第二章7「茶会の前の一波乱2」

 表の販売エリアとは打って変わって、工房内の奥に備えられ作業エリアは案外と広々とした空間が広がっていた。カンカンと鉄を打ちつける音や職人達がじっくりと木材や鋼などを選別する息遣い、出来たばかりの武器を試すために軽く打ち合う斬撃音など、活気溢れる音がハーモニーを奏でている。

 彼等が楽団であるならば、アルヴィは指揮者だろうかそれとも一奏者であるのかは定かではないが、この場にいる職人達の誰よりも風格と自信が溢れ出るままに工房を横切っていくアルヴィの背中は、確かにマエストロであることをハルトに告げていた。

 ライヤはライヤで、通常の客に向けるものとは明らかに異なる憧憬を含んだ眼差しで以て職人達に挨拶をされており、その光景を目の端に捉えながら後をついて行くハルトは最早それは驚きや尊敬を通り越して当然の光景だと認識することでなんとか平静を保ように努めた。

 アルヴィに連れられてやってきたのは、作業エリアの奥に位置する、雑多ながら先程までの雰囲気とは異なる洗練された空気の作業場であった。設計図などが雑多に折り重なる大きい作業机を中心としたエリアと、実際に鍛造を行うエリアとで二箇所に分かれていた。

 ハルトがこの場に来て最初に見たのは、火の灯っていない炉であった。沈黙を貫いてはいるが、その堂々たる存在感は数多の業物を生み出してきたに違いない。ただの武器を作る場所というよりは、もっと神聖な場の様な気がしたハルトであったが、その主である筈のアルヴィは存外ラフな面持ちでハルト達をその場に招き入れた。


「茶でも淹れてやりてぇ所だが生憎こう見えても忙しいもんでなぁ」


「お忙しいアルヴィ殿に無理を言って申し訳ありません」


「へへっ、冗談だよぉ。他の奴らだったらいざ知らず、他ならぬお嬢の頼みなら喜んで引き受けるさぁ!」


 逞しい体を大きく揺らしながら快活に笑うアルヴィは三人に椅子に掛けるように示すと、自ら茶を淹れてくれたのであっっては、どうやら随分と茶目っ気のある人物らしい。


「巫女様も時間を見つけて訪ねると言っておりました」


「おぉ、それは楽しみだぁ! 前の時は慌ただしくて碌に話も出来なかったからなぁ」


「その節は大変お世話になりました……俺の部下がご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」


「ワシは良いのだが、ユリウスの奴が珍しく苦戦しておったなぁ」


ライヤとアルヴィの交わし合う言葉を、ハルトとリーシェはそわそわと落ち着かない素振りで聞き流すフリをすることに徹していた。そうせざるを得なかったのである。というのも、青年と老匠は、先程冒険者達を驚愕に染め上げた話の続きを繰り広げていたからである。ハルトやリーシェにとってさえも次元があまりにも異なる、明らかな強者達のそれであった。


「アルヴィ殿、お先にこちらをお返しいたします。 【ジズ】との戦闘の際に加減はしたのですが……」


「おおぅ、こいつはひでぇなぁ!」


 ライヤが己の魔導拡張袋から取り出したのは、一差しの剣であった。アルヴィは心なしか嬉しそうな笑顔を見せながら、その随分とボロボロになった剣身を確認していた。

 それは、剣についてからきし知識のない素人のハルトが見ても分かるほど上等な剣であった。おそらく美しかったのであろう剣身と、月を模した様な精巧な細工が施されたガード、グリップは片手で握り込めそうな程の細さで、その先のポンメルには月のような輝きを秘めた宝石のような石が静かに留められていた。美という観点からは違和感はないが、ライヤには相応しいかといえば少々首を傾げたくなるような剣である。太陽のような彼とは真逆のイメージを持つその剣を様々な角度から熟視したアルヴィは、一度その剣を鞘に戻してからふぅと一息を吐いた。


「ライ坊、正直に言ってくれぇ。 こいつのどこが足りなかったか知りてぇ」


 そう言った老匠の顔は、悔しさと高揚とが入り混じった複雑な表情を見せていたが、それは決してネガティブさを宿したものではなかった。土壌は違えど、それは


「……全てが不相応です。まず、俺ですら扱えてしまうという点が一つ。 次に、マナの通りがスムーズじゃないのが気になりました。 最後に、単純に強度が足りません。 取り立てて気になったのはその三点ですが他にも——」


