第67話 なんのための聖女か

「〝シスターズ〟の殺処分命令は既に出ている! 遠慮はいらぬ! 総員構えぇ!」


 大聖堂別棟。

 地下室を脱したマリアンヌを先頭にした、〝シスターズ〟の集団が廊下を駆け抜けていると、廊下を塞ぐようにして待ち伏せていた第1聖騎士団が彼女の行く手を阻んだ。

 彼らの手に握られているのは、魔導銃と呼ばれる人工アーティファクト。


 魔力を閉じ込めた弾を筒の中に入れ、引き金を引くことで魔法攻撃を放出する武器。

 魔導銃の最大の特徴は、既に魔力を弾に閉じ込めているため、使用する際に使用者の魔力を必要としない点である。

 これにより魔法の才のないものも、魔法による遠距離攻撃を発動することが出来、弓と比べて遥かに扱いやすいという利点も持っている。


〝シスターズ〟が脱走したとの知らせを受け、第1聖騎士団はありたっけの魔導銃を携え〝シスターズ〟の殺害へと向かった。

 いくら教皇の指示とは言え、小聖女と同じ顔をした少女達を奴隷のように扱っていることが露見すれば、教会内部で非難の声が上がるであろうことは想像に難くない。

 故に今ここで、他の者の目に触れる前に彼女達を1人残らず殺す必要があったのだ。


 母体である元聖女ラファエラがいればまたいくらでもクローンが作れる。

 故に彼女達を殺すことに躊躇はない、そのはずだった。


「まだ撃つな! 魔導銃の精度は矢ほど正確ではない! ギリギリまで引き付けろ!まだ……今だ、撃てぇ!!」


 1つ例外があるとすれば、その中に本物の小聖女が紛れ込んでおり、更にその小聖女が〝シスターズ〟を完全に統率して彼らに牙を向いているということであった。


「リフレクト!!」


 先頭に立つ分隊長の合図を皮切りに、廊下の幅いっぱいに広がっていた聖騎士団は、構えた魔導銃を一斉に発砲する。

 しかしその直前、彼らの目の前に半透明の壁が出現すると、銃弾を全て受け止めた挙句、跳弾して再び彼らの元に戻ってくるではないか。


「ぎゃあっ!?」


「うぐっ……!」


「〝シスターズ〟が魔法を使った!? しかも魔導銃の一斉射撃を受け止めて傷1つ付かないだと!?」


 跳弾が頬を掠めた分隊長が驚愕するのも束の間、障壁魔法の壁ごしに長い金髪をなびかせながら全裸の少女達が迫りくる。

 少女達が彼らに到達する直前にマリアンヌの手によって障壁魔法が解除されると、高温で熱された焼きごてが最前列にいる聖騎士団に襲い掛かる!


