのかと思えるほど大きなソテーに目を剥く。

 

 一人じゃ食い切れんだろ、コレ……


 頼んだのはコレだけじゃ無く、揚げジャガ……所謂皮付きのフライドポテトもあるのだが、コレがまた超大盛りで平皿の上にピラミッドを築いていた。

 取り敢えずナイフとフォークでソテーを切り分け、一口齧ってみる。


 味が濃い……


 甘辛いソースは不味くは無いのだが、これまで食べたものの中ではダントツに味が濃かった。

 オレは籠で出されているパン、元の世界ではロールパンとか呼ばれる丸くて小ぶりなパンみたいなのを手に取った。

 婆さんに出して貰った焼き締めたパンよりはマシだが、結構固い。

 オレはそれにナイフを入れ、切り分けたソテーを挟み、一口齧ってみた。

 こう食べると味の濃さは、かえって丁度良い感じになる。

 だが……


 これは間違いなく食い切れん!

 肉だけでも大ボリュームなのに、炭水化物で挟んだりなんかした日にゃ、胃拡張待った無しですがな!!


 取り敢えず手にした鶏胸サンドをビールで流し込む。

 あと二個くらいならなんとかなるが、それでもソテー半分と揚げジャガが丸々残る……後で店員さんに包んで貰うか、とそう考えたとき、隣からぎゅるるると盛大な腹の音が聞こえてきた。

 見ると、オレのソテーを凝視しよだれを垂らしてる狐耳の少女……や、胸部が盛大に自己主張しているので、少女では無いかもしれない、がいた。


「……」


 オレがじっと見ると、視線に気づいたのか、慌てて笑顔を向けてくる。


「一人じゃ食いきれそうに無いんだ。手伝って暮れるか」


「いいの!?」


 と、言いつつ断る気は無さげな狐っ娘は、いそいそと隣のスツールに腰掛ける。

 背は低いが、格好はいっぱしの冒険者風で、腰に使い込まれてそうなショートソードを佩いている。

 オレは先ほどと同じようにソテーをパンで挟み、手渡す。

 

「ありがとー!」


 と、礼を言いつつかぶりつく。

 モグモグとしっかり咀嚼するその姿はやはり少女のそれと変わらない。

 何という種族かは知らないが、その種族の特徴なのだろうか?