「ううっ、ライ坊やぁ、少しは遠慮ってものをだなぁ……」


 始めこそ戸惑いがちな空気を漂わせていたライヤであったが、意を決して開いた彼の口からは辛辣とも言える言葉が並べ立てられていき、彼の純粋で正直な性格は悪意のないまま静かにアルヴィの職人精神に鋭い刃を突き立てていった。堪えきれずに涙目になりながらライヤの言葉を弱々しく遮った老匠の背中には哀愁がしっかりと表れていた。


「あー、つまり全然駄目だったってことだなチクショウぅ!」


 出された温かい茶をゆっくりと流し込んだライヤは、悔しさの滲むままに自身の髭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫で回す老匠に対して、冷静な意見を述べていた。


「まぁ、が使うには不釣り合いですが、通常の【汎用型】の武器として販売するのであればAランクが妥当かと。 ただ、Aランクの汎用型だと需要があるかどうかは分かりませんが……」


「Aランクの奴らだと【育成武器】を使用しているから汎用型を使うやつはあんまりいねぇよなぁ……ってそもそもSランクの汎用型ですら無理ってかぁ?」


「そうですね……今のままでは難しいかと。 ご存知の通り、【ジズ】はSSランクへの登竜門と言われる魔物のため、その力はSランクとSSランクの中間。 そのジズ相手にあの状態になってしまうのでは、Sランクの汎用型としては随分と物足りないかと。汎用型の難易度の高さはアルヴィ殿の方がご存知だと思うので俺から偉そうな事は言えませんが、俺がマナを込めただけで剣身が軋み始めたので、強度がとにかく足りないと感じました」


「お前さんの過小評価はいつものことだが……うむ、ということはワシが思っていたよりもSSランクの壁は高いようだなぉ。 【汎用型】は【育成型】と違って、該当ランクの奴らなら誰もが扱えることが前提ってなると、上位ランクの方が製造が難しいとは分かっていたのだがぁ……」


 ハルトとリーシェにとってはまだまだ先の世界の話。Cランクに成り立ての剣士とBランクの魔術師から見えれば、青年と老匠の話す次元は別次元であった。ただ、老匠はまだしも青年についての規格外のそれは今に始まった事ではないのだが。


「というかライ坊、やっぱり気付いておったのか」


「この装飾ですぐに気付きました。 が気に入るものを造るのは至難の業……恐らく、現時点での【鍛治クエスト】の中では最高ランクかと」


「そうだろうなぁ、でもお嬢に言われちまってよぉ……【闇月鬼】を越えたいならまずはカァ坊に認められる武器を造ってみろてなぁ」


「ファーストステージとしてSランクの【汎用型】の製造を組み込んでいる辺り、アイツの性格の悪さが出てますね……詳しくは分かりませんが、まずは、その分かりやすい装飾を抜きにしてシンプルな物から取り掛かるのをおすすめします」


 ハルトにとって彼等の会話は遥か彼方先の次元の話、ということに加えてさっぱりと事情が分からない内輪の話であった。それに横槍を入れるなど彼になど、いや彼でなくても到底できる芸当ではないが、それでもあまりにも気になるのである、彼等の話す内容全てが。持ち前の普通さから流石に口を出すことは無かったが、聞きたい、知りたいという思いが彼の全身から溢れていたのだろう。真剣な面持ちで話し合っていた玄人達は、一息ついたのも相俟ってやっと置き去りしていた少年と傍らの少女の存在に気付いたのであった。勿論、先にそれに気付いたの金色の彼であった。


「っと、すまない……こちらの話に熱中してしまい肝心の事を疎かにしてしまっていたな。 アルヴィ殿、それに関しては後程にして今は彼の事を優先させても良いだろうか?」


「おぉそうだった、坊主、待たせて悪かったぁ! お前さんの【育成武器】を造って欲しいっていう依頼だったよなぁ」


「いえ、別にそんなに待ってないんで……って、え……【育成武器】?」


 先程から何度か聞こえてきた、ハルトにとっては聞き慣れない言葉。それが今度は明らかに自分に向けて発せられたとなれば彼は戸惑いの音を乗せてその言葉を鸚鵡返しのように呟くしかなかった。寝耳に水とは正にこの事である。

