第9話
森を抜けると石組の壁に囲まれた街が見えてきた。壁の高さは3メートルほど。
その壁越しの丘の上に一際大きな館が建っているのが見える。たぶん、あれがカレンの家なのだろう。
「想像より早く着いたなぁ……体感で二時間くらいか」
急いだこともあって日没にはまだ早い。
まあ、早くて悪いと言うことは無いだろう。
オレは一度”ログハウスのダンジョン”に入ると、
“人をダメにするダンジョン”の二人に声をかけた。
「コトクサの街が見えてきたぞ、二人とも出る準備は出来てるか」
『ふえっ、ミ、ミヤジ!?』
突然の声に驚いたのか、カレンが情けない声をあげる。
『すぐに準備するから、勝手に外に出すんじゃないぞ。さ、カレン様お着替えを』
たぶんそうだとは思ってたが、やはり連中は風呂に浸かってた様だ。
まぁ、あの場所に取り残されたら、他にやることも無いだろうが。
「準備が出来たら声をかけてくれ」
言ってオレは宝箱を確認するために”一マスダンジョン”に移動した。
本当なら昨日のうちに確認したかったのだが、婆さんが風呂に立て籠ったせいでそれどころでは無くなってしまったのだ。
前回味噌が出てきてから、凡そ丸二日。
果たして宝箱の中身はリスポーンしているだろうか……?
木製のドアを開けると、部屋の中央にある宝箱が見える。そして、その蓋は閉まっていた。
最低でも二日でリスポーンするようだ。
まあ、ろくなものが出ないのでリスポーンが早くても大して実利は無いだが、なんとなくガチャみたいで楽しいだろ?
オレはいそいそと部屋に入り、宝箱の蓋を開けた。
中には──────
湯気をあげるラーメンがどんぶりごと入っていた。
「……この香りとチャーシューの大きさ、そしてこの量……醤油豚骨系ラーメンの雄、梅木屋のMAX全部乗せ麺かっ!?」
オレの腹に巣くう野獣がおたけびを上げる。今日は昼飯抜きの強行軍だったので無理なからん。
早速頂こうと手を伸ばし、致命的な欠陥に気付く。
「は、箸が無いだとおおおおおぉ!?」
くっ、どうする!?
”ログハウスのダンジョン”にはフォークがあるが、仮にも日本人のオレが梅木屋のラーメンをフォークで食べて良いものだろうか!?
「答えは、否っ!!!」
異世界に居るからこそ、この情緒を忘れるべきでは無い!!!
フォークで食べていいラーメンはカッ○ヌードルだけだ!!
幸いすぐ近くに森がある!
箸の代用品などすぐに見つかるだろう!!
オレは大急ぎでダンジョンを飛び出し、森に駆け込んで丁度良さげな枝を見繕い、すぐさま一マスダンジョンにトンボ帰り。
二本の枝を擦り合わせてバリを落とし、両手を合わせる。
「頂きま───」
『おーい、準備できたぞい』
くそ婆ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!?
なんて間の悪い奴なんだ!!
ここでお預けなんかしたら、ラーメンが伸びきっちまうじゃないか!
只でさえ箸の準備でロスタイム状態だってのに……ん?
あれ? ラーメン伸びてなくね?
宝箱の中のラーメンは出来立てほやほやの状態を維持している様に見える。
宝箱の機能だろうか?
しかし、それなら好都合、諸々片付けた後、ご褒美として頂くことにしよう。
オレは安心して”人をダメにするダンジョン”に移動した。
「待たせたな。じゃあ一度ログハウスの方に戻って……うん? どうしたカレン、そんな顔を真っ赤にして? 湯中りでもしたか?」
オレの言葉にカレンがビクッと反応する。
「ミ、ミヤジはこのダンジョンの中が見えるのか……?」
ん? 見えるとは……?
「……ああ、そういうことか。安心しろ、外に居てダンジョンの中を見ることは出来ない」
「そ、そうか」
あからさまにほっとするカレン。
まだまだ子供だと思うのたが、気にするお年頃なのかねえ?
「仮にも見えたとしても、子供と婆さんの裸なんか願い下げ──」
ゴスッ!!!
カレンの重い一撃がオレの脇腹を撃ち抜く。
「うぐっ……な、ナイスレバー……」
子供とは思えぬ見事なデンプシーロール……異世界人侮りがだし。
「っ……わ、忘れ物は無いな?」
痛みに悶えつつ二人に聞く。
「ふんっ」
カレンが腕を組んでそっぽを向く。
まあ、大丈夫だろう。
婆さんも来たときと同じ格好で問題なさげ。
たが、二人の背後にある果実の木には大いに問題があった。
「おい、後ろ木に果実が一つ無いのはどういうことだ?」
「食った」
婆ぁがケロリと言ってのける。
「食ったじゃねーよ、くそ婆ぁ! オレの非常食食い尽くしやがって!! こいつは文無し無職なオレの生命線だぞ!?」
人のもん勝手に食い尽くすなんてフリーダム過ぎんだろ!
