第72話 弔い合戦
――ドゴオオオオオオン!!
「うおおお!? 今度はなんだ!? さっきの巨人が更に出てきたのか!?」
大聖堂本堂の階段を上っていたエドワードとサーニャは、建物が大きく揺れたのを感じ足を止めた。
「外の様子が分からないから何とも言えないわ。ここはアルティアナを信じましょう。どちらにせよ、教皇の身柄を手に入れて小聖女の救出が完了すればこの騒ぎは納められるから」
「と、なると急いだ方がいいな。っていうかなんでこの建物、階段が毎階バラバラの場所にあるんだよ。絶対使いづらいだろ」
「外部からの侵略に対し時間が稼げるからよ」
「丁度今の俺達のような奴らからってことか」
「でも、この先の大ホールの奥にある階段を登れば最上階よ。急ぎましょう」
2人は歩みを再開し、サーニャの案内で大ホールの扉を開ける。
祭事や式典の際に使うのであろう、100人の人間を収容可能な広さをもったホール。
天井には教会が信仰する神話をモチーフにした絵画がいっぱいに描かれており、荘厳の一言に尽きた。
そしてホールの奥に続く登り階段を、守護するように立ちふさがる者が1人。
痛んだ亜麻色の長髪を、乱雑にに髪紐で結んだ長身のエルフの男。
教皇の剣、剣豪枢機卿とも呼ばれる第1聖騎士団の団長、ライノルト・フロンタルだった。
「っ!? ライノルト・フロンタル……そうよね、やはりいるわよね」
「マジか……」
ライノルト・フロンタル
40歳
性別:男
職業:剣豪
レベル55
HP4200/4200
MP2400/2400
筋力615
防御380
速力520
器用220
魔力290
運値415
エドワードは地方出身であり、上京後もダンジョンに入り浸る生活をしていたため、王都の著名人に疎い。
しかしサーニャが示す反応と彼の持つ鑑定眼が、ライノルトが只者ではないことを即座に理解するする。
ステータスだけを見れば、エドワードやサーニャよりかは1つ劣ると言った具合。
だが職業の剣豪というのが、油断ならない。
2人の職業である複合型上級職と違い、剣豪は剣士職を達人クラスにまで鍛えた末に手に入る特化型上級職。
それは努力だけでなく天性の才を持った者が、ステータスに現れない素の身体能力をも鍛え上げた末に手に入る物で、同じ上級職でも特化型の方が一枚上手と言わざるを得ない。
日頃鑑定眼で様々な冒険者のステータスを盗み見しているエドワードでさえ、初めて目にする特化型上級職の持ち主がライノルトであった。
「でもこれは逆に僥倖と言えるわ。教皇の懐刀がここにいるということは、確実に教皇はこの上にいるということよ。いくわよ、エドワード!」
「おう!」
2人は共に刀を構える。
その様を見て、ライノルトは真一文字に結んだ口をゆっくりと開いた。
「そこの貴様は、剣士ではないな」
「あ? 確かに俺は忍者だけどよ」
ライノルトの問いかけは職業のことではなく、生き様のことを指していたのだが、今の問い掛けで既にエドワードはライノルトの眼鏡から弾かれたようで、興味なさげに視線をサーニャ1人へと向けた。
「剣士で無い者に興味はない。失せろ」
「そういう訳にはいかねぇ。俺達はこの先に用があるんでな」
「別に構わぬ。失せろと言っている」
「……は?」
ライノルトは一歩横にずれると、エドワードに道を譲る。
「我輩が求めるは、我輩の剣に敵う剣士のみ」
教皇からは人類最強――つまりサーニャのみを上階へ通せとの命令が下されていた。
けれどもその生涯を剣のみに捧げた剣豪枢機卿は、命令違反を冒してでもサーニャと戦うことを選んだ。
剣の実力1つで枢機卿まで登りつめたからこそ、己の剣がどこまで通用するかを、人類最強でもって試したいと彼は思っていたのであった。
「ダメよエドワード。これは戦力を分散させる罠。2人がかりでコイツを倒した方が結果的に早く済むわ」
「……貴様の忍は、我輩が斬った」
「っ!?」
今の一言で、サーニャの理性的な思考が揺らいだ。
ライノルトの言っている忍とはテティーヌのことで間違いないだろう。
それを斬った、と彼は言った。
「我輩と一騎打ちで死合え、人類最強」
剣豪は飢えていた。
剣と剣で死闘を演じることに喜びを覚え、故に剣を極め、誰もが届かぬ領域に到達してしまった剣豪は、皮肉なことに剣士との死闘で満足することが出来ない強さになってしまった。
その飢えは教皇の命令より優先されるまで膨れ上がり、普段無口である彼がここまで饒舌になっているのが、その証拠であった。
「エドワード、さっきの話は忘れて頂戴。すぐに追いつく、だから先へ行って」
「分かった。テティーヌの弔い合戦だな」
「ええ。彼女に潜入任務の命令をしたのは私よ。だから、私が落とし前を付ける」
「本当に1人で大丈夫なんだな?」
「当たり前よ。エドワード、私が世間からなんて呼ばれているか分かる?」
「人類最強」