 しかし、そんな彼に対して桃橙の髪を揺らしながら喜色を浮かべる少女、人々の信頼を容易に勝ち取れるであろう貴公子の笑みを浮かべる青年、己の技術に確固たる自信を持った笑みを浮かべる老匠が立ちはだかっていた。


「へぇ、ちょっと早い気もするけど【育成武器】を造ってもらえるなんてラッキーじゃない!」


「アルヴィ殿ならば質は勿論、アフターケアも万全だし提携している錬金術師の腕も確かだ。 初めての【育成武器】を手に入れるならばアルヴィ殿からが最も安全だと俺は思っている」


「【育成武器】の事ならワシの右に出るものはおらんぞぉ!」


「えっと、あの、その」


人の好意とは時として戸惑いの嵐を呼び起こすものである。今のハルトは正に、その嵐の中一人放り出されたか弱き存在。いつの間にかリーシェすら向こう側に加わっているとなれば、これから己が発する言葉は常識外れとも思われかねないとやはり戸惑いの渦中から抜け出せぬハルトであったが、そうであっては一生ここから進めぬ気がした彼は、意を決して口を開いたのであった。


「【育成武器】って何ですか……?」


 冒険者として鍛え上げた勇気をこんな形で披露することとなったのは、誰も予想していなかっただろう。








 長くなりそうだと分かったリーシェは、気を使ったのか将又自分が興味があるからなのか、魔導具職人が集う魔導具製造の作業場への立ち入りが許されたために行ってしまった。確かに剣士ではない彼女からしたら、剣の製造過程よりも魔導具製造過程の方が遥かに惹かれるに違いない。それに気付いていたアルヴィは、噂の気難しさとは裏腹に人の良さそうな豪快な笑みで工房ツアーを提案し、彼女は二つ返事で意気揚々と向かったのであった。

 紅一点の居なくなった雄々しい作業場の中で、ハルトの腕や腰、足の長さなど仕立て屋の如く計測しているアルヴィは、自身の髭を揺らしながら今もなお愉快そうに笑い続けていた。


「まっさか、【育成武器】も知らねぇペーペー冒険者だったとはなぁ! 嬢ちゃんが紹介してくるやつは大抵のやつなんだが、坊主、お前さんはとなんだなぁ!」


 職人魂で手を動かしてはいたものの、アルヴィはけらけらと笑いながらハルトを時折観察するような目で見ては「普通だなぁ」と呟く事を繰り返すこと十数回。言われているハルトは、その言葉を向けられることに慣れてはいたものの流石に気になりだした頃、やはりこの人が言ってくれるのであった。


「アルヴィ殿、笑いすぎですよ。 それに、ハルト君は勇敢で逞しい歴とした冒険者です。 そのように揶揄うのは失礼だ」


 ライヤからの思わぬ評価で、ハルトの中でやはり上限を知らない高感度メーターは昇り続けていった。そのうち宇宙にすら到達するのではないだろうか。青年の悪いところを見つける方が難しいと思うハルトの横で、やっと計測を終えたのかアルヴィが持っていた巻尺を華麗に仕舞うと、僅かに申し訳なさそうな顔でハルトに向かった。


「悪りぃなぁ、坊主! 嬢ちゃんのこと抜きにしても、俺の所に来る奴で【育成武器】を知らん奴は中々居なかったもんでよぉ。 お詫びにサービスしてやるから、許してくれやぁ」


「まぁ俺も、平凡とか普通って言われ慣れてはいるんで」


 実際、ハルトは今まで生きてきた中で『平凡、普通』と言われることが多かった。それを気にしたことがないかと言われれば嘘になるし、特別になりたいと願ったこともあったが、早々に自分は『特別』ではないことに気が付いた。それからは、『平凡』は悪い事ではないし『普通』の存在の方が多いと言い聞かせて過ごしてきた。己が己という『個』である事を忘れそうになる程に周囲に溶け込み、自分の色も分からないまま何事もなく平坦な道を歩んできていた、今までは。だが——。


