第一章9「能力ースキルー」
「君達、大丈夫か?」
ふとハルトの耳に知らぬ声が入ってきた。理知的で真面目そうな、そして気遣わしげな声。一声聞くだけでその人物の人柄の良さが伝わってきた。
その声を聞いた瞬間、ハインツとリーシェは即座に体勢を整え、それぞれ騎士の礼と魔術師の礼を相手に捧げた。少し前に見た光景である。遅れてハルトも挨拶をしようとするも背中の重さもあって上手く立てず、今度はお尻と地面が挨拶をしようとした既の所で、見知らぬ声の主が正面からハルトの腰を支えて立たせてくれた。抱き起したというのが正解である。やはり彼もゴリラなのだろうか。誰も喜ばない絵面が再びそこに現れたが、やはりハルトは逞しい相手の身体との密着度、その人物から発せられる清涼感溢れる香り、さらに耳元で自分にだけ掛けられた再度気遣われる声によって自然と紅を映す結果となった。掴まれた腰と腕が、妙に熱いのは、別にそういう始まりな訳ではない。
先程の大魔導師殿と違うのは、その一連の動作が全てスマートな男性的仕草によって行われた事である。行動がイケメンすぎると思いながら、ハルトは震える声で礼を述べることが精一杯であった。
「ライヤ国攻部隊長!」
「ライヤ剣特部隊長!」
(あれ……なんか既視感が……)
二人の行動が見覚えがありすぎると思ったハルトは、この先の展開を見守るしか無かったが、そこで初めて、自分の側に立つ自分を助けてくれた人物を見上げた。
まるで勇敢な太陽の様な金色に輝く髪と、誰もを惹きつける透き通る青い瞳に、まるで御伽噺の王子様の様な整った顔立ち。いや、王子様よりは騎士様であろうか、凛々しさが溢れていた。どちらにせよ、顔もイケメンであった。
「俺に挨拶は不要だ。 此方の我が儘のせいでわざわざ来てもらって申し訳ない」
「「い、いえ!」」
軽く頷き礼式を甘んじて受け取るも、すぐに二人に手を向け楽な姿勢を促す姿は良き上官の手本の様であった。心意気もイケメンである。ハルトはぼうとその人を見つめることで、その人を知ろうと試みた。
ライヤの姿にやはり憧れの目を向けるも、互いの礼が気に入らず言い合いを始める二人の声をBGMに。
「リーシェよぉ? ライヤ様は国内、いや世界でも最上位の騎士だぞ? そんな方に対して魔術師の礼は失礼じゃないか?」
「何を言ってるの? ライヤ様は最上位の騎士様でありながら魔術の腕はあのレイア女王様と対を為すとまで言われているのよ? 魔術師として敬うのは当然でしょ?」
「職業としては剣士なんだから騎士として敬意を払うのが筋ってもんだろ!」
「魔術師でない方がそれほどの魔術を扱うという事実が重要なことなのよ!」
「お二方。その様に言っていただけて有り難く思うが、本題を話したいので中に入ってもらっても良いだろうか?」
賛辞を受け止め謙遜の態度を表し、尚且つ用件をストレートに伝えるという一連の流れが淀みなく行われた。表情もそれに合わせて嫌味なく作られているのが伝わるものであった。この人物の魅力はこういう所にある。ハルトと似ている純粋さの中に、強さを秘めているのである。
「「し、失礼しました!!」」
(この人は剣士って感じだけど魔術も使えるなんて凄いなぁ)
やはり呑気な感想を抱いていたハルトであったが、なんとなく、この人物を好きだと思った。それは、本当になんとなくぽつりと浮かんだ感情であったが、彼の中ではっきりと形になってそこに現れた。この勇ましい太陽の様な青年が好きだと。ハルトも二人の冒険者と同じく、この人物に憧れを抱くことになったのである。
ハルトの心の中に新しい芽生えが見えた所であったが、ハルト達は気付いていなかった。
さり気なくハルトの
執務室に入った一同を迎えたのはこの部屋の主で、昨日の事件の切っ掛けとなったその人であった。執務机とセットであろう上質な造りの椅子にすらりとした足を組んだまま座り、机に肘をついたまま三人を近くのソファに掛けるように促す姿は昨日と同じく、堂々としたそれでいて親しみ深い不思議な感覚を相手に持たせるものだった。
「待っていたぞ、ハルト少年。バルコニーからの訪問なんて中々粋なことしてくれたな?」
