第一章10「国を護る者達」

 逃れた視線に名残惜しさを感じながらも、ハルトは安堵の息を洩らした。そっと彼の肩に手を掛けたライヤは、気遣うような視線を彼に向けて彼を促した。それは彼の心内を知っているかの様にも見えた。ハルトは、肩に充てがわれた温もりを好ましいものと捉えた。彼の優しさが、ハルトの心を落ち着かせたのである。


「日光ウルフの心臓は此方からギルドに届けておこう。申し訳ないが、俺もこの後は仕事が残っていて城外まで見送ることは出来ない。代わりの者達を用意しているから、彼らの所まで送っていこう」


「あ……」


 言われて初めて、そういえば室内に置いてきてしまった重しの存在を思い出した。ハインツとリーシェも、一様にハルトと同じ反応をしていたということは、彼らも忘れていたようだ。


「ライヤ様にそこまでしてもらうわけには……!」


「構わないさ、どうせ寄らなければならない場所だ。むしろこちらの都合に付き合わせてしまってすまない。さぁ、行こうか」


 ハインツが慌てながらも辞する声を上げるも、彼が聞き入れることはなかった。それは、強引というよりは、彼らの遠慮を慮っての促しであった。その人の配慮を無駄にする訳にもいかず、ハインツは一巡の後に彼の悠々とした背を追い掛けた。それに続くようにリーシェとハルトは慌てて彼らの後を追い掛けたのだった。




 綺麗に整えられた城内は、外から見た印象と変わらぬ、高貴さと絢爛さが感じ取れる、嫌味のない美しいものだった。時に横切る臣下達や侍女達は、青年を見掛けると失礼にならない程度の軽い挨拶を彼に送ることで、その人に敬意を表していた。それに対して、一人一人に反応を示す青年は、無駄がなく、それでいて思い遣りをを見せる動作を忘れることはなかった。彼はやはり上司として、良き手本となる人物であることが窺えた。年頃にしては若そうであるが、その立ち振る舞いは大層立派なものであり、冒険者の二人と同様、ハルトがこの人物を心から尊敬するようになるのに時間は掛からなかった。たった数分歩いただけの中で、金色の彼の為人は充分理解できたのである。

 そんな彼に促されて辿り着いた場所は、どうやら修練場のようだった。城内の穏やかな雰囲気とは違い、やや殺伐とした空気が感じられる広場であった。剣士だけではなく魔術師も多く見受けられ、それぞれが訓練をしている様は泥臭さも交えた勇ましいものであった。剣がぶつかり合う音だけでも激しさがある中で、さらに炎や水が立ち昇り、電撃が走る一角まで存在しているとなると、その激しさは一層である。


「凄い……これが塔の国の精鋭部隊……」


 勢いのある訓練の中で、各々の技術力の高さが窺える光景に思わず見惚れてしまうハルト達は、ついキョロキョロと辺りを見回してしまった。その中のとある一角に目を向けたリーシェは、その橙桃の大きな瞳を輝かせて一心にその方を見つめていた。


「あの、あそこで魔術訓練を行っているのは魔術特化部隊の方々ですか?」


「いや、あの紋章だと……あれは西門部隊だな」


「西門……!」


 ソワソワと落ち着かない様子でライヤに問いかけたリーシェは、彼の返答を聞いた途端に目を輝かせた。というのも、西門部隊は魔術師としての実力は勿論、多様な魔導具を駆使して高度な戦闘術を身につけている部隊である。『戦いに特化した賢者達の集まり』という認識がされており、魔術師の中でも貴重な錬金術師さえも所属してるという。城勤めをしながら日々鍛錬と研究に励み、魔術発展にも一役買っているためか、一般の魔術師の中でも人気のある部隊である。また、西門隊長が城門警備に当たる日は、街中の女性が隊長を一目見ようと集まる程の美青年であるというのはこの国で特に有名な話である。

