第一章6「チュートリアル1」
より黒く焦げ臭い装いとなったハルトは、広場の中央にある噴水の近くに、ハインツとリーシェと共に並んでいた。ハインツこそ平素と変わらぬものの、リーシェの顔は少し疲れた色を含めながらもぶすっと不貞腐れたように顔を顰め、腕を組みながらハルトの隣に佇んでいた。街行く人の目には奇妙な三人組として映っていたのかもしれないし、そういう組み合わせは多いのかもしれない。どちらにせよ、それなりに好奇の目に晒されていたことは間違いなかったが、ハルトは最早そんなものは気にならなかった。
だからこそ、その視線には気付くことはなかった。もちろん、気付かせるつもりも毛頭ない。
そんな中、リーシェがボソリとその小さな鮮やかな桃色の唇を動かした。
「なんで私まで……」
「まぁいいじゃねぇか!どうせお前、暇だろ?」
「うっ……何で知ってるのよ」
「はははっ、昨日慌ててギルドを飛び出していったのを見たからな。事前に情報収集をしなかったお前も、冒険者としてはまだまだって事だな!」
ハルトはふと昨日の光景を思い出した。ぶつかった時、確かにリーシェは急いでいた。それは、都の外に向かっていたような気がする。
「ハインツさん、それって?」
「あぁ、まぁハルトにはまだ早いが、近々大型魔物の討伐クエストが行われるんだ。その参加者選別のための、謂わば予選みたいなやつが昨日行われてな。A級冒険者以下の希望者はその予選を突破しないと討伐クエストに参加出来ないことになっているんだ。リーシェ、お前、昨日出遅れたんだろ?」
「だ、だって!知らなかったもの、何時から開催とかどこ集合とか……」
「
ハインツの指摘は最もであった。それが分かったリーシェは、ぐぅと悔しそうに唸るばかりであった。つまり、ハインツがリーシェを集会所内で見つけた瞬間、彼にはリーシェが落選してしまったことが分かったのであった。
冒険者であるならば、全ての責任を自分で負わなくてはならない。自由であるからこそ、その過失や喪失も自分で省みる必要がある。ソロで行動しているものならば余計にである。
二人の様子から、おそらく固定のパーティに所属している訳ではなくクエスト毎に異なる人々と組んでいるか、ソロでの行動が多いことが窺えた。
しかし、これらのハインツとリーシェの会話は、ハルトにとってはまだまだ未知のものだった。ただ、それが今後自分にも関わるとなると興味は尽きなかったが。
それにしてもである。実は前々からハルトには疑問に思う点があった。
「あの、ハインツさん。前から思っていたんですが、塔の国のギルドやクエスト制度ってちょっと過保護じゃないですか?冒険者が危険っていうのは分かるんですが、それにしても妙に親切すぎるというか」
「お?何だ文句か?冒険者は荒々しく制度に縛られない自由な存在であるってか?」
「あ、いや、まぁそういうイメージだったんでちょっと意外だったというか……」
「塔の国って言ってもこの首都ヴァロメリだけよ、こんなに手厚いサポートをしてくれるのは。他の場所のギルドやクエストは、ランク判定以外の縛りは存在しないわ。アンタの想像通りの世界だけど、何アンタ、その理由も知らない訳?何でこの都で冒険者になろうと思ったのよ」
やれやれと肩を竦め、呆れた様にハルトを見遣ったリーシェに苦笑いを返すハルト。昨日聞いた知識と今までのものを合わせて思い出すようにその理由を口にした。
「ギルド総括者の【巫女様】?が決めたっていうのは聞いたんですけど……この都周辺の魔物はレベルが高いからって」
「そうよ、塔の国の統治者の一人であり、ギルド総括者でもある巫女様がこれだけの手厚い制度を生み出したの。その理由は、アンタの言う通り周辺の魔物のレベルが高いから。でもそれだけじゃない。魔物だけじゃなくて、ダンジョンもロストアイテムも他の国と比べ物にならないほど出現率が高いの」
だからこそ、今回の討伐クエストも選抜メンバーで行われるのだった。特に討伐クエストともなるとA級以上の魔物をターゲットにしているのが常であり、先着ではなく実力で審査を行わなければ、下位ランクの冒険者であればあっという間に殺されてしまう。また、その審査内容も全て調べ上げた上で参加できる者でなければならない。それが出来ないものは実力を認められないと言うことである。これは、確かにハルトの言う通りある意味では親切なのである。
