第58話 エピソードオブルカ(上)

「もぅ、エドさんは今日も1人で深層部に行っちゃうんだから……」


 ここはダンジョン14層。

 金色の髪を持ったシスター服の少年、ルカ・カインズが得物である樫の杖を携えながらソロ探索をしていた。

 エレベーターが10階層ごとにしか停まらないダンジョン構造のせいもあり、10層代半ばである14層には他の冒険者の数も少なく、レベルアップを目的とするルカにとっては穴場スポットであった。


 ここ最近ルカは冒険者仲間であるエドワードとパーティを組む機会がぐっと減り、仕方なく1人でレベル上げに勤しんでいるのであった。

 おかげでここ最近エドワードに頭を撫でて貰ったり、お手製のサンドイッチを振舞うことが出来ず、悶々とした日々を過ごしていた。


 しかし幸いなことに、エドワードとマリアンヌの3人でモンスターハウスの魔物を全滅させた際にたんまりと魔石が手に入りお金には困っておらず、金稼ぎよりもレベル上げを主に置いたダンジョン探索が出来ている。




ルカ・カインズ

16歳

レベル23

HP260/260

MP190/220

筋力27

防御15

速力18

器用17

魔力31

運値19

スキル【ポーション作成Lv1】【杖術Lv3】

魔法【回復魔法Lv2】【清潔魔法Lv2】




 オーガ戦の時には13だったレベルも23まで上がり、回復魔法も【Lv2】になったことで状態回復魔法も取得した。

 14層の魔物であれば例え1人であっても遅れを取ることはないステータスにもなっている。


『グルルルル……!』


「む。ヘルハウンドが2匹!」


 回廊の奥に犬型の魔物が出現したのを認め武器を構える。


 先手必勝。


「死ねええええええええ!!」


 ルカは一直線に駆けだす。

 可憐な少女にしか見えない外見とは裏腹に物騒なセリフを吐きながら、右側のヘルハウンドに杖を叩きつけた!


