第65話 天使のスティグマ
ブラックロータスが大聖堂で大暴れをしている一方。
小聖女マリアンヌと〝シスターズ〟が収容されている地下室にもその異変が行き届いていた。
今は丁度、魔宝石に魔力を供給する時間帯であり、いつもの教会騎士が見張る中、彼女達は身体に刺した管を通して魔力を捧げていた。
「おい! 緊急事態だ!」
地上へ続く扉から1人の騎士がやってくると、階段を滑り降りるように駆け下りてきて2人へ報告する。
その声はマリアンヌらにもしっかりと聞こえる声量であった。
「どうしたんだ? あとこの部屋には、滅多なことでは俺達以外入るなと副団長から釘を刺されているはずだが」
「滅多な事が起きてんだよ! ブラックロータスに大聖堂が襲撃されている。目的は恐らく〝シスターズ〟及び〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟だ!」
「なに!? どういうことだ!?」
「とにかく〝シスターズ〟を外に出さず、地下室前の隠し階段の守りを固めろとの指示が出ている!」
「わ、分かった!」
伝令役の騎士は口早に伝言を伝えると、再び階段を駆けあがっていく。
2人の騎士も彼らに続こうとし、背後から何かが迫ってくるのを感じ取り振り返った。
牧畜している牛が、突如反旗を翻して主に角を突きだすような悪寒。
「っ!?」
「皆! 今です!」
騎士を背後から襲う存在。
それは他でもない33番の印が刻まれた〝シスターズ〟の1人、いや、小聖女マリアンヌだった。
常に従順であった少女達が、隠し磨いでいた爪を出す時が来たのだ。
マリアンヌの手には、〝シスターズ〟が持っているはずのない焼きごてが握られており、監禁生活で少し伸びた前髪から黄金の瞳を覗かせながら、じゅうううう――と騎士の鎧を溶かしながら腹部へ押し付けた!
「ぎゃあああああああ!?」
日頃焼印を入れる側だった男の皮膚が、高熱で焼かれて皮膚が焼け爛れていく。
それを見たもう1人の騎士が腰の剣を抜こうとするも、マリアンヌに従うシスターズが足や腕に飛びついては体重をかけて押し倒す。
無数の少女に手足が拘束されてしまい、数の暴力の前には成人男性の膂力を前にしても彼女達を振り払うことは叶わない。
その統率のとれた動きは、7番が脱走してからマリアンヌの指導の元で行われた練習の賜物と言えた。
彼女達は非力で臆病で世界を知らない。
けれども、神の存在は知っている。
非力で臆病で世界を知らないからこそ、〝シスターズ〟は誰よりもマリアンヌの言葉に忠実であった。
「くっ! 離せ! 離しやがれってんだ!!」
騎士はふと、顔を上げる。
「……あっ」
教会の白い鎧。その胸部に33番目の乙女が片足を乗せている。
視線を上にあげていく。
産毛1つ見えない白く柔らかな四肢が伸び、年相応な控えめな胸を惜しげもなく晒し、黄金の瞳は真っ直ぐ、身動きの取れない彼をしっかりと見据えている。
そしてその上を見やれば、使い手の魔力に連動して熱を帯びる焼きごてが頭上に掲げられている。
印刻の部分は高温に熱され、周囲の空気を歪める。
丁度重なったマリアンヌの美顔が、陽炎でぐにゃりと歪み、騎士の恐怖を後押しする。
「ま、待ってくれ……! 俺達は命令されただけで……! ゆ、許してくれ!!」
「…………」
マリアンヌは答えない。
〝シスターズ〟による手足の拘束が緩まる気配もない。
同僚に仲間を求めるも、肉が焦げる嫌な臭いを放ちながらピクピクと痙攣しているのみであった。
「や、焼きごてで印をつけていたのはアイツだけだ! 俺はしていない! わ、分かるだろ!? いつもメシを持ってきてやっただろ!?」
「…………」
かつて性欲に駆られて7番に性的な暴行を企てようとした男が言うには、あまりにも浅ましい言い訳が飛ぶ。
事実今、彼女の手に焼きごてが握られているのは、他でもない彼らが己の性癖を制御出来ず、そのはけ口に彼女らを使おうとしていたからである。
「た、助けてくれ……!」
「…………」
マリアンヌは彼の言葉に答えない。
その代わりに彼女は紡ぐは、神への祈り。
「天に召します我らの母神よ。恵みとして我らに授けて下さった窟の迷宮を、魔力の灯でもって照らすが如く、どうか我らを導き、その温かな陽光が如く照らし給え。我らのこれからの行く末を見守り、加護をもたらし給え。我らに――祝福あれ」
小聖女の言葉に、地に捕われた天使達が続く。
玲瓏な鈴音が重なり、地下室に響き渡る。
「「「「「「「祝福あれ!!」」」」」」」