「まあまあ、わしの食材置いて行くから、そう起こるな。どうせまた生えてくるんじゃろ?」
む……確かに”一マスダンジョン”の宝箱はリスポーンしてる。こっちも同じと考えるのが普通か?
「……まあいい。が、後で宿代に料金上乗せするからな」
「わかったわかった」
この台詞は昨日聞いた。
この婆さんのわかったは微塵も信用ならねぇ。
後できっちり取り立てようと心に誓うのであった。
それからなんやかんやあって、取り敢えず街の中に入った。
オレの事情はカレンが取りなしてくれたので、問題なく仮証明書を発行して貰えた。
カレンは衛兵と共に、森の出口に置いてきた魔導車の回収に向かい、オレは婆さんと冒険者ギルドの受付にいる。
「あれ? ナコルトさんの護衛はキバシさんが受けてたと記録されてるのですが……」
受付嬢が怪訝な表情でオレを見る。
「キバシが捻挫して、代わりにオレが引き継いだ。これが奴の念書だ」
受付嬢は手紙を確認し、ナコルト婆さんを見る。
婆さんが頷いたのを見た受付嬢は
「少々お待ちください」
と言い残しバックヤードに消えていった。
「おい婆さん、大丈夫なのか?」
不安になって確認すると、婆さんは肩を竦め
「依頼の引き継ぎなんて珍しくもない。依頼料を取りに行ったんじゃろ」
と、なんでもないことの様に言う。
まぁ、依頼者の婆さんが言うんなら問題無いのだろう。
受付嬢が戻るまで少し時間ができたので、この隙に気になってることを聞いておこう。
「なあ、婆さん。風呂の効能の話なんだが、あれは本当なのか?」
「なんじゃ、お前さんもわしの掌の傷が直ったのはみたじゃろう?」
「ああ、そっちは見た。でも腫瘍の方はわからん。確かに目の下の隈は無くなってるが……」
「わしが本当に腫瘍を患ってたのか分からないって言うんじゃろ?」
オレは黙って頷く。
「本当じゃよ、なんなら後でわしの娘に聞くがいい。どうせポーションの鑑定に寄るんじゃろ?」
そういや、それが発端だったな……色々あって忘れてたよ。
「ならあの温泉には本当に病気を治癒する効能があるんだな? 頼むぞ? 婆さんのせいでオレは領主の呼び出しくらいそうなんだから」
「しつこいの。大丈夫じゃ、確かにわしの腫瘍は無くなっておる」
言って婆さんは確認するように下腹部を撫でた。
「そうか、安心した。治癒の力があの果実でなくて、温泉の方にあるなら問題ない」
つか、果実はカレンと婆さんが食い散らかして、一つも残って無いからな。
「え”っ………」
「や、婆さんの腫瘍が直ったのって、状況的に風呂入ったのと果実食ったののどちらかだろ?」
「………」
「果実は誰かさんらが食い尽くしたせいで、次、いつ生えてくるか分からんし……って、婆さんどこ行こうとしてるんだ?」
そそくさと立ち去ろうとするばばあの襟首を掴んで引き戻す。
「まさか、その可能性を考えて無かったなんてことは無いよな?」
オレの言葉に婆さんが冷や汗を流す。まるでガマの油のようにダラダラと。
「……」
「おい婆ぁ?」
「す、すまん、そのことは考えて無かった……可能性としては」
言って、つと目線を反らす。
「可能性としては?」
「……果実の方が高い」
「おいくそ婆ぁ、洒落になんねーぞ! 領主になんて説明すんだよ!?」
「わ、わしも立ち会うのじゃ、お前さんに迷惑はかからんようにするから……」
「あの、ここで騒がれるのは迷惑なんですが」
見ると受付嬢が頬をひきつらせてこちらにジト目を向けていた。
オレは婆さんから手を離し、受付カウンターに向き直って頭を下げた。
「スマン。で、依頼は完了でいいのか?」
「はい。こちらが依頼料になります。キバシさんの分はそちらで分配お願いします。何があっても当ギルドは責任を持ちませんので宜しくお願いします」
そう言って差し出されたのは、トレイに置かれた紙幣とコインだった。
異世界なんで、てっきり全部コインで来るのかと思ってたが……意外だ。
信用貨幣がまかり通るってことは、この国は意外と裕福なのかもしれない。
オレはトレイから金を受けとると、冒険者登録の話を切り出した。
「身分証はお持ちですか?」
オレは黙って”渡り”の仮証明を出した。
「これは……えっと、領民手続きはされないで冒険者登録をしたいということでしょうか?」
「そのつもりだが……何か問題でも?」
「いえ、問題なく登録は出来るのですが、この場合領民保証の対象外になるので、登録料が実費になります。また、依頼達成時、依頼料から税金が引かれます」
「領民保証……じゃあ領民保証外の実費の登録料は?」
「六万ゴルになります」
「ろ、六万……」
高い……思ってた以上に高い。
護衛料じゃ全然足りないぞ。
婆さんから宿代貰ってもまだ足りない。
「それとですね、登録だけの方には受けられる依頼に制限がかかります」
「ああ、ランク制度か何かか?」
「ランク制度? それはどう言ったものでしょうか?」
受付嬢がきょとんと首をかしげる。
あれ?
