第6話

空がオレンジに染まり始めた頃、次の宿場町が見えてきた。

 昨日は、これくらいの距離で婆さんを出したが、今日は婆さんもダンジョンに泊まる予定なので、ぶっちゃけ宿場町に寄る意味がない。


 このまま通りすぎ、行けるところまで行ってからダンジョンに籠るのもありか?


 そんなことを考えてると、ダンジョンから婆さんの呼び声が聞こえてきたので、中に入る。


 相変わらず婆さんが出入口の前で立ってたが、たぶんわざわざここに来ないでも声は聞こえると思う。たぶんだけど。


「どうした婆さん、宿場町ならもう目の前だぞ」

「そうだと思って、お前さんを呼んだんじゃ。お前さんのギフトだと宿場町に泊まる意味が無いじゃろ?」


「ああ、ちょうどそのことを考えてた。婆さん急ぎの用があるって話だし、今日は行けるだけ行こうかと……」


「やっぱりか、気付いて良かったわい」


 言って婆さんは、この後の行程を説明してくれた。

 なんでも、次の宿場町から目的地のコトクサまでは、これまでの行程と比べて一番距離が短いらしいのだが、厄介なことにこれまでと違いその行程の殆どが森林地帯を突っ切ることになるのだとか。

 と言っても、普通の冒険者には難しくない、どちらかと言うと弱い魔物や動植物の採集に都合の良い、おいしい場所なのだそうな。

 問題はオレ。オレは冒険者では無いし、剣や防具があるわけでも無い。そんなオレを心配して教えてくれたらしい。


「無茶をしなければ、そんなに気を付ける様な道でも無いじゃが、お前さんは素人だからねぇ。大ネズミも日暮れ時から活動を始めるし、素直に宿場町に入りなせぇ」


 なるほど。ぶっちゃけオレのギフトなら咄嗟にダンジョンに逃げ込めば問題ない気もするが、不意打ちだとケガするかもしれないしなぁ。婆さんは薬師だが、商品は全部売っちまってて、いざという時のポーションも無いし。

 まぁ、念には念を、というやつだな。


 婆さんのアドバイス通り宿場町に入り、昨日と同じように人目の無い所でダンジョンに入った。

 ログハウスの方では無く、ダメな方。やっぱ仕事終わりはまず風呂でしょう。

 

 風呂で汗を流したあと、苔に横たわって寛いでたら、婆さんの呼ぶ声が聞こえてきた。

 どうやらダンジョン間でも声は聞こえるらしい。

 ……もしかして、オレがダンジョンにいる間の声も、外に聞こえてたりするのだろうが?

 だとするとちょっとしたホラーだな。


 そんな益体も無いことを考えつつ、味噌を持ち果実をもいでログハウスのダンジョンに移動した。


「おお、来たかい。夕飯が出来たんで、一緒に食べな……ん? またその果実か」


「なんだよ、嫌なら食わなくていいぞ」


「まてまて。別に食わんとは言っとらんじゃろう」


 オレの言葉に婆さんが慌てる。


「でも、そんな不思議な果実、昨日まで見たことも聞いたことも無かったんじゃ。いったいどこで手入れてるのか気になってもおかしくないじゃろ?」


「そういうことか……けど、これはギフトが絡むから教えられない。もし知りたいんなら、婆さんもギフトを教えてくれ」


 まぁ、この人畜無害な婆さんに教えるのはやぶさかでは無いんだが、でも無条件と言うのも何か違う気がするので交換条件を提示してみる。

 すると婆さんは片手を広げ、掌から水を出現させた。


「わしのギフトは『火と水』」


 言って今度は指先に小さな炎を灯す。


「まぁ、よくあるギフトさ。二つの属性を使えるのは珍しいが、どちらも力は弱い。今見せたくらいが精いっぱいさ」


 そう言って自嘲気味に婆さんが笑う。

 確かに驚く様なギフトでは無いかもしれない。でもライターも水道も無いこの世界では、かなり便利な力だと思う。

 つか、オレは水が飲みたいときは、わざわざここの井戸まで汲みに来てた。

 その手間が無くなるだけでも楽だと思う。


「悪くないじゃん」


 オレがそう言うと、婆さんが苦笑する。


「まあ確かに便利じゃがな。どうせならもっと変わったギフトが欲しかったのぉ。わしは商売柄何かと冒険者と縁があるんじゃが、わし自身は冒険に出たことはない。薬草採集を兼ねた行商が精々じゃ」


