第二章9「愉しいお茶会1」
そこには賑わう街並みは古き良きと絢爛さが入り混じった、
小綺麗な店内の窓ガラス越しに映るそれらの景色。ハルトは公国のほんの一部しか知らないが、なんとなく
「すまない、待たせてしまったな」
ふと頭上から聞こえてきた声は、知った彼の声。振り向くと、やはりそこには思った通りの人物が立っていた。
二人が慌てて待っていない旨を揃って伝えると、本当に申し訳なさそうな顔をしながら目の前に座ったその人——ライヤは、店員から水とメニューを受け取っていた。それに対しても一言礼を告げる辺りが彼らしい。
「二人の時間を貰ってしまい申し訳ない……」
少年と少女は揃って勢いよく首を横に振った。ハルトは、むしろそれはこちらのセリフだと言いたい所ですらあった。
それはアルヴィの工房で鑑定スキル云々のその後の話——結局、ハルトは老匠に育成武器の製作を依頼することとなった。とは言っても、それは恐らく彼の人の掌の内のことだったのだろう。費用は全てその人が持つという話で最初から決まっていたらしく、ライヤが彼女から預かってきたという月光ウルフの心臓石までも無償で提供するというあまりにも破格の待遇であった。一瞬だけ過った過剰すぎる考えを捨て去り、流石にその全てを享受するのは憚られたハルトが断ろうとすると、金色の青年がその端正な顔を困ったような表情に作り変えてしまうのであれば少年は言葉を詰まらせたのだった。
「無理にとは言わないが、受け取ってもらえないと俺が叱られてしまうんだ」
やはり困った顔のまま苦笑いを溢す青年を見て、ずるいと心の中で呟きながらもハルトには首を縦に振るしか道は残されていなかった。ハルトの返答を見て煌びやかに微笑む青年を前に、ハルトは「どうにでもなれ」と半ばヤケクソになりながらも、目の前の人がハルトが育成武器を手に入れることに喜んでくれている姿を見て、例えハルトに首を振らせる為の言葉だったとしても、彼は青年に対して悪い印象を決して覚えないのであった。
「坊主にライ坊、お前さん達、ぐずぐずしてたら
アルヴィに急かされたため、ハルトは数々の疑問を喉の奥に仕舞い込み慌ててライヤにスキル鑑定をしてもらい正式な手続きを完了させたのだが、やはりそれを知っていたのだろう。ライヤはハルトを
その後、アルヴィと別件で打ち合わせがあるということで、先に工房を出ることになったハルトは、発注控え書をぐしゃりと握ったまま事情を把握していないリーシェを途中で捕まえ指定されたカフェで彼を待っていたのである。ちなみにこのカフェ、ある程度の身分の者でないと入店が出来ないようで、ライヤが上着から取り出した紹介状を持っていなければハルトやリーシェは外で待ち惚けする羽目になっていたに違いない。
兎にも角にも一体ライヤという人物はどれ程までに親切の塊なのだろうか。それなりの立場であるし忙しいだろうにわざわざハルトのような初心者に毛が生えた程度の冒険者の為に時間を割き、ちょっとした茶会にまで誘ってくれるとは通常では中々考えられないことである。裏があるのかそれとも余程のお人好しであるのか。だが、ハルトは目の前で優雅にメニューを眺める金色の青年は、そんな極端な人物には見えなかった。本来の気質である優しさが際立つだけで、もっと複雑なものが絡み合った存在な気がしていたハルトは、だからこそつい彼の甘やかな優しさに甘えてしまうのである。
「もしもお腹が空いているなら、この店はランチだとオムライスが人気でオススメだ。 ふわふわとろとろの半熟卵とトマトソースの相性が抜群だが、お店こだわりのデミグラスソースも美味しいからどちらを頼むかいつも迷ってしまうんだ」
青年が口にしたのは、ハルトからしたら親近感の湧く内容であった。むしろその顔からふわふわとろとろという単語が飛び出した事に妙な興奮と落ち着きなさを感じてしまうほどである。加えて、彼にしては柔らかすぎるのではと思うほどの微笑みを浮かべるものだから大変である。うっかりとそれを見てしまった老若男女はあわや昇天寸前眼福を通り越して煌びやかな毒を一身に浴びたかの如く倒れ伏しそうになっていた。実際に白目を剥いてテーブルに突っ伏している者も数人。接客を続ける店員達ですら口の端から僅かに血を滲ませて気力とプロ根性のままに無の境地に入ることで辛うじて意識を保っていたことなど、その渦中の金色の人が知ることはない永遠にだろう。