「だが、お嬢がここへ連れてきた時点でお前さんはもう違う、『個』として認められてるんだよぉ。 そうでなけりゃ、彼女がワシの元に連れてくる訳が無いさぁ。 自信を持ちなさい」


 普段の口調とは少し違う、むず痒くなるようなアルヴィの言葉がハルトの奥底に潜む平な心にとくりと鼓動を生み出した。それは、彼の人に見つめられた時に感じるざわめきにほんの少しだけ似ていた。

 『冒険者になりたい』という確固たる心は、その奥にある普通であることへの叛逆的な思惑が少なからず含まれたハルトの願望から生まれていた。彼にとって冒険者は、『普通』から最も遠い存在であった。『何でも出来る』中でも『何でも出来る冒険者』は、ハルトにとって憧れであった。『普通』である己が『特別な何かを手にすることが出来る』のが冒険者だと、そう信じていた。無論、思春期特有の憧憬など他の要因もあるが、『普通』であることを自覚しているからこそ、そうではないを欲していたのであった。

 アルヴィの言葉は、一見するとハルトの求めるそれとは異なるように聞こえるが、彼の人の気配がすると言うだけで甘やかな刺激が彼の心を襲ったのである。『普通』や『特別』なんていう陳腐な類のものではない、もっと仄暗い闇の中で己の全てを奪われていく消失感と充足感の先に渇望が両立したまま恍惚とする、まさに混沌とした刺激。彼が彼の人を感じるたびに受けるそれを彼が言語化するのは些か難しい。この時も、一瞬で駆け抜けたそれはハルトの中に僅かな残滓を齎したものの、『彼の人に認められた』と言う、陳腐な感想しか結局自覚の中では残らなかったのである。

 ともかく、ハルトがあまり持ち合わせていない自信という物を持つキッカケにはなったに違いない。現に、アルヴィの言葉によってハルトは顔を赤らめさせて喜びを露わにしていた。


「さて、計測も終わったところで、【育成武器】について説明しようかのぉ。 百聞は一見に如かず、まずは実物を見るのがええさぁ。 よしっ、ワシの武器を見せてやろぉう!」


 そう言ってアルヴィは、その辺りに立て掛けてあった一挺の巨大な槌を手に持った。金属製の様な見た目でのそれは彼の身長を大きく超えるほどの丈で、白っぽい魔術石もが埋め込まれた周囲には見事な彫刻が施されていた。頭の中央部分も太く、特に入り組んだ模様が描かれている。如何にもな大槌である。


「ワシの武器は一見は良くある大槌だぁ。 外側に埋まっているのは【金属性】の魔術石だ。ここまでは普通の武器と何ら変わりはないが……こうするとなぁ」


 アルヴィの手元が白く光り始め、頭の中央の模様の辺りに流れ込むように光が走ると、一際大きな音をたてながらその中央部分が一気に開いたのであった。そこから顔を出したのは、真逆の巨大な銃口。


「え、え!? 仕込み銃!?」


「おう! 正確には魔銃だがよぉ、大事なのはそこじゃねぇ。 ほれ、隙間から見てみれば分かるさぁ」


 ハルトに向かって大槌の銃口を向けたアルヴィに悪気はないが、ハルトからしたらたまったものではない。ブォンと向けられたそれに情けない声を出しながらのけぞっていたら、その銃口からハルトを守るかのようにそっと大槌をズラしてくれる人が一人。言わずもがなの青年である。


「アルヴィ殿、いきなり銃口を向けるのはいくら何でも危険ですよ。 ハルトくん、銃口の横の隙間から見ると分かりやすいが、奥に大きな魔術石があるのが分かるか?」


 背中からハルトをすっぽりと包み込むようにアシストしてくれるライヤは、同じ男のハルトでも鼓動が高鳴る現象を与えてくれたのであった。


(やばいやばい近い近い近い!! なんかめっちゃ良い匂いするナニコレ!?)