 後からその事を知ったハルトは、この時のリーシェの反応がどちらの反応なのか少し気になったという。


「魔術師からしたらやはり興味がある部隊か?」


「え、あ、はい……」


 クスッと優しく笑われながらライヤに聞かれたリーシェは、恥ずかしくなり赤面してしまった。彼も彼で整った顔立ちの美青年であるため、反射的に顔を赤らめてしまうのは無理もないとハルトとハインツは微妙にずれた男の見解を一致させていた。彼らが乙女心を理解するのは未だ闇の中である。リーシェの心内はそんな単純なものではないということだけ記しておく。


「残念ながら隊長は居ないが、今なら珍しくが現場を仕切っている。用があるのはその彼だし、折角だから西門部隊の紹介をしよう。着いて来てくれ」


 彼が魔術師の集まりに進んでいく途中で多くの人間が挨拶をする。先程と違い深々と頭を下げる者が多い、やはり事実上部隊の指揮を摂っている双塔の内の一人であるからだろう。先程とは違い、穏やかさの中に厳しげな色を見せているのは、責任感からなのかもしれない。ハルトは、目の前を歩く金色の青年をもっと知りたくなった。

 そんな中、彼は些細な彼の実力をリーシェに教わった。それは、彼らが激しい戦場とも思える訓練を兵士たちが行っている中を進む途中、ハルト達の所は砂埃一つ舞う事なく平穏な空気に包まれていたことが起因であった。それに気付いたハルトは当然の疑問を覚えた。それに気付いたリーシェは、どこか誇らしげに彼にその答えを教えてくれたのである。


「ライヤ様が【空間防壁魔術】を使用してくださっているのよ」


「く、う……これも魔術なんだ……」


 言われると確かに、うっすらと透明な壁のような光が見えた。触れてみると、ぺたりと何かに当たる感触がしたことで、自分達が青年に護られていることにハルトは気付いたのであった。


「本当は剣士なんだが、今日だけだとその認識は得られないだろうな。 精々器用な尚書、秘書官といったところか」


 実際、ハルトは少しだけそう思っていたのである。剣士というより優秀な文官の様な仕事ぶりは、それはそれで彼の目には魅力的に映っていた。こんな風に何も言わず誰かを護ってくれる姿も、ハルトにとっては憧憬を抱くには充分であった。

 ふっと笑いながら自信への過小評価を口にする姿は、堂々としていながらも冗談めかした茶目っけがあり親しみやすさを感じさせた。それがやはりどこか彼の人に似ているとぼんやりとハルトは思っていたのだが。


「まさかハルト……本当にそう思ったんじゃないだろうな?」


 ハルトの様子を勘違いしたのか、普段は豪快で優しいはずのハインツが妙に威圧的な顔で迫り、彼に真偽を問うてきたため、ハルトは首を縦に振ることなど出来ず必死で横に振ることを続けた。


「ははっ、いつか一緒にクエストに行って俺の実力も証明しないとな!」


 珍しく声を上げて笑うライヤの顔は、爽やかさな美青年という中に無邪気な少年が存在していて尚更魅力的だった。彼が国の部隊の隊長であるという事はこの場の兵士の様子からも側に立つ威圧的なハインツからも納得出来たハルトは、同時に、生粋の冒険者である可能性を青年に見出した。その真偽は彼の言葉に遮られてしまったが。


「え、もしかしてライヤ様は……」


「着いたぞ。 ——すまないが、副隊長を呼んでくれ」


 ハルトのタイミングは悪かった。ライヤが近くのローブに身を包んだ魔術兵に声を掛けた方が早かったのである。確とその兵士の名前を口にしていた辺り、彼の性格が窺える。

 魔術兵はライヤを見かけると恭しくを捧げ、探し人の元まで早足で掛けて行った。勝ち誇ったようなハインツの顔と悔しそうなリーシェの顔を見ると、あの件に関しては彼らの中で一旦の決着が着いたようだった。それを苦笑しながらライヤとハルトが見守る。このタイミングだと、再度彼に確認の言葉を投げ掛けようとした時、既に先ほどの魔術兵が戻って来ていた。何とも素早い行動である。

