第63話 マリアンヌ救出作戦
テティーヌ・ブルーローズの潜入翌日。
サーニャ・ゼノレイ邸の客室にいるのは、ブラックロータスの僧侶サラ・フィーンと〝シスターズ〟の7番。
「そこでサーニャ団長はミノタウロスの群れをばっさばっさとなぎ倒し、親玉であるミノタウロス・ウルとも一進一退の激闘を繰り広げ、最後は一閃! 見事階層主の首を刎ね飛ばしたのです!」
「33番が言ってた話と違う! もっと王子様が活躍していた!」
「おかしいですね。私の記憶ではこうなのですが」
7番はベッドの縁に腰掛けており、今は藍色のお洒落なワンピースを着ている。
サラがサーニャに贈り物として購入したはいいが、少しサイズが大きすぎて持て余したものだ。
それを聞いたテティーヌは「ブラックロータスの一員であればサーニャ様の身長体重のみならず3サイズまで把握していて当然!」とサラを叱責していたが、居合わせたサーニャに「気持ち悪ちすぎる」とドン引きされ1日口を聞いて貰えなったことがある。
対するサラは動きを阻害しないお洒落なローブ。
アーティファクトでもあり機能性もばっちりな一品。
アーティファクトにはデザイン性の優れたものが多く、そういったものは非冒険者からも需要が高い。
サラのお気に入りの一着である。
「では私が初めて団長と出会った時のエピソードを」
「それはいい。王子様のお話を聞きたい!」
「しかしエドワードさんのことは私も余り詳しくなくて……サーニャ様なら何度か一緒にダンジョンに潜っているのですが」
ガチャリ――とドアノブが捻られる。
「私とエドワードがどうかしたの?」
「おっす、ナナちゃん、会いにきたぞー」
7番の無茶振りにサラがどうしようかと困っていると、丁度話題の人物であるサーニャとエドワードが入室する。
エドワードは7番の様子が気になりゼノレイ邸を尋ね、それをサーニャが出迎えてここまで案内していたがための同伴入室である。
「あっ! 王子様っ!」
7番は可憐な顔を綻ばせてベッドから飛び降りると、突進する勢いで憧れのエドワードの胸に飛び込んだ。
「会いたかった!」
「はは……なんで俺こんな懐かれてるんだ……?」
「…………むぅ」
背に手を回して、エドワードの胸板に頬を埋める7番を、恨めしそうに眺めるサーニャ。
しかしサーニャもついさっきまで、案内するという名分で彼のロングコートの袖を遠慮がちに掴んでいたので人のことを言える立場ではなかった。
「サラが嘘の話をする。酷い」
「嘘ではないです、少し解釈の相違が起きているだけです」
サラが7番に61層の階層主討伐作戦のことを話すも、マリアンヌから聞いた話と違う、と憤慨されたことを2人に説明する。
「それじゃあナナちゃんはマリー……君の言う33番ちゃんからどういう風に聞いたんだ?」
「えっとね――」
興奮気味に話す7番の話に耳を傾けるも、それはそれでエドワードが美化され過ぎな内容になっていた。
逸話や英雄譚というのは、この様に又聞きや噂の独り歩きによって誇張化されていくんだな……と感慨耽るエドワードであった。
「それでテティーヌから何か連絡はあったのか?」
「そろそろ定期連絡が来るはず。噂をすれば来たみたいよ」
サーニャが客室の窓に視線を送ると、1羽の鷹が窓の縁に足を下ろして数度クチバシでガラスを叩く。
曲げた腕を床と水平に掲げれば、開いた窓から飛び込んできた鷹がサーニャの肩に止まる。
その足には折り畳まれた紙が結ばれていた。
「それはなに?」
「テティーヌが飼っている鷹のファル子よ」
「鷹ってなに?」
知らないものに対し興味津々な7番に、エドワードが妹にかつてそうしていたような口調な優しく教える。
その間にサラが、ファル子に結ばれたテティーヌからの報告書を回収してサーニャに渡した。
「流石ブラックロータス、鷹なんて飼ってるんだな。それで何か分かったのか?」
「……ええ」
しかし書を読んだサーニャの口振りは芳しくない。