そんなフロアの天国式阿鼻叫喚図を察したのか、人の良さそうな支配人らしき男性がハルト達のテーブルに向かってきたのである。
「ライヤ様、この度はご来店誠にありがとうございます。 お越しになると思い、事前に用意させておきました。お連れ様は如何しましょう?」
「いつもながら気を遣わせてしまって申し訳ないですが、ありがとうござます。 ハルト君とリーシェさんも気にせず好きなものを食べてくれ。 あぁ、この店はデザートも美味しいんだ」
「ランチセットですとお飲み物とサラダ、それと日替わりデザートも付いておりますので、お楽しみいただけるかと思います」
ライヤと支配人だろう男性の誘導は全てが洗練された言動で行われたこともあり、ハルトはデミグラスソースを、リーシェはトマトソースのオムライスを言われるままにランチセットで注文してしまったのは仕方がないことである。
「畏まりました」という一言を残した後、支配人らしい男性が奥へと去っていくのをなんとはなしに見つめたハルトは、そのまま店内の様子をざっと見渡した。軽い事故現場の残り香はあるものの、多くの客はそれなりの地位や格好をした者ばかりであった。華やかなドレスに身を包む女性達、仕立ての良い紳士服に身を包む男性達のほか、華美でもなく質素でもなく独特な装いながらも研ぎ澄まされた雰囲気を持つ男女、おそらく冒険者や特殊な職業の人物なのだろうことが予想出来た。
ライヤが言うには、やはり先程の男性は支配人であったらしく、しかも冒険者も営んでいるそうだ。故にという事なのだろうか、一定ランク以上の冒険者の入店も許可されているそうだ。それを聞いたハルトとリーシェはこの店が予想通りに普通ではない事に興味を持った所で、支配人の彼が直々に三人分の食前のドリンクと二人分のサラダと何故かプティ・フールを持って戻ってきたため、その話は一時中断となった。
「こちら、食前のお飲み物とお二方には季節のサラダで御座います。 旬である公国産のウッドトマトをぜひご堪能下さいませ。 ライヤ様、こちらが週末からの幻獣祭に合わせたプティ•フールセット、右からエルフの里で採れた星梨のキャラメルクラフティ、幻獣の森で採れた幻苺のマカロン、砂漠の国アーヴィッコ国産地の魔輝ピスタチオのモンブランで御座います」
「中々豪華な組み合わせですね。 希少価値の高い食材ばかりなのは流石ですが、少々やり過ぎでは?」
「
「彼女、技術は確かだがそういう所はまだまだ勉強不足ですね。 まぁ、滅多にない祭事なので今回は大目に見てあげても良いかもしれませんね」
目に涙を浮かべながら話す支配人と苦笑いを浮かべるライヤの会話から、支配人の男性も上級ランクの冒険者であることが窺えたが、再び奥へと戻っていく綺麗な背筋には何処となく苦労人の色が浮かんでいたことの方が強くハルトの目にもリーシェの目にも映った。
ライヤに促されながら二人が遠慮がちに前菜に手を付けている間、ライヤは何かを解くような動作を何もない空間に向かって披露した後に、二人の疑問に対してスラスラと回答を並べてくれたのであった。
「ライヤ様、此処って……」
「二人が察している通り、このカフェは普通のカフェではなく情報が飛び交う社交場でもある。 普通のカフェとして使う人も居れば、カジュアルな会合に使われることもある。 冒険者であれば、情報交換や貴族からの個人的な依頼を受ける際にもよく利用されるんだ。 ちなみに、従業員も半数以上が上級ランクの冒険者や実力者が揃っているからサービスは勿論防犯面も万全を期している。 防音魔術が施された魔導カーテンを下ろすことでテーブル内の会話が外に漏れることは無い。 透明色の魔導具だから店内の内装を損なうこともない。 ただし、読唇術を使用する人物に見られてしまえば会話がある程度分かってしまうため、秘匿性を重視する場合はVIPルームを予約する必要がある」