 度々見掛ける誰も得しない絵面であるが、ハルトの足元から「色男くんねぇ」と言う居もしない筈の彼の人の声が響き渡った気がしたのは、恐らく気のせいである。

 控えめなバニラの香りに包まれながらどうにか銃口の奥に魔術石らしきものを確認したハルトは、どぎまぎしながら肯定の意を示すと、ライヤはスッと離れていった。彼はそのままいつか見た腰元の細身の剣とは違うやや大振りな剣を魔空間から取り出して今度はそれをハルトに見せてくれた。


「アルヴィ殿のものとは違い、俺のは刀身の中に埋め込まれていて見ることは出来ない。だが、俺の剣にも同じような石が埋め込まれている。自身のマナを送り込むことでその存在をはっきりと感じることが出来るんだ」


 そう言ってライヤが剣にマナを送ると、確かに刀身の付け根辺りに白金の輝きを秘めた石のような存在が僅かに目視でも確認された。アルヴィの武器の物とは異なり、やや小ぶりの物だが、不思議とライヤの物の方が優れているような気がしたハルトは、思わずそれを指摘した。


「そりゃそうだ! 俺は冒険者としてはA級でしかねぇ、滅多に戦闘なんかするこたぁねぇんだ。 鍛治職人としてはそれなりだと自負しているがぁ、SSランクのライ坊と比べたら【育成武器】の精度は全然違ぇのさぁ。 だが、それに気付いたのは流石だなぁ! 坊主、お前さては鑑定か魔眼持ち辺りかぁ?」


「【育成武器】とは、簡単に言えば使用する度に成長する武器だ。【マナ石】と言う特殊な鉱物を核として、一定以上の実力を持つ鍛冶師や錬金術師だけが造り出すことができると言われている。マナ石に持ち主のマナを注ぎ込んだり魔獣を倒すことでより持ち主に合った武器に変化していくため、俺の様に公私共に実戦を繰り返していれば自然と精度のレベルも上がっていくんだ」


「ま、既にしているのに新調しない酔狂な奴は中々いないがなぁ?」


 アルヴィがにやにやとした視線をライヤ向けていたと言うことは、おそらく彼がその酔狂な奴なのだろうと想像に難くない。ハルトに至っては既に『カンスト』と言う時点で、分かってはいたが遠い目をしてしまっていた。思わず、もう一度基準が知りたいと心内で呟いてしまった程度には、ライヤと共にいるこの短時間で己の基準値が行方不明になってしまったのである。急にリーシェが恋しくなっていたハルトであったが、その頃のリーシェといえば、初めて見る魔導具の製造現場をキラキラとした瞳を携えて楽しんでいたのであった。


「俺はこれが気に入っているんですよ。 SSランク武器が必要な時はその辺りのSSランクダンジョンへ潜って報酬の中から適当に持ち帰る物で充分です」


 ハルトは声に出して問いたかった、「SSランクダンジョンってそんなホイホイとクリア出来るんですか?」と。だが、その答えも分かっていた。目の前の青年ならば、「ハルトくんなら少し頑張ればすぐに出来るようになるさ、俺が出来たんだから大丈夫だ」と澄んだ麗しいイケメンスマイルで宣うに違いないと。己のダメージが増加するだけであるため、敢えて口に出すことはしなかったハルトは、漸くこの青年との付き合い方が分かってきた所だったのだが——。


「そう言ってこの前、SSランクの中でも【エピックランク】だったか【レジェンドランク】の武器を俺の所に持ってきては【分解】を頼んでったよなぁ?」


「あの時は【リヴァイアサン】相手の武器が必要だったのに求めていた属性ではない剣が出てしまい……俺も必要がないですし、巫女様にもカヤラにもそんな弱そうな武器要らないと言われてしまい困っていたんですよ」


「だからって、超レア武器を分解ってのは無欲にも程があるぜぇ……流石のワシもマナ石を取り出すのに苦労したなぁ」


(エピック? レジェンド!? 何それ俺知らない怖いしかも【分解】って何なんで分解頼んでるのこの人そしてそれやっぱり分解しちゃうのかよ!? そもそも【リヴァイアサン】ってあのリヴァイアサンですかね!? 【ジズ】が居る時点で薄々思っていたけどやっぱり居るんですねというかそんなレア武器なのに弱そうって何どういうこともう俺分かんねぇよ!!)


 ハルトは、ずどんと心臓を矢で刺されてしまったかのような衝撃を受けた。やはり自分はまだまだ初心者の冒険者に過ぎないことを強く思い知らされたのである。

 すんとした表情の下で混乱が飛び交う彼のことを気遣う存在は、この場には誰も居なかったのであった。

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