ランク制度がないのか?
「え~と、確か依頼の達成数やギルドに対する貢献度でランク分けして、ランクに見合った難易度の仕事を割り振るシステムだったかな?」
「はぁ、それが宮城さんの世界のギルドのシステムですか」
や、ラノベで得た知識を言っただけなんだが。
「ここではその様な手間はかけていません。資格を持っていればどのような依頼でも受けられます」
資格……また妙な話になってきたな……
「資格って、どうやって測るんだ? 試験でも受けるのか?」
「当ギルドで講習を行っておりますので、そちらを受講して頂ければ資格は得られます」
資格ってそっちか、所謂免許制度なわけね。
「因みに受講料ってどれくらいかかるかんだ?」
「資格により変わりますが、例えば護衛の資格でしたら32万ゴルになります。受講なさりますか?」
高っけぇーー!! 32万なんて、今のオレじゃ逆立ちしても出せんわ!!
「あ、いえ……手持ちが無いんでまた今度にします」
「ギルド登録はどうされますか?」
「そちらもまた今度で。領民登録した方がや安そうなので……」
「承知致しました。ではまたのご来店を心より御待ちしております」
ペコリと頭を下げる受付嬢から、逃げるように冒険者ギルドの建物から出た。
参った……冒険者になって、簡単な仕事をこなしながら、この世界での生活基盤を固めようとか思ってたのだが、まさか、その冒険者にすらなれないとは……
これからどうすべ……
寝泊まりはダンジョンがあるから良いとして、問題は食事だ。あてにしてた果実は食い尽くされてるし、宝箱から毎回食える物が出るとは限らない。
しばらく今回の依頼料で食い繋いで、その間に仕事を探しつつ果実が実るのを待つ、という感じかな……
「なにぼーっとしとるんじゃ? 店に来るんじゃろ?」
婆さんの声で我に返る。
そういや、宝箱からでたポーションを鑑定して貰うんだったな。
けど、今となっては、もうどうでも良い。
たぶん、良くて低級ポーションだろうし。
「ポーションの鑑定はまた今度にするわ。あてが外れたんで、今は仕事探さないと」
そう言いながらバックを返し、ギルドで受け取った依頼料を婆さんに渡す。
婆さんは依頼料からキバシの取り分を抜き、宿代分の三千ゴルを上乗せしてオレに渡してきた。
これでオレの手持ちは三万八千ゴル。切り詰めれば1ヶ月は食い繋げるだろうが、余裕は微塵もない。
そんなことを考えてると、不意に婆さんがオレの前に立ち、深く腰をおった。
「すまんがあの果実には値段がつけようがない。あれだけの効果があれば、財産を手放しても欲しがる者はいるだろう。それだけの価値があの果実にはある」
「なんだ婆さん、いきなり……」
「お前さんには迷惑だっかも知れんが、わしはあの果実に助けられたんじゃ。もう諦めてた腫瘍が無くなったからの。この恩には命に代えても報いるつもりじゃ」
そう言って婆さんは顔を上げた。
まぁ、ぶっちゃけ金が無いんで、これで勘弁しろ、ということだろう。
腹立つ婆さんだが、どこか憎めないところもある。
それに、金は欲しいが、ほどほどで良いので、身代潰すほどむしり取りたいとも思わないし。
「一つだけ約束してくれ」
オレの言葉に婆さんは真剣な表情を返す。
「今後誰にもオレのギフトの話しはするな」
婆さんも分かっていたのだろう。
ただ黙って深く頷いた。
これで話が終りならオレも楽だったんだが、この後まだイゼルナの件が残ってる。
正直逃げ出したいが、金も力も伝手も土地勘も何もないので、とても領主相手に逃げ果せるとは思えない。
せめて果実が残っていれば、熱りが冷めるまで”人をダメにするダンジョン”に籠ってることも出来たのだが……
「そういや、カレンとはどういう話になってるんだ?」
「領主様に話を通し、数日内に迎えを寄越すそうじゃ」
「迎えって、何処に?」
「そりゃお前さんの泊まる宿に───あっ……」
この婆さん、結構抜けてるよなぁ。
ボケが始まってるんじゃないか?
しばらく婆さんの薬屋に世話になることになった。と言っても、店の庭にある倉庫をダンジョンの出入りに使わせて貰うだけだが。
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