視界いっぱいに焼印が広がる。
肉の焦げる音と、今まで味わったことない説明出来ない激痛が走し、ショックで意識を失った。
「……皆さん、参りましょう」
「外に出るの?」
「7番が迎えにきてくれたの?」
「そうです。彼女が繋いでくれた希望を無駄にしないためにも」
マリアンヌは死に体の騎士から地下室の鍵を回収する。
致命状態になってはいるが死んではおらず、最低限の回復魔法を彼らに施した後、地下室に併設されている倉庫を開錠する。
そこには日頃〝シスターズ〟を恐怖で支配するために用いられる焼きごてが収容されており、彼女達はマリアンヌに倣ってそれらを1つずつ手に取っていく。
目指すは地上。
囚われの姫君は、ただ英雄が来るのを待っていられる程、お淑やかにはいられない。
■■■
時間は少し巻き戻る。
ブラックロータスによって、大聖堂内部に仕掛けられた爆弾が起爆する直前。
そこは牢であった。
教会が捕らえた背教者を、王宮の憲兵へ差し出すことなく、独自に裁くために作られた地下牢である。
また同時に、神の教えに背いた教会の信徒に罰を与える牢でもある。
「メシの時間だ、起きろ……って無理か。副団長の洗脳魔法で廃人同前になっちまってるもんな」
地下牢の中でも凶悪犯や重罪を犯した者を収容する特別牢。
そこへ2人の騎士がやってくる。
看守業務に当たる騎士が牢の鉄格子を覗き込めば、光彩の輝きを失った美女が、石床の上に頬をつけて倒れていた。
目は開いており、ゆっくりとだが呼吸もしている。
しかし四肢は脱力しており、頬の上や鼻筋にかかっている金髪を振り払う気力さえないらしい。
「あの鬼のように恐ろしい、小聖女聖騎士団の団長様とは思えない腑抜けっぷりだな」
嘲笑するように頭上の男が吐き捨てるも、それに反応を示す仕草は見せない。
彼女はアルティアナ・アベール。
先の戦いで氷魔法の使い手、アイザック・アイスバーンとの戦いに敗れた末、無実の罪を着せられ特別牢に収容されていた。
彼女はここに入れられてからというもの、洗脳魔法によって廃人状態へと陥っている。
「ったくよぉ、こんなのさっさと殺してしまえばいいのに」
「副団長のことだ、何か考えがあるんだろうよ」
「俺は痴呆の介護をするために第1聖騎士団になった訳じゃないっつーの」
1人は雑穀粥の乗ったトレーを持っており、鍵を開け中に入ると、スプーンを使って粥を無理やりアルティアナの喉へ流し込む。
かつての凛とした顔付きは弛緩し、小聖女のためならば命さえ投げ出す狂信の炎は完全に鎮火してしまったかのよう。
「お前も手伝ってくれよ」
「順番交代って約束だろ。前回は俺だったんだ、そういう約束にしただろ」
「そうだけどよぉ、この女全然食わないんだ。粥じゃなくて俺のイチモツを突っ込みたいくらいだ」
「下品なことを言うな。副団長に聞かれたら隣の牢にブチ込まれるぞ」
「へいへい」
看守騎士は心底面倒臭そうに顔をしかめながらも、アルティアナを餓死させないために栄養を喉奥へ流し込んでいく。
アイザックに指示され必ず2人でアルティアナに会いに行くようにと言われているが、手持ち無沙汰な相方は壁に背を預けて耳の穴に指を突っ込んで垢をほじくったりしながら暇を潰している。
その時だった。
――…………ドゴーン
天上の上から爆発音が聞こえると、地下牢がわずかに揺れて、パラパラと砂が落ちてくる。
「なんあったのか?」
「どっかのバカが大聖堂内で攻撃魔法を使ってんのか?」
「少し様子を見てくる」
壁に背を預けていた騎士は、頭についた砂を払いのけながら、地上へ続く階段へ消える。
残された騎士は、雑穀粥の上にも降り注いだ砂を避けるのも面倒臭がり、「口に入れば同じだろ」とお構いなしにアルティアナへの食事介助を続けた。
いつもの同じルーチンワーク。
教皇が〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟なるものを水面下で進めており、第1聖騎士団がその指揮下で動いてはいるものも、これといって日常が大きく変化している訳でもなかった。
故に彼は先の振動も適当な理由をでっちあげて気にかけることはしなかった。
それ故に、アルティアナの光彩に光が宿っていることに気付けなかった。
「私が誰の男根を舐めるだって!?」
「がっ……!?」
騎士の指先からスプーンが零れ落ち、粥が床にぶちまけられる。
何日もの間地下牢に監禁されていたとは思えない俊敏な動きで、アルティアナが彼の首を締め上げたからであった。
「……かはっ!? げえぇ!?」
