第8話

 カレンと魔導車ごと、オレは”ログハウスのダンジョン”に入った。

 コンパクトカーサイズの魔導車だったが、ダンジョンの出入りに質量は関係無さそうだ。

 

「な……ここは、どこだ……?」


 カレンが呆然としながら、ログハウスのあるダンジョンを見回す。


 オレは構わず、ログハウスに向かった。


「婆さん。居るんだろ、ちょっと来てくれ」

  

 オレが呼びかけると、不機嫌そうな顔をしたナコルト婆さんがキッチンから顔を出した。


「なんね? お前さんの分の昼飯は用意してないからね」


 なんだよ、まだいじけてるのかよ。

 オレは苦笑して用件を伝える。


「もう一人客を呼んだ。お貴族様だから、粗相の無いようにな」


 まあ、大粗相したオレの言える台詞では無いが。


「お貴族様……?」


 怪訝な顔の婆さんに事情を説明しようとしたところ。そこへカレンが駆け込んできだ。


「ミヤジ、ミヤジ! ここはいったい何なのだ!? お前のギフトは………ナコルト!?」


 興奮して駆け込んできたカレンだが、婆さんに気付いて目を見開く。


「ん? 知り合いか?」


 カレンに尋ねると


「知り合いも何も……私はこの者を迎えに行くために魔導車を出したのだ」


 すると婆さんはカレンの前進み出て、深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております、カレン様。魔導車を出されるほどお急ぎとは、もしやイゼルナ様のご容態に何か変化が……」


「うむ。少しばかり発作が出てな……貰っていた薬のストックが切れそうなのだ。近日中に追加を頼めるか?」


「ザボンより必要な薬草は採集してきております。街に戻り次第、早速取り掛かりたいと思います」


「そうか。では宜しく頼む」


 言ってカレンは安堵の笑みを浮かべた。

 どうやらカレンの関係者がナコルト婆さんの薬を常用してるらしい。

 婆さんが急いでたのも、もしかしたらこの件か?

 まあ、オレが立ち入ることでも無いので、事情は聞くまい。


「ところでナコルト、少し見ない間にずいぶんと顔色が良くなったな。何か新しい薬でも発明したのか?」


 ん? そうなのか? 実は婆さん有名な薬師だったりするのか?


「……いえ、新しい薬などは出来ておりませぬ」


「嘘を申せ。目の下の隈が無くなっているではないか

。それにその肌、妙に艶々している。まるで若返ったようだ」


 そういや、婆さんの目の下にあった隈が無くなってるな。今朝は顔を合わせずに外に出たので気付かなかった。けど、若返ったは言い過ぎじゃね?


「薬はございませぬが――――――」


「あ~、顔見知りなら問題無いな、じゃあ後は仲良くやってくれ」


 なんとなく嫌な流れになっている様な気がするので、とりあえず遮っておく。

 そしてそのままログハウスを出ようしたところを婆あに羽交い締めにされた。


「まてまて、カレン様の仰有られたことに一つだけ心当たりがあるんじゃ」


「そうか、ならしっかり説明してやってくれ。その間にオレはコトクサへ急ぐとしよう」

 

 言って振りほどこうとするも、婆あの細腕のどこにそんな力があるのか、万力の様に締め付けてくる、


「いやいや、百聞は一見に如かずと言うじゃろ?」


「おう婆あ、ふざけんな。どうせカレンを出汁にして、ちゃっかり自分もご相伴に預かろうという腹だろうが」


「お貴族様が興味を示しておられるのだ、ここは一肌脱ぐのが平民の努めじゃろがい?」


 駄目だこのくそ婆あ、完全に堕ちてやがる。

 やはりあそこは封印すべきだ。


「何をじゃれておるのだ。人の目の前で内緒話とは誉められた行為ではないぞ」


 カレンが頬を膨らませている。

 仲間はずれにされたので剥れてるのだろう。


「ほれ、カレン様もこう言っておられるではないか。さっさとわしらを、風呂場へと連れていくのじゃ」


「馬鹿やろう、婆あのあんたなら兎も角、カレンにはまだ必要無いだろう」


「あんだってぇ~?」


「お、おい、ナコルト。そんなに強く締め付けると、ミヤジが倒れるぞ? 顔が真っ白になってるじゃないか」


 カレンが間に入って、婆あを引き離してくれる。

 このドリル、実は天使か!?


「ありがとうカレン、まじで助かったわ」


「そ、そうか」


 少しどぎまぎ(……や、困惑か)しながら、カレンが婆あに向く。


「おいナコルト、今の態度は誉められたものでほないぞ! いったいどうしたと言うのだ!?」


 カレンの言葉に、婆あはこれでもかと唇を尖らせる。

 や、ほんと、子供か。


「わしの体調にはある秘密が有るんですじゃ」


「なに!? それはどう言ったものだ?」


「それには、この男のギフトが関係しておるんですじゃ」


 うわっ、この婆あ人のギフトの事口滑らしやがったよ。


「………ナコルト、他人のギフトの事は安易に言い触らしいいものじゃない。そんなこと、お前なら分かっているだろう」


 ……すげぇな、この縦巻きドリル。

 為政者の娘ってのは、こんなにしっかりしてるものなんだろうか?


