第二章8「双つで一つ」

 ハルトにとっては漸く慣れた筈の規格外っぷりであったが、いざ自らの知識の中にある存在が出てきたことでより具体性が増したその光景に想像の中で改めて度肝を抜かれていた頃、ライヤが気に入っていると言っていた先程見せてくれた雷と光を模した様な剣で【SSランク:リヴァイアサン】を単独討伐したというオチがついていた。ちなみに、リヴァイアサンは【エピックランク】の魔物らしく、【召喚師】の間でも見た目の美しさから人気の【召喚獣】との事である。ハルトの想像の中では、ライヤが剣を構えリヴァイアサンを従えている姿まで浮かび上がっており、まるで物語の中の英雄の様な勇ましさを思わせる絵画が描かれていたのであった。

 そんな定かでは無い勝手な情報統括の末に見えた光景にハルトが乾いた笑みを浮かべていると、再び話題の中心はハルトへと移ったのは幸いだろうか。


「それでなぁ坊主、お前さんはとびきりの魔術石は持ってるらしいがマナ石は持って無いそうじゃねぇかぁ? マナ石が無いと育成武器は作れねぇんだぁ……購入することも出来るが結構するぞぉ? 自力で手に入れるとなるとダンジョンに潜るしかねぇが、あんまり低いランクのマナ石だと折角の育成武器が勿体ねぇことになっちまうし……どうすんだぁ?」


 なんなら、ライ坊が持ってるマナ石を分けてやったらどうだ、とまで言い出したアルヴィに、ハルトは顔を真っ青にして遠慮という名の盛大な拒否の意を示した。ライヤが持っている物など、恐らくCランクになったばかりの冒険者が得られる様な代物では無いことは想像に難くない。無論、青年が持っているマナ石がそれ一つという訳では無い可能性も捨てきれないが、彼のランクを考えれば、ハルトでは釣り合わないことなど明白であった。

 ダンジョンに潜っていては時間が掛かってしまうだろうから、ここは初心者にしては潤沢過ぎる資金を使ってしまおうとハルトが声を掛けようとした時、金色の青年は当然の如くといった顔でその言葉を口にしたのであった。


「ハルトくんのマナ石なら問題ありません、既に用意してありますよ」


 驚きの声を上げたハルトが居るということは、彼にとっては寝耳に水であったということ。流れるような動作でインサイドポケットからライヤが取り出そうとしている物に対して、ハルトはひたすらに今ばかりは自らの平凡さを主張したい想いに駆られていた。


「あぁ? こりゃ月光ウルフの心臓石じゃねぇかぁ?」


 アルヴィの言葉は、ライヤの手に乗っているものがハルトが想像していた物とは異なるということを表す言葉であり、僅かに胸を撫で下ろしていた。己が知っている物であったことに対して安堵するのは充分理解できるが、一般的な解釈と既にズレてしまっていることに気付かないハルトは、この際幸せなのであろう。彼の側には、既に非凡が纏わりついていることに、彼自身が気付けなくなってきているのである。


のやつかぁ? ライ坊、まさか知らねぇ訳ねぇだろうが……魔物の素材ってやつは通常、育成武器のマナ石の代わりには出来ねぇぞぉ?」


「勿論、存じています」


「ならなんでコレを預かってきたんだぁ? まさか、これで作れってこたぁないよ……な? まさか、職人ランクを上げるにはそんな出鱈目もできなきゃなんねぇってことかぁ?!」


「流石にそれは疑いすぎですよ。 ハルトくん、先程ギルドで引き出したものを出してくれないか?」


 ライヤはアルヴィの困惑の前に思わず苦笑を溢した後、ハルトに指示を出した。始めは何の事を言っているのか分からなかったハルトであったが、青年の持つ心臓を見てふと思い出したのであった。此処に来る前にギルドの己の金庫から取り出したある物の存在に——。


「坊主、そいつは……もしや日光ウルフの心臓石か……?」


 ハルトが取り出したそれを見たアルヴィは、驚きの表情を浮かべた後に得心がいったという表情へと変化していった。彼はすぐ様その意図に気付いたのであろう、此処には居ないあの人の意図に。


「なるほどな、そういう事なら分かったぞぉ。 【輝狼心臓のマナ石】を錬成する時間がちぃと掛かるが、坊主の育成武器の製作、ワシが責任持って承ったぁ!」


 どんと自身の胸を叩いて、頼もしい反応を見せたアルヴィに対して、戸惑いながら辛うじて礼の言葉を口にしたハルトであったが、正直彼は何も分かっていなかった。己の武器を目の前の職人が作ってくれるという事くらいしか、分かっていなかったのである。それ以外に気になる点があったのだ。

