第14話

二本連続投稿の二本目です。

まだ一本目をお読みでない方は13話に戻ってお読みください。

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 一方、寿延の消えたホールでは、そこにいた一同が途方に暮れていた。

 特に戸惑っていたのはエレン夫人その人だった。

 まさか平民があの程度のことで口答えするなどと思っても居なかったのだ。

 エレンとしてはイゼルナに余計な苦痛を与えたくないという親心からだった。非難される謂れは無かった。


「私が怒らせたのか……?」


 思わず言葉が漏れる。


「仮にそうだとしても、あの者の態度不遜過ぎます!」


 言葉を返したのは、寿延を斬り着けた剣士だった。


「あれは貴人に対する態度ではありません! 例え元の世界と身分制度が違ったとしても、目上の者は存在したはずです。それでもあのような態度を取れると言うことは、あの者がもともと誰彼構わず吠えたてる狂犬だったと言うことです!」


「トーラス、あの者がおかしいのは否定しないが狂犬呼ばわりは言い過ぎだ」


「カレン様!?」


「最初からあの者は貴族と関わるのを疎んでいたように思う。それを私が無理を押して頼み込んだのだ」


「それはカレン様も貴人であらせらるから……」


「それは違うぞ、トーラス。あの者は最初から私に敬語を使わなかった。私が貴族だとわかっても尚態度を改めるようなことは無かった。もともとその様なものの権威など意に介していないのだろう。たが、あの者は私の頼みを聞いてくれた……何故だと思う、トーラス」


「わ、私には解りかねます」


「あの者は私を友と呼んだのだ。貴族の頼みは聞かずとも友のためなら力を貸す、そういう男なのだろう。まぁ、多少短絡ではあったが」


「であれば、何故あの男は私やダンカン様に敬語で接したのでしょうか? そこにはある程度の打算があった様に思われますが?」


 ケイランがどこか面白そうに尋ねる。


「それには最初、私も驚いた。そして、以前私と話していたときはからかわれていたのだと腹も立てた。だが、さっきの物言いで府に落ちたよ。あれは私やナコルトに対する配慮だったと。ケイラン、そなたのギフトなら解っていたのではないか?」


 ケイランは答えず肩をすくませる。


「やれやれ、これは手厳しい。それにしてもカレン様、ご自分が招いた者が斬られたと言うのに、随分平然とされてますな」

 

 ケイランが話題を反らす様に言葉を繋ぐ。


「あの程度の傷などすぐに治るからな」


 と話してる一同の目の前に突然蜘蛛型の機械が出現した。

 言わずと知れたグーちゃんである。


 グーちゃんは素早くカレンの元へ駆け寄ると機体を斜めに傾ける。

 驚いてるカレンにコックピットからびしょ濡れの手が伸びた。

 寿延の手だ。

 周りの人間もこの状況を黙って見て居たわけではない。

 エレン夫人はカレンを庇おうと抱き締める。

 剣士トーラスは持ってた剣でグーちゃんに切りかかり、ケイランとダンカンは手に不思議な道具を握りグーちゃんの脚に殴りかかっている。




 オレはカレンの頭に触れるとそのまま”ログハウスのダンジョン”へと移動した。

 グーちゃんに機体を水平に戻して貰うとオレはコックピットから立ち上がる。


「はい、ストーップ!!」


 一同が固まるなか空気を読まない剣士が斬りかかってきた。外でならさっきの二の舞だったが、ここはオレの支配領域、婆さんを”人をダメにするダンジョン”から引っこ抜いた要領で剣士を別のダンジョンに飛ばす。