「あぢぃ!?」


「うわああああああ!?」


「やめろっ! 離せっ!!」


 一切の躊躇なく〝シスターズ〟は彼らに焼印を施し、後続の聖騎士団が再度魔導銃を発砲しようとすると、階段の形を作った障壁魔法が再び銃弾を弾く。

 障壁魔法はLvが上がる程硬度が増し設置可能距離が伸びる共に、複雑な壁を形成出来るようになる。

 継承によってLvMAXの障壁魔法を習得しているマリアンヌに、この程度の障壁を作ることなど造作もなかった。


「なぜ銃弾が届かないんだ!? 壊れているんじゃないか!?」


「よく見ろ! また障壁が出来ている!」


 後続の〝シスターズ〟は階段状の障壁を駆けあがりながら高所を取ると、重力に身を任せて押し潰すように焼きごての雨となって彼らを襲う。


「「「「導きのまにまに!」」」」


「「「「ぎゃああああああ!?」」」」


「「「「祝福あれ!」」」」


「殺してはいけません! 無力化したら焼きごてを離してあげてください!」


 マリアンヌの障壁魔法と〝シスターズ〟の遠慮のない強襲によって、平均レベル25にもなる第1聖騎士団の1個分隊が壊滅させられたのであった。



■■■



「ヒール! ヒール! ヒール!」


「33番、これ、使えるかも」


 マリアンヌは致命状態になった彼らへ、放置しておいても死なない程度の回復魔法を施していく。

 すると下腹部に19の焼印が刻まれた少女が、魔導銃を持ってくる。


19番いくちゃん。確かにそうですね。焼きごてを持ってない子達は、彼らの魔導銃を回収してください!」


 新たな武装を手に入れた乙女達は、再び建物からの脱出を図って走り出す。

 すると曲がり角から新たな人の群れと遭遇した。


「皆! 止まって! 新手です!」


 マリアンヌが両手を広げて背後の〝シスターズ〟を制止させる。

 しかし現れた彼女達は敵ではなかった。


「33番!!」


「ナナちゃん!?」


 魔術師と僧侶で構成されたと思われる一団の中から、法衣を模した服を着た7番が駆け出してくる。

 7番は飛びつくようにマリアンヌを抱きしめ、首の後ろに腕を回した。


「会いたかった!」


「私もです、ナナちゃん!」


 マリアンヌと7番は再開を喜び合い、周囲の〝シスターズ〟も7番の帰還を祝福する。


「無事外に出ることが出来たんですね!」


「うん。王子様がね、助けてくれたの!」


「王子様……エド様がいらっしゃっているのですか!?」


「うん。あと、〝じんるいさいきょー〟って人もいる」


「サーニャ様も! あのお方達にはなんとお礼を申し上げれば良いか……」


「マリアンヌさんですね、良かった、皆無事で!」


「この人はサラ。とても良い人」


 7番をここまで連れてきた小聖女救出チームも合流すると、女性団員が全裸の彼女達にローブを着せていく。

 同時に男性団員は〝シスターズ〟の裸体を見ないように背を向けて周囲の警戒に努める。


「33番は小聖女だから、これを着て」


「ナナちゃん、どうしてそれを……?」


「サラに外の世界のこと、たくさん教えてもらった。33番のほんとーの名前はマリアンヌ。神様の現し身であるデュミトレスの血を継いでる、とっても偉い人だって。すっごい昔に教祖デュミトレスが、神様のことを伝え歩いたように、マリアンヌはわたしたちを助けるために、あの暗い部屋に来てくれたんでしょ? ありがとう」


「ナナちゃん……いえ、わたくしなんてまだまですわ……もう、いっぱいいっぱいで……今だって手が震えていて、とても、教祖デュミトレスの真似事にも及びません……」


「そんなことない。マリアンヌのおかげで、外の世界に行きたいって思えた。マリアンヌが神様のお話をしてくれたから、生きる目的が出来た。外の世界のお話をしてくれたから、つまらない毎日が楽しくなった。王子様のお話をしてくれたから、汚い穴の中を頑張って這い進むことが出来た。マリアンヌのおかげで、今こうしてわたし達は、外の世界にいる。だから、マリアンヌは凄い。ほんとうにありがとう」


「うぇ……うえぇぇ……うええええん! ナナちゃん! ナナちゃんこそ助けにきてくれてありがとう! 怖かった! わたくしも怖かったよおおおお!! うわああああん!!」


 マリアンヌもここまで来るのに沢山の精神を摩耗させた。

 覚悟を決めたはずなのに、人を傷つけるのが怖かった。

 自分達を害するはずの者なのに、同じ思想を持つ彼らと敵対しなければならいことが苦痛だった。

 もはや家族同然である〝シスターズ〟に武器を取らせて戦わせることが申し訳なかった。


 ここまで毅然とした態度でいたが故に、その反動でマリアンヌは子供のように声を荒げて泣き喚いた。

 7番はそんなマリアンヌの背中を優しくさすり続けるのであった。


「うう、良いお話です……」


〝シスターズ〟達に持ってきたローブを着せ終わったサラも、目尻に浮かんだ雫を拭いながら、黄金の天使達の絆に感涙する。



――誰もが油断していた。



――敵地のど真ん中であるにも関わらず。



――ダァァァン!



「かは……っ!?」


 耳をつんざく様な音と共に、7番の口から血が零れ、マリアンヌの身体を赤く汚した。


「ナ、ナナちゃん……ど、どうしたんですか……?」


 マリアンヌは震える声で7番の背に手を伸ばすと、ねっとりとした感触で指先が濡れる。


 放たれた魔導銃。

 7番の背から腹部に埋め込まれる弾丸。

 自分と同じ顔をした少女が、急速に血の気が失せていくのを至近距離で見せつけられる。


 その周囲では、7番同様魔導銃の奇襲が命中した〝シスターズ〟やサラの部隊の姿も伺える。


「よ、良かった……マリアンヌが……ぶじで……痛いのが、わたしだけで……ほんとうに、よかっ――」


「ナナちゃんっ!!」


 自立が出来なくなった7番は大聖堂の石床の上に倒れ、今もなお止まらない出血が血だまりを広げていく。

 頭の中が真っ白になる。

 ここまで来たのに。

 全員生きて、外に出られたのに。



「サラ隊長! 新手です!」「総員構え! 〝シスターズ〟を守って!」「襲撃者が〝シスターズ〟と接触している! 全員生かしてはならん! 斉射!」「障壁魔法展開! 今すぐ!」「リフレクト!」「構うな! 撃ち続けろ!」「僧侶組は負傷した団員と〝シスターズ〟の治療を! 魔術師組は曲射軌道でもって障壁の上から攻撃!」「前列と後列、交互に斉射とリロードを繰り返せ!」「サラ隊長! 障壁破られます!」「隊長! 魔法準備完了しました!」「撃って!」「撃てぇぇ!」「怯むな! 我らには母神と教祖の加護がついている!」「障壁再展開急いで!」