「そう。私は人類に置いて最強の個体。故に、人間相手には負けないわ」
「……分かった。先に行ってるからな! 信じてるぞ!」
かつてない説得力に根負けしたエドワードは、サーニャを信じ1人で最上階へ向かう。
「待たせたわね、剣豪枢機卿さん」
「剣に捧げた我が生涯が、この瞬間のためにあるのだと思えば、短いものよ」
エドワードを見送ったサーニャは無銘刀を掲げる。
対するライノルトも、普段の仏頂面を崩し、歓喜の情を剥き出しにした。
人類最強、サーニャ・ゼノレイ。
剣豪枢機卿、ライノルト・フロンタル。
最強と剣豪の戦い、火蓋が落ちる。
鍛えられた鋼と鋼が重なり、研ぎ澄まされた魂と魂が衝突する。
今この瞬間、ここは人類が到達したどのダンジョン階層よりも危険な空間と成り替わる。
■■■
「【魔力圧縮】――【心眼】…………見つけた!」
妖刀正宗を握りながらエドワードは1人大聖堂最上階の回廊を走る。
目を瞑っている間周囲の情報を六感でもって把握する侍スキル【心眼】。
そしてMPを追加で消費することでスキル・魔法の威力・効力を増加するスキル【魔力圧縮】。
2つの組み合わせで感知範囲を階層全体にまで広げたエドワードは、教皇と思わしき人物の居場所を特定した。
「ここだぁ!!」
両開きのドアを蹴破った先にあったのは謁見の間。
外部の者が教皇と拝謁を行う際に通される広間である。
厚い絨毯が敷き詰められた華美な内装は、王宮にも引けを取らない絢爛さを纏う。
小階段によって1段高くなった最奥には玉座にも劣らない豪奢なイスが設けられていた。
腰掛けているのは柔らかな金色の猫毛を伸ばした美丈夫。
デュミトレス教教皇――ラグールカ・ルカノーヴァであった。
ラグールカ・ルカノーヴァ
40歳
性別:男
職業:僧侶
レベル35
HP1700/1700
MP4180/4400
筋力80
防御610
速力205
器用180
魔力710
運値195
即座に鑑定スキルを用いてステータスを確認する。
「お前が教皇だな?」
「ふむ……人類最強のみを通せと命令したはずなのだがな。余の命に忠実なライノルトであるが、唯一の悪癖を出しよったな。かかか、忠犬も極上のエサを前にしては狂犬にならざるを得ない、ということか」
ラグールカは椅子の肘掛に両腕を置き、ゆっくりと身を起こす。
挙動1つ1つに品のある佇まい。
生まれながらにしての権力者が持つ余裕が、ラグールカから感じ取れる。
「だがここまで来たということは、貴様もそれなりに腕の立つ者と見ていいのだろうな?」
「あんたが期待していた人類最強と同じくらい強い保障はしてやるよ」
「大きく出たな。よりにもよって、なんの〝天賦〟も持たない所か、あらゆる〝天賦〟の色を塗りつぶす劣悪遺伝子である黒髪人種が抜かしよるわ」
「へっ、出会って早々髪の色で差別かよ。これだから教会の奴らはよ……」
エドワードが正宗を正眼に構えるのと同時に、教皇も肩にかけたストラに魔力を込める。
「天から賜りし徴である〝天賦〟を穢す劣悪な遺伝子を消し去るのもまた、神の信徒たる余の役目か――天祀わりし黄金の母神よ、その教え、その血筋、その意思残す、祖デュミトレスが末裔たる我らに、聖使徒の御業が1つを授け給え。起動せよ――〝聖使徒の光矢(エンゼルズアロー)〟」
ストラに描かれた紋様が緑色の輝きを見せると、頭上に細長い光りの塊が顕現する。
それは教会で洗礼を受けた者のみが扱える光属性魔法の輝きに似ていた。
「そのマフラーみたいなもんもアーティファクトか!?」
ダンジョン由来のものではない、人工アーティファクトである〝聖使徒の光矢〟を鑑定眼で見抜くことは出来ない。
未知数の能力である〝聖使徒の光矢〟に、エドワードは緊張感を持って臨む。
「射れ」
――疾ッ!
細長い光源、その先端がエドワードに向けられると、一筋の光線を放った。
「【空蝉】!!」
咄嗟に忍者の回避スキルを発動。
5メートル隣に転移したはいいが、身代りとなった木の幹が木端微塵に粉砕したのを見て戦慄を覚える。
「(一撃でも食らったら危ないだろありゃ……)」
しかし彼の背筋を凍りつかせたのはそれだけではない。
光線を放った光源が更に7つ顕現する。
ラグールカの意のままに宙を駆け、光線を放つ光の弓が合計8つ。
それらはラグールカの背に4対の翼のように納まる。
その1つ1つが大きな光量を放っていることと、彼の齢40とは思えない若々しい美貌も相まって、まさに天上から舞い降りた天使にさえ錯覚する。
もし敬虔な信者がその光景を見れば、平伏することだろう。
「さぁ、今日は無礼講とする。どこからでも来るがよいぞ、劣悪人種よ」
エドワード・ノウエンと、ラグールカ・ルカノーヴァ。
地底管理者の代行者と、天上神の代行者の戦いが始まる。
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