 突然消えた剣士に愕然とする一同。


「ストップと言ったろ? ここはオレの支配領域だ。謂わばオレがここの王ってわけだな。あんたらみたいに敬意を払えとは言わんが、抵抗したら地獄をみて貰う」


 ケイランがダンカンを守る様に前に出る。


「これはどういうつもりなのかな? この様なことをしてただで済むとも?」


 今まで隠していたのだろう、やたら凄みを感じる。


「ただで済むな。オレが望まない限り、あんたらはここから出られない。領主ともども謎の失踪だ」


 オレが本気で言ってることを悟ったのか、ケイランが肩を竦めた。


「やれやれ……いったい何が望みなんです? 金ですか、それとも地位? もしかして───」


 と、カレンに視線を向ける。


「や、それは無い。あと金も地位も要らん」


「なら、どうしてこの様なことを?」


「オレは善意で来てやったんだ。解るか? それをペテン師呼ばわりした挙げ句、言葉使い一つで斬り着けやがった」


 エレン夫人は眼を見開き、ケイランは逆に目を細めた。


「ふぅ~~、つまりこの状況は先ほどと立場を入れ替えたと言うことですね? なんとも意地が悪い」


 呆れ顔でケイランが呟く。


「バカ言うな、等倍返しだ。良心的だろう?」


 オレはニヤリと笑う。


「み、ミヤジ、これはどういうつもりだ? 貴様は何を望んでいる!?」


「変なことを言うな、望みがあるのはカレンだろ? オレはあくまでお前の手伝いをしにきただけだ」


「な……では、イゼルナの治療を……?」


「その為に呼んだんだろ?」


「そ……そうか」


 カレンか安堵したような困った様な顔で頷く。


「ま、待って、この期に及んでまだイゼルナに手を出そうというのですか!?」


 母は強し。状況、と言うかパワーバランスを理解している伯爵とケイランが青ざめる。


「エレンさん、娘を思うあんたの気持ちは痛いほど理解できるが、それじゃあ話が進まないんだ。少し黙っててくれるか?」


「エレン……」


 伯爵がエレンの肩に手を回す。

 しかし、そんなことで止まれるなら、最初からとやかくは言ってこないだろう。

 案の定、エレン夫人は伯爵の腕を払って、オレに食って掛かる。


「あなたっ、いったいあの子何をしようというのですか!? どんな恨みがあればそんなにも……」


 オレはため息を着く。


「はぁ~~……断っておくが、オレ自身がイゼルナに何かをするわけじゃないぞ? オレはイゼルナを治療出来ると思われる場所に案内するだけだ」


「え……そ、それはどんな場所なのです!?」


「風呂」


「………ええ?」


 流石のエレン夫人もこの返答には戸惑いを隠せないようだ。

 つか、カレンのやつ、詳しい内容は伝えていなかったのか?

 ……や、内容がギフトに関わるから黙ってたのか……ホントに真面目なやつだ。


「風呂だよ風呂。温泉知らないのか?」


「……なるほど湯治でしたか。それならばあるいは……」


 そう漏らしたのはケイランだった。


「ケイラン? あるいは、とはどういうことです?」


 エレンが問い返す。


「エレン様、以前私が進言した治療法を覚えていらっしゃいますか?」


「あなたの言った治療法……ああ、あの療養所に行くと言ったあれですかですか……あれは場所が遠すぎて諦めたはずですよね」


「あの療養所の治療法に湯治と言うものがありました。目に見えない身体に有用な成分の溶け込んだ湯に浸かると言う治療法です」


「ああ、その話は私も聞いたことがあるな。確か燐領の先代ドリアノ伯爵がリューマチに効くと言っていた」


 伯爵が間の手を入れる。


「湯治は湯の性質によって効能が変わるものですが、腫瘍をも直せる効能があるなら或いは……」


「イゼルナにも効くと……?」


 エレン夫人がオレに確認する。

 オレは肩を竦め


「婆さんとカレンはそう確信してるみたいだな」


「……」


「なぁ、エレンさん、こう考えてみちゃどうだ、家から移動せずに湯治が出来ると」


「……」


「だったらイゼルナ本人に確認してみたらどうだ?」


「……」


 めんどくせーなーもう!

 最早意地になって引っ込みが着かなくなってるよ、この人。

 オレはカレンを向く。


「カレンもそれでいいな?」


「ああ、ここまでさせて無駄足になるかも知れんが、それで頼む」


「じゃあ、オレとカレンは一旦城に戻ろう。申し訳ないか、あんたらはここで待っててくれ」




 豪奢な天蓋のあるベッドの上にイゼルナは寝かされていた。眼窩は落ち窪み、皮膚はがさがさに荒れ果て茶色に変色している。小さな身体は骨と皮だけになっており、最早生きているのが奇跡と思えるほどだった。


