第一章6「チュートリアル2」
淡い光とほんのりとしたぬるさに包まれた後、ハルトの周囲の光景はあっという間に変化していた。瞬きはしていなかった筈なのに、気付けば似ている様で全く違う場所へと到着していたのである。
そこは、先程まで居た東エリアとは真逆にある西噴水広場。東エリアよりも全体的に木々の存在が目立つ、嫌味のない暗さと僅かな木漏れ日が安心感をもたらす場所であった。
「うわぁ!本当に一瞬で着いた!」
「お、ワープ酔いも無さそうで良かったな」
「此処の装置でそんなことになるわけないじゃない!さ、行きましょう」
いつの間にか仕切り出すリーシェに続き、三人は西ギルドの集会所へ向かう。その位置取りも、正に東エリアのイダスタ集会所と同じであった。違う点といえば、集会所の趣だろうか。イダスタとは違い、気品と知性が滲む紫色の旗が印象的であり、こじんまりとした森の洋館と言う言葉が似つかわしい佇まいだった。ただし、四方を見ても出入り口は見当たら無かった。
疑問に思ったハルトがそれを口にしようとした時、リーシェが路に面した壁の一部に徐に手を翳した。その途端、壁が崩れるかのようにカチカチと組み直され、人一人が通れるほどのぽっかりとした空洞が出来上がったのである。思わず呆気に取られたハルトを置いて、二人は中に入っていった。それはまるで
「早く来ないと、閉じちゃうわよ」
既に集会所内に居た魔術師の少女は、横目でハルトを見ながら静かに彼を促した。我に帰ったハルトは慌てて彼らの元へと行くと、その途端に壁は再びカチカチと音を立てて元通りの物言わぬ壁へと何食わぬ顔で戻っていった。
三人が入ると東ギルドよりもっと人はまばらで、ローブを纏った人や独特な装いの人が目立った。誰も彼もが顔まで隠れるほどの長い衣服を身につけ、その体格はもちろん、男女の判別もあまり予想ができなかった。
ふと奥の受付内に居た、珍しく頭部を露わにした男性がこちらを向いて意外そうな顔を作った。
「あれ、ハインツ殿、珍しいですね此方にいらっしゃるなんて。リーシェも元気そうだね」
上質そうなローブを纏ったギルドの職員だろう男に、ハインツとリーシェまで何食わぬ顔で手をあげただけの挨拶を済ませた。
「まぁな、ちょっと挨拶に寄っただけだ。しっかし此処は相変わらずだな」
「ふふっ、騎士の貴方からしたら少し窮屈でしょうね。なるほど、そちらの少年ですか?噂の見習い冒険者とは」
「流石だな、この街のギルドは情報が早い」
ハインツからの目配せによりハルトはカウンターの前まで歩み出た。フードこそ被っては居ないものの、正しく魔術師といった風貌の男性は、優しげに目を細めて少年を見遣った。右目に片眼鏡を掛けているその男性は穏やかな顔付きと少しの年齢による目元の皺が印象的だった。長い翠緑色の髪をゆるりと後ろで束ねており、少しの動作すらも川のせせらぎの如く緩やかなものであった。不思議と艶やかさも溢れているのは、その気質故だろうか。
「初めまして、見習い冒険者のハルトです。よろしくお願いします」
「ようこそ我らが魔術師ギルド【ランネスタ】へ。私は職員のエガルドだ。宜しく。魔術について分からないことがあればいつでもここへ来ると良い」
「はい、ありがとうございます!」
意外にも男性的な凛々しさが垣間見える音と共に差し出された手を、ハルトはしっかりと握り返す。細長いその人の手は、思っていたよりもゴツゴツとした逞しさがあった。まるで歴戦を重ねた勇士の様なそれであった。
「エガルド殿はかつて【ヴァフバタフト帝国】の宮廷魔術師として活躍していた、歴とした【大魔導師】なんだ」
「え、【大魔導士】ってあのA級の!?」
「今は現役は引退してギルド運営に精を出しているって所さ。後輩の育成には昔からつい力を入れてしまうのでね。それならばと引き抜かれたんだ」
ハルトが驚いたのは、この目の前の穏やかで艶やかさを秘めた男性が、【大魔導師】と言う肩書きを持っていたからだ。同じA級であるハインツだが、騎士を含めた剣士ランクと魔術師ランクとはそのランク判断は少々異なる。ハインツも確かにA級ではあるが、その階級と魔術師の階級はイコールではない。ランク上昇への縛り要素が多い魔術師は、A級ともなれば世界でもそう多くはないと言う。簡単な話、能力ランクだけで言えは同じA級のハインツより遥かに上なのである。ハルトもそれには早々に気付いた。流石、困難な環境下に配置されている都のギルドである。とは言え、一介の職員にそのような人物が居るのは些か奇妙な話であるが、その故をただの好奇心から聞き出してはならないということはハルトでなくても理解できた。
