第59話 エピソードオブルカ(下)

「ってことは、ピエールさんはラン王国から来たんですか?」


「出身はここ、ザーベルグですけどね。国外追放された──のではなく、知見を広めるため色々な地へ赴いているのですよ」


 ピエールから魔法の指導を受けるルカだったが、他の冒険者に見られない方が都合がいいとのことで、丁度良いスペースを確保するべく適当な玄室を探す2人。


 元々人懐っこい性格であるルカはピエールに様々な質問を投げかけ、ピエールも袖広のローブの中で手を組みながら受け答えている。

 無防備な格好に見えるが、袖の中ではしっかりとアーティファクト武器であるロザリオを握りしめており、いつ魔物が現れても即座に対応出来る体勢でいた。


「ランではデュミトレス教は浸透しておらず、グアト神宗という雄神崇拝が国教として定められています。通称も〝教会〟ではなく〝寺院〟とされていますが、やっていることに変わりありません。蘇生魔法を独占し、同じ神話を持っており、聖典も殆ど相違ありません。出来た時期も1000年前、デュミトレス教と同時期です。不思議なものですね」


「へー、そうなんですね。ランのダンジョンもここと同じ感じなんですか?」


「はい。そうですね……っと、いい感じの広さの玄室ですね。ここでやりましょうか」


「はい!」


 玄室の中には宝箱を守る双頭の犬型魔物、オルトロスが侵入者を出迎える。


『『グルルルルッ!』』


 2つの頭の唸り声が重なり、口元から火花が散る。

 玄室の中にしか現れることはないが、討伐推奨レベル25を誇り、14階層においてトップクラスの強さを持つステータスに、火属性攻撃を保持している。


「エアーシャット」


 だが、いかに強力な魔物であろうと、ピエールの放つ真空魔法の前に置いては無力に等しい。

 周囲の酸素を奪われたオルトロスはたちまち痙攣し、泡を吹きながら地に転がり悶え苦しむ。

 なんとか口から火を吐こうと試みるも、酸素ない空間に置いて火を発生させることは叶わない。


「いささかしぶといですね。時間が勿体ないですし、一思いに楽にして差し上げましょうかね」


 ピエールはロザリオに魔力を込め、再度魔法を行使する。


「エリアルスラッシュ」



――波!



「ええっ!?」


 ピエールが再度聞きなれない魔法を唱えると、オルトロスの双頭がまとめて切り落とされ灰へと還る。


「風属性魔法も使えるのですか? しかもこの威力、賢者クラスですよね?」


「今のもエアーシャットと同じで、空気を操作し真空波を発生させたものです。攻撃魔法が使えなくても扱えますよ。では早速始めたい所ですが、その前にちょっとこっちへ来てくれますか?」


 ピエールは扉を閉めて回廊から覗き込めないようにすると、先程までオルトロスが陣取っていた玄室の中央までルカを呼び寄せる。

 ぽてぽてと、後を追うルカの小さな顔に、ピエールの手がかぶさる。

 両目が手の平で覆われ視界が遮られる。


「あの、これは?」


「ルカきゅんの才能を引き延ばすための一工夫です」


 右手でルカの顔を、左手でロザリオを握りながらピエールが唱えたのは、解呪魔法であった。


「カースブレイク」



――パリン



 ルカは自分の体内で、目に見えない鎖が千切れるのを感じ取った。

 かと言って身体の調子が良くなったり、逆に悪くなったりという実感はない。

 けれどもピエールが満足気に頷いているのを見るに、良い方向に作用したのだとルカは自分を納得させた。


 ルカは気付いていなかった。

 青い光彩の中に閉じ込められて十字の紋様が、今の解呪魔法によって消え去っていることに。




■■■




「では準備も整ったことですし早速修行に取り掛かりましょう。魔法やスキルを覚えるのに置いて最も手っ取り早いのは、習得者から習うことです。して具体的にどのように習うのかと言えば、見て覚える、受けて覚えるのが効率的です。習うより慣れろというやつですね。という訳でルカきゅんには実際の私の魔法を受けて貰います」


「……へ?」


 開口一番、ピエールの放った物騒な言葉にルカは間の抜けた声を上げる。


「エアーシャット」


「お″っ!?」


 ルカの周囲の酸素が一瞬にして奪い取られ、ルカは顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくと動かし酸素を探す。

 けれども真空状態では呼吸することが出来ない。


「お″お″ぉ……おごぉ……お″、お″ほぉ……」



――HP220/260



「個人差がありますが、スキルや魔法をその身で体験したり観察を繰り返すことで習得することが出来ます。教会の開祖、聖デュミトレスは1度見ただけであらゆる魔法を習得することが出来、現在伝わっている魔法の殆どを聖典にて書き残したと言われていますね。私の真空魔法はこう見えて回復魔法に分類されるので、きっとルカきゅんなら習得できると思いますよ」


「お″ぉ……うごぉっ……お″ほぉ……へっ……へっ……へっ……!」


 頭上でピエールがうんちくを垂れ流しているも、真空状態であるがためその声がルカにまで届くことはない。

 そもそも声が届いていたとしても、身悶えている状況下でそれを聞き取れるかと言えばやはり否であったであろうが。




――HP190/260




「ついでに状態異常に対する耐性もつけておきましょうか。ポイズ、パライズ」


「お″ごぉ……!? お″っ……あ″っ……う″え″っ……!!」


 畳みかけるように繰り出される状態異常魔法によって、毒及び麻痺の状態異常にかかる。


「長時間かつ繰り返し状態異常になると、【状態異常耐性】というスキルが身につきます。どれだけ手練れの冒険者であろうと、状態異常のせいで命を落とす事例が多々記録されていますからね。どうせ苦しむのでしたらまとめて苦しんだ方が効率的でしょう? 【状態異常耐性】と一緒に【状態異常魔法】も習得出来るのでまさに一石三鳥。いやはや、我ながらなかなかの手腕。魔法塾でも開きましょうかね?」