「さっき言っていた
次いで出たハルトがぽつりと出した疑問は単なる彼の好奇心であったが、
「あぁ、それはこの店のパティシエのことだ。 ハルト君は知っているかと思うが俺はお菓子作りが好きだから、こうして時間を見つけて各国のスイーツを食べ歩いているんだ。 特に公国は流行に敏感な国であり、勉強になるからと思ってよく訪れていたんだが……この店に何度か足を運んでいる内にさっきの彼に覚えられて、折角だからとこの店のパティシエを紹介してもらったのが始まりといった所だ。 腕は確かなんだが、コストや製造過程など販売面などのアプローチが苦手らしい」
青年はそう言って小さく切り分けられているクラフティをフォークで器用に一口分取り分けて口に運んだ後、「やはり美味いな」と頷ずきあっという間に一つ目の甘味を食べ終えていた。
「あの、さっきもそうですし、工房でも何度か聞こえてきたんですが……街の人たちが言っている【ゲンジュウサイ】って一体何なんでしょうか?」
リーシェが口にしたことは、当然ハルトも思っていたことであった。工房は勿論、街の至る所から聞こえてきたその単語についてハルトは予想を立ててはいたのだが、具体的な事はやはり分かるはずもなく、ただ街のソワソワとした雰囲気のみを共有している状態だったのである。
「そうか、リーシェさんも公国には初めて来たんだったな。 【幻獣祭】とは、その名の通り幻獣が現れた時、その存在を称える意味で開催される大規模な祝祭だ。通常の祭りよりも長く期間は1ヶ月。 初日と最終日にパレードが行われるが、それ以外は通常の祭事と変わりはない」
そうなんですかと頷いたリーシェは、街の様子を思い出し、その見知らぬ祭事へと心を躍らせた。
彼女の様子を僅かな笑みを浮かべながら見守っていたライヤだが、その顔に隊長としての色を塗り忠告を施した。
「ただ一点だけ注意するべきことがある。 幻獣の出現場所近くでは幻獣のマナの影響を受け、ダンジョンの発生が活性化し、難易度の高いダンジョンの発生率が上がってしまうんだ。 首都カシヴァルシの近くは比較的ランクの高い魔物が多いため、もしもクエストに行くようなことがあればなるべくパーティ制のものか単独ならDランクのクエストを受けるようにした方が良い。 育成武器が手元に来たら徐々に難易度を上げながら公国周辺で鍛えると、ダンジョンや魔物との戦い方が学べる筈だ」
「そんなに【育成武器】って普通の武器と違うんですか?」
「全然違うわよ! 自分専用の武器があれば、持ち方一つで戦い安さが全然違うのよ。魔術師ならマナ伝導率が上がって少ないマナでも強力な魔術を何度も使うことができたり—— 」
「剣士であれば、柄を握っただけで汎用性とは異なることがすぐにわかる筈だ。 まるで自らの身体の一部と思うほど馴染むため好みは分かれるんだが、S級になるまでは使っていて損はない」
「S級になるまでは、ですか?」
「あぁ、S級以上になれば【エピック】レベルや【レジェンド】レベルの武器が使えるようになり、その場合は育成武器だと性能面でどうしても敵わない部分も出てくるんだ。 育成武器はあくまでも使う本人の力量に左右されるため、本人のランクに上限が来たときにそれ以上成長することが難しくなる。 序盤で使うには便利だが、ランク上限が来てからはダンジョンで手に入るレジェンド武器の方が使いやすいと感じる人も多い」
「どっちにしても、ハルト、アンタにはまだまだ先の話よ」
真っ赤なトマトをひょいと可愛らしい口に運んだリーシェは、その酸味と甘味の詰まった実に目を輝かせながら舌鼓を打った。
「って言うか、俺、リーシェも育成武器を使ってたなんて知らなかったんだけど」
「別に隠してたわけじゃないし、言うタイミングが無かったのよ! 共和国で作ったやつだから、時間を見つけてイフミサルヴォの鍛冶屋を紹介しようかと思ってたけど……」
残念そうと言うよりは、その希望が予期せぬ出来事により敵わなかったことに対して不満げな顔をリーシェが見せた時、誰よりも早く反応したのはやはり彼だった。
