第54話 魔宝石
マリアンヌが連れていかれたのは地下室の更に奥だった。
そこには巨大な魔導装置があり、装置の中央には緑色に輝く巨大な石が佇んでいる。
特殊な魔石を研磨した魔石の宝石――魔宝石である。
アイザック・アイスバーンが首から下げていた〝
「おら、最初はびっくりするかもしれないけど、騒ぐなよ」
「ぉほ…………」
装置からは無数の管が伸びており、周囲に設置されている背もたれが倒れたイスに繋がっている。
未だ焼印のショックで混乱状態に陥っているマリアンヌを、教会騎士はイスの1つに座らせる。
イスにもまた無数の管が繋がっており、騎士はそれらの管をマリアンヌの四肢に差しこんでいった。
マリアンヌと同じ顔の少女達も各々が自主的にイスに腰掛け、馴れた手付きで自分の身体に管を刺しこんでいく。
並び順と下腹部の番号に規則性はなく、空いている席を自由に使っている様で、全員が席についても空席が目立つ。
「全員OKだ。スイッチ入れろー」
「はいよ」
騎士が中央の魔導装置を操作する。
するとイスに座った少女達の体内のMPが、管を通して魔導装置の魔宝石へと集められていった。
少女達は全身のMPが抜けて脱力感に襲われ、虚ろな表情へと変わっていく。
「よし。今日はこんなもんだろ」
数十分かけて無尽蔵とも言える少女達の魔力を吸い出すと、騎士達は少女達を残して地下室を後にしていく。
「……あ……うぁ……ほぉ……」
マリアンヌは8万強あるMPを根こそぎ吸われた脱力感も合わせて未だ呆けていた。
けれども焼印を付けられた下腹部に違和感を覚えてゆっくりと意識が覚醒していく。
「ぺろ……ぺろ……」
「んぁ……わたくし……なにを……」
「……起きた?」
足元から声がする。
マリアンヌと同じ声。
そこにはマリアンヌと同じ顔をした少女が1人おり、彼女の焼印の部分を小さな舌でちろちろと舐めていた。
不思議なことに舐めらると痛みが和らいでいくのを感じる。
小聖女の尿はポーションになるのと同様、唾液にもHP回復効果が顕現する。
マリアンヌは少女が自分の傷を癒してくれているのだと理解し、警戒を解いた。
「ありがとうございます。あの、ここはどこなのでしょう?」
「わからない」
同じ顔の少女はぼんやりとした、感情の薄い表情で答える。
周囲を見れば、他の少女達は管が刺さっていたお互いの四肢を舐めあって傷の癒し合いをしていた。
無数の仔猫がじゃれ付いている光景に見えなくもない。
「それじゃあ、あなたのお名前は?」
「7番」
「それがあなたのお名前ですの?」
「うん。そう呼ばれている。あなたは、33番」
7番はマリアンヌの下腹部を指さしそう言う。
「(そうか……わたくしはもう、小聖女マリアンヌ・デュミトレスではなく、33番という奴隷なのですね……どうしてこんなことに……誰がこんな酷いことを……)」
マリアンヌは断片的な情報をかき集めて状況を整理しようとするが、あまりにも分からないことが多すぎた。
「あの、ここのことを教えて下さいますか?」
「いいよ」
7番は先任者として新入りに教育するように、ここでの生活について説明を始める。
彼女達は元聖女ラファエラの魔力と小聖女マリアンヌの情報を元に製造されたホムンクルスであり、騎士達は自分達を〝シスターズ〟と呼んでいること。
定期的に新しい〝シスターズ〟が収容されて現在33人いること。
日に2回、午前と午後に魔宝石にMPを吸い出されること。
食事は1日3回出るということ。
ここから抜け出すことは絶対に出来ないということ。
「そうなのですね……ありがとうございます」
「33番はどうしてわたし達より背が高いの?」
今度は自分が質問する番だと言いたげに、7番が問う。
7番を始めとする〝シスターズ〟は、13歳のマリアンヌより1歳程幼い。
「それはわたくしが本物の人間だから……いや……分かりませんわ。なんにも、なんにも分からないのです」
ここで自分がホムンクルスではないということを訴えても問題の解決にはならない。
彼女達からしても、マリアンヌに苦痛を与えた騎士からしても、マリアンヌが本物であろうとなかろうと関係のない事だ。
それに教皇の近衛騎士であるアイザックがこの件に絡んでいるということは、教会内部の人間に助けを求めるのも難しい。