 あんまりじろじろ見ると変質者扱いされそうなので、店員にジョッキを返しつつビールを二杯追加する。


「ふや~~、変な食べ方してるな~と思って見てたんだけど、こう食べると、ここの濃い料理も美味しくたべられるんだねー、知らなかった!」


 もう食べ終わったのか、狐っ娘が話しかけてくる。

 催促という訳では無いのだろうが、オレはもう一つ作って手渡す。つか、なんか餌付けみたいで楽しい。


「ありがとー! お兄さん、優しいね!」


「手伝って貰ってるのはこっちだからな。気にすんな」


 と、そこへジョッキを持った店員が

やってきて


「フィーノ、またお客さんにタカってるのかよ。いい加減にしないと出禁にするぞ」


「し、失礼な! あたしがおねだりしたんじゃないですー! なぜかみんな奢ってくれるんですー!」


「お客さんもあんまり構わないで下さいよ、こいつこんなんだから、すぐトラブル起こすんで」


 そう言ってジョッキをオレと狐っ娘の前に置く。

 こんなんと言うのは、ロリ巨乳を指すのか人見知りしない性格を指すのか……


「あ、いや、こっちも食いきれそうに無かったんで丁度良かったんで」


「ああ、うちは味も濃ければ量も多いですからね」


 と店員は苦笑する。

 仕事帰りの冒険者にはちょうど良くても、オレやこの店員さんの様な一般人には厳しいのだろう。


「フィーノ、この人は大丈夫そうだけど、今後はもっと気を付けろよ」


 言って店員が下がっていく。


「煩いっての! あたしは結構人をみる目はあるんだからねー! そうそう厄介なことにはならないよーだ!」


 ……まぁ、注意されてる時点でお察しである。


「そういや、名乗って無かったな。オレは宮城寿延、今月に来たばっかりの”渡り”だ」


「へー……みやきとしのぶ? 長くて呼びづらいね」


 そら一息だと呼びづらいだろ。


「宮城がファミリーネームで寿延がファーストネームだな」


「としのぶかぁ……じゃ、トシね。あたしはフィンテール・テグサ・ノワヌール・デ・ポンチ。長いからフィーノでよろしく~」


「わかったポンチ、よろしくな」


「フィーノよ!!」


 言ってジョッキを掲げて来たので、合わせる。

 木製のジョッキなので、軽やかな音は望むべくも無いが、こういうのは気分なので。


「で? トシはこんな所で待ち合わせ? さっきからキョロキョロしてたけど」


 お? 結構前から見られてたのかな?


「話の聞ける冒険者を探してた」


「ほう? 何かの依頼……だったらギルドに行くか。ヤバい仕事?」


「いや、全然。北壁の噂を聞いたんで、話を聞きたくなっただけだよ」


 別に声を張った訳では無かったのだが、オレの一言でザワついていた店内がシンと静かになった。


 確か「天使が通った」とか言うんだっけ?


 ちらと店内を見回すが、こちらを注視している者は二三人ほどで、他は突然の静けさに戸惑っている様子。

 そしてすぐにもとの喧騒が戻ってきた。


「び、ビックリしたね! 突然静かになっちゃうんだもの」


「北壁の話しはマズいのか?」


「ん~ん」


 と首を振り、ジョッキを呷るフィーノ。

 ぐびぐびと喉をならしたあと、口元の泡を拭って向き直る。


「たぶん、トシが異質だったから気になってたんじゃないかな? どう見てもご同業には見えないし。そんなトシから北壁なんて言葉が出てきたからビックリしちゃったんだと思うよ?」


「そんなに変か?」


 言って自分の格好を確認するが、正直よく分からん。まぁ、冒険者に見えないのは確かだが。


「ん~……格好は普通かな? 普通の町人と変わらないと思う。だから気になったんだよ」


「……?」


 正直フィーノが何を言ってるのかわからない。


「トシってばサンドーさんのキャラバンと一緒に来たよね」


「ああ、それがどうかしたのか?」


「サンドーさんはここでは人気有るんだよ。南部とカゴニサを定期的に行き来してるし、積み荷が多いから、護衛も多く雇うし、支払いも悪くないし」


「なるほど。定期的においしい仕事を出してくれるクライアントって訳だ」


 確かに、結構な額を支払ってくれたかな……?


「そう、そのサンドーさんが護衛らしい護衛を付けずに来たからみんなビックリしちゃった訳」


「で、一緒に居たオレが何者っ話しになってると」


「そういうことー」


 ここへはサンドーさんと別れてすぐに来たのだが、その割には情報が早いな……いや、冒険者からしてみたら、収入に関わる問題なので、目敏くて当たり前か?