「三人には本当に申し訳ないことをしたな……俺もカヤラも政務があったため、依頼を受けることが出来なかったんだ」
「あ、いえ、あの、そんなつもりじゃなくて……!」
「俺もカヤラもあの人にはつい甘えてしまうせいか、『他に頼むから大丈夫』と言われた言葉を鵜呑みにして判断を任せてしまったんだが、まさかハルト君達に頼むとは……」
ライヤの顔に浮かんでいたのは、冒険者達に対する純粋な謝罪の気持ちと、彼の人への何か――。それをハルトが全てを正しく読み取ることは不可能で、それでも目の前の青年から滲むものは彼等にしか分かり合えない類のものということは痛い程伝わってくるのであった。それは、今日見た光景を思い浮かべたからだ言ってしまえば、言い訳を他人に押し付けてしまうことになるのだが、ハルトの中で以前から気になっていたことが衝動的に飛び出しそうになったのである。それは、まるで責めるような、或いは悋気に狂った悍ましいほどの独占欲をぶつけるかのような、暗闇から競り上がる陰鬱とした情念――。それら全てを含めた言葉の刃を、目の前の青年に無遠慮に向けようとしていた。己のその真意に気付かぬままに。
「お待たせしました」
しかし、支配人の忠実ながらも斬り捨てる様な声でハッとしたハルトは不意に冷静になったのであった。彼が口にしようとした言葉は、あまりにも、あまりにも不躾なもの。『彼の人とどんな関係なのか』と言う言葉を、それを知っている筈なのにまるで咎めるような鋭さで口にしようとしたのであった。そんな聞き方、それではまるで――。
自分の無意識な浅ましい言葉を勘違いと言い聞かせて今すぐにで腹の底に沈ませたかったハルトは、目の前の緑の羽衣で包まれた真っ赤に熟れた実を慌てて口に含んだ。噛み締めた身の甘味と僅かな酸味による刺激を受けた後、咀嚼と共に理性の下で己が放つに相応しい言葉を模索していた。彼の内で問い掛ける事を止めるという選択肢が無かった時点で手遅れであったのだが、彼自身はまだ気付かない振りを続けた。
「こちら、当店で一番人気のオムライスで御座います。 それぞれ、ウッドトマトを使用したトマトソースと長時間煮込んで作り上げた自慢のデミグラスソース添えております。 ライヤ様にはこちらを。 幻獣をイメージしたルージュ・ミロワールで御座います。チョコレートとフランボワーズソースを使った濃厚な口当たりが特徴となっております。もう一つは、フレジェですが、新たな時代の訪れを彷彿とさせるイメージから『稚龍の咆哮』と名付けました。アーヴィッコ国で採れた恵の苺とカスタードクリーム使用し、幅広い年齢層に受け入れられる味に仕上げております。あとはテイクアウトにいつものタルト・シトロンのほか、新作をいくつかご用意しておりますので。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
華麗に言葉を並べて支配人は隙のない背中を向けて去っていった。暫しの沈黙の中で漂うのは、目の前に置かれた煌びやかな料理が生み出す食欲を唆る香り。口にしていないのに食感まで伝わってきそうなふわとろたまごで包まれたオムライス。香味野菜と仔牛の肉が複雑に絡まり合った茶色いデミグラスソースの香りは濃厚で、不思議とハルトの胃を刺激した。トマトソースのオムライスは、先程食べたトマトがどのようなソースへと変貌しているのか気になってしまうほどの芳しい香りを纏いながらリーシェの前に鎮座している。
「冷めない内に是非食べて見てくれ」
目の前の美しい料理と青年の気遣い言葉に勧められては断る術もなく、ハルトとリーシェはおずおずとスプーンを手に持ち食事を始めたのだが——。
「「!!」」
二人の表情は瞬く間に変化した。それを見たライヤはふっと甘やかな笑みをこぼすと自身もまた甘美な宝石細工を口に含んで満足げに頷いたあと、ゆっくりと話し出したのであった。
「初めてあの人が作ってくれた料理が、オムライスだったんだ」
「え……?」
青年の指す人物が誰というのを分からなかったのは、リーシェ。