マリアンヌは一縷の希望にアルティアナ率いる小聖女聖騎士団が、地下室の存在を突き止めて助けに来てくれると望みをかけるが、既にアルティアナもアイザックの手にかかり冤罪を着せられ投獄されていた。
「あの……不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「33番は難しい言葉を知ってる。なんで?」
「ええと……あなたより少しだけ大きいからですわ。7番さん……いえ、ナナちゃん」
「ナナちゃん?」
「はい。7番だから、ナナちゃんです。ダメですか?」
「ううん。いいと思う」
「それで、わたくしはこれから何をすればいいのでしょう?」
「大人が来るまでは何をしてもいい」
大人というのが教会騎士のことを差しているのだろうとマリアンヌは推測する。
「でも、何をしてもいいと言われると……何をすればいいのやら。聖典も女神像もありませんし……」
「それじゃあ……ん」
7番はマリアンヌの腕を掴んで絨毯の上で寝転がると、腕を突きだした。
「舐めて」
突きだされた腕を見れば、管に差された箇所が赤く腫れている。
先程火傷を舐めて痛みを和らげてくれたお礼もあるので、マリアンヌは7番の腕を舐めた。
7番も舐められながら、マリアンヌの四肢に出来た管の痕を舐めていく。
それが終われば各々はぼーっとしたり、癖になっているようで気まぐれの他の〝シスターズ〟と意味もなく互いの身体を舐めたりして時間を潰し、夜になると再び騎士達がやってくる。
「……っ!」
「へいき。今日はもう痛いやつやらない」
他の〝シスターズ〟達もそれが分かっているようで、むしろ自分達の方から扉に近づいていく。
「全くコイツら、飯の時だけすり寄ってきやがってよ。現金な奴らだ」
魔力を吸い出されるのは日に2回。
既に2回目は終わっており、今回騎士達が地下室にやってきたのは〝シスターズ〟に夕飯を与える為であった。
ここには時計がなく、生まれてからずっと地下室にいる〝シスターズ〟にとって時間の感覚は魔力回収の時間と食事の時間によって把握されている。
「おら。残さず食えよジャリ共。明日までに魔力を回復させておかないとお仕置きだぞ」
「……」
お礼を言う文化も食事前に祈りを捧げる文化も持たない〝シスターズ〟は、食事を受け取るてきとうな床に腰を下ろして、即座に食事を開始する。
マリアンヌも7番に促されて列に並ぶ。
食事の配給をする騎士が焼印を入れた騎士なのを認めるや、記憶がフラッシュバックして下腹部が疼く。
けれども魔力を根こそぎ吸われてお腹の空いていたマリアンヌは、騎士の顔を見ないように顔を伏せながら食事のトレーを受け取り、7番と一緒に食事を摂る。
「恵みの糧に感謝を。我らが母神に感謝を。教祖デュミトレスに感謝を捧げ、頂きます」
「それはなに?」
「神と教祖に祈りを捧げていたのです」
食事を前にして指を組んで祈りを捧げているマリアンヌへ、7番が疑問を投げかける。
「神? 神って何? 教祖って何?」
「神というのは、この世界とわたくし達人間を創造した方々のことです。教祖デュミトレスとは神の教えを説くために母神より遣わされた聖者のことです。わたくしの遠い祖先に当たります。同じ血が流れているナナちゃんも、デュミトレスの子孫ですよ」
「そうなの?」
「はい。そうに違いありません」
神の教えを説くのも聖職者の務めである。
目の前に神を知らない者がいれば、それを説くのも役目であるとマリアンヌは7番の疑問に答えていく。
「祈るとどうなるの?」
「ううん……それは人によって変わってきますが、ごはんがおいしくなります」
「ほんと?」
「はい。本当です」
「じゃあ、わたしもお祈りする」
7番はマリアンヌを真似て祈りを捧げる。
神を知らない7番の何を思って祈りを捧げるかは不明だが、それでも祈りを捧げるという行為そのものが尊いものであり、マリアンヌは微笑ましく7番の祈りを見届けた。
「なんて言えばいいの?」
「最初はいただきます。でいいですよ」
「分かった。いただきます」
祈りを捧げ終えて、マリアンヌと7番は共に食事にありつく。
食事は粗末と言う程ではないが、役職を持たない下っ端聖職者が口にする食事の余りものといったラインナップ。
マリアンヌは小聖女という身分故に高価なものを口にしていたが、神からの恵みに違いはないと文句を付けずに平らげる。
「どうでした?」
「いつもと同じだった。どうして嘘をついたの?」