 見た感じベッドごと移動するのは無理そうだな……


「彼女を移動させるとき、普段はどうしてるんだ?」


 オレはイゼルナの看病をしていたメイドさんに聞いてみる。


「近くなら私が抱えて行きますが、そうでない場合は移動用のベッドを使います」


 メイドさんは、カレンと一緒に来たから通したものの、全身ずぶ濡れのオレに不信感を隠せない様子。

 まあ、気にしない。


「ならすぐにその移動用のベッドを準備してくれ」


 オレの言葉にメイドはカレンの顔を伺う。

 カレンが頷くとすぐさま部屋の外に出ていった。


「こんにちは、イゼルナちゃん」


「……おじさん誰?」


 枯れ葉を擦り合わせる様な音と言うか、とても5、6歳の少女の声とは思えない。


「おじさんは、カレンお姉ちゃんのお友達で宮城って言うんだ」


「……ミヤジ?」


 っく、さすが姉妹、同じ反応できたか。


「そう、ミヤジだ」


 カレンが、言葉に詰まったオレと入れ替わった。


「お姉ちゃん」

 

 イゼルナが嬉しそうに笑う。

 もしかしたら、滅多に会わせて貰えてないのだろうか?


 カレンがそっとイゼルナの手を握り話しかける。


「これから新しい治療を試したいの。決して痛くないし、苦いお薬もない。イゼルナはその治療を受けてくれるかな?」


 治療と言う言葉にイゼルナが不安そうな顔になる。


「新しい治療……ホントに痛くない? 針とか刺さない?」


「全然痛くないよ、お姉ちゃんも試してみたもの。痛いどころか、暖かくてすっごく気持ち良いんだよ!」


「気持ちいいの? それどんな治療なの?」


 少し乗り気になったのかイゼルナが目を輝かせる。


「それはねぇ、なんとお風呂に入るのです!」


「お風呂!? イゼルナお風呂に入っていいの!?」


「もちろん! それが新しい治療だからね!」


「……わたし、その治療受けたい! お風呂入りたい!」


 これで決まりだな。




 オレはメイドさんと移動ベッドに乗せたイゼルナを伴い、まず、婆さんの待つ”人をダメにするダンジョン”に連れていき、次にカレンを伴って”ログハウスのダンジョン”に戻ってきた。


 オレたちの出現に気付いたエレン夫人が真っ先に駆け寄ってくる。

 

「母上、イゼルナは治療を了承しました」


 エレン夫人が何かを言う前にカレンが機先を制した。


「そう……」


 最早何も言う気力もないのか、肩を落とし項垂れる。


「エレンさんも治療に立ち会いますか?」


 オレの言葉に、心底驚いたように目を見開く。


「……そんなこと許されるのでしようか? 私には何の知識も無いのに……治療の邪魔になるのは──」


「邪魔もなにも、お風呂に入るだけです。もう随分と娘さんと触れ合って居ないんじゃないですか?」


「っ……」


「深く考えず、ただ一緒にお風呂に入る。それだけですよ」


 エレン夫人はポロポロと涙をこぼすと、聞こえるか聞こえないかの声で、お願いしますと呟いたのだった。




 波の音を聴きながら、オレは剣士に斬られた服をチマチマと縫っていた。オレを斬り着けた当の本人は、波打ち際でオレが作ってやったブギーボードを伯爵相手に奪い合っている。


「精が出るな、ミヤジ」


 砂浜で貝集めを楽しんでいたはずのカレンがオレの横に腰かける。


「お前んとこの忠臣が派手に切り裂いてくれたからな。ったく、買ったばかりだってのに」


「それに関しては謝罪はせんぞ? 自分の仕える相手に無礼を働かれたんだ。怒って当然だ」


「分かってるよ、だからあいつは地獄送りにしてないだろ?」

 

 カレンが怪訝な表情になる。


「……さっきも言ってたな。なんなんだ、その地獄とは?」


「汚物まみれの洞窟だ」


「え”!?」


 カレンの顔が強張る。

 

「あそこに沈んだ者は二度と人としての尊厳を取り戻すことは難しいだろうな……」


 オレが遠い目で語ると、隣のカレンが身じろぎして距離を取る。


「あの風呂が有ってよかった……」


 オレがしみじみ言うと、カレンが掴みかかってきた。


「貴様、そんなもの洗い流した場所にイゼルナと母上を浸からせてるのか!?」


「バカ言うな。オレだってあの風呂には入るんだ。例え浄化出来ると分かっていても、そんな気持ち悪い真似するかよ」


「な、なら、何処で洗い流したと言うのだ!?」


 聞かれたので素直に前を見る。

 オレの視線の先には、いい歳こいて波遊びに興じているおっさんたち。


 その姿を見て、カレンが爆笑する。


「まあ、海には自然の浄化作用がある。気にしたら負けだな」




 その日の夜。”人をダメにするダンジョン”に居る婆さんたちに話し掛けると、治療は順調だと言われた。何でも、もうイゼルナが一人で立って歩けるほど回復してるんだそうな。

