第78話 真空魔法

「エアーシャッター」


 聞き馴染のない魔法。

 けれど、聞き覚えのある声音。

 突如謁見の間に現れて、ラグールカへ【真空魔法】を放った人物を、エドワードは知っていた。


「ルカ!?」


「エドさん! 助太刀に参りました!」


 少女と見紛う中性的な顔の、シスター服を着た金髪の少年。

 エドワードの親友、ルカ・カインズであった。



【エアーシャッター】

 消費MP1秒につき10

 空間内の酸素を奪う魔法。

【真空魔法Lv3】から習得可能。

【真空魔法】のレベル×1メートルの射程を持つ。



 観察眼でルカの行使している魔法を確認する。

 どういった経緯で習得したかは不明だが、少なくともルカの【真空魔法】によって教皇の無効化に成功したのは確かであった。


 ラグールカは酸素を取り込めず顔を真っ青に染め窒息状態に陥っていた。

 それに伴い集中力が途切れ〝聖使徒の光矢〟も消失している。


 ラグールカは何とかこの状況から脱しようと身悶えるも、真空状態では音が届かず魔法を唱えることが出来ない。

 そして彼の持つ〝聖使徒の心臓〟は自動発動型。

 真空魔法でHPが削られるも、そのそばから同量のHPが供給され続けている。


 死にかけの虫のように、弱々しく這いも悶え、死ぬことも許されない苦痛を味わい続けていた。


「えっぐ……」


 彼のやろうとしていたことを思えば当然の報いではあるのだが、それでも不憫に思わずにはいられないエドワードであった。


「ていうかルカ、助けてくれたのはありがたいがいいのか? こいつ、ルカの所のボスだろ?」


「そうですけど……神が道を違えることはありえませんが、人は例え聖人であっても、時に道を踏み外すこともあります。なら、例えそれが教皇猊下であっても、間違ったことをしようとすれば、ウチは神の意向に従うまでです」


「神に仕えているのであって、人に仕えている訳ではない――まあそういう感じですよ、エドワードさん」


「っ!?」


 ルカの後に続き、謁見の間に新たに1人の男が入ってくる。

 その顔を見てエドワードは、思わず手に持ったクナイを構えた。


「ま、待って下さいエドさん! 彼は味方です! ウチの魔法の師匠のピエールさんです!」


「お話からルカきゅんから聞いてますよ。初めまして、エドワードさん」


 ルカの師匠を名乗るピエールが、礼儀正しくエドワードに礼をする。

 しかしエドワードの警戒は完全には解けない。

 何故なら――


「お前、どうして教皇と同じ顔をしているんだ……?」


 ――ピエールの顔は、瓜二つと言っても過言ではないまでに、ラグールカと酷似していた。

 金色の猫毛に白い肌、中性的な美貌。

 唯一目だけは、野心的な眼光を放つラグールカと違い、常に微笑んでいるかのような細目であったが……。


 更にエドワードを懐疑的にさせる懸念が1つ。




ピエールカ・ルカノーヴァ

40歳

性別:男

職業:大僧

レベル75

HP3500/3500

MP8200/9000

筋力260

防御790

速力325

器用380

魔力1000

運値405




 ピエールカのステータスを観測する。

 まず驚いたのがレベルがサーニャよりも高い75という点。

 更に職業が僧侶の特化型上級職である大僧を習得している点。

 そして1番の懸念点が、彼の本名。


「ピエールってのは偽名か? 本名は……ピエールカ・ルカノーヴァ」


「よもや……まさかあなた、視えているのですね・・・・・・・・・?」


「その口振り……あんたも俺が視えているのを知っている様だな」


 ルカノーヴァという苗字、それは現在床の上で無様にのたうち回っている、ラグールカ・ルカノーヴァと同じものであった。


「お互い色々と、確認し合いたいことが多々あることでしょう。ですがそれは後ほどしましょう。今言えるのは、現在私とあなた達の目的は一致しているということです。それだけは信じて下さい」


