第83話 組織改革(物理)
アルティアナは怒りで顔に鬼の形相を浮かべ、怒髪天を突くが如く、魔力の波動で髪が持ち上がる。
「アイザック貴様あああ! よくノコノコと私の前に姿を見せたな!!」
その騎士は齢40手前の男。
癖の強い紫色のうねり髪を伸ばした、針金のように細い体躯。
ピエールカの抱えていたスパイとは、第1聖騎士団が副団長。
そして〝聖使徒計画〟においては〝シスターズ〟の管理責任者の任を帯びていた、アイザック・アイスバーンであった。
「「「ひっ!」」」
彼の顔を見て、マリアンヌと〝シスターズ〟の面々も怯えだす。
彼が今まで彼女にしてきた行為を鑑みれば、当然の反応と言えた。
実際に彼女達に焼印を刻んだのは、部下であったが、その上司がアイザックであることには違いなく、マリアンヌに至っては1度洗脳魔法を施されたトラウマもある。
「私も一度は敗北し命を見逃された身。その温情故生かして置いてやったが、やはり我慢ならん! 貴様はここで斬る!」
アイザックへ向けて剣を振り上げるアルティアナ。
しかしアイザックは、アルティアナの前で片膝を付いて頭を垂れ、自らその首を差し出した。
同様にピエールカも同じ格好で跪いた。
「仰る通りでございます、アルティアナ殿」
アイザックは頭を垂らしたまま、いつもの飄々とした口調からは想像出来ない、畏まった態度で語る。
「わたしが小聖女様及び、〝シスターズ〟の方々に行った非道の数々。それらは到底許される行為ではございません。元よりわたしの忠義は悪皇ラグールカに向いていなかったのは確かでございますが、それでわたしの罪が免罪される訳ではないことは承知の上でございます。悪皇倒れた今、既にわたしは務めを果たした次第です。故にアルティアナ殿が望まれるのであれば、この首あなたに差し出す次第でございます」
「……きっ、様……っ!」
アルティアナが頭上で掲げた剣先が震える。
無抵抗なアイザックを前にした今、募らせた恨みを晴らすのは容易い。
だがアイザックの弁明を聞いた後、思い当たる節がいくつも見つかる。
アイザックはやろうと思えばアルティアナを殺すことも出来たこと。
それをわざわざ洗脳魔法をかけ廃人化させた後、牢獄に閉じ込めるだけで済ませたこと。
その洗脳魔法もアルティアナが自力で解くことが出来る強度だったこと。
そして何より、アルティアナが脱獄した後にアイザックと剣を交えた際――彼は本気を出していなかったのではないかと、思い当たった。
むしろアイザックは、アルティアナに自動HP回復機能を備えた、〝聖使徒の心臓〟を差し出すためにわざと負けたのではなかという疑念が浮かぶ。
それにもし、ゴーレムを前に意識を手放した際に見た走馬灯が、アイザックの洗脳魔法の残滓によるものであった場合も考慮すれば……。
「(いや、それらは全て結果論……都合の良い解釈にも程がある! コイツはマリアンヌ様を劣悪な環境極まる地下室に閉じ込め、衣服の着用を禁じ、神聖なる御肌に焼印を入れた背教者だ……! コイツが影で何をしていたかは知らんが、コイツがいなくても〝聖使徒計画〟は阻止できた。やはり殺す!!)」
アルティアナはアイザックの頭部を一刀で両断する勢いで兜割りの1撃を繰り出す――が。
刃が頭皮に到達する直前で腕が止まる。
「……私はマリアンヌ様の剣である。であれば、貴様を裁く権利は私にはない。貴様の処遇はマリアンヌ様に一任する」
アルティアナは振り下ろした剣を一度しまうと、マリアンヌに向かい合った。
「マリアンヌ様、どうかこやつの処遇をお決め下さいませ。奴はマリアンヌ様、そして〝シスターズ〟の方々にしたことを鑑みれば、到底許せる相手ではございません。マリアンヌ様が望むのであれば、このわたしが、こやつの首を落とします。判を下して頂きたく存じます」
「分かりました」
マリアンヌは真剣な顔で返事をすると、アイザックの前に出た。
「お顔を上げて下さいませ。アイザック様、そしてピエールカ様も」
「はっ」
「仰せのままに」
2人は首を持ち上げ、マリアンヌの顔を拝む。
「結論から申しますと、わたくしはお2人を罰するつもりはございません」
「正気でございますか!? マリアンヌ様!?」
アルティアナはマリアンヌの選択に声を荒げる。
しかし心のどこかで納得してしまう自分もいた。
「〝聖使徒計画〟、それを企てたのは悪皇ラグールカであり、アイザック様ではございません。そしてアイザック様がいなければ、他の方が同じ役目を勤めることになったでしょう。であればそれはラグールカの責任であり、あなたのせいではありません。加えて言えば、アイザック様、あなたは悪者を演じつつ、わたくしと〝シスターズ〟を陰ながら守って下さっていたのではないでしょうか?」
マリアンヌ達が地下室で、騎士達に慰みの道具として扱われかけたことがあった。
しかしその時割って入ってきたのがアイザックであり、彼は2人の部下を叱責すると同時に脅しをかけた。
あれは「教皇に献上する魔力を汚さないため」という理屈ではあった。
だがその真意はマリアンヌ達を彼らから守るだとしたら。
そしてその際にマリアンヌは騎士達が置いていった焼きごてを手にすることが出来、脱走の際に大いに彼女を助けた。
嫌われ者を演じつつ、それでいて絶妙なバランスで部下をコントロールして一線を超えないように手を加えていたのであれば……。