 その話を聞いたカレンや伯爵が一度出てくることを要請したが、なんとエレン夫人が断固拒否。完治するまで出ないとのこと。食事はどうするのかと尋ねたら、イゼルナには果実があるので問題ないが、他のものには城の食事を送ってくれと頼まれた。



 

 そして翌日。

 朝、確認を取ったら、まだ夜までかかると言われ、必然的にオレは城に軟禁状態。

 伯爵も遊んでばかり居られないのか、今日は執務室に籠るんだとか。

 ただ、仕事前に木工職人を城に呼び出すよう指示していたのは見なかったことにする。あてにされても困るし。

 因みにケイランは、イゼルナの治療開始と同時に城に戻していた。あれでも城で一番忙しい立場らしい。

 カレンは勉強があるとかで、やはり部屋に籠り、オレは宛がわれた部屋で監視役の剣士、つまりオレを斬り着けた剣士と二人きりになり非常に気まずい思いをしている。

 伯爵に、今日一日、イゼルナたちの治療が終わるまでダンジョンに入るのはやめてほしいと言われたので我慢しているのだ。

 因みにこれは命令ではなくお願いだったので、オレもおとなしく聞いている。筋を通せばそんなに扱いづらい人間では無いのだよ、自分は。


「おい……」


 お互い関わらずぼーっとしてたら、不意に声をかけられた。


「なんだ?」


「本物の海もあの様な美しい場所なのか?」


 こいつそんなに波遊びがたのしかったのだろうか? 人には無礼と斬りつけてきたくせに、ブギーボードを奪う為には主人を海に沈めることも厭わなかったよな……?


「……まぁ、場所に依るかな? 漁港だとあんな風景は無いと思うぞ?」


「そうか……」


 剣士、確かトーラスと言ったか、は残念そうに肩を落とした。


「ここら辺に海は無いのか?」


「南の果てのサナ国には海があると聞いた。ダンカン様は若い頃に一度だけ訪れたことがあったそうだが、俺はこの国に生まれたのでな」


「ん? そういや、この国は大陸の西にあるんじゃ無かったのか? 西の果てにも海はあるだろ?」


「西側だ。この国より西にも国がある。だが、我が国と国交を結んで居ない国が多くてな。旅を考えるのは現実的ではない」


 ほぅ、それは知らなかった。まぁ、領民登録をしていないオレには関係無いかも知れないが、もっと地理や情勢に気を配らないと危険かもな。


「東には帝国が有るんだよな? なら北側には何があるんだ?」


「北壁だ」


「北壁? 壁のような山脈が連なっているのか?」


「いや、使者の時代の末期に大地が迫り上がって出来た土地らしい」


 ほう!? 台地か! 元の世界のギアナ高地みたいな場所だろうか? 


「どんな場所なんだ?」


「分からん。使者の時代の街があると言う噂だが、遺跡探索専門の冒険者もまだあの北壁を越えることは出来て居ないらしい」


 遺跡があるのか!! 是非とも訪れてみたいが……遺跡探索の資格って、幾らくらいかかるんだろう?

 つか、まだギルド登録も済んで無かったか。

 金を稼がねば……


「もっと詳しく知りたいなら、カレン様に聞くといい。その手のことにはお詳しいからな」


 お? カレンはそういうの好きなのか? そういや、元の世界の話にもやたら食いついてたもんなあ……時間があったら聞いてみよう。




 夜になり、イゼルナと婆さんがダンジョンから出てきた……と言うか、頼まれてオレが出した。

 イゼルナは見違えるほど肉付きが良くなっており、肌もツヤツヤになっていた。それでもまだ、細く小さいが、これならもう大丈夫だろう。

 イゼルナを見た伯爵は泣き崩れ、カレンもイゼルナを抱き締めて涙を浮かべている。


 オレは少し離れた場所からその光景を見ていたら、婆さんに声をかけられた。


「これでお前さんもお役御免じゃな。一時はどうなるかとおもったが、終わり良ければすべて良しじゃ」


「おい婆さん、なにまとめようとしてるんだよ? まだエレンさんとメイドさんが出てきてないぞ?」


 オレの言葉に婆さんが肩をすくめて苦笑する。


 またなのか!? やはりあそこは危険すぎる!


 早急に封印せねば!!!

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