第11話
倉庫に戻ってギフトの検証を再開する。
残るポケットはジャケットの4つ。まずは右腰のポケットに手を入れる。
一瞬空間の歪みを感じ、オレはダンジョンの中に入った。中は真っ暗で何も見えない。
明かりが無いとどうしょうも無いな……
オレは中の探索を諦め、外に出た。残りは三つ。次は左腰のポケットに手を入れる。
白い砂、打ち寄せる白波、限りなく透明に近い海水……そこは常夏ビーチだった。
水平線の彼方には大きな入道雲、砂浜の先には林が見えるが、恐らく、例の障壁で行くことは出来ないだろう。
リゾートとしては、良いかも知れない。ちょうど良いパームツリーもあるし、ハンモックをかけてだらけたら気持ち良さそうだ。
オレは倉庫に戻り、次のダンジョンへと入る。今度は左胸のポケット。
そこは密林に囲まれた静謐な空間だった。縁以外は殆ど水没しており、中央には小島が見えた。周りは蟻の這い出る隙間も無いほど密集した植物……恐らくシダ類の高木に囲われており、その高さは恐らく100メートルを下るまい。
池を覗き込むと、水底で砂が踊っている。湧き水だろうか?
生物の気配がなく、魚どころか虫さえ見当たらない。
美しいが、使い道は無さそうだな。
オレは残り最後のポケット、ジャケットの内ポケットに手をいれた。
パッと見の印象は、やや暗めの鍾乳洞、ARPGにありそうなボス部屋っぼい空間。
だがその実、ここは地獄だった。地面はすべてぬかるんだ汚物で埋まっておりその深さは1.5メートル強、辛うじてオレの顔が出るくらい。
何よりもきついのがその匂い。これまで嗅いだ事もない、強烈という言葉も生ぬるく感じられる程の汚物臭が口腔鼻腔はもとより全身の毛穴から侵入してくる。
実際オレは臭気を感じたそのときには、既に吐いていた。頭が理解する前に身体が反応していたのだ。
オレは襲い来る臭気に気を失いそうになりながら”人をダメにするダンジョン”へ退避を試みた。しかしそこは”大きな宝箱の一マスダンジョン”だった。
しまった! ”人をダメにするダンジョン”は倉庫に脱いであるチョッキのポケットだった!!
だが、全身汚物まみれのオレが薬草の倉庫に入るわけには行かない。とりあえず、全身を洗い流せる場所に行かねば!
オレはさっき見たビーチを思いだし、咄嗟に移動した。
砂浜を駆け海に飛び込むと、その場で全裸になり親の敵のように全身を擦りまくった。
全身と衣服を洗い終え、オレは全裸のまま倉庫に戻った。
折悪く婆さんが薬草を取りに来ていたが、声をかける気力もなく、脱ぎ散らかしていたチョッキを着込む。
「なんねあんた、そんな格好で」
特に動揺することもなく、怪訝な顔で婆さんが聞いてくる。
「……地獄を見た」
「はぁ? なに言ってんだい、いい歳した男が──」
とオレの股間に視線を向け、それからおれに向かってにっこりと微笑む。
「まあ、まだそういう年頃かね」
どういう意味!? それどういう意味!?
婆さんはかんらかんらと笑いながら倉庫を出ていった。
釈然としないが、オレもそれどころでは無いので、すぐに”人をダメにするダンジョン”に移動した。
汚物は洗い流したが、まだ強烈な臭いが染み付いていたのだ。
オレはトイレに入ると手を洗う流しの水で再度身体を洗う。ここの水にはフローラルな香りがついており、また、手を入れるだけで汚れを綺麗に落としてくれる機能があった。
全身を洗い終えると今度は服を流しに突っ込む。手洗い用の小さい流しなので、一気に全部とは行かないが、一着一着丁寧に水に浸け、汚れと臭いを浄化して、やっと一心地ついた。
服をポークチョップツリーに干すと、オレはそのまま湯船に浸かった。
「ふぅ~~、酷い目に遭った。あのダンジョンは封印だな。いや、あのダンジョンでポケット移植実験をするか……」
や、まてよ? オレに戦う力は無いが、あそこに放り込めば弱らせることが出きるんじゃないか?
今のところ危険な目には合ってないが、剣を腰に佩いた者が普通に歩き回ってる世界だ。それに、攻撃的なギフトを持っている者もいるかも知れない。自衛の手段は確保しておいた方がいい。
あれこれ考え、オレは実験に使うポケットを決めた。
”空のダンジョン”
新しく買ったチョッキの右腰部分にあるポケットだ。因みに読みは”から”であり”そら”では無い。文字通り何もない乳白色の空間が広がってるだけの場所だった。微塵も使い道が思い付かなかったのでスケープゴートになって貰うことにした。
オレは湯船から上がり、干していた服を着直す。くんくんと臭いを嗅いだが、例の汚物臭はすっかり消えていた。
倉庫に戻り早速実験。
チョッキのポケットを縫い付けている糸を、裁縫用の薄いナイフで切り落としほどいて行く。
オレが買った価格帯の服のポケットは、基本、生地の上から縫い付けているタイプなので、取り外しはとても簡単だった。
外したポケット部分をどこに移植するかで悩んだ結果、チョッキの左後ろ腰部分に移植することにした。普通こんなところにポケットを付けたりはしないのだが、そもそもポケットとしての実用性を求めていないので、邪魔にならないここでいい。
縫合を完了して具合を確かめる。元々縫製なんか外れたボタンの取り付けくらいしかやって無かったので仕上がりはお粗末なものだったが、取り敢えずポケットとして使えるだろう。
オレは移植したポケットに手を入れた。
次の瞬間、オレは乳白色の空間、つまり”空のダンジョン”の中に立っていた。無事移植は成功した様だった。
その後はもう切った貼ったの大騒ぎで、ミランダから貰った服からポケットを移植した。単純に移植した分けてはなく、使い勝手に合わせて既存のポケットも移動させている。
結果───
ズボンの右ポケット:草原のダンジョン
ズボンの左ポケット:砂漠のダンジョン
ズボンの右尻ポケット:岸壁のダンジョン
ズボンの左尻ポケット:ログハウスのダンジョン
シャツの左胸ポケット:人面樹のダンジョン
チョッキ右腰のポケット:空のダンジョン
チョッキ左腰のポケット:小川のダンジョン
チョッキの右内ポケット:宝箱の一マスダンジョン
チョッキの左内ポケット:大きな宝箱の一マスダンジョン
ジャケットの右腰のポケット::暗闇のダンジョン
ジャケットな左腰のポケット:常夏ビーチのダンジョン
ジャケットの左胸ポケット:静謐な泉のダンジョン
ジャケットの右内ポケット:汚物のダンジョン
ジャケットの左内のポケット:人をダメにするダンジョン
と言う感じに整理した。
そして、もう一つ。
ミランダから貰ったシャツをバラして素材にし、新しいシャツの右胸にポケットを新作してみた。
これが使えれば、わざわざ服を買わなくてもポケットを増設できる。夢が広がるのだ。
オレは期待に震えながら、シャツの右胸ポケットに手を入れた。
すると次の瞬間、オレは巨大なガレージの中にいた。サイズは百メートル四方。ちょっとした航空機でも整備できるだろう。天井高は15メートルほどでレール式のクレーンが見える。
他にも油圧式のカージャッキや、旋盤、ドリルなどの工具類もあった。
これは、いつかオレも魔導自動車を手に入れるというフラグでは無かろうか!?
ポケット新設は大成功と言えよう。欲をかいて一回り大きめのポケットにしたのだが、それも功を成していた。今まで最大50メートル四方以下だったのが、100メートル四方まで広がっていたのだ。
満足したオレは倉庫に戻り、散らかしていた衣類を片付け、その日を終えた。
明日はいよいよ領主との対面……めんどくさいことにならないと良いなぁ……
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