リーシェも似たような事を語った。つまり、危険があまりにも多すぎる都周辺では、無駄死にを避けるために過保護とも言える制度を導入する他なかったというものである。他にも、冒険者を毛嫌いするエルフやそれに相対するような獣人たちがヴァロメリに程近い場所に国を構えているため、下手な問題は避けねばならぬという外交問題もある様だった。
それを知る者は、一人得体の知れない笑みを浮かべていたが、その笑みの真意には然しもの従者も悟ることはできなかったのである。
一方、ハルトは徐々に表情が曇るリーシェには気付いたものの、それに対しての言葉は見つけられなかった。それを見つけるには彼らの間の時間が足りていなかった。ただ、ただ、その事に言葉に出来ない小さな澱みを抱えるほどには、彼女が気になったのは間違いない。彼女の表情も一瞬にして霧散してしまったため、彼に深く考えさせる程には至らなかった。それに、彼はまだまだ知らないことが多い。
先程からハルトは、知っているけれど知らない言葉を耳にしたことで、それに好奇心が働いていた。
「ロストアイテム……?」
「お、何だハルト。冒険者になるって奴がロストアイテムのことも知らねぇのか!」
「ウソ!殆どの人はそれが目的で冒険者になるんじゃないの!?」
「リーシェ、お前それは言い過ぎだろ。まぁ、冒険者と言えばロストアイテム、ロストアイテムと言えば冒険者って言われるほど繋がりは深いもんだと思うぜ。知らねぇなら丁度良い、【魔導ワープ】の使い方説明するぞ!リーシェが」
「何で私!?」
急に振られたリーシェは思わずハインツにツッコミを入れてしまうが、「自己紹介がてら説明してやれ、そっちの領分だろ?」と言われて仕舞えば、リーシェは断ることも出来なかった。それを見たハルトは、リーシェの人柄を察した。押しに意外と弱いのかもしれないと。
軽い溜息の後に、威厳を見せつけようと態とらしい咳払いをしたリーシェのそれは、思ったよりも可愛らしいものだった。小さな子供が大人の真似をする様なチグハグな印象が、見るものを微笑ましい顔にさせるのであった。ハルトとハインツが正にそれである。隠れて二人で笑っていたらギロリと睨まれてしまい、思わず手をあげてしまっていたが、それすらもハルトには少し楽しく思えた。仲間では無い。知り合ったばかりの存在。それでも、自分が求めていた様なそんな世界が広がっていた。
中心に聳える噴水の雫がきらきらと反射している。それを背後に立つリーシェは、小さなハルトの世界の中心に居るような、そんな幻覚を生み出していた。
「【C級冒険者】で【B級火属性魔術師】のリーシェよ。魔導具やロストアイテムの事なら他の人より詳しいから」
「俺は【見習い冒険者】のハルトです、よろしく、リーシェさん」
ハルトの世界に、新たな色が加わった。それは少女らしい瑞々しい桃のような色に、彼女らしい情熱を秘めた温かい橙の色。ハルトは、この
東噴水広場中央の噴水の近くには、装置のような物が設置されていた。噴水を囲むように四つ似たような装置が設置されており、その内の一つにハルト達は集まっていた。
「あれ、そういえばハインツさん、【まどうわーぷ】って?」
「ちょっと、アンタそんなことも知らないの」
リーシェが言い切る前にハインツが腕で押さえて、その口をガバリと手で塞ぐ。
「お前……ちょっとはそのお転婆嬢っぷりを治さないと、また今日みたいなことの繰り返しになるぞ?」
二人から聞いたチンピラ事件を思ったハインツは、流石にリーシェの強気、少しばかり喧嘩腰になりやすいその姿勢をやんわりと咎めた。この短時間でリーシェの人柄を察しているハルトは、それほど気にならなかったし、実際に知らないからこそ彼女の言葉に腹を立てることもなかった。
もがもがとハインツの腕の中で反論しているであろうリーシェを無視し、結局ハインツが説明を始めた。
「とりあえず、この東噴水広場にある四つが東エリアのメインの【魔導ワープ】だ。魔導具の説明は昨日したよな、覚えてるか?」
「はい、『魔道具とは魔力を込めることで動く道具」』でしたよね」
「おう。しかし、これは違う。魔力が使えな物でも使うことができる魔道具だ」
「え、どうやって……?」
