89 正当な息子
少年が発した言葉。
それが余りに突拍子過ぎて、誰もその言葉に反応出来ずにいた。
ただ一人を除いて――。
「お前やっぱり……そうだよな……?」
戸惑いながらも、その少年に話しかけるレイ。
すると、少年はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。……いや、この表情こそが、彼の標準なのかもしれない。
「お久しぶりですね。君が“家を出て行った”日以来でしょうか」
「家を出て行った日って……レイ、この子知り合いなの? もしかして……」
そこまで言ったローラは何かを察した。自分の勘が正しければ恐らくそう言う事だと。だが、そうは思っても、その先が口から出せなかった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。あの日君と会ったのは一瞬でしたから。改めまして、僕の名前は“ヨハネ・ロックロス”――」
「「「……⁉⁉」」」
その名を聞いた瞬間、皆に緊張が走った。
「ロックロス……⁉」
「やっぱり……じゃあアンタが養子になったとかいう……」
「僕の事をご存じでしたか。君の事だから、恨み嫌うロックロスの事を話しているとは意外でした。良かったですね。王家を追放されても居場所があった様で。それとも、君が元ロックロスの人間と知っておこぼれでも貰おうとしているのですかね?」
――バッ……!!
ヨハネがそう言った刹那、気が付くとレイがヨハネの目の前まで迫っていた。
「――殺す」
「……⁉」
レイの中で何かのスイッチが入った。
その姿からは確かに殺気までも感じられるが、決して眉を顰めた様な険しい顔ではなく、怒りという感情すら通り越したのか、レイのその顔は無表情であった。
「レイッ⁉」
皆が反応した頃には、レイの拳がヨハネの顔面を捉えッ……『――ガンッ!!」
「……ッ⁉⁉」
そこにいた誰もがレイがヨハネを殴り飛ばしたと思った瞬間、あろう事か、吹っ飛んだのはヨハネではなくレイだった――。
吹っ飛んだレイは部屋の壁に激突し、そのまま床に落ちた。
「ぐッ……何だ……?」
レイは何が起こったか分からなかった。
自身の拳がヨハネをほぼ確実に捉えたと思った瞬間にそれは起きた。一瞬であったが、ヨハネはレイの攻撃に確実に反応が遅れていた。そしてそれを、レイが一番近くで理解していた。あの状態からヨハネが攻撃するのは不可能。
レイは確かにそう思ったのだが、現実は何故か自分吹っ飛ばされていた。
困惑するのも無理はない。
図らずも、“それ”を少し離れた位置から見ていたローラ、リエンナ、ジャック、そして博士までも、誰一人として何が起こったのかは分からなかったが、辛うじてランベルのみが“それ”を一瞬目で捉えた。
「速ぇ……」
唯一反応出来たランベルでさえも、その動きの僅か一瞬を確認しただけ。それ以降は皆と同様、気が付いたらレイが吹き飛ばされていたのだ。
そう。
レイを吹っ飛ばした“正体”とは――。
「――ヨハネ様には指一本触れさせん。例え元王家の人間であったとしても」
そう口を開いたのは、ヨハネの後ろにいた男だった。着ている服の腕部分に、何やら模様の様なマークが施されている。
「ありがとう“ポセイドン”。助かった。ちょっと今のは驚いたね。魔力0で落ちこぼれの君にまさかそんな実力があったとは。アルカトラズの件にも信憑性が出てきましたよ……レイ。それとも、兄さんと呼んだ方がいいかな?」
相変わらず不敵な笑みを浮かべたままのヨハネ。口元は笑っているが目がそうではない。それがより一層不気味さを醸し出している。
「テメェ……一体何しに来やがった」
レイはそんなヨハネを鋭く睨みつけながら言った。
「可笑しなことを聞きますね。レイ、君はアルカトラズを襲撃し、フェアリー・イヴの脱走させた主犯ですよ。本来ならば重罪も重罪。即刻死刑になっても不思議ではありません。ですが君はラッキーな事に生かされているのです。君が最も恨み嫌う我がロックロス家の力によって。どうですかその気分は? 一人で自由に生き抜く力を手に入れたとでも勘違いしている様ですね。違いますよ。君はロックロス家に、そして僕によって守られているのです」
「顔に似合わずよく喋る野郎だ……。人を見下したその態度がアイツそっくりだぜ。流石“正当な息子”だな。ヨハネ」
レイはゆっくりと立ち上がりながらも、視線は一切ヨハネ達から外さなかった。
「――あ、そうじゃ! 思い出したわぃ」
この場に似つかない声を上げたのは博士。
「お前さんどっかで見た顔だと思ったが、そう言う事じゃったか。ワシが呆けた訳じゃなくて少し安心したわぃ。ハッハッハッ。まさかあの“キャバル王の息子”がこんな所にいるとは誰も思わんからのぉ。十年以上前に、ロックロス家でワシとお前さんは会っておるぞぃ。まぁ覚えておらんか。やっぱり初めてじゃなかったわぃ。スッキリしたのぉ」
これまた予想外な博士の言葉。
お驚きの連続で最早何処からどう話を整理すればいいのか分からなかった。
状況が全く分からないジャックは完全に蚊帳の外。
事情を知っているローラ、ランベル、リエンナでさえも中々直ぐには付いていけない状況。
博士が話し終わった後に流れた沈黙――。
その沈黙を破ったのはレイであった。
「成程……。Dr.ノムゲ、どうやらお前も“そっち側”の人間らしいな」
「ハッハッハッ。そういえば養子をもらったとか何とか言っておったのぉ。まさかお前さんだったとは。世間は何とも狭い。そっち側とはどういう意味か分からぬが、キャバル王の息子が何故またッ……「――おい!」
レイの体から溢れ出る禍々しい殺気と魔力。
冷酷な目で睨みつけながら、Dr.ノムゲの言葉を遮った。
「二度と奴の息子だと口にするな……」
「――⁉」
レイから殺気を放たれたDr.ノムゲはその圧に恐怖を覚えた。
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