 声が届いていれば、その指導は法に触れるため止めた方がいいと忠告していたであろうが、やはりその声は届かない。




――HP50/260




「ぢ、ぢぬぅ……もうぢぬぅ……」


 酸欠によって赤くなっていた顔から血の気が失せ、今度は青白くなっていく。


「安心してくださいな。観察スキルでルカきゅんのHPはちゃんと把握しています。ギリギリで魔法を解除するので安心してくださいね」


「…………お″ほぉ」


「そろそろですね。エアーシャット解除。キュアポイズン、キュアパライズ」




――HP10/260




「お″へぇ~~~~っっっっ!!」


 久方ぶりに肺を満たす酸素にルカは感涙のあまりシスター服のポーションで濡らす。

 びしゃびしゃびしゃ――胃袋から逆流した胃液が口から零れ、目や鼻からも液体を分泌しており、ルカの可憐な顔はデロデロに汚れてしまっている。

 しかしピエールの絶妙なタイミングによる魔法解除のおかげで、辛うじて生きていた。


「さて。それじゃあヒール」




――HP20/260




 ピエールは回復魔法でルカを癒すも、HPが一定値より回復しないのを観察魔法で確認する。


「おや。致命状態になってるみたいですね。ではこれならば、オールヒール」



――HP260/260



「はぁ! はぁ! 死ぬかと思いましたよ!? なにするんですか!?」


 致命状態も含めてHPを完全に回復させる上級回復魔法を使い、ルカの肉体を酸欠状態より前に戻す。

 回復したルカは涙を浮かべながら抗議の声をあげた。


「ですから、実際にその身で体験するのが1番手っ取り早いって言ったじゃないですか」


「だったら構える準備をさせてくださいよ!」


「ははは」


「ははは、じゃないですよ!」


 楽しそうに笑うピエールに、納得いかないと怒るルカ。


「いいじゃないですか回復させてあげたのだから」


「いやまあそれはそうですけどね……でもピエールさん、オールヒールも使えるんですね。あれは回復魔法を【Lv7】まで上げないと使えないし、MPもかなり使いますよね」


 まだ憤りが収まらないが、魔法の技術に関してはかなりの実力を備えていることは事実であることを改めて実感する。


「回復魔法は得意でしてね。ですがMPは人並みですよ。このロザリオがMP消費量と威力を上げてくれているのです」


 ピエールは袖口からロザリオを取り出す。




【魔賢者の金ロザリオ】

 レア度S

 魔法使用時のMP消費量を半分にする。

 魔法の威力を2倍にする。




「さて。それじゃあルカきゅん、改めてお尋ねしますが、修行を続けますか?」


「へ?」


 ピエールは再び表情を引き締めてルカに問いただす。

 優しげに細められた目もその隙間から真剣にルカを見据えている。


「ルカきゅんは自分で思っているより魔法の才能を持っています。今のままでも冒険者として生計を立てられるだけのレベルにまで成長出来ると思います。こんな苦しい思いをする必要は、実の所ないのです」


「……ウチは」


 ルカが思い浮かべるのは、黒髪黒目の青年、エドワードの顔。

 ルカはエドワードのことを友人として好いており、出来るものならこれからの彼と共にダンジョン探索をしたいと考えている。


 けれどもエドワードはいつの間にか人類最強と呼ばれるサーニャ・ゼノレイに匹敵する実力者になっており、ここ最近はサーニャと共に深層部まで潜っているとも聞く。


「(エドさんはもう、ウチを必要としていない……)」


 61層の階層主討伐作戦においてもエドワードは多大な功績を残し、冒険者として大きく名を上げた。

 恐らくは次の62層階層主討伐戦でも、協会から直々に協力依頼を出されることだろう。

 そして彼の隣にはサーニャがいて、きっと逆隣には聖女への昇進を控えている小聖女、マリアンヌ・デュミトレスがいるのだろう。


 そこにルカが入り込む隙間はない。


 だがピエールが扱う真空魔法があれば話は変わってくる。

 ルカがそれを習得することが出来れば、強くなったエドワードにも貢献することが出来るはずだ。


「ウチは……」


 別にダンジョン探索をしなくともエドワードと友人のままでいることに変わりない。

 けれどもやはり、このままだと置いていかれてしまうのではないかと焦燥感に襲われる。


 ルカが望むのは冒険者としての名誉でも金でもない。

 ただ大切な人間の隣にい続けたいという、切実なまでに真摯な願いであった。

 だからこそ――答えは見つかる。


「どうかウチを強くしてください!」


 目を逸らすことなく強い意思を閉じ込めた瞳を、ピエールにぶつける。


「分かりました。それじゃあ修行を続けましょう」


「はい! 師匠!」


 親愛なる友のため、シスターの少年は茨の道を征く。

 かつて尊敬する青年が、妹を救うためにその身を修羅へと落としたように。


「(待っててくださいエドさん。またもう1度、あなたと……)」


「んじゃ早速、エアシャッター、ポイズン、パライズ」


「んお″ぉ…………っ!?!?」

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