「感謝こそすれど、あなた方を誹謗する必要など、全くないと思います。むしろありがとうございます、アイザック様……誰からも感謝されないにも立場であるにも関わらず、わたくし達を守ってくれて……きっとお辛いお役目だったのだと思います」
「寛大なご配慮を賜りまして、恐縮至極に存じます。であれば我が身、小聖女様の剣となることをお許し頂きたく存じます。血で錆びた刃ではございますが、使い潰して頂ければと存じます」
「はい、これからよろしくお願いしますね、アイザック様」
「……命拾いしたな」
いつでも振り下ろせるように待機していたアルティアナが剣を収める。
「へへっ、これからはアルティアナちゃんの部下になるのかな?」
「貴様のような部下はいらん、が……マリアンヌ様の命だ。精々コキ使ってやる」
「小聖女様、私からもお礼申し上げます。ありがたく存じます」
ピエールカもまたマリアンヌに謝辞を述べる。
「はい、ピエールカ様にも期待しておりますわ。まずはボロボロになってしまった大聖堂を、物理的にも組織的にも立て直さなければならないのですが、知恵を貸して頂いてもよろしいでしょうか?」
「それについては既にいくつかのプランを練っております。中央教会の上層部、枢機卿団は既に殆どがラグールカによって葬られております。教会の王都内での発言力は大幅に弱体化することは否めませんが、組織の腐敗を洗浄するには丁度良い機会かと存じます。どうか私に一任くださいませ」
こうして教皇ラグールカによる〝聖使徒計画〟は、エドワード、ブラックロータス、小聖女聖騎士団、そしてピエールカの手で潰え、悪しき教皇も斃れた。
ルカを教皇に、マリアンヌを聖女に据えて、傷だらけの教会に新しい風が吹く。
■■■
「ここは……どこ?」
サーニャ・ゼノレイは真っ白な空間にいた。
上下左右、隔てるものがない世界。
彼女は本能的に、ここが死後の世界、もしくは死後の世界への道中であることを察した。
当てもなく、本能のままに感じ取った方へサーニャは歩くと、正面に人影が見えた。
その人物を、サーニャはよく知っていた。
「パパッ!!」
それはサーニャの父、イヴァン・ゼノレイであり、イヴァンは成長した娘との再会を喜ぶように微笑み、飛び込んできたサーニャを両腕で受け止めた。
「久しぶり、サーニャ。大きくなったね」
「迎えにきてくれたの? ママも向こうにいるの?」
「うん、いるよ。そして、ここでずっと、サーニャのことを見ていたよ」
「私、頑張ったよ……沢山頑張った」
「うん、知ってるよ。サーニャはボクの自慢の娘だ」
「パパ、私もっと話したいことが沢山あるの。聞いて、好きな人も出来たの!」
「そっか。それは凄く気になる。それに父親として寂しくもあるよ。でもサーニャが選んだ男なら、きっと誠実な子なんだろうね。パパは応援するよ」
「でも……彼とはもう会えない。私、死んじゃったから。でもね、パパとママがいるならそれでいい。早くママの所に行こっ!」
「それは、出来ない……」
「……えっ」
イヴァンはそっと、サーニャを引き剥がす。
「ごめんな、サーニャ。まだ、一緒にはいられないんだ」
「ど、どうして? 私が悪い子だから? 子供にステータスを継承出来ずに死んじゃったから? 地獄に落ちるから? だからママには会えないの?」
「違うよ。だってサーニャには、まだやることがあるだろう。好きな人も出来たんだろう。だから、こっちに来るのはまだ早い」
「ま、待って! パパっ! 行かないで! パパッ!」
すっと消えていく父親に手を伸ばすも、サーニャの腕は空を切る。
やがて白い世界はヒビ割れ、落下し、そして――――
「サーニャ!」
「……ここ、は?」
――――目を覚ましたサーニャが最初に見たのは、心配そうに自分の顔を見つめるエドワードの顔であった。
ゆっくりと周囲を見る。
天井一面に宗教画が描かれた、ライノルトと死闘を演じた大ホールであった。
剣豪との激烈な戦いを物語るが如く、大ホールには数々の傷痕が刻まれている。
サーニャは自分の身体を確認する。
潰れたはずの左目は光を取り戻し、右腕もまた生えていた。
「マリアンヌの回復魔法のおかげだ」
「そっか……」
サーニャは父親の元に行けずに寂しげに呟くが、生きていることに安堵している自分もいた。
一時的とはいえ、父親と再開を果たし、今こうして思い人が抱きかかえてくれている。
それだけでもう、彼女は満足であった。
「ごめんね、私、今回役立たずだった」
「そんなことねぇよ。この有様を見りゃ、何があったかはだいたい想像がつく。やっぱりお前は、人類最強だよ」
「ねぇ、エドワード」
「どうした?」
「まだちょっと眠いわ。もう少し、あなたの胸を借りていてもいいかしら?」
「ああ、勿論だ」
「ありがと……」
サーニャはもう1度目を瞑り、夢の世界へ旅立った。
今度の夢には、父親は出てこなかった。
けれどもそこにはエドワードがいて、彼女は夢の中でダンジョンを探索するのだ。
彼女にとって、それが最も幸せな光景だから、それはきっと、良い夢なのだ。
夢から目覚めた後も、彼とダンジョンを潜りたい。
そう祈りながら、サーニャは一時の夢に身を委ねた。
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