第61話 剣豪枢機卿
デュミトレス教総本山――大聖堂。
熟練の潜入工作員であるテティーヌ・ブルーローズは無事に大聖堂内部への侵入を果たすと、小聖女の監禁場所及び〝
「(外部との出入り口は厳重な癖に、内部はびっくりする程緊張感がないのは相変わらずですね)」
魔力光を反射するまでに磨かれた石床の上を、2人の教会騎士が歩いてくる。
いち早くそれを察知したテティーヌは、廊下の真ん中でピタリと歩を止める。
「そんでよぉ、ペットの犬の足を触ってたら肉球取れちゃって、やば! と思ったら、踏んづけたうんこが肉球の間に挟まって固まってただけだったんだよ。マジ焦ったぜ」
「ははっ、きったねぇ。流石のお前も犬を虐げる趣味はなかったか」
「当たり前だろ。大切な家族だぞ」
2人の騎士は呑気に雑談を交わしながらテティーヌへ向かって歩くも、【隠密】スキルによって姿を消している彼女に気付かない。
テティーヌは身を捻って肩を逸らせると、2人の騎士を躱す。
「(今の2人、所属を示す記章がついていませんでしたね。しかし私の人事情報ではあの2人の所属は第1聖騎士団所属……第1ともあろう騎士団が記章を付け忘れるようなことがありえましょうか?)」
テティーヌは前回の潜入で中央教会に所属する聖職者の、殆どの顔と所属を脳内に保管している。
それは今回の潜入でも多いに彼女を助け、そのずば抜けた記憶能力も彼女を一流の潜入工作員せしめていた。
「(雑談の内容もどこか引っかかる。後を付ける価値がありそうですね)」
前を歩く騎士達が、真鍮の軍靴で石床を鳴らす足音が響く。
その音で無音に等しいテティーヌの足音は完全に掻き消され、やがて2人は地下へと繋がっている隠し扉を鍵で開錠した。
2人の騎士は周囲を注意深く観察し、目撃者がいないことを確認してから階段を下っていく。
「(もしかして、早速当たりですかね……!)」
テティーヌは予想が的中し、指を鳴らしたいのを我慢しながら、彼等の後に続いていった。
しかし、地下で繰り広げられている光景を見て衝撃を受ける。
「(こ、これは……!?)」
「お前等! これが唯一の仕事なんだからしっかり働けよ! いいか、1ポイントも残さずMPを吐き出すんだぞ!」
「逆らったらどうなるか分かってんだろうな!」
異常の一言に尽きた。
そこでは小聖女マリアンヌと同じ顔をした33人の少女が、中央に位置する何かしらの魔導装置へ魔力を供給している光景が広がっていた。
少女達は皆衣服の類いを一切纏っていない生まれたままの姿を晒し、下腹部には一生治らないであろう火傷の痕――焼印が刻まれている。
騎士達は少女達を焼印の番号で呼んでおり、まるで畜牛の管理でもしているかのような非人道的な行いであった。
「(彼女達が、7番ちゃんが言っていた〝シスターズ〟……そして恐らく、あのひと回り大きい33番が本物の小聖女)」
「お前! なんだその生意気な目は!」
「や……っ! 痛いのやめて……っ!」
騎士の片割れの手には、少女に焼印を入れたのと同じものであろう焼きごてが握られている。
時おりそれを床に叩きつけて音を鳴らしては、〝シスターズ〟を恐怖で煽り征服感を満たしていた。
テティーヌは〝シスターズ〟達の魔力が集められている魔宝石のついた魔導装置に視線を送る。
「(あの装置で果たして中央教会は何をするつもりなの……?)」
とにかくこれで目的の半分、小聖女の監禁場所は特定した。
あとは〝聖使徒計画〟とやらの概要を探す必要がある。
共に61層で死線を潜り抜けたマリアンヌを、この場で助けることが出来ないことに歯噛みしながら、テティーヌはその場を去ろうとする。
その時、新手の聖職者が1人、地下室へと姿を見せた。
「(っ!? 剣豪枢機卿……っ!?)」
教皇直属の近衛隊であることを示す、第1聖騎士団の記章。
第1聖騎士団の長であることを示す、団長章。
そして12人しかいない枢機卿団の一席であるこを示す、枢機卿章。
それらの記章を同時に身に付ける聖職者など、1人しかいない。
「だ、団長!? どうしてここに!?」
「お、お勤めご苦労様です!!」
2人の騎士は〝シスターズ〟を虐げていた時とは打って変わって、上司へ畏まる。
「…………」
しかし彼は不機嫌に口元を結び、部下へ言葉を返したりはしない。
痛んだ長髪をてきとうに髪紐で一纏めにした亜麻色の髪。
乾燥した肌に、目頭に刻まれた深いシワは実年齢である40よりも老けて見える。
落窪んだ瞳に真一文字に閉ざされた口元に、無口で無表情な佇まい。
「(ライノルト・フロンタル……!?)」
ライノルト・フロンタル。
〝剣豪枢機卿〟〝教皇の剣〟など複数の二つ名で呼ばれる枢機卿の1人である。
「団長、本日はどういった感じのお越しで?」
「偵察でしょうか? ご覧の通り本日の魔力回収も順調です」
「…………」
ライノルトが日頃無口なのは承知の上だが、それでも強面の仏頂面でいられると、居心地が悪くなる2人の部下。
これならまだアイザック副団長の相手をする方がマシである、というのが2人の部下の正直な気持ちであった。
「…………」
ライノルトは畏まる2人の部下を見て、そして奥にある魔宝石及び〝シスターズ〟を一瞥した後、マントを翻して地下室を後にした。
「な、なんだったんだ……?」
「心臓に悪いからそういうの止めて欲しいぜ……せめて何か言ってくれればいいんだけどよ」
部下は何もされていないのに、何故か叱責されたかのような居心地の悪い気分を味わいながらも、再び〝シスターズ〟の監視という仕事を再開する。
「(剣豪枢機卿もこの計画に噛んでいる。だが彼は組織内政治には興味がないと思われる。であれば、計画の主導者は彼の上司……つまり、教皇ということ……!?)」
テティーヌは少しずつ露わになる〝聖使徒計画〟とやらにきな臭さを感じ取りながらも、ライノルトの後を追った。
「(彼を追えば〝聖使徒計画〟の目的が分かるかもしれない。リスクは高いはやる価値はある)」
再び大聖堂の廊下に出たテティーヌは、【隠密】スキルを維持したままライノルトの背中を追いかけた。
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