 前方でサラ達と魔導銃を持った騎士達が戦っている。

 彼らの怒声、銃弾が障壁で弾かれる音、被弾した〝シスターズ〟の悶え声が響き渡る。

 けれども放心したマリアンヌは動くことが出来ず、7番の広がっていく血だまりを眺めることしか出来ない。


「7番、しんじゃダメ」


「痛い?」


「今舐めるからね」


〝シスターズ〟がチロチロと7番の傷口を舐めるも、傷の治りを早くする程度の治癒力しかない彼女達の唾液では、銃創の穴を塞ぐことは叶わない。


「くそ! この子は当たり所が悪い、致命状態で回復魔法が効かない。オールヒールが使える僧侶はいないのか!」


「唯一使えるサラ隊長は今手が離せない! せめて出血だけでも止めないと!」


 駆けつけてきたサラの部下達が治療を試みるが、レベル1の〝シスターズ〟のHPでは、銃弾1発が死に至る致命傷になってしまう。

 僧侶達は手を尽くすものも、7番の傷が塞がることはなかった。


「はっ! ナナちゃん! ナナちゃん!! 今、今わたくしが治します! 絶対、絶対治しますから、だから死なないで! オールヒール!!」


 ようやく正気に戻ったマリアンヌは慌てて7番に這いよって上級回復魔法の行使を試みる。

 しかし――彼女の手の平が回復魔法の光を灯すことは無かった。


「な、なんでっ!? オールヒール!! オールヒール!! そ、そんな……MPが、もう……っ!」


 致命状態を癒すオールヒールを使うには1000のMPを消費する。

 8万という桁外れのMPを内蔵するマリアンヌであるが、魔宝石にMPを吸い取られ、残ったMPもここまで来るのに数々の魔法を使ったせいで、もう殆ど残っていない。


「そんなっ! な、なんのための……なんのための……聖女なのですか……! わたくしはっ……どうしてっ……いつもっ……どうしていつも無力なのですかっ!!」


「……平気だよ、マリ……アンヌ……」


「はっ! ナナちゃん!?」


 打ちひしがれて7番の顔の上に涙を零す彼女の頬に、7番をそっと手を添える。

 その顔は苦痛に悶えるものでも、迫る死に恐怖するものでもなく――穏やかで、安らかなものだった。


「だって……死んでも、ごほっ……神様の所に、行けるんだもん。怖くないよ……マリアンヌが……教えてくれたこと、だもん……それにわたし、王子様にも会えたし、外の世界を見ることができた……それにね、鷹っていう生き物にも触ったよ、ふさふさで気持ちよかったよ……だから、もう……」


「ナナちゃん! 喋っちゃダメです! 傷が広がりまってしまいますわ!」



「先に逝ってるね」



 頬に添えられた手が落ちる。

 7番が閉ざした瞳は、2度と開かれることはなかった。


「ナナぢゃん……」


「サラ隊長! 障壁持ちません! 銃の数と威力が高すぎます!」


「〝シスターズ〟の治療を終えた僧侶で障壁魔法が使えるものは障壁を張って!」


 まだ前方ではサラ達が戦っている。

 このままでは7番だけでなく、もっと沢山の仲間が死ぬことになる。

 改めて周囲を見れば、7番以外にも致命状態になって苦しんでいる〝シスターズ〟が散見出来た。





 まだ。


 まだ。


 救える命がある。





 自分は小聖女マリアンヌ・デュミトレス。

 地上に救済を施す神の現し身の子孫であり、1000年もの間回復魔法に限定して継承を続けてきたのは、母神の大切な子である人類を守るため。

 だから、教会の小聖女は再び立ち上がる。


「リフレクト!!」


「なっ! 目の前に障壁魔法が!?」


「奴らが造ったのか!? この距離まで!?」


 マリアンヌの障壁魔法があられのように降り注ぐ銃弾を受け止める。

 至近距離で全ての銃弾を受けているにも関わらず、その障壁が壊れる様子は見えない。

 オールヒールは使えない。

 けれども、まだ下級の回復魔法や障壁魔法を数度使うMPは残っている。


 だから彼女は振り絞る。

 自分に出来ることを、自分のしたいことを、自分の戦いを。


 もう、誰も死なせないために!

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