 兵の後ろをチラリと見た一行であったが、その後ろには誰も居ない。ハルトは首を傾げそうになったが、よく見ると兵の背中に隠れる程の大人しそうな雰囲気の少年が立っていた。彼が兵に一言告げると兵は魔術師の礼をし、ハルト達にも一礼してからその場から音もなく消え去った。


(え……き、消えた……)


 素早いと思った行動は、どうやら魔術によるものらしい。それが空間移動魔術ということも後で知ったのだが、これも難易度の高い魔術らしくほいほいとできるものでは無いそうだ。それを事もなげにやってのける兵士が居るという西門部隊とはと考えたハルトは、改めてこの国の防衛力の高さを思い知らされたという。

 そんな部隊の副隊長、とハルトは勝手に思っていたのだが、それも違うとこの後すぐに知ることとなる。


(この子が……副隊長?)


「ルーン副隊長、もう大丈夫か?」


 副隊長、と呼ばれたその人はハルトよりも幾分幼さの残る、儚げな雰囲気を持つ少年だった。彼もまた、非常に整った顔立ちをしていた。見るものを問答無用で魅了することができるその顔は、大人になればきっと凛々しくも美しい顔立ちの男性に成長するに違いない。

 見惚れる三人の冒険者を他所に、少年は歳の割に妙にしっかりとした言葉遣いでライヤ隊長と向き合っていた。


「はい、問題ありません。直に隊長もお戻りになられるようなので」


「分かった、ありがとう。それにしても、うちの副隊長はどこへ行った?」


「申し訳ありません…彼なら時間ギリギリまで訓練をすると言って鬼神の如く掛けて行ったっきり見掛けておらず……」


 ふとルーン副隊長と呼ばれた少年は、ハルト達の後方のエリアを心配そうに見つめた。つられて視線を追った一同の目には映ったのは、剣戟も魔術攻防も最も激しいエリア、訓練をも超えた正に激戦地とも呼べる光景が広がっていた。何とも言えない空気のまま、一行は暫しその方向を見つめながら立ち尽くした。


「あー……コホン。 彼はルーン副隊長だ。【国防部隊副隊長】を務めている」


 どうやら、彼は一度見なかった振りを決め込むことにしたようだ。ライヤがあからさまに話を逸らしてある意味の本線に戻したため、ハルト達は合わせる他無かった。


「初めまして。ご紹介に与りましたルーンと申します。本日はようこそ【アーレトン城】へ」


 きちんとした挨拶で三人に恭しく礼を捧げる姿は、儚げな見た目とは違いしっかりした人物としてハルト達の目に映った。


「ハルトさん、ハインツさん、リーシェさん。この後ウォリア副隊長と共に皆様をお送りするように仰せつかっております。無事に城外までお連れいたしますのでご安心ください」


 控えめに笑顔を浮かべる姿は三人の庇護欲を掻き立て、思わず目を逸らしてしまうほどの魅力が溢れていた。

 三人はそれぞれ挨拶を交わす中で、心の中では三者三様の感想を抱いていた。


(綺麗な男の子だなぁ……)


(この方が噂の国防部隊の副隊長だなんて……きっと凄い魔術師なのね……!)


(この方があのウォリア副隊長と対をなすと言われているルーン副隊長か……ん?)


 はたと気付いたのはハインツであった。その顔には、徐々に期待の色が塗られていき、遂には口にしたのであった。


「あ、あの! 先ほどウォリア副隊長と共にと仰いましたが……」


「あぁ、実は副隊長達にはこの後の【月光ウルフ】の討伐に参加してもらう予定でな。 元々午後には街中で準備をしてもらう手筈となっていたから、タイミングも良かったので君達の事も頼んだんだ」


「う、ウォリア副隊長が【討伐クエスト】に参加されるのですか!?」


 先ほどまでの出来事が例外といえど、普段であれば驚きに満ちたハインツなど見ることは貴重であった。出会って日が浅いハルトでもそれは感じ取ることができていたため、ここまで彼を驚かせる人物というのが気になった。