「リーシェ、先程都の中で魔術を使ったね?」
「うっ……ごめん」
「次からは気を付ける様に」
「はい……」
ハルトの何とも言えない胸中を知っているのかどうか、エガルドは子供を叱りつける様にリーシェに言い聞かせていた。リーシェの様子からも二人が親しい仲だと言うのを察することは容易であった。しかし、やはりそれを問い質すことがハルトには憚られた。
「さて、
「おう、頼む」
「
そう言うとエガルドは一度カウンターの奥へと下がり、暫くしてから小さな包みを持って再び現れた。それは大きさにしたら腰から下げるのに丁度良さそうなサイズ感で、巾着袋の様な形状であった。シンプルな麻布作りであるが、中に何が入っているかは想像が出来ない。
「これをハルト殿にお渡ししよう」
「これは…?」
「我々からの贈り物だ。この都で初めて冒険者登録をした者にははこれを渡す決まりがあるのでね」
「イダスタ集会所以外のギルド集会所を巡って『贈り物』を貰い、最後にイダスタ集会所に戻って中身を確認する。それによって自分の適性が判断され、攻撃スタイルなんかを決める指針にするんだ」
「見習い冒険者の方は武器も無く、自分がどんな攻撃スタイルに向いているかを把握していない者がほとんどだ。そのための手順とでも認識してくれればいい。勿論、各ギルドには鑑定魔導具が設置されているが、『初めては多少面倒な方が良い』と言う誰かの言葉により、今はこの判定方式が取られているんだ」
知らない筈の誰かの声が聞こえた気がした。それは、嘲笑っているような慎重に行動しろという忠告のような矛盾を秘めたものにハルトは思えた。それが誰かは、今は分からなかった。もしかしたらそれは勘違いかもしれない。
「3つ全部集めて納品って形でイダスタ集会所に持って行けば、初のクエストクリアだ」
「クエストだったんですか……分かりました!ありがとうございます!」
「ぜひ結果を教えてくれ。もし魔術師としての才能があればぜひうちに来てもらいたいものだ」
「そうはならないさ、こいつは【冒険者】になるためにこの都に来たんだからな!」
堂々とハインツに宣言されては少し恥ずかしいが、自分の意思は変わらないので否定はしないハルト。照れたような顔を見せながらも、その目には確かな志が映っていた。それを見るエガルドの表情はやはり優しかった。彼も本気で言っていたわけではないようだった。
「ねぇ、早く次の集会所に行かないと日が暮れちゃうわよ」
今まで黙っていたリーシェが男連中に声を掛けた。その顔には、細やかな好奇心が浮かんでいた。それを隠そうとして隠すことが出来ていないのは、頭の上の方で言われた二つの橙桃色の束が僅かに揺れ動いていることで明白であった。落ち着きの無いそれは、ハルトの気持ちを代弁しているかの様でもあった。
「おいおい、なんでお前まで行く気満々なんだよ」
「だ、だってやっぱり気になるじゃない……!」
確かに、見習い冒険者制度を利用して冒険者になる者は少なく、彼女にしても職業スキルが不明なハルトは珍しかったのである。彼女が冒険者登録をした際には既に魔術師として活動していたため、見習い制度は此処まで手厚いものではなかった。それを知らないハルトであったが、他の二人は彼女のそんな好奇心を見抜いていたのである。
「ついでだし、リーシェも見習い制度のトレーナーのやり方を勉強してきたらどうだ?」
「確かにな、お前、どうせ暇だろ?」
「なっ!暇じゃないわよ!!もうっ!」
普段ならそのままどこかに行ってしまうのに、よほど気になるのか少し顔を赤くしたままそっぽを向くだけに留まった。そんな彼女の様子にくすりと顔を見合わせたA級同士は、ハルトに次を促すことにしたのであった。
「仕方ねぇな、お姫さんの気が変わらぬうちに次のギルドへ向かうか。いいか、ハルト?」
「はい!俺は大丈夫です!むしろ先輩が2人もいると心強いっす!」
「だとよ、ほらリーシェ、行くぞ」
ハインツの合図で一行は集会所を後にしようとしていた。その時である。ハルトの視線の端に、昨日見たばかりの人物が映り込んだ。あ、と音を出さずに作った口と共にその人物の方を振り返ると、長身の銃を脇に立てかけた豊満な身体の女性が頬杖をついたままこちらを見ていた。やはり、昨日のようにハルトにウインクを送り、手をひらひらと振った。ただ、それだけである。声は掛けず、ただハルトを応援するだけ。
