第7話

 目が覚めるとログハウスの床の上だった。


 はて?

 なんでオレはこんなところに………と、考えたところで、昨夜、婆さんを温泉に入れたことを思い出した。

 そして、出てこなかったことも……


 

「おう、婆さん、いつまで入ってる気だ?」


『もうちょっともうちょっと』


「そんなこと言って、もう結構な時間が経ってる。いい加減に出てこないと湯中りするぞ?」


『もうちょっとじゃ、もうちょっと。後生だからもうちょっとだけ待っとくれ』


 と、こんなやり取りを続けること数時間。

 その内返事の代わりに寝息が聞こえてきたので諦めた。


 ったく、なんの為に寝具を買ったんだか。

 まあ、オレの役にはたったけど。


 にしても、流石に出て来て貰わないと困る。今日は到着予定日だし、街に入る手続きもして貰わなければならん。



「おい婆さん、起きてるか?」


『………』


「腹へったんで、そっちの果実を食いたいんだがなぁ」


『……わしの荷物の食い物勝手に食って構わんぞ』


「起きてんじゃねえか! とっと服着て出る準備しろ」


『嫌じゃ』


「嫌じゃねえよ、今日街に着くんだ。婆さん居ねえと街にはいれねーじゃねえか」


『嘘じゃ、守衛に”渡り”と言えば仮の証明書を出してくれるはずじゃ』


「そりゃ入るだけじやねえか、婆さんが仕事完了の手続きしてくれないと、文無しのオレは冒険者登録も出来ないだろが」


『うう……わしはもうここから出とうない』


「おいおい、急ぎの用があったんじゃ無いのか? 素人のオレを引っ張りだしてまで急いだ大事な用が」


『………リュックを店まで届けてくれてら、後は娘がやってくれる』


「だから、婆さんがいないと店の場所もわからんだろが」


『じ、じゃあ、ここから道案内するから……』


「おう婆ぁ、いい加減にしろ?」


『後生じゃあ、わしはもう風呂の無い世界では生きていけないんじゃあ!』


 いかん、完全に堕ちてる。

 歳を経た人間なので、それなりの克己心を期待していたんだが、年齢はあまり関係無かったようだ。


 恐るべし”人をダメにするダンジョン”

 危険過ぎるので封印した方が良いかもしれん。



 しかし困った。

 枯れてるとは言え一応女性だ。

 男のオレが勝手に入り込むわけにもいかない。

 つか婆さんの裸なんか見たくもない。

 この場所に居たまま婆さんを引っ張り出せれば良いのだが……

 昨夜聞いた”ダンジョンマスター”や”ダンジョンキーパー”のギフト持ちなら、そういうことも出来るらしいのだが、オレのギフトは”ポケットダンジョン”

 そこまでの機能が与えられてるかどうか……

 一応試して見るか……?

 最悪ダメでも、直接乗り込めばいいわけだし。

 つか、今後もこんな形で籠城されたら、果てしなくめんどくさい。

 何か打つ手を持っておきたい。


 そう考え、オレは婆さんの荷物を持ってキッチンの奥へと向かう。

 こっちはあまり調べていないのだが、確か倉庫だか、休憩室だかの空き部屋があったはず。

 

 オレは空き部屋の一つに婆さんの荷物を放り込むと、ドアを閉め婆さんに呼び掛ける。


「婆さん聞こえてるか」


『…………』


 無視を決め込まれる。

 だが、まあ良い。

 それならそれでこちらも行動するまでだ。


「今から百数える。その間に服を着ないと裸のまま外に放り出すからな」


『な、何を言っとるんじゃ!? 老い先短い婆のお願いくらい聞いてくれても良いじゃろう!?』


「い~ち、に~、さ~ん」


『ぎゃあぁぁ、この鬼! 悪魔!! 極悪人!!!』


 えらい言われようだ。たが気にせずカウントを続ける。そうしながら、風呂ダンジョンの中を窺う様に意識を集中すると、ぼんやり中の様子が分かってきた。

 映像の様なイメージではなく、強い気配みたいなのを感じる。


 よしっ、多分行ける!