「あの、確か副隊長の御二方は普段はあまりクエストに参加されないと伺っていたのですが……」


 どうやらハインツほどではないにしろ、リーシェも気になっていたようで、先ほどからチラチラとルーンの方を見ているのはそのせいであった。彼女のまた、姿を現すことが滅多にないという副隊長の存在に興味津々のようだった。


「月光ウルフの討伐時間帯は深夜だから、仕事に差し支えないと判断して許可を出したんだ。人目を厭うアイツにはうってつけのクエストだしな」


 ルーンの代わりに答えを提示したライヤであったので、事情飲み込めていないハルトへの説明はルーンが行ってくれた。


「普段は政務や部隊に関する仕事が多いので、皆さんの前に姿を表す機会が滅多に無いんです」


 なるほど、それならば確かに忙しいも頷けた。これだけの規模の部隊を取り仕切るとなると、そう簡単にクエストを行うことなど出来ないだろうと。ハルトが少し前から引っ掛かっている答えが徐々にその姿を現してきた。


「僕達も一応【冒険者】なので、たまにはクエストに参加したいんです。 今回は我が儘を聞いていただきありがとうございます」


「構わないさ。むしろ普段から真面目に取り組んでいる人間に対して、さらに働らかせてしまい申し訳なく思っている」


「王都近くまで来てしまったのですから、人々に危険を及ぼす可能性が考えられますし、国民を守るのが僕達の役目ですから」


 ルーンの真摯的な言葉と、それに伴う笑顔の背後には可憐に咲き誇る花々が見えた気がした。少なくともハルトにはその錯覚が見えたのだが、どうやらそれが見えたのは彼だけではなかった様だった。

 副隊長殿の言葉のすぐ後に、近くにいた兵が数人倒れるような音が聞こえ、救護隊を呼ぶような声が聞こえたが、きっと訓練のしすぎだろうとハルト達は思った。それだけ厳しい訓練なんだと身が引き締まる気さえした。

 しかし実際は、微笑みをこぼすルーン様は天使の様に見えたと、彼の魅力に耐えきれずあわや昇天しかけたという。むしろ兵士たちの方が熱心な幻覚症状の持ち主達であった。その事実にハルト達は幸運にも気付くことが無かった。威厳溢れる部隊の認識が覆るところがあわやの所で守られたのである。ここでは、上位の人間達の魅力に耐えきれぬ者はやっていけないと、後に一部の屈強な心持ちの兵が語ったという。

 そんな部隊の珍劇とも言える光景が見えていないのか、ライヤは気にした風も無くハインツへと気軽なようで彼に摂っては全くもって気軽ではない提案を口にした。


「ハインツさん。 もし、アイツが気になるのなら直接話を聞くといい」


 そう言うとライヤはルーンを引き連れ、三人を後方の狂乱エリアへと誘導した。

 近付くにつれ、その苛烈さがはっきりと伝わってきた。ライヤの空間防壁魔術のお陰で危険は無いものの、周囲の怒号やハイレベルな魔術合戦は果たして訓練と呼んでいいのかと思うほど熾烈なやり取りであった。

 ふと、剣術兵も魔術兵も一箇所に向かって攻撃を仕掛けていることにハルト達は気付いた。そして、次の瞬間信じられない光景を目にする。50人は居るであろう兵士達が一気に雷撃と共に吹き飛び、その中心から一人の人物が飛び上がった。しかもその人物はハルト達を目掛けて猛スピードで突撃してきたのである。ハインツやリーシェが身構えようとするも間に合わず、衝突は避けられないと最早何も出来ないハルトはぼんやりとそう思いながら、雷神の訪れを目を開いたまま待った。

 次の瞬間、大きな衝突音が周囲に響き渡った。

 魔術の衝突波により大きく砂煙が昇り、視界がはっきりしない。そんな中、鍔迫り合いの音が聞こえた。次いで、自分たちが全くの無傷であることにハルト達は気付いたのである。

 それは、ライヤが生み出した空間防壁のお陰であった。しかし、その肝心のライヤの姿が空間防壁内に見当たらない。防壁の外がうっすらと確認出来る様になった頃、その光景にハルト達は驚いた。

 ライヤは空間防壁の外で誰かと対峙していた。先程の鍔迫り合いの音は彼の元から発せられたものだった。では空間防壁は誰が維持していたのか。ルーンを見るも何かをしている様には見えず、心配そうな視線をライヤに、いやその相手に送っていた。


(ライヤ様の相手って……?)