「小聖女と〝シスターズ〟が捕われている場所は分かったわ。けれど〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟とやらが果たしてどういった目的のものなのかは分からない、とのことよ」
「てことは、テティーヌは引き続き潜入捜査を続けるってことか?」
「いえ、どうやらテティーヌは教会の者に見つかって潜入続行が不可能な状態……よくて囚われの身、悪ければ死んでいる可能性が高いわ」
「マジか!?」
サーニャは数度報告書を読み直す。
そこにはいくつかの符丁が用いられており、それらを統合するに、潜入任務は失敗したというのが読み取れる。
ファル子はひな鳥の頃からテティーヌの元で調教が施されている。
普段であれば「引き続き任務を続行する」という符丁が使われるはずなのだが、それがないのを見るに、テティーヌが教会の者に捕まったのを見たファル子が、既に結んである報告書だけでも持ち帰ろうとしたのだろう、サーニャはそう判断した。
「テティーヌは代々ブラックロータスの副ギルドマスターとして忍者職を継承してきた家系。潜入工作に置いて彼女以上に優れた人材はいないわ。そんな彼女が失敗したとなると、テティーヌを捕らえた奴はかなりの手練れね」
「わたしの、せい?」
腹心の身を思い、苦々しい顔を隠せないサーニャ。
それを見た7番は自責の念に囚われる、端整な顔を歪ませる。
「あなたが気に病むことではないわ。この話に乗った地点でこうなる可能性も覚悟の上だったわ」
「そうだぞ、それにブラックロータスが手伝ってくれなかった場合は、俺が1人でマリアンヌを助けに行っていた。だからそんな顔するな」
慰めるようにエドワードは7番の頭を撫でる。
頭部を撫でられる感触に安心感を覚えたのか、7番は落ち着きを取り戻し、うっとりと目を細める。
「もっとして」
「はいはい……それでどうするんだ、サーニャ」
頭を撫でながら次の判断を委ねるエドワード。
「恐らくテティーヌの所属がブラックロータスであることは既にバレている。であればここも安全とは言い難いわ。となれば……することは1つ」
「そうですね団長、あれしかないですね」
「あれってなんだ?」
「大聖堂にカチ込みよ」
きっぱりとサーニャは宣言する。
「マジか!?」
「どちらにせよテティーヌが生きているなら救出する必要があるし、死んでいるなら弔い合戦しなければ面子が立たない。それに小聖女が捕われているという情報が正しいと分かったのだから、小聖女の救出作戦は決行する予定だった。それが早いか遅いかの話」
「確かにそうだけどよ……」
「カチ込みって、なに?」
「あなたの姉妹たちを助けにいくのよ」
「ほんとう!?」
これで自分が便所と下水道を伝って脱出した苦労が結ばれる。
と目を輝かせる7番。
「わたしもカチ込みする!」
「サラ、今すぐ可能な限りの団員を食堂ホールに招集をかけて。恐らくすぐにでも教会の奴らがここに来る。その前に大聖堂を直接叩く必要があるわ」
「承知しました!」
サラは部屋を飛び出すと、【念話魔法】を最大まで広げて団員にメッセージを送るためギルドハウスの敷地内を駆け巡る。
ファル子も窓から飛び立つと、招集先である食堂ホールの上を旋回しながら甲高い声を鳴らし、団員に合図を送る。
「エドワード、手伝ってくれるわよね?」
「当たり前だろ。マリーは俺の仲間だ。さっきも言ったけど、サーニャがいなくても俺1人でマリーを助けにいくつもりだった」
「そうだったわね。付いて来て、団員にもあなたのことを紹介するわ。7番、あなたも」
「うん!」
3人もまた客室を後にする。
かくしてマリアンヌ救出作戦は実行される。
それぞれが、仲間を助け出すという目的を一致させながら。
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