第66話 狂信の騎士

 一方。

 大聖堂は本堂。

 朝議の間にて教皇と12人の枢機卿が一堂に会しては、教会の今後の運営方針について会議を行っていた。


 部屋の中央には円卓が置かれ、扉から1番遠い最奥の席に教皇ラグールカ・ルカノーヴァが位置取り、ぐるりと第1席から第11席までの枢機卿が順番に並んでイスに腰掛けている。

 最後の1人、第12席目を宛がわれているライノルト・フロンタル枢機卿のみが、直立不動で教皇の隣に立っていた。

 彼は教皇の剣であるが故、教会の最高幹部であると同時に教皇のボディガードでもある。


「も、申し上げますっ!!」


 決められた段取りをなぞる様に静々と会議が進められる中、乱雑に扉が開け放たれ、1人の騎士が血相を変えて飛び込んでくる。

 扉を肩で開けて、勢いあまり転がって絨毯の上でひっくり返る姿が、枢機卿達の面前に晒される。


「騒がしいぞ。今は朝議中である」


 枢機卿の1人が飛び込んできた騎士を咎めるが、それを遮るように彼は言葉を続ける。


「しゅ、襲撃です!」


「襲撃だと!? 大聖堂にか!?」


「左様でございます!」


 本堂には爆弾が仕掛けられていなかったことと、また同時に他より頑丈な作りになっているために、爆発音や振動が朝議の間まで届いていなかった。

 枢機卿達は今ようやく外の様子を把握して狼狽し、朝議の間にざわめきが広がる。



「粛にせよ」



 しかし一言、教皇がゆっくりと口を開くと、一斉に静まるのは教皇のカリスマが為せる技か。


「落ち着いてもう1度、より正確に状況を報告せよ。敵の規模は、目的は、分かる範囲で答えよ」


「はっ! 敵の規模は不明、しかし所属はブラックロータスかと思われます」


「ブラックロータスだと……!? なぜ奴らが教会に楯突くのだ。もしや謀反か!?」


「謀反であれば、なぜ王宮ではなく我々の本拠地に来たのかが理解出来んな」


 枢機卿達は様々な憶測を並べる。


「それからもう1つ、どうやら奴らは『エンゼルズプラン』というものを探している模様です。それが何なのか、わたしには皆目見当もつかないのですが……」


「ほほお。なるほどよな、まさか人類最強が〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟を嗅ぎつけていたとは。いやはやどこから情報が漏れたのか」


「げ、猊下は奴らの目的をご存じなのですか!?」


「うむ。無論である」


「で、では猊下、今後の対応をどうか我らにご教授下され」


 年配の枢機卿が進言すると、教皇は満足気に頷いた。


「ではまずボルボルス、席を立って一歩後ろへ下がれ」


「ははっ」


 枢機卿第7席。法衣を着崩して白衣のようにしている老齢の枢機卿、ボルボロス・ボンズが指示通りに移動する。

 彼は〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟における人工アーティファクトの開発を携わっており、いわば教皇の共犯者であった。

 逆に言えば、教皇、フロンタル、ボルボロス以外10人の枢機卿は、〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟について何1つ知らさせていない。


 理由は簡単。

 知る必要がないから。

 残りの枢機卿は皆、表向きは教皇の補佐である部下の立場だがその実、教皇の座をつけ狙い派閥を作り上げている内敵であるか、もしくは教皇派閥ではあるものも、生かしておいても意味もない無能のどちらかであった。


 故に教皇は、隣に立たせた剣(ライノルト)を振るう。


「やれ」


「…………」



――斬!!