 ハルトの様子に気付いた青年は透かさずフォローの言葉を口にしたのが、結論から言えばそっちでは無かったのが悲しい所である。


「ありがとうございます。 製作時間はどれくらいになりそうですか? Cランクとはいえ、この辺りの魔物のレベルを考えると汎用型での戦闘は些か心許ないと思うので……」


「そうだなぁ、錬金術師や金工師、鞘師の奴らとの連携を考えると最短で二週間ってところだなぁ」


「分かりました。 ハルトくん、育成武器の完成は二週間となるため、クエストを受ける際はなるべくDランクを中心に、Cランクの場合はパーティ制のものにした方が良い。 公国の近辺はレベルが高い魔物が多いので、用心してくれ。 あぁ、勿論観光に時間を費やすというのも一つの手だな。 此処、首都カシヴァルシは観光名所としても名高いし、何より【幻獣祭】が行われる為街の賑わいも普段以上になるだろうから、充分楽しめる筈だ」


「え、はい……って、あの、ちょっと待って、ください……! すみません、俺なんか色々分かんないことが多くって……マナ石っていうか心臓石の辺りから全然話についていけないというか……!」


 ハルトの疑問点はある意味この世界、もしくは冒険者であれば常識の範囲内であったのだが、何せ彼は冒険者歴二ヶ月弱であり、実践的な知識は未だ乏しい状態であった。青年の誘導があまりにも優雅であったせいで、ハルトは危うく全て流れに身を任せてしまう所であったが、彼の好奇心のお陰だろうかなんとか踏み留まることに成功し、やっと己の疑問を口にする事ができたのである。いや、好奇心だけではなかったのだろう。知らない単語、分からない言葉を耳にする内に募っていく気持ちの正体すら分からず、流される寸前で彼の中に宿る【好奇心】が表に出たのだった。

 青年と老匠が揃った表情でハルトを見つめたせいか、彼は自分の発言に問題があったのではないかと、余計な事を言ったのではないかと思い俯きかけたその時、ふと頭に乗ったのは優しい光の様な温もり。


「すまない、ハルト君の事を考えずに勝手に話を進めてしまったな。 時間がないとは言え、それは俺の都合でしかない。 不安にさせてしまい申し訳ない事をした……やはり、この場で最初から順を追って説明しよう」


 彼の言葉はどうしてこうも思いやりに満ちているのだろうと、ハルトはその温もりが伝う頭から足の先に至るまで彼の優しさを一身に受け止め、無意識に安堵の息を洩らしていた。彼にそんなつもりが無いのは分かっていたが、己の事である筈なのに大人同士の会話というものに入り込めずつらつらと進められていく己の道に対して、ハルトは結局のところ単純にだったのである。それを、ライヤという青年は的確に見抜いたのであった。ハルトは、己ですら分からなかったそれを見抜いた青年に対して、庇護するだけではなく対等な存在として扱ってくれた青年の言動が、全てが嬉しかったのであった。


「ライ坊、あまり時間がねぇんじゃ……」


「気にすることはないですよ、俺のはなので」


 度々ライヤが口にしていた「時間がない」という言葉の真意はハルトには分からなかったが、その後は本当に最初から説明をしてくれたのだから、全くもってこの青年の人柄というものはどうにも好きになる要素しかないのであった。





 ライヤとアルヴィの豪華解説講座は、ハルトが見落としていた世界のとある前提を今後理解するのに大いに役立つ内容であったが、それに彼自身が気付くことになるのはもっと先の話である。兎にも角にも、ハルトのこの場での疑問は解決されたのであった。


「まず、大前提として【育成武器】には【マナ石】が必要だぁ。 そして、【マナ石】は基本的には【ダンジョン】でしか手に入らず、魔術石や魔物の素材では代用できないんだぁ」


「だが、魔物の素材や魔術石の中には、条件を満たせば【マナ石】を錬成することが出来る物がある。今回の場合、【日光ウルフの心臓石】と【月光ウルフの心臓石】だ。 この二つがほぼ同じサイズで揃えばマナ石の中でも【双玉】と呼ばれる分類の【輝狼心臓のマナ石】を作り出す事ができる。ハルトくんに引き出してもらった心臓石のサイズを俺が指定したのは、俺が持っている心臓石と大きさを合わせるためだったんだ」


 確かに、道中で寄ったギルドで防具分のために引き出した分とは別にライヤに言われて掌サイズの心臓石を引き出していたハルトは、この為だったのかとまずは一つ謎が解けたのであった。


「この世界は、対を成すことで本来の姿を取り戻すものや均衡を保つというものが溢れているからなぁ……坊主は日光ウルフと月光ウルフの話を知っているかぁ?」


「えっと、確か対になってるって……」


「【日光ウルフ】と【月光ウルフ】は、生まれた時から己の対となる存在が決まっているんだ。 『愛する』、と言っていいかは分からないが、己にとっての唯一だと思える存在が本能的に分かるそうだ。『運命の番』なんて言っていた人もいるが、俺にはもっと純粋で凶暴な衝動の気がしてならない……」


「【グンショウウルフ】って知ってるかぁ? 通常は一度に五匹程が生まれてくるんだが、ごく稀に二匹だけ、つまり【双子】として生まれる事があってなぁ、それが日光ウルフと月光ウルフなんだぁ。 生まれた瞬間から互いを認識し、互いを求め合うあまりに殺し合う性質でなぁ、母狼が日光ウルフ群れの中で、群れ長の【白銀ウルフ】が月光ウルフをひっそりとそれぞれ独り立ち出来るまで育てるらしいぞぉ」