ケラケラと愉快そうな顔を作っている部屋の主——巫女。彼女の様子からは怒りなどの様子が窺えないが、それが一層不安に駆られる要因となってハルト達に襲いかかった。言われて漸く自分達が可笑しい登場の仕方であったことに気付いたハルト達は、国の統治者に対してとんでもないことをしたのではないかと青褪めた顔になる。慌てて謝罪をしようとするも先に細長い美しい手で制されてしまい、既に色々なタイミングを逃してしまっていた。
「気にすることは無い。 どうせあの魔導師が勝手にやったのだろう? 君達を咎めるような事はしない」
三人を安心させる言葉を口にするライヤの姿が、彼らにとっては救世主に見えた。タイミング良く彼らの元にそっとティーカップが渡された。ルティルが用意した、上質な香りのするアールグレイらしき紅茶。次いで彼女からティーカップを受け取った巫女は、一口楽しんでからハルト達に切り出した。
「さて、昨日の仔細はギルドから聞いたかしら?」
「はい、一応は」
「そう。それなら簡単ね。日光ウルフの心臓石と、本骸も全て、君達に譲渡する。報酬金の配当も他の討伐者達と差分なく行おう。此方からは以上だ」
話は終わりだと言わんばかりに再びティーカップに口をつける統治者の様子を見て慌てるハルト達。彼女の側で話を聞いているライヤもルティルもこの件に口を挟むつもりは今の所見受けられない。自身で何とかしなければとハルトが口を開こうとしたが、ハインツが先に反論を開始した。
「お待ちください。その前に幾つか確認したいことが御座います」
「貴女は確か、A級さんね? 何かしら」
「まず、何故俺達にクエストを依頼したのか、ご説明願いたい」
此処に来てからハインツは珍しい姿をハルトに見せていたが、その中でもとりわけ今の彼は違っていた。騎士としての姿が色濃く現れていたが、それは命令に従うだけの忠実なナイトではなく、仲間の命を守る事を優先させることができる責任感と時に上官に反する覚悟を持ち合わせた凛とした戦士の顔だった。
それに反して、対する彼の人はどうだろうか。まるで道理など通じない様な不可思議な姿がそこにあった。
「何故って……楽しそうだから」
「はい?」
「巫女様」
思わず諌める声を発するライヤ。それに対して巫女は、仕方がないという表情で気怠げに説明を始めた。
「はいはい。 あー、久々の見習い冒険者の誕生よ? 自身の国のことでもあるし、ギルド総括者としてはどんな人物か確認しておきたかったの」
「知っての通り、冒険者は危険な職業だ。他の経験をしてきたならまだしも、登録から戦闘まで全てが初めての人間だと分かっているのならば、その支援をするのもギルド総括者としての責務である。そのため、どの程度の能力値なのか、どんな人柄なのかを直接確認する必要があったんだ」
足りない説明を補うライヤの言葉は適切であった。ただ、それは表面的なものに過ぎない。
「それなら、私達の目的地で急遽A級魔物の討伐を開始したのはどうしてですか!? そもそも、あのふざけた内容のクエストにはどんな意味があったって言うの!?」
「元気が良くて結構だが、質問は一回につき一つずつにしてもらおうか。 意味の無い応答は嫌いでね」
何でもありません普通のことですと言う総括者の雰囲気に堪えきれず、リーシェが責めるように説明を求めたが、その内容が気に障ったのか巫女の雰囲気が厳しいものに変化し、ハルト達はその姿に気圧されてしまった。息が詰まる様な鋭い空気の刃が彼らを襲った。
しかし、その刃を物ともせず、努めて冷静にライヤが説明を続けた。
「この方はこう見えても国の統治者でもある。 国務が溜まっているにも関わらず自らも積極的にクエスト参加する人だ。 国務は最優先にして欲しい所だが、【クエスト】も場合によっては疎かにすることは出来ない。特に今回の様な討伐クエストは。 そのため、単独での討伐が可能であれば勝手にクエスト条件を変更し、短時間で完了させることは実はよくある事なんだ。 まぁ、今回は『冒険者の訓練』も含めたクエストであったのだが……」