「ふふ……嘘じゃありません。大丈夫、きっとナナちゃんなら、分かってくれる日がくると思います」
マリアンヌは再び指を組んで食後の祈りを捧げ、7番もマリアンヌに教授を受けながら「ごちそうさま」と口にする。
食事が終われば各々が好きなように時間を潰し、眠くなってきた〝シスターズ〟は部屋の奥にある比較的柔らかい絨毯のある場所で横になり眠りにつく。
誰かが決めた訳ではないが、そこが〝シスターズ〟にとっての寝床となっているようだ。
眠たくなったマリアンヌも7番と一緒に床につく。
山盛りに積み重ねられた廃棄品を流用したであろう薄いシーツを1枚とって、それを被って眠る。
「ひゃっ! ナナちゃん、どうして入ってくるのですか?」
「いつもそうやって寝る」
周りを見れば〝シスターズ〟は皆誰かしらと身を寄せ合って眠っていた。
2人で抱き合っているものもいれば、3人以上でくっついているものもいる。
「そ、そうなのですね。それじゃあ、一緒に寝ましょうか」
「うん」
「おやすみなさい、ナナちゃん」
「おやすみなさいって何?」
「寝る前にする挨拶です」
「どうしてそんなことをするの?」
「うーん……そうすると、明日が昨日よりも楽しい日になるからですよ」
食事の祈りを説明する際も、抽象的な説明であった。
マリアンヌは一通りの教義を知識として持ってはいるが、それらを周囲に説く宣教師としての経験は持ち合わせていないからだ。
でも“シスターズ”にとっては、これくらい抽象的な方が、むしろ理解しやすいかもしれない。
それによって、少しだけ生きることに希望を得られるのであれば、それはきっと神の意向であるのだろうと、マリアンヌは信じて目を閉じた。
「それじゃあ、わたしも言う。おやすみなさい、33番」
「はい。おやすみなさい」
小聖女とホムンクルスは身をくっつけて眠る。
柔らかい皮膚が互いの身体を温め合い、時おり相方が身をよじり髪の毛が擦れる感触を覚えながら、2人は夢の世界へと旅立った。
■■■
大聖堂2階。
元聖女ラファエラが囚われている一室。
「おす、じーさん」
「アイザックか。どうしたんじゃ?」
ラファエラは虚ろな瞳で呆けており、その腹部は赤子を孕み大きく膨らんでいた。
そんなラファエラをインテリアの1つとしか思っていないかのように扱いながら、デスクの上で文字を書き込んでいる老人が1人。
アーティファクトの研究をしている中央教会の聖職者。
枢機卿団の1人、ボルボルス・ボルス枢機卿である。
ツルリと禿げ上がった前頭部と頭頂部。
残った側頭部と後頭部の髪は余さず白髪となっている老体ではあるが、その瞳は未だ光を灯しギラギラと輝いていた。
ボルボルスの研究室にアイザックが訪ねてくる。
「アルティアナちゃんと小聖女聖騎士団を面々は無事無力化させた。一応じーさんにも伝えておこうと思ってな」
「そかそか。分かったわい」
「んだよ。わざわざ教えてやったのに素気ねぇな」
「わしは〝
「あっそ。んで悪いんだが〝
「なにいいいいい!?」
アイザックの報告に適当に耳を傾けながら、手に持ったペンを走らせ続けていたボルボルス枢機卿は、アイザックの報告を受けて初めて顔を上げた。
「おいいいいいい!! ヒビ入ってるじゃねぇか! これはどんな魔法攻撃も吸収するが、吸収できる許容量に限りがあると言ったじゃろうが!」
「んなこと言われてもこれ使わなかったらオレも死んでたからなあ。アルティアナちゃんに室内でファナティックキャリバーを使われて避けろと言う方が難しい」
「あの狂犬か。あれを大聖堂で使用するとはの……」
「まあそういう訳だ。直してくれ」
「すぐには無理じゃ。というか、〝
「そうか。まあ一応まだ使えるっぽいし、時間ある時でいいから頼むわ」
アイザックは〝聖使徒の天輪〟をボルボルスに差し出し部屋を後にする。
「ああそうじゃ。33番目だが明日には外に出せる。昼頃に取りにきとくれ」
「33番目ね。了解」
アイザックは背を向けたまま手を振って了承の意を示すと、ボルボルスの研究所を後にした。
大聖堂の廊下を歩きながら、アイザックは一人呟く。
「まぁ、繰り上がって34番目になるんだけどな」
アイザックの身体から冷気が漏れる。
すれ違った聖職者が身震いし振り返るも、既にアイザックの姿はそこになかった。
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