「ぷはっ!それはね、偉大なるこの国の統治者である【女王:レイア様】と【巫女様】のお陰なの!昔、冒険者である巫女様がS級ダンジョンからとあるアイテムを持ち帰ったの。それは古代文明【ネイディプティラン】の時代に作られたロストアイテム【
「魔力が無くならない……すごい……!」
「でしょ!そしてそのアイテムを使用して作られたのがこの魔導ワープなの。もちろん、魔力自体は劣化により消滅してしまうから、魔力を定期的に注ぐ必要はあるわ。それでも、この国の魔導ワープは半永久的に誰もが使用できる装置になった」
「あれ……じゃあ女王様のお陰っていうのは?」
「その魔力を定期的に注いでくださっているのが女王レイア様なの!こんな大規模な装置を動かすほどの魔力を注ぎ込むことが出来るなんて、並大抵の魔術師には不可能!それができるレイア様は間違いなく最高ランクの魔術師……本当に凄いことわ!!」
説明を続けるうちにキラキラと輝くリーシェの瞳には、女王への憧憬が宿っていた。それは、今まで見た事がないほど無邪気で可愛らしい、憧れを抱く一人の少女だった。それほどまでにリーシェが褒め称える存在である【女王】の存在はそうだが、やはりここでも出てきた【巫女】と言う不可思議な存在。女王と共に国を統治している存在だというが、あまりにも謎に包まれ過ぎている。ハルトの頭の中に、その人は常に穿ったかのように存在していた。
「ほら、難しい話はそこまでにして、使い方の説明をしてやってくれ」
「もうっ、これだから騎士は困るのよ……」
騎士と魔術師はその特性から、共に行動することも多いが対照的な人物も多いと言う。ぶつくさと言いながら説明を続けるリーシェと、苦笑いを浮かべるハインツもそうなのかもしれない。わかり合いながらも譲る事ができないものがあると言う。同じ冒険者であっても根本的なところはそういった特性からくるのだと、ハルトは目の前の二人を見ながら考えた。じゃあ、自分の特性とは何だろう、と。
「使い方は簡単。ワープポイントの上に乗って、行き先を画面で選択するだけよ」
「大型装置もあるが、一般的的には使われないな。大規模クエストの時なんかは許可があればそっちを使ってもいいが、普通は噴水広場の物を利用する。一度にワープできるのは5人までだ。やってみるか?」
「はい!」
説明を聞いて簡単なのは分かったが、だからと言って興奮しないわけがなかった。魔導ワープなんていかにもな物は使ったことはおろか村では見たことすら無かった。初めての出来事に浮き足立つのは誰しも仕方がないことである。
「画面で選択するだけなのにそんなに張り切っちゃって……子供っぽいわね」
改めてそう指摘されると恥ずかしさが芽生えたが、それよりもやはり好奇心が上回ってしまった。早く早くと二人を急かしたい気持ちを必死で堪える。
「リーシェ、お前が最初に此処に来たときの話をしてやろうか?」
「さ、早く行きましょう!」
(リーシェさんってなんだかんだ素直だよなぁ……)
ひっそりと思うハルトは、意気揚々と魔導ワープに向かうその背中をくすり笑みを溢しながら追った。
噴水周りには確かに四つのワープ装置があり、列は出来ずとも人々が頻繁に利用しているのがよく分かった。三人が会話をしている間も、近くの魔導ワープを使用する人はちらほらと見掛けていたが、誰も彼もが慣れた手つきで操作をして何食わぬ顔で都の何処かへと旅立っていた。
リーシェに続いて魔導ワープのモニター前に到着したハルトとハインツは、どういう原理かは分からないそのモニターに表示されている行き先を確認する。
「えっと、行き先は【西噴水広場】……と」
モニター内の一覧表から【西噴水広場】を指で選択し【実行】と書かれている場所に、共に感触がしないまま触れた。すると3人は淡い光に包まれ、次の瞬間にはその場から消え去っていた。その後も、東噴水広場では、彼らと同じように利用者が自由な移動を繰り返すのであった。
物陰から見ていたその人は、つまらなさそうにそれを見送った後、何の動作もないままに一瞬にしてその姿を消し去ったのであった。
残された影は、一巡するかの如くゆらりと蠢いた後に、消えた主を追うようにやはり音もなくその場を後にした。
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