しかし、ハルトにはそれが嬉しかった。彼は軽く頭を下げた後、閉じそうになっている壁の光に向かって思いっきり一歩を踏み出したのであった。
見送ったエガルドは再び作業へと戻る前に、その人物へと話し掛けていた。
「お知り合いですか?」
「いいえ、全く。赤の他人よ」
彼女の真意がエガルドには分からなかった。この女性は時にこういう所がある。
「アナタも、いつか分かると良いわね」
彼女の目には、何が見えているのか。エガルドがそれを知るとき、それはきっと——。
男の混乱など他所に、女は隣に座る仲間との作戦会議という名の談笑へと向き直るのであった。
西噴水広場へ戻ってきた三人は、次の目的地を南ギルドへと定めていた。
「次は…南の商人ギルド【エタラスタ】にするか」
「商人ギルド……?」
「そっ。主に商人が登録するギルドで、商人ギルドに登録していない人は商売できないの、例え王様であってもね」
「だから、商いを考える者であれば必ず商人ギルドへの登録が必要となる。【エタラスタ】は世界中にある商人ギルドの中でも最大規模なんだが、この都にある集会所は支部」
「本拠は隣の国の【カウピアス共和国】にあるの。世界最大規模の貿易都市よ」
貿易と言われても、ハルトにはあまりピンと来なかった。漠然と、人が多そうだという印象である。商売と言われると、その実態については知識も想像力もハルトには足りていなかった。興味が無いというより、身近であるからこそ考えたことがなかったのである。彼のその認識は数分後に変わることとなるが、今は商人ギルドとに対してのぼんやりとしたイメージを抱えたまま、再び魔導ワープへ向かうのみであった。
その光景に、ハルトは呆気に取られた。その視線の先は、先程とは打って変わってあまりにも賑やかな街並みが広がっていた。西は勿論のこと、東ともあまりにも違っていたのである。同じ都内にあるとは思えないほど、南噴水広場は活気に溢れていた。ひっきりなしに魔導ワープを行き交う人々に急かされるようにその場を退いた一行。あのハインツすら苦笑いを浮かべて気圧されたように軽い謝罪の言葉をせっかちな人々対してに口にしていた。リーシェは意外にも慣れたように人々を躱しながら進んでいく。慌ててハインツと共に彼女を追いかけたハルトは、ただただ人々の精力的な様子に目を回すばかりであった。
たったの数メートルが遠く感じるほど、周辺の雰囲気に押されていた二人と涼しい顔の一人は、漸く似ている場所に構える全く異なる建物へと辿り着いた。外からでも感じられる程、一段と集会所内は賑やかであった。開放的な大きな扉の遥か上に視線を向けると、黄色い旗が活発に泳いでいた。
ハインツは遠慮など一切持たないまま建物内に入り、大声で誰かの名を叫んでいた。
「おーい、ダイアンー!」
「あ?ハインツのおっちゃんじゃん!どしたのこんな所で!」
「おっちゃんって言うな!ほら、新しい見習い冒険者の研修中だよ」
「あー、そういえばそんな通達あったなぁー、ちょっと待っててー!」
ダイアンと呼ばれた元気が良い少女は素早い動作で奥の部屋へと入っていくと、すぐに何かを持ち出してきた。頭の高い位置で結われたポニーテールが、やはり元気に揺らめく姿は少女に似つかわしい。金色を帯びたそれは、まるで海面に反射する光の様だった。少し日焼けしている肌も、健康的な印象を与えるものであった。「ちょっとごめんよ!」と軽々とギルド職員なのか所属者なのか、将又他の人物なのか知ることが出来ない人々の間をすり抜けて、瞬く間にハルト達の元へとやってきた。
その手には先ほど貰った物と似たような布袋が握られていたが、こちらの物は少し厚手の生地に控えめな金色が縁取られている。
「相変わらずここは賑やかね」
周囲を見てどこか懐かしそうに言うリーシェ。その言葉に、ハルトもハインツも同意を示した。ハルトに至ってはまるで祭りの様だとさえ思っていた。
「ま、今年は『東の年』だからこれでも少ない方なんだけどねー」
けろりとした表情でダイアンが答える。聞き慣れない言葉に内心で疑問を浮かべていたハルトに構わず少女は続けた。
「南の年の時はどえらい騒ぎになるからね!」
「ありゃ3年前だったかー?」
「そうそう!へへっ、あの時は儲からせていただきましたっ!」
「そういえば来年は『南の年』よね?」
「そうなんだよー!前の年から準備する人が多いからさ、実は今年からもう忙しいのなんのって!少ないってのは本当だけどね!」
「あの!さっきから言っている『東の年』とか『南の年』って?」