(こんな高度な空間防壁魔術を維持しながら戦闘を行うなんてっ……ライヤ様は本当に魔術師じゃないの!?)


(いつ剣を抜いたんだ!?俺が全く目で追えなかったなんて……)


 最早今日だけでお馴染みとなってしまった三人の驚きの表情は、その中に戸惑いや驚愕、悔しさをそれぞれ滲ませていたが、そんな三人にルーンが説明をしてくれた。


「皆さん、驚かせてしまい申し訳ありません。 ライヤ様に襲いかかったのはあの方の腹心で国攻部隊副隊長、ウォリア副隊長です」


 ルーンの視線の先にいるウォリア副隊長と呼ばれた人物。その姿はローブに包まれてはっきりと顔を見ることは出来ないが、やや小柄でそれこそルーンと同じくらいと思われた。手元の武器は双剣であり、ローブから覗く細い腕には相当な力が入っている様に見えた。対するライヤは顔色一つ変えず、腰に差していたやや細身の剣を片手で持ち相手の攻撃を受け止めていた。


「勢いが足りなかったな、ウォリア。 それでは俺に一撃を入れることはまだ難しいぞ」


「ははっ、嫌ですねぇ。こんなのは単にに戯れついているだけですよ?」


 彼等の余裕そうなやり取りに反して、武器が擦れあう部分からは激しい火花が飛び散っていた。

 ふっと相手がライヤを支えにして再び飛び上がり、そのまま綺麗に地面に着地した。相手が双剣をローブの中に仕舞い込むのと、ライヤが剣を納めるのは同時だった。


「全く……少しやりすぎじゃないか? これでは兵達の訓練というよりお前の準備運動じゃないか」


「その準備運動に着いてこられないなんてお話にならないと思いませんか?」


 どうやら、二人の戯れ合いは落ち着いた様だった。先程までの激しさなど全く感じさせない様子から、どうやら普段から行われているものであることが予想された。

 ハルト達からは、ライヤが何か言い聞かせているように見えるが、相手は聞く耳を持たないと言った風に反論している風だった。会話の内容までは流石に聞こえてくることはなかったが、険悪さの欠片もないのははっきりとしていた。


(あんなに小柄なのにさっきめちゃくちゃ人を吹っ飛ばしてた……すげぇ)


(もう一人の噂の人物……あれが正体不明の国攻部隊副隊長……!)


(双剣の鬼公子という異名は伊達じゃねぇ……!)


「すみません、よくある事なんです」


 呆気に取られた三人に対して、困ったようにルーンが笑みを浮かべた。確かに二人のやり取りは剣戟から此処まで流暢なものであったため、やはり先程の予想は正しかったのである。三人は、こんな訓練を日々行なっているという隊長達の実力を思わぬ所で見せつけられたのであった。

 言い争いが終わったライヤがウォリアを連れてハルト達の所に戻ってきた。


「急にすまなかった。こいつは機会さえあれば直ぐに俺に斬りかかるような奴なんだ。他の人間にそういう事は基本的にしないから変に怖がらなくていい」


「国を守る立場の人間が一般人に手を出すわけ無いでしょう。大丈夫ですよ。僕は君達の味方ですから」


 うっすらと口元が見え、そこには笑みが浮かんでいた。後半の言葉はおそらく本心であることがその言い方から窺えた。安心させる様な声音は、隊長に向けたものと違い、穏やかで柔らかいものであった。隊長相手にはどうやら威勢が良いらしい。ライヤがハルト達に彼を紹介しようとすると、それより先に自ら名乗り出た。


