第71話 狂信の剣は折れず輝く
「マリ、アンヌ……様」
アルティアナは目を覚ます。
どれくらい意識を手放していたのだろうか。
視界が霞み、身体が重い。
彼女は意識を失うときと同じように、長剣を地面に突き刺し、杖のようにすることで辛うじて身体を支えていた。
立ったまま意識を手放していたらしい。
「かはは! いけゴーレム! 狂信の騎士にトドメを刺すんじゃ!」
老爺の愉快げな声が、ゴーレムに命を下すのが聞こえる。
まだ視界は霞んでいる。
朧げな視力が、正面にそびえ立つゴーレムを認めた。
胸部の剝き出しになった緑色のコアは、既に修復された岩の外皮で隠されており、腕を振り上げている。
『君の剣はまだ折れていないはずだ』
『アルティアナちゃんが強いことは、オレがよく知っているよ』
「……黙れ、下郎。貴様の言葉ではない、マリアンヌ様のために、私は剣を振るうのだ」
ザッ――大地を踏みしめ、剣を抜く。
コイツを放置すればマリアンヌにも危害が及ぶ。
そして彼女は既に、ゴーレムと相打ちになってでも倒す覚悟を決めている。
自分はまだ死んでいないし、ゴーレムもまだ倒れていない。
であれば、ここで死ぬ訳にはいかない。
「はああああああああ!」
彼女は剣を頭上に掲げると、魔力を練り上げる。
ファナティックキャリバーは1000MPとHPを1まで削り、そして致命状態になるというデメリットを負って発動することが出来る諸刃の剣。
しかしHPが1だからと言って発動出来ない訳ではない。
MPと、そして大切な者を守るという狂信の意思が死んでさえいなければ、再度発動させることが可能なのだ。
「我が剣の輝き、とくと見よ! ファナティックキャリバー!!」
全てを飲み込む魔力の激流が、再度ゴーレムに放たれる!
『――――ッッッッ!?』
ゴーレムは甲高い楽器のような悲鳴を上げながら、たたらを踏むように3歩後ずさり、地鳴りを起こしながら膝をつく。
胸部の外皮は剥がれ落ち、その奥のコアも先ほどよりも大きなヒビが入っている。
『―――ッッッッ!!』
だが、まだ届かない。
ゴーレムは目に当たる部分を緑色に輝かせる。
再び地下にある魔宝石から魔力が供給され、剥がれ落ちた外皮を補修すべくボコボコと岩が湧き出していく。
「マリアンヌ様、私に、力を!」
2度に及ぶファナティックキャリバーでアルティアナの肉体は既に限界を迎えていた。
1度の使用でさえ、即座に救命処置を行わなければ死ぬリスクのある技なのだ。
それを2度も使えば、即死しない方がおかしい。
しかしファナティックキャリバーは狂気を孕む程の敬虔なる崇拝の末に、神から授けられる秘剣。
死を恐れて使用を控える者が、最初から習得出来るはずもない。
故にアルティアナの剣は三度目の輝きを纏う。
可視出来るまでの白い魔力の波動が長剣を包み込み、発生した風がアルティアナの髪紐を解く。
「バカな!? なぜまだ魔法が使える!? お前はもう立っていることすら出来ないはずじゃ!?」
「私の限界を、貴様が決めるなあああああああああ!!」
マリアンヌのMPは3800。
理論上では、彼女の肉体が保っている限り、3度のファナティックキャリバーを放つことが出来る!
「命を! 燃やせええええええええ!!」
――――斬!!
「ファナティックキャリバー!!」
吐き出される3度目の光の激流は、果たして、ゴーレムのコアのヒビを広げ、砕き、その巨体を内側から粉砕した。
『――――ッッッッ!?!?』
「うぎゃああああ!?」
ゴーレムは断末魔の末、ボロボロと風化した岩のようにその身を崩し、土くれとなってボルボルスの頭上へと降り注ぐ。
アーティファクトの知識に置いて他の追随を許さない研究者ボルボルスも、肉体は最低限のレベルしか持たない枯れ果てた老爺でしかなく、瓦解するゴーレムの下敷きから逃れる術を持たない。
「マリアンヌ様、これを、最後の奉公とさせて頂きたく存じます。最後までおそばにいられない事、どうかお許し下さいませ」
剣を握る握力も失い、膝から崩れ落ちるアルティアナ。
視力を殆ど失った視界は、1秒ごとに光を失っていく。
「(叶うものなら、マリアンヌ様が無事聖女になるお姿を、見たく存じました……)」
――アルティアナ!
そんな彼女の願いが届いたのか、もう13年間飽きることなく聞き続けた、マリアンヌの声が聞こえてくる。
――アルティアナ! アルティアナ!
「(最後に聞く声が、マリアンヌ様の幻聴とは……我らが母神よ、ご配慮、ありがたく存じます)」
瞼が完全に落ちる最後の瞬間、最後に見たのは、黄金の天使がアルティアナに舞い降りる姿であった。
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