『ギャウッ……!?』


 ルカの使う樫の杖の先端部には、複数のトゲがついている。

 これもまた先日対峙したオークが持っていた棍棒から着想を得て、武器屋の店主に依頼した特注品である。

 トゲの部分が刺突の役割を持っており、ヘルハウンドの頭部を陥没させると同時に片目にトゲが突き刺さる。


『グルラァ!!』


「っ!」


 再び杖を振りかぶりトドメを刺そうとした矢先、もう1匹のヘルハウンドが飛びついてくる。

 ルカはすかさず振りかぶった得物を地面と水平に構え、杖の柄でヘルハウンドの牙を受け止める。


「こんの犬畜生があああああ!!」


 ルカは杖を押し込むと同時に、膝蹴りを放ちヘルハウンドの下あごを打ち抜く。


『ギャウンッ!』


 そして怯んだ魔物に渾身のフルスイング。

 先の膝蹴りでヒビの入った下あごは完全に砕け、あっという間に2匹の魔物は戦闘不能になる。

 杖を打撃武器として使い続けたことで【杖術】のスキルを獲得し、僧侶とは思えない近接戦闘技術が身に着いたルカなのであった。


「ふぅ。この感じだともうちょい下の階でもソロでいけそうかも」


 返り血を清潔魔法で落として魔石を回収すると、ルカは次の獲物を探してダンジョンを進む。

 すると珍しいことに回廊で他の冒険者と巡り合った。


「っ! だ、大丈夫ですか!?」


 その冒険者は回廊の真ん中でうつ伏せに倒れており、ルカは慌てて冒険者を抱き起す。


「わっ、イケメン……!」


 倒れている冒険者は金色の柔らかい猫毛を持った20半ば程の青年に見えた。

 背丈の高く引き締まった身体をしているが、高い鼻や滑らかな肌を持ち、中性的な美丈夫なもので、思わず声を漏らしてしまう。

 真っ白な厚手のローブで身を包んでおり、仕立てもよくアーティファクト装備と思われる。

 一目見れば忘れるほうが難しいイケメンであったが、なぜかルカは初対面であるはずの彼の顔を、どこかで見たことがあるような気がしてならない。


「僧侶か魔術師の方かな? 後衛職が1人でダンジョンに潜るなんて危険なことを……」


「うぅ……ここ、は……?」


「っ! 息がある!」


 ルカはヒールをかけようと魔力を練り上げるが、それを金髪の青年が止める。


「回復魔法はいりません……その代わり、み、水を下さい……」


「わ、分かりました!」


 腰に巻いたポーチから水代わりにポーションを取り出し、青年に飲ませる。

 それを一息で飲み干す青年。


「いやぁ、助かりました。どうもありがとうございます」


 外傷はないようで青年は自力で立ち上がるとルカに礼を告げる。

 魔物にやられたのではなく、ダンジョン内で遭難し行き倒れていた模様。


「いえいえ、困った時はお互い様ですよ!」


「私は……ピエールと申します。お名前を伺っても?」


「ウチはルカ・カインズです」


「なるほど、ルカたんですね」


「たん……?」


 立ち上がったピエールの背丈は180半ば程あり、ルカは彼を見上げる形となってしまう。

 彼の目は細く薄められた糸目であったが、縁取られたまつ毛は男とは思えない程長く、ぱっちりとした二重まぶたなのもあり、切れ目ではなく常ににこやかな表情をしているように見えた。


「もののついでにお尋ねしたいのですが、ここはどこでしょうか?」


「ここはダンジョン14層です。もしかして転移トラップで飛ばされてしまった感じですか?」


「ああいえ、そうではなくて、ここはどこの国のダンジョンなのでしょう?」


「国?」


「はい。西のスぺイサイド? 東のラン? それとも南のザーベルグですか?」


「ここはザーベルグ王国ですが……」


「なるほどなるほど。どうもありがとうございます」


「もしかして記憶喪失とかですか?」


「そういう訳ではないのですが、まあお気になさらないで下さいな」


「はぁ」


 いまいち要領を得ず納得いかない返答ではあったが、行き倒れのピエールが無事だったので良しとした。


「そういえば先程頂戴したポーション、製薬魔法で作られたものとは違い独特な味わいがありましたが、そのシスター服もデュミトレス教のものと見受けますし、ポーション作成のスキルを持っているのですか?」


「はい。さっきのはウチが作ったポーションです……その、おしっこで……」


 一般的なポーションは、蒸留水に製薬魔法という魔法を施してポーションにする手段を取られているの。

 しかしルカのポーション作成は尿がポーションとして出てくる類いのもので、製薬魔法と違ってMPを消費する必要がないユニークスキルだったりする。


「いやいや。あなたのような可愛らしいお嬢さんのポーションが頂けてありがたい限りです。改めてありがとうございます」


「その、よく間違えられますが、ウチ男なんです」


「なんと! まさかルカたんではなくルカきゅんだったとは……!」


「どう違うんですか……?」


〝ちゃん〟は〝たん〟。〝くん〟は〝きゅん〟である。と説明されるも意味が分からず困惑するルカ。


「しかし男の子と……その、質問ばかりしてしまい申し訳ないのですが、お歳は?」


「16です」


「カインズという苗字は親御さんのものですか?」


「いえ、ウチは孤児で親も分からず、この名字はウチの育ての親でもある神父が付けてくれました」


「なるほど……あとは目か……」


 ピエールはルカの顔をまじまじと見つめたかと思うと、今度はあごに手を当て小声で呟きながら思案する。


「ん? ルカきゅん、その目の紋様は?」


 ピエールはルカの眼球に刻まれた十字のマークを指摘する。


「あ? これです? 生まれた時からあったみたいですが、特にこれといって障害はない普通の目ですよ。この金髪も地毛なんですけど、全然〝天賦〟の傾向がなくて……何か特別な力があるんじゃないかとよく勘違いされるんです」


 ルカは幼少の頃より、金色の髪と中性的な美貌を兼ね備えているにも関わらず、スキル・魔法もステータスも平凡以下であり、そのことで周囲から幻滅されていたことを思い出す。


 孤児である身でありながら教会が面倒を見てくれていたのも、〝天賦〟の才を期待されてのことだったのだろうと思うと、ここまで育ててくれた教会に対しても申し訳ない気持ちになってくる。