どうして洗脳が解けている!? と彼は思わず言おうとし、しかし喉が潰れているせいでうめき声しか出すことが出来ない。
実の所アルティアナの洗脳はとっくに切れていた。
しかし彼女は洗脳魔法にかかり続けている演技し、脱走のチャンスが来る時が来るまで待ち続けていたのであった。
看守がどんな言葉を投げかけようと反応せず、糞尿は垂れ流し、食事もただ粥が喉の奥に流れていくのに身を任せ続け、臥薪嘗胆が成就するその時を虎視眈々と狙い続けていたのである。
「(さっきのは爆弾の爆発音。しかも1つではない。恐らく今地上はその爆発で混乱の最中にいる。それに乗じてマリアンヌ様を救い出す!)」
締め上げている男の顔は赤から青へと変化していき、彼女の腕を引き剥がそうとする抵抗力も弱まっていく。
「おい大変だ! 無数の爆発が発生して大聖堂に火があがっているぞ! って、洗脳が解けている!?」
様子を見に行ったもう1人の騎士が血相を変えて戻ってくる。
相方がアルティアナの剛腕で首を締め上げられているのを認めると、慌てて腰に佩いた剣を抜こうとするも、狭い階段内で抜剣しようとしたがため、石壁に剣が阻まれ初動が遅れる。
「ホーリーショック!」
アルティアナが収容されている牢は、ダンジョン内から取れる特殊な金属によって強い魔法耐性を持っており、例え魔術師であろうと壊すことは出来ない。
しかしその牢は現在、無防備に開いていた。
狂信の騎士が放った光属性魔法が炸裂、そのまま背後の壁に頭を打ち付けて気を失う。
同時に右腕で締め上げている男も、窒息により泡を吹きながら意識を手放す。
「聖職者の風上にも置けない下郎共めが」
彼女は男を投げ捨てると、装備を剥ぎ取り装着していく。
多少サイズが合わないが、ないよしかはマシといった具合であった。
腰に吊るされている地下牢の鍵束も回収すると、マリアンヌの救援に行きたい気持ちを抑え、まずは他の牢屋を確認していく。
「団長! ご無事だったのですね!」
「貴様らも元気そうで何よりだ」
アルティアナ同様に謀反の冤罪を着せられて収容されていた小聖女聖騎士団の部下たちを見つけると、早速鍵束から開錠を試みる。
しかし鍵の種類が多くてなかなか鍵穴に入る鍵が見つからない。
「ええい! どうして牢ごとに違う鍵を使うんだ! 面倒臭いだろうが!」
それは今アルティアナがしているように、囚人の脱走を遅らせるためであるのだが、部下も助けて貰っている手前正論を口に出すことは出来ない。
痺れを切らしたアルティアナは、鉄格子を掴むや、額に青筋を浮かべながら力を込め、ミシミシミシと音を立てながら無理やり格子をこじ開ける。
「め、めちゃくちゃだ……」
「次、お前ら!」
鍵束を投げ捨て、アルティアナは筋力ステータスにものを言わせたマスターキーで次々に牢をぶち破って部下を救出していった。
「全員武器は持ったな! ではいくぞ! 一刻も早くマリアンヌ様をお助けするのだ!」
「はっ!」
装備を整えた小聖女聖騎士団は、久方ぶりの結集の喜びもそこそこにして、地下牢を抜け外に出る。
しかし――
「へっへっへ。よぉアルティアナぁ。やっぱり自力で脱走しやがったか」
「アイザックゥゥゥゥ!! 貴様ああああ!!」
――紫色のうねりの強い癖毛を垂らした、偏屈の騎士が立ちはだかる。
地下牢の外にはアイザックがおり、彼女達を待ち受けていたのだ。
「〝シスターズ〟も自力で脱走を成功させ、小聖女聖騎士団も武装完了までして再結成。大聖堂内は無数の爆撃によって混乱に陥り、ブラックロータスが暴れ回っている。もうめちゃくちゃだよ」
「お前らは先へいけ。私はコイツをぶちのめしから行く」
「「「はっ!!」」」
アルティアナとアイザックを残し、女騎士達はその場を後にする。
「おいおいおい、いいのかな? 一度こっぴどく負けてる癖に。まーたオレに洗脳をかけられたいと見えるな」
アイザックは見せびらかすように首に下げた緑色の人工アーティファクトを揺らす。
あれがある限り、彼のHPは回復し続ける。
「ほざけ下郎。私を殺さなかったことを後悔させてやる」
「ははっ! そりゃあ楽しみだ!」
2人は同時に剣を抜く。
抜剣の音が重なり、和音を響かせる。
アイザックの身体から漏れだす冷気が、アルティアナの肌を撫でる。
それをアルティアナは復讐の闘気で跳ねのける。
狂信と騎士と偏屈の騎士。
リベンジマッチの火蓋が落ちる。
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