「初めまして。国攻部隊副隊長のウォリアです。この度はご足労いただきまして誠にありがとうございます。話は伺っています。ハルトさんとリーシェさん、それからハインツさんですね? 貴女のことはフロームンド殿から伺っています。騎士として充分な実力をお持ちだと」


「存じ上げていただけたとは……光栄です……!!」


「優秀な方を引き抜くのも我々の仕事ですから。それと、どうやら僕に興味があるとか。もし良かった今日の月光ウルフ討伐クエストに参加されますか?」


「え!!?」


「おい、また勝手に…!」


どうやら、ウォリアは直属の上司よりも先程まで一緒だった奔放な統治者や自由行動者の魔導師と似たタイプ人物だったようだ。


「良いじゃないですか。はあり得ないですし、ギルドには僕から報告してこっちの部隊に入ってもらえば問題ないですよ」


「そういう事じゃない!ってお前今、『万が一』はあり得ないと言ったか?」


「嫌だなぁ隊長。その年でもうボケちゃったんですか?堅物すぎるとそうなっちゃうんですねぇ?」


 おそらく満面の笑みなのであろう雰囲気がウォリアのローブの中から感じられた。彼の言い方は誰かを彷彿とさせるものであった。呆気に取られているハインツを覗いた三人が国攻コンビを見てこそこそと話し出した。


「あの……さっき確か腹心って言ってましたが……」


「えーっと、いつもあんな感じでして……」


「本当に仲、良いんですか……?」


 三人は寄せていた顔を揃えて、目の前のコンビを見遣った。再び言い争う声が聞こえる。


「まさかも参加するのか!?」


「えぇー聞いてないんですかー?同じギルドの人間なのにー?」


「何でそういう大事なことを先に言わないんだ…!」


「それは僕に言ってますか? それともでしょうか?」


「どっちもだ!!」


 ここぞとばかりに自らの上司に嫌味をかます部下と、この場に居ない自らの上司と目の前の部下に文句を言いたい気持ちが強くなっている隊長の姿も比較的いつも通りの光景であるとルーンは無言で二人に語った。国攻コンビの前でオロオロし始めてしまうハインツに助け舟を出そうとルーンが発言しようとした瞬間、また別の意味で面倒な人物がその場に現れた。あろうことか頭上から。


「ちょっとー訓練場のど真ん中で何してるのさ」


それを見た兵達は瞬時にその場を離れたのは懸命な判断であり、日頃の訓練の賜物であった。その速さは流石塔の国の精鋭達と言った具合だった。

 それは一瞬のことであった。急に現れた第三者の声を聞いた途端、わずかな砂埃と共にウォリアが瞬時に姿を消した。その後直ぐに頭上から衝撃音が聞こえ数秒後に衝撃波が地上へと伝わった。幸い防御壁の中に居たハルト達は無傷であった。音の出所にハルトが目を向けると、ウォリアは頭上の人物に向かって斬りかかっていた。相手はなんと1時間ほど前に別れた蒼穹の自由第魔道士、カヤラであった。ニコニコとした笑みでウォリアの斬撃を何かの防壁で防いでいた。反動で一度地面に着地したウォリアは瞬時に二撃目に入る。それを見越していたのか、カヤラが腰に差していたレイピアの様な剣を抜き、空から彼に向かった。空中で二人の剣がぶつかり合い、2度目の衝撃が訓練場を襲う。

またかといった表情でライヤが僅かに頭を押さえる動作をし、呼応するようにルーンが苦笑を浮かべた。ハルトには剣を交える二人の動作が早すぎて殆ど見えていなかったが、空間防壁の外の兵達がこぞって防壁や防御姿勢をとっており、その衝撃に耐えられないものが吹き飛ばされる様子を横目で見ると、たった二撃がどれほどの衝撃であったか想像できた。流石に慣れたのか、リーシェがぽつりと呟く。