ライヤの責める視線など我関せずで受け流す巫女。優雅にティーカップを傾ける姿はそこだけ切り取ればとても美しいものではあった。此処までの話であれば自分がフォローすることは出来るが、少女の二つ目の問いに間する答えをライヤは持ち合わせていなかった。その人の気まぐれが為せる内容だったのかそれとも——。
ティーカップを置き、さも面倒だという表情を隠しもせずに彼女もまた話し出した。
「人間は窮地に陥らないと成果が発揮できないでしょ? その状況になって初めて自分の底力を知ることが出来る。普通の研修を1ヶ月続けるより、1回そういった状況になった方が成長は早いと思うけど」
「そういえば、あの時ハルトは【緊急回避】のスキルを使っていたな」
「風属性の魔石もハルトのマナに反応して作動してたわ……」
ハルトは昨日の自分の事をよく覚えてはいなかった。恐怖が纏わりついた身体は氷河の冷たさと灼熱の熱さが混在し、自分の身体の筈なのに悠にその支配下には無かった。そんな状況で身体を動かすことが出来なかったと言うのは意識の上でのハルトは一番よく分かっていた。だが、無意識下の彼はそうではなかったらしい。
「所有スキルの自覚が無いにも関わらず発動できたのは、
「だからって……!!」
「見習い冒険者をいきなりA級魔物と対峙させるのは悪逆無道である?」
「そ、そこまでは……」
リーシェの再びの反論に被せるように言葉を奪った巫女の顔は、どこか面白そうに歪められていた。国の統治者でもある天上人とも言えるその人に、己の心内を暴かれた気がしたリーシェは、咄嗟に言葉を濁した。実際そこまではなくともそれに近しい思いを抱いたのは確かであった彼女。素直なその顔には、図星だと浮かんでいた。
「貴女の言い方は悪意に満ち過ぎだ。 彼女の言葉は単純にハルトくんを心配してのものだから揶揄うのは止めてあげてくれ。 君もすまないな。 こんな人だが、考えあっての行動だったということは理解して欲しい」
「い、いえ……ライヤ様がそう仰るなら……」
鶴の一声ならぬ獅子の一声だろうか。彼の言葉は、両者を諌めるのに相応しいものであり的確であった。不満に満ちていたリーシェの顔に、徐々に納得と穏やかさの色が戻ってきていた。
「別にただ面白そ——」
「巫女様」
「はいはい。別に日光ウルフぐらい大した魔物では無いし、部下も数人周りに配置していた。 最初に言ったじゃないか、 友達とバーベキューをするって。 君たちが知らなかっただけで、万全の体制で臨んでいたのさ。 万が一などあり得なかった。 これで良いかな?」
「はい……失礼しました……」
獅子の言葉が大きく響いたのは間違いなかったが、漸く彼女は一応の納得のいく答えが提示されたようで遂には引き下がることにしたのである。言外のその人の意図にはハインツしか気付くことがなく、彼は密かに悔しさで掌を強く握りしめていたのだが、彼女がそれに気付く事はなかった。
自分の事である筈なのに全く会話に加わることが出来ないハルトであったが、始終視線は巫女に向いていた。昨日の緊迫した状況と今の状況では全く違うのに、その姿は昨日と全く変わらず飄々としておりその変化のなさが逆にハルトの目を引いていた。自惚れかもしれないが、会話の最中、視線も言葉も自分に向けられているようにハルトは感じていた。思わず彼女の月白の双珠を望んでしまうほどには、彼は彼の人を求めていたのであった。
「では、本題に戻ろう。 クエスト報酬についてだが、彼女が君達に依頼したクエスト報酬と、君達が彼女に巻き込まれてパーティとして参加した討伐クエストの報酬の2種類が君達の報酬となる。 ハルトくん、申し訳ないが日光ウルフの心臓に関しては既に正式な手続きが完了してしまっているので、拒否が出来ない」
「えぇ!?」
漸く自分の番になったハルトであったが、本能が駆け巡る頭の中から理性が浮上した時、あまりの脳処理の違いに必要以上に大袈裟な反応をしていた。事前に告げられていた内容であったにも関わらずそんな反応を見せたハルトに、彼の人は目を細めて愉快さを露わにしていた。
正常に働き出した頭で、先程金色の彼の手によってローテーブルの上に置かれた『重し』をそっと見たハルト。