「そうですエドさん! 師匠は胡散臭いオーラ出してますが、少なくとも悪い人ではありません。鬼畜生ではありますが」


「ル、ルカきゅん? 師匠に向かって鬼畜生は酷くないですかね? 割と優男フェイスであると自負しているのですが……」


 柔らかな印象を与える細目であるが、見ようによっては狡猾なキツネを思わせる目に見えなくもない、というのがエドワードとルカの共通認識であった。


「どちらにせよ俺は教皇の第一印象最悪なんでな、同じ顔のあんたを見てると無性に殴りたくなってくるんだが」


「まぁ落ち着いて下さいエドワードさん。そこの彼は私の双子の弟です」


「まぁ顔だけでなく、年齢や苗字も一緒だから確かにありえる話だな。それってつまりあんたも教会側の人間ってことじゃないのか?」


 ピエール改め、ピエールカが着ているのは教会の身分の示す神官服ではない。

 厚手の袖広のローブである。

 だが教皇の身内であることには変わりない。


「確かに私はかつて聖職者で、弟と共に教皇候補の1人でありました。ですが私は継承争いに敗れ、教会籍は剥奪。国外へ追放された身。むしろ敵なのです」


 その説明の真偽を判断することは出来ないが、少なくともルカもその辺りも事情は既に説明を受けている様で、驚いている素振りはない。


「んじゃあんたの目的は教皇への仕返しって感じか? ブラックロータスのカチコミに乗じて教会を乗っ取ろうとしてるとか」


「あながち間違ってはいません。ですがそれは私の本当の目的を達成するための過程に過ぎず、それが主目的ではありません」


「じゃあその最終目標ってのは?」


「それも後々ご説明します。ですが今はこの騒ぎを収束させるのが先決かと思います」


「……分かった。完全には信用できないが、ルカのことは信じている。だからルカが信じるあんたのことも、今の所は信じてやる」


 エドワードは構えていたクナイをおろす。

 万が一ルカに洗脳魔法の類いがかけられている可能性を危惧し、ルカのステータスを確認した。




ルカ・カインズ

16歳

性別:男

職業:僧侶

レベル38

HP2000/2000

MP2900/5000

筋力290

防御620

速力235

器用210

魔力810

運値300




「なんか高くね……?」


 状態異常にかかっている様子はない。

 だがルカのステータスが異常なまでに上昇していたことに驚く。

 レベル38でこのステータスというのは、かなりの代数に渡り継承を重ねなければ辿りつけない数値である。


 だがかつては毎日のように共にダンジョンに潜っていたエドワードは、ルカのステータスの低さをよく知っている。

 伸びしろがあるというレベルではないまでのステータスの上昇。


 改めてルカの顔を見れば、瞳にあった十字架のマークが消えている。


「(あの十字架のマークは生まれつきではなく、継承ステータスを封じ込める封印的なものだったのか?)」


「ああ、ルカきゅんのステータスも視た・・のですね。それについては今ご説明しましょう。彼は孤児ということになっていますが、その実そこの愚弟の隠し子です。つまり私の甥っ子ですね」


「マジ!?」


「えっ!? そうなんですか!?」


 それは聞かされていなかったようで、ルカも驚いている。


「不貞の末に生まれた子でしたからね。ですが教皇の血統であることに変わりはありません。ルカきゅんには愚弟に変って次の教皇になって貰う予定です」


「それも聞いてないんですけど師匠!?」


「そうは言っても、私は既に教会に籍がない挙句、国外追放された身。教皇に成り代わったらクーデターみたいな感じになって角が立ちますからね。教皇の血を引くルカきゅんが身内の恥を粛清したシナリオの方が、周囲も納得いくでしょう」


 ピエールカはルカと初めて会った時からその計画を企てていたようで、饒舌に言葉を続ける。


「ここに来るまでの道中で12人いる枢機卿の内、2人が瀕死、10人が死亡しているのを確認しました。そしてブラックロータスによる軍事クーデターによるダメージ……立て直しを図るには分かりやすいシンボルが必要です。それがルカきゅん、あなたなのですよ」


 生き残っている2人も学者と剣士です。政治に興味を示すことはないでしょう――と補足を重ねていくピエールカ。


「さて、これで少しは信用して頂けましたかね?」


「分かった。少なくとも今の所目的は一致しているみたいだ。元々はマリアンヌに教皇を兼任して貰うつもりだったが、あんたに任せた方がスムーズに後処理をしてくれそうだしな」