「サンドーさんとはコトクサで一緒になって、片道だけって条件で仕事をした。見ての通り護衛じゃ無いけどな。資格も持ってないし」


「ふ~ん……ま、いっか。で、北壁の話だっけ?」


 フィーノは納得した風では無かったが、それ以上踏み込んで来ることも無かった。

 これ以上はギフトの話を抜きに説明出来ないので、こちらとしても助かる。


「そう、北壁。ここより北に手付かずの遺跡があるって聞いてな」


「北壁の遺跡かぁ……トシはどれくらい北壁について知ってるの?」


「や、今言ったくらいしか知らんけど」


「はは~、じゃホントに興味本位なんけだ?」


「や、だってワクワクするだろ? 前人未到の遺跡なんて」


 思わず乗り出してしまったが、フィーノの反応は特になく、揚げジャガピラミッドの切り崩しに取り掛かっていた。


 あれ? 意外と淡白? 冒険者なら、もっと乗って来るかと思ってたのだが……


「北壁はここから北の大森林を90キルテ程進んだ先にあるテーブルマウンテン群の総称でね」


 群……? 複数あるのか……てっきり巨大なエアーズロックみたいなのがあると思ってた。ますます元の世界のギアナ高地みたいだ。


「その一番大きいやつに、街が丸々残ってるって話なんたけど……」


「噂だけで確証が無いとか……?」


「ん~ん、過去の文献で街が有ったのは間違いないみたい。問題はそこが使者の時代の遺跡ってことね」


「使者の時代?」


 オレが首をかしげると、フィーノが訝しげな視線を向けてくる。

 もしかして、常識レベルの知識なのか?


「あ……ああ! そう言えば”渡り”って言ってたっけ!?」


 フィーノが一人納得した様に頷いている。


「それじゃあ知らなくても無理ないか……使者の時代っていうのは今から凡そ三千年前の第四期のことをそう呼んでいるの。今よりも遥かに文明レベルが高くて、便利なゴーレムや空を自由に飛べる機械なんかが普通にあったらしいの」


「ほう! 過去の超文明ってやつか!」


「うん、でも力に溺れて自滅したって話だわ。その時代の最後に大きな戦争があって、その時に使われた兵器の所為で地軸が傾いたり、洪水が起こったりで、この世界の住人が殆んど絶滅しかかったんですって」


「……そんなすごい技術が眠ってるかも知れないのに、随分と淡白なんだな」


「使者の時代の遺物は、歴史的価値はともかく、現代でも使える物が殆んど無いのよ。超文明の超技術な物だから、用途も使用方も分からない物ばかり。欲しがるのは一部の好事家くらいで、あたしら冒険者的には美味しくないのよね……」


 あれ? カレンの話だと、結構な数の冒険者が北壁に挑んだって話じゃ無かったか?


「多くの冒険者が挑んでるって小耳に挟んだんだが……」


「確かに、毎年何組かのパーティーが挑んでるわね。殆んどみんな、現地を見て諦めて帰って来るけど」


「そんなに厳しいのか?」


「厳しいって言うか、無理よあんなの。殆んど垂直の壁が7000メルテも続いてるんだもの。おまけに上層には、鳥やら蜥蜴の魔獣が巣くってるし」


「地形だけじゃ無く魔物もか……」


 グーちゃんで大丈夫だろうか?

 一応戦車という話だから、それなりの戦闘力はあると思うのだが……


「なに? まさか挑む気なの?」


 フィーノが眉をしかめ聞いてくる。その目はあからさまに止めとけと言っていた。


「……話次第では考えてた」


「……過去形ってことは諦めるのよね?」


 もちろん諦める気は無い。

 ので、目線を逸らすとフィーノが掴みかかってきた。


「止めときなさい。冒険者なら現地を見れば大概諦めるけど、素人はそうじゃない。殆んどが自分の力を過信して自滅する」


 その顔に冗談を言ってる様子は無い。どうやら本気で心配してくれてる様だった。

 こういうのはなんか良い。この世界の人たちはどこかお節介で、前の世界よりも人と人の距離感が近い気がする。


「なに笑ってンのよ」


 どうやら笑ってたらしい。


「や、ごめん。と言うか、ありがとう。こんな風に人に心配されるなんて初めてだったから」


「な……」


 フィーノは一瞬固まると、すぐに手を離してジョッキを掴み、一気に呷る。

 どうやら照れてしまったようだ。

 

「ったく、やりづらいわね……」


「はは、まぁ、無理をする気はないよ。取り敢えず現地には行くつもりだけど」

 

 フィーノはジト目でオレを睨むと盛大にため息をついた。


「……はぁ~、こんなことなら明日からの仕事柄入れるんじゃ無かった」

 

 言って、キッとオレを睨みつけ


「取り敢えずビールお代わり! あたしの知ってる情報は全部教えるから、絶対に無理しないって約束して!」


 半ばヤケクソの様に言い放ったフィーノにより、日付が変わるまで北壁や関連知識を叩き込まれるのであった。

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