「カヤラ様って本当に魔術師……?」


 その言葉に答えてくれる人は居なかった。




 空中での鍔迫り合いはどうやらカヤラの勝利であったようだ。押されたウォリアが勢いよく地面に着地する。それを見届けたカヤラがゆっくりと空中から降りてきた。


「ははっ、いい攻撃だけど僕に一撃を入れるのはまだ難しいかなぁ」


「っち。早々に貴女に膝をつかせる日が来ては楽しみが減ってしまいますからね」


「素直に『僕はまだまだ未熟者です!』って言えば良いのに」


「生憎とそんな情けない言葉を軽々しく口に出せるような訓練はしておりませんので」


「はいはい。じゃあ、そんなとっても素敵な訓練に耐えられなかった人達は再指導が必要ってところかな?」


 周囲を見回して、衝撃で吹き飛んでいってしまった兵達を見つけてニッコリと彼等を見つめるカヤラ。


「この程度で耐えられないとは嘆かわしいですね」


 やれやれと首を振るウォリア。先程まで険悪に見えたが、やはり彼等は似たもの同士であった。


「今日はこれからアールト君と一緒に実戦を想定した模擬訓練で魔導具を使うから楽しみだなぁ」


「それは素晴らしいですね!夜の準備があるので参加できませんが、後ほど報告書を読ませていただきます」


 華が舞っているかと思うほど和やかに話す二人であるが、会話の内容を遠くから聞いてしまった対象者達は震え上がった。無事に事なきを得た精鋭達は日頃からの自らの鍛錬に感謝した。


 徐々にこの尋常ではないレベルの人物達に慣れてきたハルトの順応力な中々のものである。つい先程知ったばかりの顔を見つけて声を掛けた。礼も言えず立ち去ってしまった彼に対して、ハルトなりに心残りがあったようだ。


「カヤラ様!」


「あれ、ハルト君達だったのかー」


 さっきぶりだねと言いながら片手を上げて近づいてくるカヤラ。その後ろにウォリアも続く。


「カヤラ、もう少し静かに行動することは出来ないのか……」


「えー今回はお宅のウォリアちゃんが先にちょっかいかけて来たじゃんー」


「それを流すのも上官の務めだろう」


「自分だってさっきやってたじゃん」


「俺は受けただけだ。そもそも知っていたなら煽るのを止めろ」


「折角訓練場に来たんだから準備運動は必要でしょ?」


「はぁ……もう良い」


 ライヤ様折れたなぁと当人達を除いた皆が思った瞬間だった。恐らく、これも日常のことなのだろう。規格外達は、意外にもそれ以外には和やかな人物が多いのであった。


「それより、この後の訓練の打ち合わせをしたい。 ハルト君、リーシェさん、ハインツさん、すまないが俺はここ迄だ。ここから先は副隊長達に着いていってくれ。ハインツさん、もし討伐クエストに参加するようであればイダスタに事前に報告をしておいてもらえると助かる」


「「はっ!」」


「承知しました、お心遣い感謝致します」


「また会おう」


 ライヤは去り際も爽やかで格好良いとハルトは素直に思えた。彼のチートとも思える剣技の一端を見ることも出来たし、ハルトの中で、ライヤという人物は憧れの存在として文句無しに君臨することとなった。


「ちびっこ部隊は頑張ってねー」


 カヤラの発言で一瞬物凄い殺気のような気配をウォリアから感じ取ったハルト達。一瞬ではあったが正直、それは昨日の日光ウルフよりも恐ろしかった。彼の鬼神の所以をこんな所で感じさせてくれたカヤラは、またねーと呑気にハルト達に手を振りながら背を向けてライヤの後を優雅に追い掛けた。


「場所、移動しましょうか」


 この空気の中で自然とその言葉を発する事が出来るルーンもまた実力者として名高いのだろうが、それよりも今は、この鬼神の憤怒の気配からハルト達の身を覆い隠すような優しさが滲み出てているその言葉と菩薩のような笑顔が、三人にとってはありがたかったのである。

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