「カレン様、お見苦しい姿をお見せして申し訳ございませぬ」


 言って婆さんが深々と腰を折る。


「この老いぼれもそのような事は重々承知しておりますのじゃ……ですが、このことはイゼルナ様の治療に役立つものと信じ、モラルに反して口をひらいたのでございます」


「イゼルナの治療だと……?」


 カレンが目を見開く。


「恥ずかしながら、この婆の薬ではイゼルナ様のご病気を治療するには至りませぬ。せいぜいが苦しみを和らげるのが関の山でございます」


「………」


 カレンは次を促すように、じっと見つめ返す。


「ですが、この者のギフトで行ける場所が、イゼルナ様の治療は有効だと、この婆には思われるのですじゃ」


「それは本当か?」


 カレンがオレに聞いてくるが、正直オレには肩を竦めることしか出来ない。

 つか、そんな効能があるかどうかなんて知らんですがな。


「本当ですじゃ。昨晩引き込もって、散々実験致しましたが、あの場所には緩やかですが、強力な治癒効果があります」


 妙に居座ると思ってたら、そんなことしてたのか、婆さん……腐っても薬師と言うところか………?


 ………や、たぶん、嘘だな。

 だったらはじめからそう言えばいいんだ。

 この期に及んでとんでもねぇ婆さんだ。


「ミヤジ、それが本当ならぜひその場所に連れていって欲しい。この通りだ」


 カレンがオレに頭を下げた。

 貴族のカレンが平民のオレにだ。

 イゼルナとは、カレンに取ってそれほど大事な相手なのだろうか……


「言っておくが、その効能とやらは一切保証出来ないぞ。なんか期待してる様だが、ぶっちゃけ只の温泉だ。婆さんが言う効能もオレは実感したことがない」


「それでも構わない、どうか頼む」


 オレはため息をついてカレンの頭に手をのせる。

 咄嗟に婆さんも掴まってきだが、気にせず”人をダメにするダンジョン”へと移動した。



「ここがその場所か……」


 カレンの表情には、戸惑いと少しの失意が窺えた。

 そりゃそうだよ。一見ただの狭い洞窟だからな。

 つか、婆さん、ハードル上げ過ぎだろ!

 どう収拾つけるんだよ!


 オレが睨み付けるも、婆さんは気にした風もなく、すたすたと湯船に向かう。

 そして、ポケットからナイフを取り出すと、おもむろに自分の掌を切り裂いた。


「な、なにやってんだ、婆あ!」


 幾らでまかせ言って、引っ込みがつかなくなったからって、それはやりすぎだろう!

 

 オレは慌てて婆さんに駆け寄ると、その掌のナイフを奪い取った。

 だが、婆さんは、こっちの剣幕などお構い無しに、湯船に傷口を浸ける。

 大きな薔薇の花がタイムラプスの早送りで広がる様に、ぶわっと湯のなかに血が広がる。

 だが、そのまま流れ続けるはずの血はそれ以上広がることなく湯の中に霧散していった。


「見てくだされ」


 呆然としているオレを尻目に婆さんは掌をカレンに見せる。

 その掌にあったはずの傷が綺麗に無くなっていた。


「………」


 カレンも驚きの目を見張っている。


「これは分かりやすい傷の治癒じゃ。じゃが、これくらいならポーションでも出来る」


 言って婆さんは、下腹部に手を当ててとんでもないことを口走った。


「わしのここには腫瘍が有ったんじゃ。老いぼれなんで、進行はそんなに早くは無かったんじゃが、それでも、もう次の行商には行けんだろうとはおもってた」


 ……そういや婆さん、ザボンの村でポーションの買い戻しを渋ってたな。まさかそういう理由だったのか?


「その腫瘍がな、昨夜一晩で綺麗に消えてしもうたんじゃ」


「……それは真か、嘘だと承知せんぞ」


 カレンが婆さんを睨むように確認する。

 対し、婆さんは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。


「そうか……そうか………っ…」


 今にも涙を溢れだしそうなカレンを見て、オレはダンジョンから外に出た。




 まさか婆さんが本当のことを言ってるとは思わなかった。

 まじで腐っても薬師だ。

 しかし、だったら、オレに言ってもいいだろうに…………


 いや……本当にそうなのか?

 婆さんの腫瘍なんて、オレは知らなかったぞ。

 仮に腫瘍のことが真実だとしても、風呂のおかげで治っていうのをどうやって証明するんだ?



 う~む……ま、まあ、考えても仕方ないか。

 取り敢えずコトクサに急ぐとしよう。

 随分と時間を取られたので、かなり急がないと日が暮れてしまう。

 大ネズミに噛まれるなんて嫌だからな。

 

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