第79話 ラストエリクサー症候群

「よ、よもやよもや……ですよこれは……私としたことが……ごふっ」


「ピエールカ!?」


「師匠!?」


 ピエールカの背中には3本の触手が貫通しており、胴部を突き破った触手の先端が、軟体動物の足のようにうねうねと蠢いている。

 その触手の出どころを辿れば、それはラグールカの法衣の袖の奥へと繋がっていた。


「そんな!? 音が伝わらない真空魔法の中で魔法は使えないはず!?」


「まさかまだアーティファクトを隠し持っていやがったのか!?」


 ラグールカは真空魔法によって無限に続く苦しみを味わいながらも、反撃の機会を伺っていた。

 そして真空魔法に捕われ数分が経過し、完全に自分を無力化したと思わせ、油断を見せたタイミングで、最後の奥の手を使ったのであった。


「…………っっ!!」


 ラグールカは触手を引き抜くと、真空空間の中で何かを叫びながら、袖から出した触手を今度はルカへと向ける。


「がはっ!?」


「ルカっ!?」


 引き抜いた勢いそのままに振るったので、触手の先端に貫かれることはなかったものも、胴を打たれて壁に叩きつけられるルカ。

 集中力が途切れて真空魔法が解除される。



「うお″お″お″お″お″!! 許さんぞゴミ虫共めえええええ!! 肉一変たりとも残さずぶっ殺してやるうううううううう!!」



 怨嗟の叫びに呼応して、ラグールカの法衣を突き破って無数の触手が出現する。

 袖の奥から射出されたと思われた触手は、ラグールカの肉体から生えていた。

 全身の皮膚を突き破って蠢く触手は、ラグールカを包み込み内側からその身体を膨らませていく。

 既にその身体は数多の触手が纏わりつく直系5メートルの球体と化していた。


「ルカっ!」


 ピエールカは即死した。

 だがルカの方は今からなら助かるかもしれない。

 一縷の望みを抱き、もう殆ど残っていないMPでもって【瞬歩】【空蝉】といった移動系スキルを連発。

 ルカの元へ駆けつける。


「うぅ……すみません、エドさん……ウチ、エドさんに……強くなった所を見せたかったんですけど……まだまだ、でした……」


「喋るな!」



【ルカ・カインズ】

HP5/2000



 鑑定眼曰く既にルカの命は風前の灯火。

 胴部は陥没してあと数秒も持たずに、出血ダメージによってHPが0になる。


「いいか! 俺は絶対にルカを死なせない! 俺を置いて勝手に死ぬなよ!」


 エドワードはアイテムボックスのウィンドウを開くと、一切の躊躇なくエリクサーを取り出してルカの口に突っ込んだ。




【エリクサー】

 HPとMPを完全に回復する。

 致命傷を含むあらゆる状態異常を回復する。

 使用後暫くのあいだHPが継続的に回復し続ける。

※マリアンヌ・デュミトレスの尿から精製。




【ルカ・カインズ】

HP2000/2000

状態【常時HP回復】




「あれ……痛みが、引いていく?」


「良かった、間に合った……!」


「また、助けられちゃいましたね……ウチ、いつまで経っても弱いなあ」


「んなことねぇよ! 真空魔法の威力を見りゃ、ルカがどれだけ努力してきたか分かる! だからこそこんな所で死ぬんじゃねぇぞ!」


 背後に目線を送れば、既にラグールカを包み込む灰色の触手は10メートルを超している。

 更に球体からは多数の触手が伸びており、その内のいくつかがエドワード等目掛けて飛来する!


「【ダッシュナイフ】!」


 ルカをお姫様だっこの体勢で抱えながら、【ダッシュナイフ】の連続発動によって触手を掻い潜っていく。

 触手の範囲外まで距離を置いてからルカを下ろす。


「ありゃあ、なんなんだよ一体」


「まるで魔物みたい……」


「人を魔物にするアーティファクト……ってことか?」


 15メートルにまで膨らむラグールカに、既に人間としての面影はない。

 やがて触手は浮力を得ると、その巨大な塊が浮かび上がる。

 そして、卵の殻を破り新たな生命が誕生するかのように触手が花開き――その全貌を露わにする。


「【鑑定】ッ!」




ラグールカ・ルカノーヴァ

レベル35

HP8500/8500

MP22000/22000

筋力2800

防御3010

速力1205

器用1800

魔力7100

運値1990

状態:【聖骸化】



 鑑定眼によって数値化されたラグールカのステータスは既に人間の領域を超えていた。

 蕾が開くかのように表面の触手が球体から離れる。

 触手の奥から姿を見せたのは、左右に2本ずつ──計4つの巨大な羽を生やし、頭部に当たる部分には鳥の頭、胴部に当たる部分には巨大な鬼の顔がついたバケモノであった。


 シンプルに表現すれば、足はなく頂点を下にした三角錐に、羽を生やして鳥の頭を乗せたかのような様相。

 更に羽とは別に大量の触手を従えており、その全てが別々の軌道でうねり動いているその様は、吐き気を催す気持ち悪さがある。


「奥の手とはいえ、こんな姿になる研究をしてたのかコイツは……?」



『オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』



「エドさん! 触手が来ます!」


「ちっ!」


 遂に完全体となった四本翼のバケモノは、エドワードとルカに標的を定めて触手を振るう。

 忍者の鍛えられた速力で回避する。

 さっきまでエドワードが立っていた場所の床は陥没し、その威力を目の当たりにする。


「エアーシャッター!! ……嘘!? 効いてない!?」


「活動するのに呼吸が不要ってことか!?」


 ルカの真空魔法の範囲は3メートル。

 かつてラグールカだったモノの全身を包むことは出来ないが、様々な場所に展開するも効いている素振りはない。


「あの気持ち悪い顔は飾りかよ! ルカ、あれは教会が信じてる天使か何かなのか!? ワンチャン地上に降りてきた天使ですって事で誤魔化せたりしないか!?」


「どれだけひねくれた宗教画家でもあんなゲテモノ描きませんよ! いや、鳥の頭を持った四本翼の天使はいたかもしれません……まあ天使の外見は全て後世の画家が勝手に想像して描いたものなんですけどっ! ホーリーショック!!」


 エドワードは触手から逃れるべく謁見の間を駆けまわり続ける。

 ルカもエドワードに抱きかかえながら、光属性魔法でもって触手を迎撃しているが、防戦一方なのは否めない。


 エドワードのMPは既に残っておらず、かといってここで背を向けて逃げれば間違いなく大聖堂は崩壊する。

 階下に残してきたサーニャも崩壊に巻き込まれることになるし、何よりこのバケモノの存在が周囲に晒されることになる。

 そうなれば王都の混乱は避けられない。


「ちっ! 何か策はねぇのか! あのキツネ目野郎散々意味深なこと言ってあっさり死にやがってよぉ!」


「師匠の死は無駄にはしません……!」


 触手を避け続けるのも限界に達し、無数の触手が彼らへ飛来する――その直前!




「ファナティックキャリバー!!」




 後方――謁見の間の出入り口の方角から、特大の光属性魔法が放出されて触手を焼き焦がし、バケモノの本体に着弾した。

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