「A級なので扱いが難しく、加工したとしても見習いの現時点では装備も不可能。 ランクが上がるまでギルドに預けても良いし、売ってしまっても良い。 対となる月光ウルフの心臓が市場に出回るのも待つでも、君の好きにしたら良いさ。何せ
苦笑しながら告げるライヤは、おそらく知っていたのだろう。そしてハルトの疲労に気付いており、敢えて手助けを買って出てくれたのだと察したハルトは、この金色の青年は強くて、そして優しい人だと思った。じんわりと温かい光を浴びた様な感覚にハルトは包まれた。
「分かりました。ギルドと相談します」
「それが良いだろう。残った日光ウルフの本骸について希望はあるか?」
それを問いかけるライヤの顔も、優しさに溢れていた。顔を綻ばせている訳でも無く、凛々しい顔つきのまま、ほんの少しだけ目元に柔らかさを乗せているだけの表情は、どこか、ほんの少しだけ、彼の人に似ていた。
「みんなが戦っていた時、俺は何も出来ませんでした……。それなのに
昨日慌ただしげに集会所内で準備に勤しむ先輩冒険者達の姿を思い浮かべたハルトは、自分の言葉に偽りはなかった。そもそも、建前クエストとはいえバーベキューの準備すら満足にすることが出来なかった自分に、報酬などという大それた物を授かる権利などないと考えていた。実際、「ラッキー」と思ってそれをまんまと頂くことができる人間など、多くはない。ハルトの対応は大なり小なり、一般的なものであった。
「ハルト……」
「アンタ……」
少年を見つめる二人の冒険者は、一般的である筈の彼の実直な考え方に、驚きを見せていた。
ふと、表情を崩したのは金色の彼。
「君は優しいな」
ライヤがふわりと笑ってハルトに告げた一言に、「え」とハルトは思わず頬に真っ赤な華を咲かせてしまった。自身が先ほどその人に対して抱いた印象が自分に返ってくるとは思わず、どきりとした胸は彼の羞恥を後押しした。
「君のように他者を思える人間が増えてくれるとこの国としても喜ばしいな。 君の希望は分かった。 報酬金に関しては此方で見直してから各々のギルドバンクに送金しておこう。 本骸に関しては、討伐パーティに参加して戦闘まで行ってしまった以上、君達には受け取る正当な権利があるのだが」
ふと自身が尊敬する人に視線を向けられた二人は、ここまで言われて仕舞えば受け取らないにもまた不敬に直すると考えた末、暫しの思案の後に甘んじて受け取ることを決めた。
「あー……そうですね、それなら折角ですから俺は牙だけ頂きます」
「それなら私は……爪を」
それは、少年に似た控えめな要求だった。彼に影響されたのか、それとも本心であったのか。どちらにせよ、彼らの判断を、目の前の青年は快く受け入れてくれたのである。
「あぁ、騎士と魔術師ならば良い選択だと思う。 解体後ギルドに届けるように手配しておこう。残りの部位はどうする?」
ハインツとリーシェが顔を見合わせた後、ハルトを見る。気付いたハルトが二人を見返すと、二人はそれぞれ清々しい笑顔になり、ライヤにはっきり宣言した。
「「全て討伐隊へ寄贈します!」」
その様子にハルトは驚くも、この一体感が嬉しくなり思わず同じような笑顔になる。それを見ていたライヤはやや驚いた後に笑みを溢しながら頷き、手元のファイルに何かを記入してからそれをパタンと閉じた。
「ふっ、了解した。 俺からは以上だ」
あ、じゃあ私は目玉と脳味噌貰おうかなぁと呟く巫女を影の中から誰かが嗜めるも、それを見ていたのはルティルとライヤに留まった。溜息すら出ない、あまりにもいつもの光景に冒険者達が気付く事はない。
「あ、そうだ」
やっと解決したというのに、巫女が何か思い付いたかのように手を打った。室内の全員が首を傾げる。
「ハルト少年、此処で鑑定していってよ」
「え……?」
驚くハルト達と何処からともなく鑑定魔導具を用意してきたルティルを見て、頭を押さえながら今度こそ溜息を吐くライヤ。おそらく、初めからそれが目的だったのだろうと言う上司の企みに気付いた彼は、呆気に取られた表情で目を瞬かせている少年にほんの少しの哀れみと、好奇の目を向けてしまった自分を戒めた。
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