「まさか……よもやよもや……こんな偶然が……素晴らしい……これぞまさに運命の巡り合わせ……!」


「ええと、どうか大丈夫ですか? もしかして転移した際に頭打ち付けました?」


 どんどん大きくなるピエールの独り言に不安を抱き、背伸びして彼の頭部に手を伸ばし傷がないかを確認するルカ。

 しかしこれといった外傷はない。

 念のため回復魔法をかけておこうかと思ったタイミング――


『『『『グルルルルル……!』』』』


 ――回廊の奥から唸り声が響いた。


「っ! 魔物です!」


「そのようですねぇ」


 唸り声は前後から鳴っており、ルカとピエールは10匹のヘルハウンドに挟撃されていた。


「ピエールさん、レベルはいくつですか? ウチは23の僧侶なのですが、戦えますか!?」


「問題ありません。ポーションを恵んでくれた礼として、ここは私がなんとかしましょう。ルカきゅんは私の後ろにいてください」


 ピエールがルカを背に隠すようにしてヘルハウンドと対峙する。

 ヘルハウンドの群れは足並みを合わせ、一斉にピエール目掛けて飛びかかる!


「エアーシャット」


 ピエールはローブの袖からひと繋ぎのロザリオを取り出すと、魔法を発動させる。

 ルカはその魔法の名前に聞き覚えがなく、どのような魔法か見当がつかなかったが、その効力を目の当たりにして唖然とした。


『『『『グギ……グゲェ……』』』』


 ヘルハウンドは突如口から泡を吹きながら倒れ、足を痙攣させて悶えている。


「凄い。あの群れを一瞬で……!」


「ルカきゅん、まだ動かないで。大気中の酸素を奪う魔法です。アンデッド系以外にはほぼ確実に効く魔法です。わたしが良いと言うまでこのままでお願いしますね」


「酸素を奪う魔法!? そんなのがあるんですか!?」


 どれだけ強いステータスを持っていようと、呼吸を必要とする魔物であれば、酸素が無ければ生きていくことは出来ない。

 魔物だけでなく、人間を含むあらゆる生物を確実に殺す恐ろしい魔法と言えた。

 呼吸もままならずに悶えるヘルハウンドも、遂にHPが0になりその身を灰へと変える。


「もう大丈夫です。魔法を解除しました」


「す、凄いです! こんな凄い魔法が使えるなんて! もしかしてピエールさんの職業は大魔導士なんですか!? まだ随分お若く見えるのに」


 大魔導士とは魔術師を達人クラスにまで鍛えた者がなれる特化型上級職である。

 魔術師と僧侶を熟練クラスにまで鍛えることでなれる複合型上級職に賢者というものがあるが、賢者にもこのような魔法を使うものなど見たことがない。

 だからこそ、複合型上級職よりはるかに希少である特化型上級職の大魔導士ではないかとルカは当たりをつけたのであった。


「いえ。私はただの僧侶ですよ。これは私が編み出した魔法なので、見たことがないのも仕方のないことです。それに私はこう見えてこの前40歳になりました」


「魔法を編みだす!? そんなことが出来るんですか!?」


「既にある魔法を組み合わせれば出来ないこともありません。つまり、同じ僧侶であるルカきゅんも覚えることが出来る可能性があるという訳ですよ」


「ほ、本当ですか!?」


 ピエールの言葉に目を輝かせるルカ。


「その、お願いします! その魔法、ウチにも教えて貰うことって出来ないでしょうか!」


 ルカは身を乗り出してピエールに迫る。

 エドワードとレベル差がかなり広がってしまい、彼に追いつきたい一心で強さを求めるルカにとって、ピエールの使う魔法はとても魅力的なものであった。


「つまり私の弟子になりたいと言うことですね?」


「はい!」


「しかし私の修業は厳しいですよ?」



「構いません! ウチ、強くなりたんです! またエドさんと一緒に冒険するために!」


「分かりました。ルカきゅんは私の命の恩人ですからね。謹んでお受けしましょう。どうぞよろしくお願いします」


「よろしくです!」


 ピエールは微笑ましい笑みを浮かべる。

 その柔和な表情に、わずかに宿る打算的な思惟が含まれていることに、ルカは気付かなかった。

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