「…………へ?」



――チン。



 彼らが最後に聞いたのは、フロンタルが納刀した剣鍔が鞘と重なる音であった。

 その音の直後、10人の枢機卿の首がまとめて落ち、少し遅れて胴体がくずおれる。

 ひれ伏した騎士の指先を、混ざり合った血だまりが濡らす。


 教皇の指示で一歩後ろに下がっていたボルボルスと、伝令に駆けつけた騎士のみが、神速の剣戟から難を逃れていた。


「貴様は侵入者を撃退せよと全徒に通達せよ……おい、聞いているのか」


「ひゃ、ひゃい!?」


 襲撃を伝えた騎士は、まばたきをしてる間に枢機卿の殆どが斬首されてしまった光景に腰を抜かしていたが、教皇の言葉で正気に戻る。


「2度は言わん。侵入者を撃退せよと全徒に達せ。指揮権は第1聖騎士団が副団長、アイザックに全て預け、今に限り全聖騎士団の指揮系統を一本化させよ。分かったな」


「は、はっ! 承知いたしました!!」


 わけの分からないことでいっぱいであったが、今はとにかくこの部屋から逃げ出したいというのが彼の本音であった。

 故に彼は枢機卿の死については一切触れず、脱兎のごとく逃げ出しては伝令に走るのであった。


「丁度良い、人類最強で〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟の成果を試すとしようか。どうせ計画が完成すれば、冒険者など必要なくなる。ライノルトよ、貴様は下の階で賊の侵入を拒め。人類最強のみ通しても構わん」


「…………」


 ライノルトは表情を変えず、一瞥することもなく朝議の間を退室する。

 ライノルトは教皇の剣であり、剣は口を聞かない。

 教皇も、どこまでも剣であり続けるライノルトを気に行っていた。


「ボルボルス、貴様は〝聖使徒の涙エンゼルズドロップ〟を持って参れ。余は謁見の間にいる」


「なぜ謁見の間で?」


「訪問者を迎えるのに、他の場所はあるまい。余自ら持て成してしんぜようじゃないか」


「そういうことなら」


 ボルボルスも退室し、教皇もまた席を立つ。


「ははは。よもやよもやだ。楽しくなってきたな」


 ブラックロータスの襲撃によって、〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟は最終段階に入る。

 侵入者に最上の持て成しを、そして、極上の死を。




■■■




 ブラックロータスによる大聖堂の襲撃から既に15分が経過。

 洗練された建物は爆弾によって壁が剥がれ、中庭もまた丁寧に手入れをされている生垣などに火が燃え移り、阿鼻叫喚と化している。


 中庭の一角。

 あちこちに火の手が回る大聖堂において、この空間だけが真冬の夜のような冷気を纏わせていた。

 中庭に生える草木は霜を生やし、踏みしめるとパリパリと折れるような音がなる。


 だが――その冷気もだんだんとその範囲を狭め、いまやその中心地が他よりも温度が数度低い程度にまで落ち着いていた。


「はっ、はっ……はぁ。ざまぁないぜ……やっぱ強いね、アルティアナちゃんは」


「ぜぇ、ぜぇ……ネタが分かれば、対策のしようなどいくらでもある。そんな小手先な技に何度も負ける私ではない……!」


 アルティアナとアイザックのリベンジマッチ。

 それを称したのはアルティアナの方だった。

 アイザックはうつ伏せに倒れ、アルティアナはその背に片足を乗せて、長剣で胸部を背中ごしに突き刺している。


「ごほ……っ!」


 アイザックは地面と縫い付けられた状態で血反吐を吐き、ついに指先からわずかに漏れていた冷気もが完全に沈黙する。

 アルティアナの左手の指先には、緑色の宝石をぶら下げた首飾りがぶら下がっている。


 マリアンヌから吸い上げた魔力を、地下の魔宝石を通して装備者の傷を癒す人工アーティファクト、〝聖使徒の心臓(エンゼルズハート)〟である。

 前回の戦いでは、これのせいで彼のHPは延々と回復し続け苦汁を舐めさせられたが、奪い取ってしまえば狂信の騎士とまで言われるアルティアナが遅れを取るはずもなかった。


「どうしたんだ……殺さねぇのか、アルティアナちゃん」


「殺しはしない」


「昔の好(よしみ)、だからか?」


「否だ。貴様には〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟について洗いざらい吐いて貰う必要もあるし、今回の件の収集を付けるためにも責任を取ってもらう。故に今は生かしといてやる」


「へへっ……温情が身に染みるぜ……ごほっ」


「相変わらず口が減らん奴だ」


 アルティアナは突き刺した剣を背中から抜くと、アイザックへ放置していても出血死しない程度の回復魔法を施す。


「貴様を地下牢にブチ込んでやりたいが、今はその時間も惜しい。一刻も早くマリアンヌ様の元に駆けつけねばならんのでな」


「そりゃあ、残念だぜ」


 アルティアナは押収した〝聖使徒の心臓エンゼルズハート〟をポケットにしまい込むと、マリアンヌのいる地下室のある別棟目指して駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る