第77話 切り分けられた天使

 少しだけ時間は遡る。

 大聖堂最上階。

 謁見の間にて。


「ほれほれ、頑張れ頑張れ」


「こっ……のくそ野郎がああああっ!」


 教皇――ラグールカの操る〝聖使徒の光矢〟から放たれた光線がエドワードへ撃ち出される。

 それをクナイで弾いたはいいが、残り7本の射出装置もまた宙を縦横無尽に飛び回り、あらゆる方向から光線を放射し続けている。

 その魔力は全て地下にある魔宝石から供給されており、無尽蔵のエネルギーが豪雨の如く降り注ぐ。


「【魔力圧縮】――【心眼】!」




【魔力圧縮】

 スキル、魔法を発動する際、余分にMPを消費することで効力、威力を増加させる。



【心眼Lv1】

 消費MP1秒につき1

 目を閉じている間、周囲1メートルの空間を第六感で把握することが出来る。

 Lvに応じて空間把握距離と精度が上がる。




 360度から放たれる光矢。

 それをエドワードは360度の視界を確保するスキルで対応する。

【心眼】は本来接近戦向けのスキルであり、先日習得したばかり故、スキルレベルは【Lv1】。

 まだ周囲1メートルの範囲までしか六感を広げることが出来ないし、その精度も肉眼に劣る。

 だがそれを【魔力圧縮】でもって広範囲に広げることで、8基からなる光矢をなんとか躱し続けていた。


 だが【心眼】を展開している間は常にMPが減り続け、被弾すれば回復魔法で傷を塞ぐ必要があり、MPは目減りしていく一方であった。

 その様を謁見の間の最奥、小階段で一段高くなっている位置から、嗜虐的な笑みを浮かべるラグールカ。


「いつまで持つか楽しみであるな。HPが尽きるのが先か、MPが尽きるのが先か。無駄と分かっておりながら無様にもがき続ける虫を見るのは気分が良い」


「てめぇ性格最悪かよ! よくそんなんで教会のトップが務まるな!?」


 光矢1本のダメージは、回復魔法を習得しているエドワードからすれば大したことない。

 だが厄介なことに光矢は複数基が一時的に合体することがあり、収束することで高威力の光線を放出してくる事も可能なのである。

 それには頑丈に建てられている大聖堂の床を打ち抜く程であり、既にエドワードは正宗を階下に落としてしまっている。


「(【心眼】のおかげで下の階でサーニャが戦っているのは分かるが、2人の剣が早すぎてどっちが勝ってるのか分からん……分かることと言えば、まだ時間がかかりそうって事か……)」


 しかも〝聖使徒の光矢〟は厄介なことに、射出装置である光矢は物理的に破壊することが出来ても、本体ではないために、同時に8基までしか展開出来ないという縛りはあるものも、地下の魔宝石の魔力によって即座に復活してしまう。

 だがエドワードも防戦一方という訳ではなかった。


「【空刃】!」



【ラグールカ・ルカノーヴァ】

HP1500/1700



 クナイに纏わせた魔力の刃を、光矢の間を縫うように飛ばす。

【空刃】は吸い込まれるようにラグールカの身を裂くが、


「無駄だ阿呆。このような児戯にも劣る攻撃で余が倒せると思うたか?」



【ラグールカ・ルカノーヴァ】

HP1700/1700



〝聖使徒の心臓〟によって与えたダメージが即座に回復されてしまう。

 しかもラグールカが着ける〝聖使徒の心臓〟は他のものより高性能なようで、ダメージを食らったそばから治癒が開始されてしまう。


「ここだああああ! 【空刃】ッ!!」


「リフレクト」


 急所へ迫る【空刃】が、半透明の壁によって阻まれる。

 高性能な持続回復機能を持っているのであれば、首を刎ねて一撃でHPを根こそぎ奪おうとするも、本当に危険な攻撃には【障壁魔法】で対応されてしまう。

 ラグールカも部下の護衛の元レベリングしたとはいえレベル35の僧侶職。

 自前の魔力での自衛手段も持ち合わせていた。


 一応エドワードの【空刃】はラグールカの【障壁魔法】を打ち破れるだけの威力を持っている。

 だが【障壁魔法】で威力を殺された【空刃】では、ラグールカのHPを一撃で削り切ることは叶わない。


「なら、これでどうだあああああああ!!」


 このままではジリ貧と判断したエドワードは、最後の賭けに出る。

 アイテムボックスからありったけの武器を取り出すと、余すことなくラグールカに放出する。

 日々のデイリークエスト報酬や、探索の際に入手したものだが、使い手と共に成長するクナイを入手してからは、アイテムボックスの隅で埃を被っている無用の産物である。

 景気よく投擲していく。


「同じことよ。リフレクト」


 キンッ――と短剣や長剣、戦槌や斧などが半透明の壁に阻まれる。

 だがそれにより障壁にヒビが入る。

【障壁魔法】はレベルを上げる度に強度が増し、複雑な形の障壁を張ることが出来る。

 だがどれだけレベルが上がろうと、1度に出せる障壁は1枚までという制約がある。


「ん……これは……よもや……っ!?」


「おせーよ! 【魔力圧縮】――【空刃】!!」


 ラグールカは飛来する武器の山に、エドワードの主力武器と思われるクナイが無いことに気付く。


 顔を上げれば、絶え間なく降り注ぐ光矢の光線を掻い潜りながら、エドワードが手に持ったクナイに【空刃】の魔力を纏わせていた。

 しかもその大きさは今までの比ではない。



――斬!!