「え?!あんた、それも知らないの!?」
信じられないという顔のリーシェの横で、すかさずダイアンが説明を始める。どこからか取り出した簡易的な地図も一緒だった。ヴァロメリ全体の地図には、それぞれのエリアの特徴が書き込まれていた。
「おっちゃん、どうせ説明忘れてたんでしょー。しょうがないからアタシが説明してあげるよ!ここ、王都ヴァロメリでは毎年中心街が変化するんだよ。ほら、東西南北に大きな街が4つあるでしょ?それぞれ四年に一度、この国の中心街となって国に貢献するための制度。で、今年は『東の年』。東エリアに属する団体は、【東門部隊:
「この都にはそれぞれの門を担当している部隊ごとで特性があってな、今年は1番バランスが良い東門部隊だから、ある意味冒険者の年ってことだよ」
「【西門部隊:
「へぇ!何だか面白いっすね、この仕組み」
ふと覗き込んだ図は、個性的なイラストが目立つものの非常に分かりやすかった。ただ、王城については『重要事項は巫女様へ連絡!』しか書かれていない。部隊の説明も事細かに書き込まれているが、東門部隊は『隊長が筋肉バカ!イケる!』、西門部隊は『イケメン隊長!商売チャンス!』など、他人に見せて良いのかどうかやや不安になる内容も含まれていた。そこから窺える地図の製作者の性格は、ハルトは嫌いでは無かった。まるで先生に内緒で行われる同年代同士の秘密のやり取りの様な、そんな悪戯心を刺激されたハルトは、おそらくの製作者である目の前の少女からポンと袋を受け取った。
「ってわけで、ほいっ。これがうちらからの『贈り物』ね!ちょっと立て込んでるからさ、今度また遊びに来てよ!」
「ありがとうございます!ぜひ!」
「じゃあ、次行くぞー!」
きっと次に会う時はこの言い慣れない丁寧語も無くなっている気がするし、相手もそれを気にするような人物では無さそうだった。新しい出会いにハルトは密かに胸を躍らせていた。
ようやく慣れてきた慌ただしいエタラスタ集会所を、名残惜しくも後にする三人は、残る最後の大型ギルドである北ギルド【ポフヨイセスタ】へと歩みを進めた。
道中で思い出したかの様にリーシェが言葉を口にした。
「北ギルドって確か騎士団ギルドよね?」
「おう、俺も冒険者になる前は本国で世話になってたぜ。と言っても此処の支部にはあんまり来たこと無くてな、この街に来てからしか関わったことがないんだ」
「騎士団…?」
「騎士って奴は少し特殊でな、スキルとしては個人単位なんだが、『騎士』という職業になると個人での登録ができないんだ。必ずどこかの騎士団に所属してランクとは違った【階級】を得なきゃならねぇ」
「そうなんですか。あれ、じゃあハインツさんは?」
「言ったろ?俺は【黒騎士】だって。黒騎士って言うのは何処にも属していない、所謂野良状態の騎士のことだ。俺は前に所属していたギルドで【A級騎士】でそこそこの階級にまでたどり着いた後に、黒騎士に移行して冒険者になったんだよ」
ハルトは昨晩の知識を思い出していた。そういえば、騎士は伝統を重んじる職業だと言っていた気がする。騎士の初級ランクである【剣士】の適性があるからといって必ずしも騎士になれる訳ではないと。職業スキルとは別にその人物の固有スキルも重要であると——。自身の冒険者としての職業スキルや職業適性の判断スキルの他の、【固有スキル】とは一体何であるのか。そレはどうやって調べることが出来るのか、この後の職業適性で知ることが出来るのか、その答えを今のハルトは知らない。そのスキルがどれほど重要な物なのかも。
「A級だったら【聖騎士】とかの道もあったんじゃないの?」
「ははっ、まあな。でも誰かに着くよりも自由にスキルを磨く方が性に合ってたみたいでな!騎士団ってのは仕える場所が違うと環境がガラリと変わってくるからな。傭兵騎士団ってのもあったが、それも結局は誰かに仕えるためだ。嫌いじゃなかったが、俺はもっと自由に暮らしたくってな」
「それなら冒険者がピッタリっすね!」
「そう言うこった!」
「ま、言いたい事は分かるわ」
三人共冒険者を選んだという事から、不思議とこう言う点では息が合っている様だった。彼らはそれぞれの目的こそ知らずおそらくは一致していないだろうが、そこに至った時点で共通の想いが存在していた。全く見知らぬ者同士の筈が、【冒険者】というたった一つの括りによって共有する想い。それは端から見たら奇妙なアンサンブルの様に思われるが、その演奏者達の中には確かな芯が存在している。それは、他のどんな職業とも違う、冒険者を志した者にしか分からない物である。彼らは共有する時間こそ短いなれど、その想いは既に一致していた。