「そう言って頂けて何よりです。エドワードさんには今後とも仲良くしたいと思っておりますので」


「そうだな。俺もあんたがどこまで知っているのか気になるからな。色々片付いたら面貸してくれや」


 エドワードの見立てでは、ピエールカは鑑定眼の存在を知っている。

 であれば、もしかするとダンジョンの管理人――プリムスの存在さえ認知している可能性もある。

 そして教会の乗っ取りが真の目的ではないという先の発言や、まだまだ全て提示していないであろう情報の数々。

 それらを見極めるためにも、今は仲良くしておくのが良策だと判断するのであった。


「それではまず、〝聖使徒計画〟の核でもあり、聖使徒シリーズに供給し続けている魔力を断つために、地下室の魔宝石の元まで向かおうかと思います」


「そこまで知ってるのか」


「ええ。有能な部下を1人、教会に潜り込ませていたもので」


「食えない奴だなぁ」


「まぁまぁ、今は目を瞑ってくださいな。私も多少アーティファクトの造詣に精通しておりますので、現場にたどり着けさえすれば、聖使徒シリーズの機能を無効化することも出来ます」


「その間教皇はどうるんだ? ここでトドメ刺しておくか? ルカの真空魔法ってやつも、燃費が良いとは言い難いようだし」


 ルカが現在進行形でラグールカを閉じ込めている真空の檻、エアーシャッターは1秒につき10のMPを消費する。

 いくらルカのMPが5000にまで成長しているとはいえ、最大展開時間は10分もない。

 現に今もラグールカはもがき苦しみながらも存命であり、パクパクと酸素を求めて口を動かしている。


「それについては心配なく。【MP譲渡】」



【ピエールカ・ルカノーヴァ】

MP8200/9000 → 6100/9000


【ルカ・カインズ】

MP2900/5000 → 5000/5000



 ピエールカがルカの背に触れると、前者のMPが後者の上限いっぱいまで譲渡される。


「MPを分け与えるスキルです。逆に同意があればMPを貰うことも可能です。同意がないと出来ないので、敵対者のMPを奪うことは出来ないのですが、MPをあまり使わない前衛職の方からMPを譲って貰うことも出来るダンジョン探索にも便利なスキルですよ」


「ウチも使えますよ! ……まぁ師匠に何度も殺されそうになりましたがね」


 後半のセリフに哀愁が漂っているのを見るに、随分と厳しい修行があったのだろうというのが伺える。

 エドワードもかつてプリムスの無茶振りで、丸一日ダンジョンの魔物を倒し続けることを強要され、最終的に61層まで潜らされた過去があるので、気持ちは理解出来た。


「ルカきゅんには魔法の消費MPが半分になるアーティファクトを持たせていますし、MPポーションもいくつか置いていきます。暫くの間は1人で教皇を監視して貰いましょう。殺してしまっても構わないのですが、生かしておいた方が引き継ぎなどがスムーズにいくので」


「みたいだけど、大丈夫か?」


「はい、任せて下さい! 猊下が実の父親だと思うと苦しめ続けるのも不憫ですが、ぶっちゃけ今更そんなこと言われても実感ないんで!」


「爽やかに言ってるけど、踏ん切りがいいってレベルじゃないぞ……まぁ納得してるならいいけどさ……」


 普段は穏やかな人柄で、見た目も可愛らしいので忘れがちだが、ルカは格下の魔物相手には容赦なく杖で殴殺する質である。

 今回の件も似たようなものなのだろう。


「それじゃあ早速地下室へ参りましょうか」


「そうだな。それに下の階で戦っているサーニャの様子も気になる」


「あいにく私とルカきゅんは別ルートからここまで来たので、彼女が現状どうなっているのかは分かりませんが、万が一のこともあります、急ぎましょうか」


 ルカにその場を任せて謁見の間を後にしようとするエドワードとピエールカ。


「丁度下の階へ直通する穴があるんだ。そこから降りよう…………ぜ?」









「がは……っ!?」







――――突!




 2人がルカとラグールカに背を向けた時、ピエールカの胴部を灰色の触手が貫いた!



 ピエールカは口から大量の血を噴き出し、触手に貫かれたせいでくずおれることも出来ずに、細めた瞳を驚愕で見開いた。



 いきなりのことであり、誰もがその触手が果たして何なのかを理解出来ずにいた。




 ただ1人、真空の檻に捕われているラグールカ・ルカノーヴァを除いて。

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