「んな……っ!?」


 今から【障壁魔法】を解除して再展開する時間はない。

 ミノタウロス・ウルにトドメを刺した際にも使った、【魔力圧縮】によって威力を数倍にまで高めた【空刃】が、壊れかけの障壁に衝突し、砕け、ラグールカの首に食い込み――刎ねた。


「しゃあああ! ざまぁみろ!」


 ラグールカの首は胴と離れるが、それが床に衝突する寸前――首から下が物凄い勢いで再生していく!

 骨が出現し、周囲に神経系、内蔵、筋肉、脂肪、皮、体毛と、再生の度を超越した光景を目の当たりにする。


「マジ!? 気持ち悪っ!?」


「よもやよもやだ……まさか余の裸体を貴様のような劣等人種に晒すことになろうとは。身の程を知れ、俗物が」


「今日は無礼講じゃなかったのか?」


「黙れ」


 今の一撃は流石のラグールカも答えたようで冷や汗を流す。

 彼は切り落とされた胴体に残った法衣に手を当てると、法衣はスライムのようにドロドロに崩れた無形状態となり、ラグールカの魔力に反応してズルズルと這うようにラグールカの全身に纏わりついていく。

 そして形を整え、先程と同じ法衣を形作った。


「それも気持ち悪いな……そういうアーティファクトか」




【無貌の怪衣】

 レア度AA

 防御力+100

 装備者の思うままの形となる防具。

 無形状態になる際に、装飾品も巻き込むことで、それらもまとめて装備することが出来る。




「まさか首を刎ねても、死ぬ前に首から下を再生させるとは思わなかった……バケモノかよ」


「余をあの売女と同じにするな、処すぞ」


 首から下を即座に再生させるような回復魔法は、聖女クラスの回復魔法の使い手でなければ成し得ない高等技術。

 ラグールカも代々聖職者に身を置き、相当な数の継承を重ねた家系ではあるが、1000年間回復魔法のみを研鑽し続けた聖女の家系には及ばない。

 だがアーティファクトを用いることで、擬似的にそれを再現させることは可能であった。


 ラグールカが付けている耳飾り、それの1つが役目を終え砕けた。

 これもまた〝聖使徒計画〟の末に開発されたアーティファクト――〝聖使徒の凝血(エンゼルズブラッド)〟。

 1度に限り聖女並の回復魔法を行使する効力を持っている。

 耳飾りとして装備することで、人体の急所である首を落とされようと生き長らえることを可能としていた。

 残った耳にも同じものがあるのを見るに、まだ1回、即死級のダメージに耐えられるであろうことが伺える。


 つまりあと2回、ラグールカに即死させる必要があった。

 だが、既にエドワードが切れる手札が尽きていた。




【エドワード・ノウエン】

HP2800/4100

MP200/3200




「はぁ、はぁ……今ので……殆どMP使い切っちまったからな」


【魔力圧縮】は一撃で超高威力の魔法を行使したり、低レベルのスキルの効力を無理やり引き上げることが可能な、非常に汎用性の高いスキルである。

 だが同時に、それだけMPの消耗が激しいという欠点を抱えている。


 長時間もの間、燃費が良いとは言い難い【心眼】を10倍の濃度で展開し続け、【空刃】の威力を数倍に高めたことも祟り、4桁あったMPも殆ど使い切ってしまった。


「貴様の健闘は称えよう。雄神からも母神からも見放された、持たざる者である黒髪人種の身でよくぞここまで鍛えたものだ。だが、選ばれし者である黄金の〝天賦〟の前では、いかなる努力も泡沫に消える。再起動せよ――〝聖使徒の光矢〟」


 法衣を形作っている無貌の怪衣と共に再装備したストラが輝くと、再びエドワードの周囲を8基の光矢が取り囲む。


「そんなんありかよ……」


 万事休す。


「(【心眼】の効力を10倍にしている現状、1秒で10のMPが持っていかれる。あと20秒しか展開出来ない。サーニャの応援を待って粘るか? 時間稼ぎにしかならないが、エリクサーを飲めばまだ戦える)」


 ここで教皇の身柄を確保できなければ、マリアンヌを救出出来たとしても教会の権力を行使され、エドワード達はテロリスト扱い、再び捕まってしまうことは想像に難くない。

 だからこそこの騒ぎが外部に漏れる前に、教会の最高権力者の座を教皇からマリアンヌへすげ替える必要があった。

 だがその計画も頓挫に終わろうとしている。


【心眼】を解いたエドワードは知る由もないが、サーニャはライノルトと相討ちとなり死の縁に立たされているし、本堂前のアルティアナもファナティックキャリバーの連続発動で瀕死状態となっている。


「さぁ、〝聖使徒の光矢〟の試運転も十分にこなした。ここらでお開きとしおうか。精々無様な命乞いを見せてみよ」


「……くそっ」


 動けるコマも、切れる札も残っていない。


 そう思っていた。


 だが、1つだけあった。


 この状況を打開する、舞台の外から突如として乱入してきたトリックスターが。




「エアーシャッター」




 公には知られていない魔法――【真空魔法】が、ラグールカの周囲から酸素を奪った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る