「殺し合うって……」


 殺されそうになったハルトからすると、恐怖の対象としか思えなかった日光ウルフであったが、その生態の物悲しさに思わず絶句してしまったのである。求め合うせいで殺し合うという、理解ができないその性質に——。


「彼らは永遠に互いに触れ合うことはできない。互いの姿を認識したら最後、相手を襲わずには居られなくなるそうだ。だが、それでも求め合わずには居られない……唯一互いの姿を平静として見られるのは、逢魔時——夕暮れ時の僅かな時間だけ。陰と陽が溶け合い境目が無くなるその時間が、彼らの調和を保つと言われている。そのため、夕暮れに彼らの姿が確認されることは良くあるらしい。だが、それ以外の時間に姿を見たら最後、狂った様に互いが互いの心臓を求め喰らい合い、やがて絶命する」


「そ……んな……酷い……」


「だからこそ、彼らは互いの姿を見ない様にしながらそれでもその存在を感じ取るために、同じ縄張りを一方は陽の光の下、もう一方は月の光の下でひっそりと生きているんだ」


 なんて苛烈で切ない生き方なのだろうと、ハルトはあの恐ろしかった魔物の姿を思い浮かべながら、どこか同情の様な気持ちが芽生えていた。互いの姿を見ないようにし、ほんの僅かな時間の触れ合えない逢瀬を重ねるその姿。彼らの求め合う気持ちが愛なのか何なのかはハルトには分からないが、己の掌の中にある狼の一部が、近くに居る片割れの存在を求めるようにどくりと脈打った様な気がしていた。


「そんな奴等だからこそ、魔物でありながらその心臓石が揃えば、一つの存在として大きな力を秘めた【双玉】が生まれるのさぁ」


「魔物の素材や魔術石だけに限らず、世界は『双つで一つ』というのが重要な認識らしい。俺も未だに分からないことが多いが、『太陽と月』や『光と闇』なんかが分かりやすいだろうか」


 随分と血生臭い話を挟んだが、つまりはハルトの持っていた日光ウルフの心臓石とライヤが持ってきてくれた月光ウルフの心臓石があれば、ハルトはマナ石が手に入り、育成武器を作ることができるという話であった。

 武器類は一つの武器に対して数人の職人が携わるらしく、各々の作業時間や他の製作予定を踏まえた結果、大凡二週間ほどでハルトの武器は完成するそうだ。特に、育成武器になるとマナ石の定着を行う錬金術師と武器の基盤製作を行うアルヴィのような職人の連携が重要らしく、人気の錬金術師に発注すると半年近くは掛かるそうだ。今回は、を使用するため単純な製作時間としての二週間というスピードで完成するとのことである。


「育成武器は本人の属性やスキルを組み合わせて作るから、坊主、お前さんの剣士スキル以外のスキル鑑定結果もこっちで預かってええかのぉ?」


 アルヴィがこう聞いたことに対して、ハルトな何も考えずに肯定の意を示そうとしたが、それよりも早くライヤは彼に注意を促した。それは、ハルトが思ってが今まで直面しなかった冒険者の危険性——。


「ハルト君、他者に気安く自らのスキルを開示するのは得策ではないことを覚えておいてもらいたい。 勿論、アルヴィ殿の場合は顧客管理も万全だし何も心配する必要は無いが、彼の様なプロフェッショナルな人達だけが存在している訳ではない。 中には、冒険者のスキル情報を聞き出し他の冒険者に横流しすることで不当に金を儲けようとする者達も居るんだ」


「冒険者のスキル情報を売る……?」


「そうだ。冒険者に限ったことではないが、悲しいことに他者を陥れたり殺めたりする残忍な者というのは必ず存在する。 魔物同様、人と人との戦闘においても相手の【スキル】を知っていると有利に働くことが多いため、個人のスキル情報というのは高値で取引される事もあるんだ。特にこの国には盗賊や山賊のほか、地下組織や闇市など危険な世界が広がっているせいか、犯罪率は低くはないのが現状であり、騎士団の悩みの種でもある」


 その話を聞いてハルトは先程モイテュオで己に起こった事象を思い出した。スキルまでとはいかずとも属性や弱点が分かっただけでも戦いやすさは変わった体験を振り返ると、相手のスキルさえも分かってしまえば戦いやすさは大きく変化するだろう、と。ライヤの過保護とも思える指摘は、確かに頷けるものであり、またそれが同じ種族同士で行われる戦闘を示唆するものだと考えると思わず身体が震えてしまったのであった。


「【鑑定スキル】は滅多に備わっているものではないから、普段から【鑑定防止】用の魔導具を身に付けたり魔術を使う必要はないと思うが、治安の悪そうな街や、稀に鑑定スキル持ちの魔物も居たりするため、ダンジョンなどでは気を付けた方が良い」


 青年の心底ハルトを案ずる眼は心地良く彼の誠実さが現れているのだが、その滅多にないを備えている存在からの視線と思うと遣る瀬無い気持ちに襲われるハルト。それを察したのだろうか、アルヴィはハルトに同意する様な眼で彼を励ましたのであった。

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