第55話 祈りと食事
マリアンヌが〝シスターズ〟と共に大聖堂の地下室に監禁されて3日が経過した。
新たに1人、34番を宛がわれた〝シスターズ〟が追加されたこと以外は、変わり映えのない生活が続く。
「(地上の様子が一切分かりませんが、わたくしが3日も不在の状態が続き何も変化がないと言うことは、既にアルティアナも囚われてしまったと考えるべきでしょう)」
衣服を纏うことを許されず、魔力を吸い取られる虚脱感に襲われ、サディストな教会騎士にいたぶられ、それでもマリアンヌは希望を捨てずに祈り続けた。
「(それに彼らの言う〝聖使徒計画(エンゼルズプラン)〟がどのようなものかは検討つきませんが、第1聖騎士団が主導しているということは、枢機卿だけでなく教皇猊下もがこの計画に関わっている可能性があります。つまり、母と一緒にわたくしもまた、存在しないものとして扱われてしまうのでしょう……)」
マリアンヌは祈りを捧げながら状況を分析する。
しかし考えれば考える程、絶望的な仮説ばかりが浮上してくる。
「33番、ごはんがないのにどうしてお祈りしてるの?」
四つん這いで仔猫のような動きで〝シスターズ〟の1人がすり寄ってくる。
マリアンヌに地下室での生活を教えてくれた7番だ。
「食事の前でなくともお祈りはしてもいいのです」
「ごはんがないのに何を考えながらお祈りするの?」
「なんだっていいのですよ。お祈りとは神の御心を求めることに繋がります。悩み事があるときは相談し、嬉しかったことがあれば報告し、些細なことでも祈りを捧げれば、神はそれに耳を傾けて下さいます」
「じゃあ、わたしもお祈りする」
「ええ。いいですね。何についてお祈りしますか?」
「今日はごはんが沢山出るようにお祈りする」
「素晴らしいと思います。日々わたくし達へ糧を授けて下さる神へ感謝を込めてお祈りしましょう」
7番はマリアンヌに習って跪くと、両手の指を組む。
「神様って、どんな顔をしてるの?」
「そうですね……わたくしが奉る母神は、髪と瞳は黄金で、肌は白く、教祖アルティアナに似ていたと言われております。ですので、母神と比べるのもおこがましいですが、わたくし達と似た姿をしているのではないでしょうか」
「年はどのくらい?」
「母神はこの世が創造される前から存在しています。ですが見た目であれば20歳くらいと考えられています。丁度教祖アルティアナの聖像と同じくらいの御年かと」
「わからないよ……」
「それは困りましたね……」
「でも、33番に似てるってことでしょ?」
7番はマリアンヌにすり寄ると、両手で彼女の頬を挟んで顔を近づける。
「そ、その、ナナちゃん……恥ずかしいですわ」
「でも33番は〝シスターズ〟で1番大きい。だから33番が1番神様に似てると思う」
「そ、それはそうかとしれませんが……」
マリアンヌは13歳。
〝シスターズ〟の肉体年齢は12歳。
1歳の差しかないが、それでも背丈が高いのは確かだ。
これも母神のイメージを少しでも固めて貰うために必要な試練であると、マリアンヌは羞恥で頬を染めながらも7番を鼻がくっつく距離で目を合わせ続けた。
やがて7番は――ぺろり。
「っ!?」
唐突にマリアンヌの唇の端を舐めた。
「なっ!? なんでっ!?」
「ん……近くにあったから」
〝シスターズ〟は自身の唾液に傷を癒す効果があることを知っており、それに伴い互いを舐めあうことをコミュニケーションの1部に取り入れている。
だから口元が寂しくなると近くにいる仲間に這いよって身体を舐めあうのだが、今回も本能が働いてしまったのだろう。
故にマリアンヌも彼女を咎めることが出来ない。
その後7番はイメージを掴めたようで、祈りを捧げる。
「ごはん沢山食べたい……もっと温かいシーツが欲しい……痛くしないで欲しい……」
「なにしてるの?」
「座りながら寝てるの?」
すると周囲の〝シスターズ〟も好奇心を働かせて集まってくる。
なのでマリアンヌは彼女達にも祈りの作法と重要性を説く。
娯楽に飢えている〝シスターズ〟は興味を持ったようで、7番に倣って祈りを行っていく。
その後もマリアンヌは〝シスターズ〟から興味本位で神のことを尋ねられてはそれを彼女達にも理解出来る言葉で説いたり、外の世界について話したり、彼女がダンジョン内で戦った魔物や、自分を助けてくれた英雄の話をした。
特に彼女が実際に経験した英雄譚のエピソードは〝シスターズ〟にとって非常に興味を惹くものだったようで、オーガとの戦い、巨大なミノタウロスとの戦い、そしてその強大な魔物に立ち向かった英雄に関心を抱いていた。
「その王子様って格好いいの?」
「はい。わたくしが今まで出会った殿方で、最も魅力的な男性です」
「わたしも王子様と会いたい」
「ええ。もし外に出れたら、あなた達のことを紹介致しますわ」
「他のお話はないの?」
「もっと王子様のお話聞きたい」
「わたしは外のお話」
「神様のお話も」
「ええ。分かりましたわ。では何からお話しましょうかね」
〝シスターズ〟は膝を揃えながら安座の体勢で環を作る。
中央に立つマリアンヌが彼女達へ言葉を紡ぐ。
それは1000年前。
まだダンジョンが誕生したばかりの時代。
教祖デュミトレスが神の教えと神がもたらした恵みであるダンジョンについて説く宣教の姿に酷似しており、まさに教祖の血を引く聖女の血統であることを表していた。
その日から〝シスターズ〟は食事の前に祈りを捧げるようになり、それを見た教会騎士達は目を丸くして驚いていた。
けれども彼らが彼女達から祈りを取り上げることは敵わない。
彼らも〝シスターズ〟を劣悪な環境で飼いならし虐げてはいるものも、黄金の女神に仕える信者であることに変わりなく、神への祈りを否定することなど出来ずはずもなかった。
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