 オレは意識で気配に触れると、婆さんとその着替えが空き部屋の中に現れる様イメージした。


「何するんじゃ、この人で無しっ!!」


 扉越しに婆さんの声が聞こえる。

 どうやら無事引っこ抜けたみたいだ。


「うるせぇ婆ぁ、最初に危険だと忠告したろ? なに簡単に堕ちてんだよ。いいから、服を着て出てこい」


「う~~~~っ」


 ったく子供かよ。


 オレは”人をダメにするダンジョン”に移動し、果実を二つほど平らげ、そのまま外に出た。

 あの調子だと、迂闊に婆さんの方に戻ると、なに言われるか分かったもんじゃないし。




 昨日婆さんに聞いてたとおり、街道は村外れからすぐ森へと繋がっていた。

 日中なら問題ないとは聞いているが、用心するに越したことはない。慎重に行こう。

 と言っても、武器を持ってるわけでもないので、出来ることと言えば、せいぜい咄嗟にダンジョンに逃げ込めるよう心構えしとくくらいだが。


 体感で一時間ほど歩いた頃、道の先を変なものが塞いでるのが見えた。

 黒いボディに大きな窓、側面にはタイヤとおぼしきものも見える。

 

 馬車……か?

 その割には馬がいないな……

 あ、もしかして、あれが噂の魔導蒸気自動車というやつか!?


 いきなりテンション爆上がりで、思わず駆け寄ってしまう。

 ずんぐりとしたボディに大きくて細いタイヤ。お世辞にも洗練されてるとは言い難いが、どこか前の世界の黎明期の自動車っぽくもあり、決して悪いデザインではない。


「ふむ。蒸気機関と聞いてたんで木炭車の様なもを想像してたんだが、その割には外部にボイラーなんかは見当たらないな。魔導蒸気機関ってのは、熱源を魔法が担ってるのか? でもミランダは、魔法使いは滅多にいないと言ってたよな……魔道具の類いだろうか……」


「おい貴様、人の車の周りをぶつぶつ言いながらぐるぐる回るんじゃない、気持ち悪いだろ!」


 声に振り向くと、そこには、金髪青目の縦巻きドリルが居た。

 年の頃は……小学生くらい? それとも中学生だろうか? よく分からんが、だいたいそれぐらいの女の子だ。


「え、これお前の車?」


「お、おま……!? き、貴様、平民の分際で私をお前呼ばわりとは!!」


 顔真っ赤にしてお怒りのご様子。

 あれ? オレ変なこと言ったか?


「えーと……じゃあ何て呼ぶ? ドリルちゃん?」


「誰がドリルだぁ!!」


「や、だって、オレ、お前の名前なんか知らんし」


「名前の前に、貴族に対する敬意であろうが!!!」


「貴族? 誰が?」


「わ た し だ !! この状況でそこらの草むらの中からひょっこり貴族が出てきたら、逆にビックリだわ!!」


「確かに」


 オレが頷くと、少女はガックリと肩を落とし、さも疲れたとため息を着く。

 しかし、そっかぁ……貴族かあ……

 やべ、オレ敬語とか分からんそ? つか、お前とか言っちゃったけど、これって不味いんじゃね?


「もの知らん貴様のために教えてやる。私はカレン、カレン・サモンディール。セバール伯爵領の領主ダンカン・サモンディールの娘だ」


 伯爵……伯爵って上から二番目くらいに偉いんだっけ? 

 これはもしかして無礼打ちコースか?


「……スミマセン、オレは宮城寿延、”渡り”なんで敬語とか分からんす」


「ミヤジ?」


「み や ぎ!」


 ベス◯キッドか!?