しかしその隣のハルトは、青年の語った人物が誰であるかを正しく理解したのであった。それは、確かに自分に向けられた言葉であるとも。金色の青年は、ハルトに機会を与えたのである。ハルト自身でさえ出鱈目に鎖を纏わせ幾重もの錠で封じ込めて気づかない振りをした
不思議とハルトは、己の心内を見透かされているような焦りや羞恥ではなく、己と彼の人の関係を解き明かしても良いのだと許可を得られたことに妙な充足感を覚えたのであった。それが、彼に平静さを取り戻させた。
ハルトはふぅと一息を吐く。ほんのりとたまごとトマトソースの味が残る口の中。
「あの……ライヤ隊長と巫女様はどんな関係なんですか――?」
それは、先程口にしようとしていた言葉と相違ない。だが、それの持つ意味は大きく違う。知りたいのだ、純粋に、青年と彼の人の世界が――。
先程とは全く異なる音を以って流れ出た言葉に、ハルト自身は驚いていたのだが、ライヤは穏やかな眼で彼を見つめていた。
「俺とあの人は――」
金色の青年は、静かに語り出したのであった。それは、彼の優しい毒である――。
かちゃりと音を立てようとして敢えて出した音。彼女にしては妙にわざとらしいと、サクラは思った。
「どうかしたの、
「いつからあの子は呼気と嘘を同時に吐くようになったのかしらね?」
その言い方は叙事的とも言えるが、その中には明らかな揶揄いが含まれていた。珍しく、好ましいという
「姐様にそっくりだね」
「あら、私、嘘は吐かない
月白の人のその言葉に、さらに言の葉を重ねようとしたサクラであったが、
愛しい時間ではあるが、多忙の身である月白の人を独り占めするのは憚られたサクラは、薄桜の髪をゆるりと傾けて改めて問うた。
「本当に良いの? あちらで過ごした方が良いんじゃ……」
「構わないさ。 今暫く掛かりそうだから、あちらでわざわざ無理をする必要は無い。 それに、こちらで過ごしてもらった方が我々も安心して行動できる」
「そう言ってくれるなら良いんだけど……こちらでも出来る限りの事はするつもりだよ?」
「あまり無理はしないでね、と言っても貴女はするんでしょうけど。 貴女の行動を制限するつもりはないし、別に会いに行っても良いのよ?」
「彼とは――いいんです。 知っていることを知られたくないし、それに、多分そういう類のものじゃないと思うの」
「それって、欲望?」
「ふふっ、違うよ、これは
まるで子供に言い聞かせる母親の様な音で、サクラは月白の人に紡いだ。新たに生み出す糸の様に、新しいものを生み出すように。
月白の人――巫女は、幼児の様に口を尖らせてふうんと解ったのか分かっていないのか白いテーブルの上に行儀悪く肘をつきながら目の前の
「ねぇ、それって貴女の為? それとも彼の為?」
「彼の為になる様にって勝手に思ってる私の為、かな?」
「お姉様は難しい
「違うよ、こういうのは『面倒臭い』って言うの」
慈しむ様な愛おしむ様な、それでいて困った様な呆れた様な微笑みを浮かべたサクラを、奇妙なものでも見る様な顔で見遣った後に、巫女はそっと月白の眼を閉じた。その眼の奥には何が視えているのだろうか――。
暫しの沈黙の後ゆっくりと立ち上がった巫女は、きっぱりと言った。
「やっぱり同じね」
その後に続く言葉が、サクラにはすぐに分かった。その真意も何もかも。だからこそ、こう言い返せたのであった。
「うん、だって
その後に続く言葉が、巫女にはすぐに分かった。だが、その真意は解らなかった。こういう時は、目の前の純真な桜の人には巫女であっても敵わないのである。彼女にとって、それは心地よい好奇心――。
うっとりするような甘美なそれを何とも形容しがたい不可思議な表情のまま暫し堪能した後、くつりと笑った顔はいつもの顔。
「後でお迎えが来るから、一緒に楽しんでね?
「ご配慮有難うございます、
その時から、彼女達は誰に聴かせるでもない音楽を奏でたのであった。この世界でしか成立できない、偽りだらけの狂詩曲を――。
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