第15話
第一章 エピローグとなります。
________________________________
結局、エレン夫人とメイドさんは翌朝になっても出てこようとはせず、カレンとイゼルナを送り込んで、やっとさ引っ張り出すことに成功した。
で、なぜ二人が出て来なかったのかと言うと───
「お母さんツヤツヤ~」
イゼルナがエレン夫人の腕をなで回している。
そう、肌の艶と張りを取り戻せると知った二人が欲をかいて粘りに粘ったのであった。
もともと、それほど荒れていた様には見えなかった二人だったが、本人たちには思うところが有ったらしい。美にかける女のげに恐ろしき執念よ……
二人が戻って来たことにより、これで本当にお役御免だと思っていたのだが、昨日木工職人に依頼していた品を片手に持った伯爵が期待する目でこちらを見ていた。
二人のご婦人たちが粘った所為で、間に合ってしまったらしい。
まあ、昨夜戻って来て姉と父親の肌の色に関心を持ったイゼルナに
「私も海行きたーい!」
と、ねだられていたので、どのみち海ダンジョンに行くことは確定していたのだが。
ざ~んざ~んと寄せては返す波の音を聴きながら、オレは木陰で婆さんが出してくれた水にメイドざんが出してくれた氷を浮かべて涼んでいた。
伯爵は自前のブギーボードをトーラスに自慢し悔しがらせている。カレンとイゼルナは波打ち際で砂遊びをし、メイドさんとエレン夫人と婆さんは、持ち込んだシーツをタープ代わりにして、日光を避け談笑している。
人の気配がして振り向くと、ケイランが立っていた。
「宮城殿のギフトは、初めは転移系かと思ってましたが、もっと違う力のようですね」
「いきなりギフトの話か? こちらの世界ではマナー違反だと聞いてたんだが」
「いえいえ、別に答えなくて構わないですよ」
と笑う。
読心系のギフト持ちがよく言うよ。
「気になってる様だから教えてやる。オレのギフトはポケットダンジョン。ポケットに対応したマイクロダンジョンを行き来するギフトだ」
オレが素直に教えるとは思っていなかったのだろう、ケイランが目を見開き、その後苦笑した。
「随分と簡単にバラすんですね」
オレはケイランの質問には答えずジャケットを開いて左内ポケットを見せる。
「このポケットが、イゼルナの治療に使ったダンジョンへと繋がっている。何処でもいい、オレに捕まってくれ」
ケイランが肩に触れると、オレはポケットに手を入れる。
次の瞬間、オレとケイランは”人をダメにするダンジョン”の中にいた。
「ここが湯治使ったダンジョンですか……想像以上に狭いですね。おや、あれが噂の果実がなる木ですか……一つも実が成っていませんが」
「エレンさんとメイドさんが食い散らかしたからな」
そう言ってケイランを連れ”海のダンジョン”に戻って来てきた。
「満足したか?」
「いえ、疑問が生まれました。なぜわざわざ私をあの場所へ連れていったのですか?」
「や、伝言を頼みたくてな」
「伝言……?」
「目の前でやると煩そうだから、なっ」
言って、オレは”人をダメにするダンジョン”のジャケット左内ポケットを引き裂いた。オレの手縫いなので、糸だけ解れて剥がれるかと思ったのだが、思ってたより頑丈に縫われてたらしく、布の部分が派手に破けていた。
「な……あなたは、自分が何をしたか分かっているのですか!?」
「厄介の種を排除した。あそこだけオレのダンジョンの中では異常に有用だったからな。他はここやログハウスのあった場所と大して変わらんから、それほど注目されることも無いだろう」
ケイランが、オレの言葉に派手にため息をつく。
「本当に貴族と関わるのが嫌いなんですねぇ? 上手く立ち回れば億万長者にも成れたでしょうに……」
「オレにそんな真似できると思うか?」
ケイランは肩をすくめ
「昨日のあなたの行動を鑑みるに……不可能でしょうね」
「そういうことだ。じゃ、ご婦人方に聞かれたら、もうあそこには二度と行けないと伝えておいてくれ」
片手をあげ、ケイランから離れ、砂遊びをしている二人のもとに近寄る。
「あ、ミヤジのおじちゃんだー」
先に気づいたイゼルナが手を振ってくる。
それに手を振り返しながら、オレは二人の前に腰を下ろした。
「イゼルナちゃんは、もう身体は大丈夫か?」
「もうっ、昨日からみんなそればっか!」
と可愛くクチを尖らせる。
うん、この調子ならもう大丈夫だろう。
「そっか、でもおじさんが手を貸すのは今回限りだ。次はもう無いから無茶はしないで身体に気をつけるんだぞ?」
「えーっ、またあのお風呂はいりたいのにー」
「イゼルナちゃんが治ったからな。オレはもうこの街に用はないんだ」
「えぇーー!?」
イゼルナだけでなく、カレンも驚きこちらを見る。
「……ミヤジはどこかへ行くのか?」
「ああ、北壁を目指そうかと思ってる」
オレの言葉に驚きのあまり立ち上がるカレン。
