第一章3「冒険者とは2」

 どちらかというと屈強な輩が多いため荒々しくなった歓迎の波を、平凡な身体で受け止めていた事で目を回しそうになっていたハルトに、さらに追い討ちをかけるようにティアの遠慮のない叱咤が飛んできたのは、30分ほど前の話。ギルドの説明が済んでいないとティアに怒られ、ギルドの説明をくどくどとされてしまった彼は既にヘロヘロな状態であった。

 しかし、彼の手の中には薄くても立派な一枚のカードが握られていた。冒険者ギルド・イダスタの【ギルド認定カード】である。ハルトは、受け取ったそれをマジマジと見つめた。

 自分の名前が記入された、正真正銘の冒険者の証明証。


 とは言っても、最初の1ヶ月は【見習い冒険者】から始まる。

 導入クエストを受注し、ある程度回数をこなせば1ヶ月以内に【見習い】が【Eランク】へと変化する。

 この【見習い制度】があるのは、塔の国の王都ヴァロメリにあるギルド集会所の特徴であった。というのも、ヴァロメリ周辺は下級モンスターから上級モンスターまで幅広く生息しており、初心者冒険者が上級モンスターに出会ってしまう可能性も勿論あった。その結果どうなるか、想像に難くない。

 生き残ることが出来ずに無惨に散っていく冒険者が後を立たなくなってしまったのを見兼ねたヴァロメリのギルドは、初心者冒険者は集会所の先輩冒険者1人以上と必ず一緒にクエストを行わなけらばならない、という【見習い制度】を導入した。特に、何の技術も持たない無謀な者が冒険者として最初にギルド登録を行おうとした場合、大きな特徴を見せる。


 まず、ギルドが提携している宿屋や飲食店などでサービスを格安、又は一部無料で受けることができ、1ヶ月間の衣食住が保証される。王都内だけでクエストの受注から納品、また街や国の説明などを受けながら1ヶ月を過ごす。

 広い王都内には森や湖、畑や訓練地など様々な環境が整っているため、外の世界の擬似体験が可能であるため、王都内だけで冒険者としての基本的な指導を行うことができるのであった。

 冒険者業に慣れてきたところで、適正審査を通れば漸く【Eランク】として本格的に冒険者としてスタートすることが出来るようになる。ランクがつけば一人前とみなされる為、宿も自分で探し衣服や食べ物なども自分で調達しなければならなくなるが、そこからが本当の冒険者としてのスタート地点となる。


 集会所の人々がハルトの意志を受け入れ喜んだのは、最近ではこの制度が面倒だという理由で別の都市で冒険者登録をする人間が増えており、中々に【見習い冒険者】が誕生することがなかったからである。この制度により、1年間王都に在留しなければならない先輩冒険者達は、任期を終えるまで遠征クエストやダンジョン探索などの時間が掛かるクエストを受注することができない。本来の冒険者としての目的を果たせず、トレーナーとしての見習い冒険者を指導する仕事も無いため、簡潔に述べると暇なのであった。

 また、【旅人】から【冒険者】になることも、ギルドにとっては重要な点であったが——。


 いつの間にかまばらになった集会所内は、数人の冒険者とギルドの職員らしき人しか残っていなかった。その中で、ハルトは室内の隅の方で自分の装備の手入れをしている一際立派な男性を見つけた。


(あの人はさっきの……確か……)


 近付いてくるハルトの気配に気付いたのか、おう、さっきの坊主、と先に手を挙げてハルトを迎えてくれたその人。


「あ、あの!ハインツさん!さっきはありがとうございました!」


「ん?あぁ、良いってことよ。俺達も、最近は骨のあるやつが中々いねぇからって退屈してたところだったんだ」


 ニカっと男らしい笑みをハルトに向けたハインツ。乱雑に掻きあげられた栗色の髪は不思議と清潔感が漂っていた。笑う際に眉の間に少しだけ皺がよるものの、中年と呼ぶにはまだ早く、壮年の逞しい男性という印象を人々に与える様な若々しさも併せ持っていた。瞳は髪よりも少し暗めの黄色と僅かに雷のような輝きを放ち、彫りが深い顔立ちは正に中世の騎士を彷彿とさせるものだった。鍛え上げられた身体に相応しい大剣が、主人の優しい手つきを待ち侘びるかのようにテーブルの上でキラリと反射した。

 見るほどにハルトが想像していた冒険者の理想像であると思わせるハインツに、ハルトは思わず食いつくように会話を進めた。


「それでも、さっきハインツさんが助け舟を出してくれなかったら明日までティアさんと言い争ってたかも知れなかったですし、本当にありがとうございました!」


「ははっ、『冒険者になれなかった』って言わないところが面白いやつだな」


「へへっ、何がなんでも冒険者になりたくてここまでやってきたんで!此処でダメだったら次の街のギルド集会所まで這ってでも行ったと思います」


「おいおい、それは無謀にも程があるってもんだぜ?それなら俺は大分良い仕事をしたってわけだな。ありがたく礼は頂戴しておくか」


 そう言うとハインツはハルトの頭を軽く撫でた。大きな手である。今までどれくらいの人たちを守ってきたのであろう、そう思わせるような温もりがあった。自分もいつかこんな風にと、ハルトは湧き上がる高揚感と少しの恥ずかしさを感じていたその時、思わぬ提案が目の前の男から飛び出した。


「そうだ、折角だし、俺が最初の『先輩冒険者』をやってやろうか?」


「え、いいんすか!ぜひお願いします!!」


「ははっ、お安い御用だ」


 頼もしい声とその風格に、彼となら上手くやっていけそうだとハルトは感じた。彼から滲む面倒見の良さを含めた人の良さが、ハルトに自然と笑顔をもたらした。


「俺はハルトって言います!フエ村から来ました!」


「改めて、俺はハインツだ。こう見えて一応【A級冒険者】をやっている。今は【黒騎士】の身だ」


「A級!?しかも、【騎士】なんですか!?じゃあやっぱり出身は【リタリヤロ公国】ですか?」


 塔の国の遥か北西に位置する、貴族と騎士の国であるリタリヤロ公国。伝統を重んじる貴族と、伝統を守る騎士が存在するその国は、やや堅苦しさはあるものの、森に囲まれたその先には大陸内では煌びやかな国土が広がっているという。冒険者にとってはそこまで縁がある訳ではないが、生まれながらに高貴である存在が多いのが特徴であり、大陸に住む人々にとってはある意味憧れの場所である。


「あぁ。ま、公国の中でもちっちぇえ町の生まれだけどな」


「うわぁ、それでもすごいっすね…!!しかもそこで【騎士】になるなんて!」


「はははっ、そんなに褒めても何も出ねぇぞ」


 再びハルトは頭を思い切り撫でられる。先程よりも乱雑さが増したそれであっても、彼は悪い気がしなかった。この大らかな先輩冒険者の男に対して、既に信頼と憧憬を抱いていたハルトは、むしろこの関係が嬉しかった。


「さて、日が暮れないうちにまずは宿まで行って拠点の確保だな。そのあとはゆっくり飯でも食いながら説明してやるよ」


「これからよろしくお願いします!」


 大きな声で頭を下げたハルトに、集会所内に残っていた数人は微笑ましい目を向けながら彼の今後に期待を膨らませていた。

 こうして、【見習い冒険者:ハルト】が誕生したのである。



 そんな中、ただ一人。少年を見つめる目に複雑な色を宿している女性が居ることに、周りの誰も気付くことは無かった。その人物は静かに集会所の奥の部屋へと消えていった。


 

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