「なるほど”渡り”であったか、いまどき珍しいな。だから、魔導車の周りをぐるぐると回っていたのだな。貴様の世界にはこういう車は無かったのか?」


「いや、むしろ沢山あったな」


「なに? では、何故車の周りをもの珍しそう回っていたのだ、沢山あったのだろう?」


「オレの世界の車は、主に化石燃料を燃やすタイプの内燃機関だっからな。魔法の無い世界だし」


「魔法が無いだと? そんな世界があるのか?」


 この手の話が好きなのか、カレンが目をキラッキラさせながら聞いてくる。


「他の世界のことは知らないが、少なくともオレの世界には無かったなぁ」


「なんと! ではギフトは? ギフトはあっただろう!?」


「いや、ギフトやそれに類するものも一切無かった」


「そ、それでどうやって自動車などを作れたのだ!? ミヤジ、貴様の世界の話を聞かせてくれ。どんな世界だ? どうやって渡って来た!?」


 みやぎだっつーの! まあ、良いけど。つか、敬語の話しとか、もう、どうでもよくなってないか? や、助かるけど。




「アハハハハっ、裸で飛ばされて来たのか!?」


「そうそう、こうやって風呂に入った格好のままな。石が尻に刺さって痛いのなんの」


「ぶはははははっ! やめろ、それ以上言うな、は、腹が捩れて死んでしまう、アハハハハ」


「や、その後にだな──────」




「ぜー……ぜー…」


 笑い過ぎ 肩で息する 縦巻きドリル


「……ここまで笑ったのは子供の頃以来だ」


 まだ子どもじゃねという突っ込みやめておこう。

 こいつと話すのめっちゃ楽しいし。


「ミヤジ、いや、今後貴様は”裸渡り”のミヤジだ」


「おう、ふざけんな? つか、みやぎだっつーの!」


「アハハハハ」



 それからオレは、カレンに聞かれるがままに、元の世界の話をした。

 最もオレの知識なんてたかが知れているので、あくまでも概要だけだが。

 ただ、カレンは聞き上手な上に、かなり頭の回転が早く、オレの半端な説明に時々質問をして、正確にオレの世界の話を理解している様だった。

 そうして、大陽が中天から傾きはじめ、そろそろ出発しないと不味いと思い始めた頃、カレンが今後の予定を聞いてきた。


「オレはこのままコトクサに行って冒険者登録するつもりだ」


「そうか、では門の兵士に言って、迎えを寄越すよう様言伝てを頼まれてくれるか?」


「……もしかして、この車壊れてるのか?」


「私も詳しくないのでよく分からないのだが、突然動かなくなった」


 ガス欠みたいなものか?

 蒸気機関なら水切れの可能性もあるが、正直よく分からん。


「……コトクサまで、ここからどれくらいだ?」


「おおよそ15キルテ、大人の足で三時間ほどだな」


「ばか、それじゃあ迎えが来る頃には暗くなってるじゃねぇか。ほら、一緒に行くぞ」


「ばかって……まあいい。貴様は”裸渡り”のミヤジだしな」


 そう言ってカレンは魔導車を叩いた。


「こいつを置いていく訳にはいかないだろう?」


 なるほど、この世界では車は一財産だ。おいそれと置いていく訳には行かないのだろう。

 車の中に居れば大ネズミも襲って来れないだろうし。


「……分かった、じゃあなるべく急ぐ事にする」


「ああ、よろしく頼む」


 そう言ったカレンの笑顔はどこか不安げで、それまでの怜悧さとは異なる、年相応の少女らしさを垣間見せた。

 

 オレのギフトならこの車を運べる。

 たが、薬屋の婆さんとは違い、カレンは権力者の娘だ。ギフトのことを教えるのは危険だ。

 たぶん、後の事を考えると、このままコトクサに向かうのが正しいのだろう。

 けど……

 


「その車を運べれば良いのか?」


「? 何をいっている?」


 カレンがキョトンと瞬きをする。


「だから、その車を運べれば、一緒にコトクサまで行けるのかって聞いてんだ」


「なにをバカな……まさか、ギフトか?」


 流石の回転の早さだ。


「オレのギフトなら運べる」


「な……どうして………?」


「友達だからだ」


「はあ!? 何を言っている? どうして私と貴様が友達なんだ?」


 カレンが動揺し、目を白黒させる。


「さっき話してて楽しかったろ? なら、もう友達だ」


「馬鹿を抜かせ、私は貴族だぞ、平民の友達など──」


「じゃあ友達じゃない」


 すかさず否定すると、何故かカレンがムッとする。どっちやねん。


「オレも初めての道なんで余裕が欲しい。行くか残るか早く決めてくれ」


 カレンは少しの逡巡の後、頬を膨らませ呟いた。


「友達じゃないんだから」


「よしっ!」


 ツンデレちっくな返事を肯定と受け取ることにし、オレはカレンと魔導車を伴い”ログハウスのダンジョン”へと入った。

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