「さて、とりあえず行くか」
「「はい!/ええ!」」
不思議な仲間意識を覚えながら、三人は最後の旗を見上げた。そこには、清廉さを表した毅然とした深青が、風に逆らうことなく悠然と棚引いていた。
ポフヨイセスタの集会所内は先ほどとは打って変わって静かな雰囲気であった。西の集会所とも違う、重厚な鎧に身を包んだ威厳のある人物が目立った。
カウンターの奥ではおっとりとした人物が既ににこやかに微笑みながら三人を見ていた。やや長めの前髪が濃紺を以ってゆらりとその顔を隠しているが、その下にはうっすらと大きい傷が見える。どうやら、ぼんやりと隠されている片目は瞑っている様だった。少しだけ編み込まれた襟足が前に垂らされており、その人物が立ち上がると同時にまるで三人に挨拶をするかのようにゆらりと動いた。
「おや、これはハインツ殿。お久しぶりですね」
「お久しぶりです。フロームンド様もお変わりない様子で安心しました」
ハインツが珍しく敬語で対応する。若そうな見た目であるが、その姿からは騎士としての実力が素人でも読み取れるほどのオーラがあった。ハインツが丁寧に騎士独特の敬礼の様な挨拶をするので、釣られた若者二人も深くお辞儀をした。
「ふふっ、騎士としては引退した身ですからどうぞ硬くならずに。さて、本日お越し頂いた要件というのは、彼のことですね?」
ハルトを見てゆっくりと問いかけるフロームンドに、ハルトは自ら名乗り出る。
「はい!『見習い冒険者』のハルトです。宜しくお願いします!」
「では、ハルト殿。少し待っていなさい」
そう言ってフロームンドは奥の部屋に入っていった。暫くして、中から「フロームンド様!それはギルド長のへそくりの隠し場所です!」という慌てたような職員の声が聞こえてきた。
「フロームンド様は、脳き……何というか、剣技はすぐに覚えられるのに事務的なものはからっきしなんだ。加えて、戦闘時以外ではあんな人柄なもんでな」
一応元上司であり、尊敬している人物であるからこそ言い直しては見たものの、恐らくはフォローの限界はとっくの昔に超えてしまったのだろう。流石に初めて会うであろう若者に自分の元上司を馬鹿正直に話すことは憚られたため、やんわりと婉曲話法を試みたが、ハインツ自体もまたどちらかというとそっち寄りであった。上手い言葉は見つからなかったのだろう。
それを組んだ二人は、改めて騎士とはイコールの方程式をそっと頭の中で思い浮かべるに留めたのであった。
物を取りに行っただけなのに、何故か戦場にでも行っていたかの様なやや乱れた格好で現れたフロームンドを見て、三人は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。彼の奥にある部屋からは、「やばい!オリハルコン製の金庫が物理的に破られた!」「修繕費ってギルド総括長に申請出来るのか!?」などと言う、確かな実力と謎の哀れみを秘めた言葉が交わされているのが、丸聞こえであった。思わず引き攣った笑みに変わる三人。
それを聞かないフリをしているのか、本当に気付いているのか定かでは無いフロームンドが、そっとハルトに渡した物。先ほどの二箇所のギルドから貰った物よりも少し大きめで立派な袋であった。不意に威厳溢れる騎士の姿を彷彿とさせる重さで、その男はハルトにそっと告げた。
「我々からはこれを授けよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ぜひ、結果を教えて欲しい」
「はい!」
「君のこの先の旅路がどうか幸あらんことを」
フロームンドの再びの綺麗な騎士の礼に対して慌ててお辞儀をするハルト。その姿を既に戻っていたフロームンドは微笑ましく見つめ、拍手を送った。それを機に、集会所内の騎士たちも立ち上がりハルトに拍手を次々に送る。騎士という生き物はそうであると思わされる光景だった。勿論、それは厭なものではない。彼らの真面目さや厳格さ、潔さが表れている、正しく騎士団の名に相応しい物であった。
恥ずかしげにするハルトを、同じように拍手をしながら微笑ましく見つめている二人の冒険者も、今はその一員の様に振る舞うことを厭うことは無かった。
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