「北壁っ!? 無理だ! 無謀だ!! いったいどれだけの冒険者があそこを目指し、散っていったか分かってるのか!?」
「知らん」
「知らん、って……いいか、北壁の高さは凡そ7000メルテ、その殆んどが断崖絶壁だ。飛行系のギフト持ちすら断念する高さだぞ!? そんな高地にどうやってたどり着く積もりだ!?」
「や、グーちゃんに乗って行くつもりだが……」
「グーちゃん……? ああ、あの蜘蛛型の乗り物か……あれだと壁面を登れるのか……!?」
「登れるんじゃ無いかな? 実際の蜘蛛だって壁を歩けるだろ? 蜘蛛型の、正確にはヒヨケムシ型のあいつに出来ないことはあるまい。どうだ、ワクワクするだろ?」
「う、うむ。北壁の上には使者の時代の街があるらしい。本来ならもっと南にあったそうなのだが、使者の時代の末期に起こった大転換により地軸が傾いて北側にずれたんだそうだ。もし辿り着ければ、そこには手付かずの使者の時代の遺跡があるはず……」
カレンがオレ以上に目を輝かせている。よっぽどこの手の話が好きなのだろう。
「ミヤジ、私は探検家になるのが夢なんだ。だから、もしミヤジが北壁の上に辿り着けたら、使者の時代の街を発見できたなら、何か証拠となるものを持って帰ってきて欲しい! その後の調査は、私がこの手で成し遂げて見せる!」
……すげぇな、この子は。オレがおのぼりさん的な物見遊山をしようとしてるのに、カレンは史学的な調査を目指している。とてもじゃないが真似できそうもない。
「あれ? そういや、お前、長女じゃねーの? 伯爵家どーすんだよ」
オレの疑問に、つと汗を流してそっぽを向くカレン。
「い、イゼルナが婿を貰えば、い、家は大丈夫。それに母上もまだ若いし、弟が生まれる可能性だって十分ある!」
……貴族って大変だなぁ、としみじみ思った。
「本当に報酬はいらないのですか……?」
城の出口で見送りに来てたケイランが聞いてくる。
「あれだけのことしてもらって、報酬を渡さなかったとなれば、我が伯爵家の恥となります。どうかお納めください」
と、何やら大層な物が入ってそうな小箱を押し付けて来ようとするエレン夫人。
「金も地位も要らないと言ったこと気にしてるのなら、そんなこと忘れてしまっていいのだそ!?」
と、これは伯爵さま。
「気持ちは有り難いですが、受けとる理由がありません」
「理由がないって……宮城殿のお陰でイゼルナは───」
「大病を患っていたイゼルナは長い闘病生活の末に奇跡的に自然治癒した。そういうことです。自力回復したのに誰かに謝礼を渡すのはおかしいでしょう?」
「自然治癒って……あれはそなたの」
「オレの、何です? まさかギフトの話を人にするつもりじゃ無いですよね?」
「………」
「つまりは、そういうことです」
「ですが」
更に謂いつのろうとするエレン夫人を伯爵がそっと諌める。
「宮城殿の要望ほ承った。何か困ったことがあったらこのダンカン・サモンディールを頼って欲しい。今度は友としてそなたの力となりましょうぞ」
言って伯爵が手を差しのべてくる。
オレが手をにぎりかえすとこっそり呟いてきた。
「出来れば用がなくとも遊びに来て欲しい」
と、水洗いして陰干ししているボードに視線を向ける、
オレは苦笑して
「まあ、考えて起きます」
とだけ答えた。
カレンやイゼルナと別れを惜しみ、ケイランには伝言のことを念押しして、オレと婆さんは魔導自動車に乗り込んだ。
「……ホントに良かったのか?」
動き出した車の中で婆さんが聞いてくる。
「何が?」
「報酬のことじゃ。お前さんギルド登録費も無いんじゃろ?」
「ああ、そのことか……それだったらもういいんだ」
婆さんが方眉をあげ、こちらを見る。
「別にギフト経由便でしか、仕事が無いわけではないだろうしな。ちょうどいい足も手に入れたし、運び屋の仕事でもしながら細々と稼ぐさ」
「身分証明はどうするんじゃ? あれが無いと街を出ることは出来ても、入ることは出来んぞ?」
「ここで領民登録するさ。ま、そんな悪い街でも無さそうだし」
「そうか……出入りに困るようならいつでもわしんとこの倉庫を使っとくれ。鍵無しで入れる小部屋を用意しておくからの」
こうして、婆さんの護衛から端を発した事態は一応の終結を見せた。
只の簡単な護衛仕事がなぜこんな面倒なことになったのかは大いに疑問だが、一つだけ確信したこどがある。ミランダか言ってた通り、ギフトば他人に教えるもんじゃないと───
______________________________________
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第一章はこれにて完結でございます。
年内は第二章の構成を練ろうと思っているので、更新はございません。
それでは皆様、良いお年を!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます