第10話

 婆さんの薬屋は庶民向け商店街から路地裏に入った奥まったところにあった。

 木造二階建てでそれほど大きくはなく、看板が出ていなければ普通の民家と見間違えるほどだった。

 婆さんの家族構成は娘と孫娘、娘の亭主は商人で、今は行商で隣国に行ってるらしい。


 オレは挨拶済ませると、誘われた夕食を断り、すぐにダンジョンに引きこもった。



 まずは”一マスダンジョン”に入り宝箱からラーメンを取り出し、そのまま”ログハウスのダンジョン”に移って、そこで頂いた。別に宝箱部屋で食っても良かったのだが、四方を石で囲まれた場所で食うより、多少は文化的なログハウスで食った方がましだと思ったからだ。

 二度と食えないと思っていたラーメンは格別に美味く、不覚にも涙が零れてしまった。

 また宝箱から出てくれると嬉しいな……


 

 翌日、”人をダメにするダンジョン”で寝ていると婆さんの呼び声に起こされた。

 モソモソと起き上がり木を見ると、そこには果実がたわわに実っていた。

 やはりリスポーンするらしい。


 オレがダンジョンから出てくると、婆さんに朝食を薦められ、そのまま食卓を囲むことに。


 婆さんと違い娘さんは控えめで、あまり立ち入ったことは聞いてこない。が、婆さんとの関係を気にしているようだ。

 正直オレも説明に困るので、そこら辺は都合良く無視させて貰ってた。


 


 朝食を頂いたオレは、商店街に向かった。

 目的は服屋。

 今着ている服はミランダの元旦那の物で、オレには少し小さい。なので、体に合うサイズのものがほしかったのだ。

 それに、ポケットダンジョンの検証もある。

 今のところ、オレの衣服には合計三つのポケットがあるのだが、一張羅と言うこともあり、脱いだ状態でダンジョンにアクセス出来るか確認していない。

 それを確認する為にも、後一セットは欲しいところだ。

 

 コトクサの服屋も、宿場町の雑貨屋と同じで新品と中古の割合が半々くらいだった。

 オレはデザインを二の次にして、値段とサイズとポケットの数でワンセット見繕った。


 左胸にポケットのあるシャツ 2500ゴル

 両腰と内ポケットがあるチョッキ 3000ゴル

 前二つと右尻にポケットのあるコットンパンツ 2800ゴル

 左胸と両腰、そして内ポケットのあるジャケット4800ゴル

 それと下着類三着と裁縫道具を買って、締めて14500ゴルの出費。


 下着以外中古とはいえ、思ったよりも安く買えた。元の世界の◯マムラくらいか?

 とは言っても、元々手持ちが少ない上に、現状次の収入のあてもないので、厳しいことに変わりはないが。



 オレは買った服を脇に抱え婆さんの薬屋に戻ってきた。

 少し職探しでもしようかとも思ったのだが、求人のビラなどは貼られていなかったので断念。まあ、今度時間のある時に、働けそうな店に凸してみようかと思う。

 そうそう、ビラと言えば一つ気づいたことがある。

 オレ、この世界の文字が読めた。や、この世界と言うより、この国の文字が。

 理由は分からんが、会話が出来てるのに文字だけ読めないと言うのも変な話だ。

 ではなぜ会話が出来るのか?

 もちろん、そんなこと知るよしもない。きっと誰かがそうなるよう仕組んだのだろう。自然にこんなこと起こるわけ無いしな。

 ただ読めても意味が分からない物もある。恐らくだが、略語か何かだろう。元の世界のJFKとかと一緒にじゃないかと思う。たぶん。


 店には婆さんがおらず、代わりに娘さんがカウンターに座ってた。婆さんは恐らくカレンに頼まれた調薬でもしてるのだろう。

 オレはカウンターの娘さんに一言声をかけて、そのまま裏にある倉庫に入った。



 これから行う検証は二つ。

 一つ目は脱いだ服のポケットにアクセス出来るのかの確認。

 二つ目はポケットを移植出来るのかの確認。


 まずは新しく買った服に着替えた。そして脱いだチョッキの内ポケット、つまり”人をダメにするダンジョン”に手を入れてみた。

 しかし、なにも起こらない。

 どうやらオレが着用していないとギフトは働かないらしい。


 次にポケットの移植だが、その前に新しく買った服のポケットを確認する必要がある。

 上手く行くか分からないので、出来れば有用そうなダンジョンでは試したくない。


 てな感じで、まずはズボンの右ポケット。

 そこは一面に広がる草原だった。

 これまでのダンジョンと違い、四方を壁で囲われているという事もない。

 草以外何もないが、この広さは何かに使えるかもしれない。そう思って歩き出したが、すぐに見えない壁にぶち当たった。風景が投影されてると言うより、何か障壁みたいなもで塞がれてる感じ。壁に沿ってぐるりと一周すると、直径およそ50メートルの円形に近い空間だと言うことがわかった。


 なるほど、所詮はポケットダンジョン。

 やはり微妙だった。

 

 それから順次調べた結果、


 ズボン右ポケット、草原のダンジョン

 ズボン左ポケット、砂漠のダンジョン

 ズボン尻ポケット、岸壁のダンジョン

 シャツ左胸のポケット、人面樹のダンジョン

 チョッキ左脇のポケット、小川のダンジョン

 チョッキ右脇のポケット、空のダンジョン

 チョッキ内ポケット、大きな宝箱の一マスダンジョン


 以上の結果となった。

 サイズはどれも50メートル四方以下。使えそうなのは大きな宝箱の一マスダンジョンくらいだろうか?

 まあ、使えると言っても、宝箱が少し大きくなったくらいで、中身は20㎝の蜘蛛型の乗り物っぽいオモチャ。さすがに取り出す気にもなれずそのまま放置した。いずれリスポーンするだろう。


 残りはジャケットのポケットだが、いい加減疲れて来たので一休み中。

 まぁ、やはりポケットダンジョン。いちいち微妙だ。このままだと”人をダメにするダンジョン”が一番有用と言う非常にダメな結果になりそうだった。


 疲れてぼへーっと座り込んでると、倉庫の入り口から婆さんが入ってきた。


「なんね、疲れた顔をして」


「や、新しいポケットダンジョンの探索をしてた」


「なんか良さげなものはあったかい?」


 その質問にオレは黙って肩を竦めた。


「そうかい。まぁ、ギフトなんてそんなもんさね。それより、領主様のお使いが来てるよ」


「もうか!? めんどくせーー……」


 オレはしぶしぶ腰を上げると、婆さんの後をついて行った。




 領主の使いとやらは二人組だった。

 腰に剣を佩いた剣士風の男。甲冑こそ着ていないが、騎士か衛兵だろう。

 もう一人は……なんと言うか、あまり直視したくないファッションセンスのイケメン。

 ふわふわのカツラに白粉と口紅、10tトラックのタイヤチューブと同じくらいの大きさのカボチャパンツ、そして白いタイツに先が反り返っている尖ったブーツ。

 一目見て、視線を反らすことに成功したのは僥倖だろう。

 でなけれは爆笑して危うく無礼打ちコースだった。


 オレは騎士風の男に向かい、頭を下げた。


「”渡り”の宮城寿延と言うものです。礼儀には疎いので御容赦のほど宜しくお願いします」


 そう言って顔を上げると、騎士風の男が困ったようにアイコンタクトをしてきた。


[お前の相手は俺じゃない、隣の貴人に挨拶しろ]


 もちろん、そうだろう。分かってる。だが、オレも死活問題なので譲れない。あんなのを見て笑うなって、年末のバラエティー特番か。

 知らん顔してだんまりを決め込む。


「うおっほん」


 変な格好の男がわざとらしく咳払いをして自己アピールをしてくる。

 くそっ、とぼけるのは無理か……

 

 仕方ない。

 オレは太ももの相手から見えない場所を思いっきりつねり、激痛を堪えつつもう一人に向き直る。


「ぶふぉっ!」


 思わず吹き出したところに、反対側のフトモモを盛大につねられ事なきを得た。


 婆さんナイスアシストだ。めっちゃ痛くて涙がちょちょぎれたけど。


「ご無沙汰しております、ケイラン様」


 婆さんが変なのに話しかける。どうやら面識があるらしい。


「ナコルトか、久しいな。息災であったか」


「おかげさまでぴんぴんしとります」


 変なのは目を細め、値踏むように婆さんの顔をじっと見る。


「カレン様の言われた通り、確かに目の下の隈が消えているな。例の話は本当ようだな」


 そして、ケイランと喚ばれた男がオレを見る。

 試練の時だ。

 オレはケイランの眉間のみ一点集中で見つめる。

 目を逸らしちゃダメだ目を逸らしちゃダメだ目を逸らしちゃダメだ!


「貴様は先ほどから挙動がおかしいが、何か病気でも患っているのか」


 オレの額に青筋が立つのを自覚した。が、なんとか堪え笑顔を作る。


「いえ、そんなことはありません!」


 オレの返事を気にせず、じっと見つめてくるケイラン。

 ま、まさかこいつ、そっちの気が………

 ヤバい、オレは自惚れ屋では無いが、自分のルックスにはそれなり自信がある。昔、目の悪い女にカッコいいと言われたこともあるのだ。不細工では無いはずだ。無いと思いたい。無かったらいいな……

 なんか考えてたら凹んできた……


「………」


 ケイランの表情が、何故か哀れみを帯びる。

 くっ、まるで考えてることを読まれてるような反応を──

 

 ケイランの眉間がピクっと動く。


「………」



「………」


 なるほど、ギフトか何かで心を読んでるのか。

 この奇抜な格好もわざとかもしれない。

 いきなりこんな格好見せられたら、笑うしかないからな。こいつはこの格好で相手を釣りつつ、笑えないで堪えている姿を嘲笑うサディストだ。そして同時に笑われることに愉悦を感じるマゾヒストでもある。

 なんて、業の深い男なんだ。


「貴様は鋭いのかバカなのか分からんな。あと大概失礼だ」


 そう言って笑う。

 格好はおかしいが、ムカつくほどイケメンだ。

 

「失礼しました。私の名は宮城寿延。別世界からきた”渡り”です」


「それはさっき聞いた。まあ、連れに言ってたみたいだが、そんなことはどうでもいい。貴様のギフトがイゼルナ様のご病気を治癒できると言うのは本当か?」


「知りません」


「なに!?」


「や、病気が治るかもと言ったのは、そこの婆さんとカレン……様です。私にはなんの確証もありません」


 保険じゃ無いぞ? まじでオレには分からないんだから。


「………まあ、カレン様も確証は無いと言っていた。ナコルト、貴様の考えを言え」


 婆さんは真っ直ぐケイランを見る。


「私の病はこの男のギフトのおかげで治りました。イゼルナ様の治療にも有効かと存じ上げます」


「……貴様の薬よりもか」


「はい」


 婆さんは、ケイランの意地悪な質問にも澱むことなく、真っ直ぐに答えた。

 まじでオレにはそんな確証は無いんだけどなぁ……


「……わかった。どうせダメ元だ。明日の昼に迎えをやるので、二人とも登城せよ」


 言ってケイランは踵を返し、連れの剣士を伴って裏路地を出ていった。




「あいつ……」


「どうした?」


「ずいぶん偉そうだっが、徒歩で来たのかな?」


 そう考えるとなかなか笑える。なんせあの格好だ。


 婆さんは呆れたように首を振ると、そのまま黙って店のなかに戻って行った。

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