 なんだ、婆さん冒険者に憧れてたのか。

 良いギフトがあれば冒険者にもなれたってことかもしれない。


「まあ、それを言ったら、オレのギフトも冒険向きでは無いかもな。オレのギフトはポケットダンジョン。ここみたいな狭いダンジョンにポケットの数だけアクセス、若しくは生成するギフトらしい。ここ以外にもダンジョンがあって、この果実もそこからもいで来てる」


「ほほう、ダンジョン系のギフトかい! でもポケット……もしかして、全部この規模なのかい」

 

 言って辺りを見回す。


「微妙だねぇ」


「ほっとけ。つか、飯なんだろ? さっさと食おうぜ?」


「おおっと、そうじゃった。スープを暖め直したんだった」




 夕飯は基本昼と同じで、違うのはオレの果実の有無くらいだったが、そこそこに満足出来た。やはり炭水化物が有るのは良い。婆さんはもろきゅうが気に入ったらしく、喜んでバクバク食ってた。


 で、その飯の間に聞いたのがダンジョン系と呼ばれるギフトの話。


 ダンジョン系で最も有名なギフトが"ダンジョンマスター"で、任意の場所に100階層にまで及ぶ大型ダンジョンを作れ、ダンジョンの構造もある程度手を加えることが出来るのだとか。

 ダンジョンがある街はダンジョン産の素材のおかげで経済的に潤うことが多い。ダンジョンマスターともなれば、上手く立ち回れば一国の王になることも夢ではない。

 しかし、作れるダンジョンは基本一つ。

 別の場所にダンジョンを作ると、元のダンジョンはダンジョンとして機能しなくなり、ただの枯れダンジョンとなって、単なる魔物の住みかになってしまう。

 ただし、"ダンジョンキーパー"のギフト持ちが居れば話は変わる。

 ダンジョンキーパーは自分でダンジョンを作ることは出来ないし、改変することも出来ないが、ダンジョンの維持者となって枯れダンジョンを復活させることが出来る。

 現代にダンジョンマスターのギフト持ちはいないらしいが、ダンジョンキーパーはそれなりに居るらしく、現在生きているダンジョンの殆どがダンジョンキーパーの管理下にあるものなのだとか。


 そう聞かされると、オレのポケットダンジョンの微妙さが良く分かる。

 オレのギフトはポケットを通じて小さなダンジョンに入るギフト。風呂があったり、ログハウスがあったりで、便利と言えば便利だが、逆に言うとただそれだけ。

 オレ1人なら食うに困らないかも知れないが、大儲け出来るような類いの物では無い。一マスダンジョンのリスポーンする宝箱もあるが、今のところ、あそこから出てきたのは謎のポーションと味噌だけ。ポーションの価値は分からないが、同じ宝箱から出てきた味噌の、元の世界での価値を考えると大して高額な物は期待出来そうにもない。

 まぁ、別に成り上がりたいわけでは無いので、これでもオレには十分だ。


「お前さん、湯浴みはどうするんじゃ? これから湯を沸かすが、必要ならお前さんの分も用意するぞ?」


 食事を終えてテーブルで寛いでいると、キッチンから戻ってきた婆さんが聞いてきた。

 そう言えばここには風呂が無かったんだっけ。

 オレには例の風呂があるんで気にしてなかったが、湯沸かしして身体拭くだけってのは味気ないよなぁ……婆さんにも使わせてやるか。別に減るもんでもないし。


「婆さん、温泉って知ってるか?」


「入ったことは無いが、話には聞いたことはある。湯の湧く池に浸かるんじゃろ?」


 間違ってはいないが、なんと言うか、情緒の無い言い方だな、おい。

 まぁ、入浴文化の無いところではこんなもんか。


「ああ、まぁ、そんな感じだ。実はオレのダンジョンには、その温泉の湧いてる場所がある。婆さんが興味あるなら連れてくが、どうする?」


「なんと!? それは凄いねえ。待っとれ、いま準備するから」


 意外と乗り気な婆さんなのであった。




「……思ったてたより狭いんじゃな」


 温泉を見せて開口一番がこれである。


「せめてあっちの池くらいのサイズに出来んかったのか?」


「オレのギフトでは、そんなこと出来ないからな。嫌ならあっちに戻るぞ」


「待て待て冗談じゃ。わしも風呂と言うのは初めてなんじゃ、一回試してみたい」

 

 と拝んでくる。


「まぁ、いいけど……ここはめちゃくちゃ気持ち良いけど、長くいると何もしたくなくなるから気を付けろ」


 冗談抜きに、ここは危険なので一応忠告しておく。


「わかったわかった」


 ……本当に分かってるんだろうか?

 

 イマイチ怪しいがここで見ている訳にも行かず、オレはログハウスのダンジョンに戻った。

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