第53話 シスターズ

 ――時間は少し巻き戻る。

 ――人気の失せた大聖堂にて2人の騎士が死闘を繰り広げている最中。


「いやっ! 離してくださいませ!」


 大聖堂の地下室にマリアンヌの叫び声が響く。

 しかし階上で奏でられる剣響が聞こえないように、マリアンヌの声が地上に漏れることはなかった。


「大人しくしろ!」


「副団長の洗脳魔法完全に解けてじゃねぇか。初期教育も終わってない所か変に自我が芽生えてる様だし……あの人も仕事が適当なんだから」


 非力ながらも抵抗するマリアンヌを、所属不明の教会騎士2人が力尽くで連行する。

 階段を下りきった先にあるのは広々とした地下室。


 廃棄予定のものを使い回したのであろう擦り切れた絨毯を複数枚繋げた床に、壁紙の張られていない石剥き出しの壁。

 光源の魔力光も心もとなく部屋の奥はよく見えない。

 豪華絢爛な大聖堂の一室であるとはとても思えない粗末な部屋であった。


 マリアンヌは生まれてからずっと大聖堂で育ったが、こんな部屋があるとは思ってもいなかった。


「ったく暴れやがって……ほら、ここが今日からお前が暮す部屋だ!」


「きゃっ!」


 投げ飛ばされたマリアンヌは、薄い絨毯に尾骨を打ち付け悲鳴をあげる。

 マリアンヌは気付く。

 彼女を見定めるように一斉に向けられる、32対の瞳に。


「……っ!?」


 薄暗い地下室にはマリアンヌと歳の近い32人の先客がいた。

 否――歳の近い所ではない。

 マリアンヌと同じ顔をした32人の先客であった。


「わ、わたくし……?」


 同じ顔をした少女が室内に詰め込まれており、その全員が全員虚ろな目をしてぼんやりとマリアンヌのことを見つめる。

 それだけでぞっと背中に悪寒が走る。


 先住民の少女達は全員服を着ておらず、脂肪の乗っていない薄い身体が惜しげもなく晒されており、マリアンヌが自分のことの様に恥じ入る。


「まずはナンバーを焼き入れねぇとな」


「ひひひっ。今回は俺にやらせてくれよ。えっと、コイツは33番だったよな。てことは3番だけでいいんだな」


「な、何の話をしていらっしゃいますの……?」


「うるせぇ。いいから黙って服を脱げ!」


「い、嫌ですわ!」


「抵抗するんじゃねぇ!」


「や、やだっ! 乱暴しないでくださいっ!」


 地下室の管理を任されている2人の騎士の片割れが、マリアンヌの服を乱雑に脱がす。


「た、助けてっ!」


 マリアンヌはうつ伏せになって地面を這って少女達に手を伸ばすが、彼女達がマリアンヌを助ける素振りは見せない。

 わずかな憐憫と騎士に対する恐怖の念を孕んだ瞳を向けるだけ。


「ったく抵抗しやがって」


「や、やだ……」


 抵抗虚しくマリアンヌは纏っていた法衣を余さず奪われ、少女達と同じように生まれたままの姿を晒す。

 異性にこのような姿を見せた経験がないため、羞恥で顔を真っ赤にする。

 けれどもう1人の騎士が携えてきたアーティファクトを見て、今度は血の気が引いていくのを感じ取った。


「それは、なんですの?」


「〝シスターズ〟は顔で見分けがつかねぇからな。これで番号を焼き入れておかねぇと。家畜を判別するのと同じ理由よ」


 サディスティックな笑みを浮かべる騎士が手に持っているのは拷問器具の一種である焼きごて。

 焼印の部分には反転させた「3」の文字が刻まれている。


 騎士は焼きごてに魔力を流す。

 魔力に反応し焼印の部分が熱を持ち赤く光り、周囲の空間に陽炎が生じる。

 元々はMPを消費することで火属性を付与するアーティファクトの武器だったのだが、それを鍛冶スキルで焼きごての形に改造した魔導焼きごて――〝天使の徴〟である。


「番号……?」


 マリアンヌは部屋の奥の少女を観察する。

 少女達の下腹部には赤黒い文字で数字が刻まれていた。

 それぞれ異なる数字が刻まれており、騎士は印刻によって個体を判別しているらしい。


 つまり今から100度以上の熱を持つ金属が、マリアンヌの柔肌に押し付けられるということである。

 そのことを理解して先程以上の抵抗を始める。


「やだ! やめて! 怖い! いやああああああ! 助けて! 助けてエド様! アルティアナ! 誰かあああああああ!!」


「黙れ! きーきー喚くな!」


「はははっ。いいじゃねぇか。人間味があった方が興奮するぜ。あの小聖女様と同じ顔の女が、綺麗な顔を恐怖で歪めて、拝むことさえ許されない餅肌に焼印を入れることが出来るんだぜ?」


 焼きごてを持った騎士の股間は盛り上がっており、下種な笑みを浮かべて舌なめずりをする。


 いかにマリアンヌが1000年にも及ぶステータスの継承を持っていると言えど、それらは全てMP・魔力・回復魔法に収束されている。

 そして攻撃魔法の類いは一切持っていない。

 異能を癒しの力に限定させるという制約を課すことで身に着いた人外級のステータスも、この状況下では意味をなさない。


「いやあああああああ! 離して! 離してください!! 痛くしないで!!」


 故に必死の抵抗も虚しく取り押さえられ、仰向けにされ下腹部をさらけ出される。

 出来立ての饅頭のようなつるつるでもっちりとした柔肌に、出来立ての饅頭にするように焼印を押し付けられた!



――じゅうううう!



「ぎゃあああああああああああああああ!?!? 熱いいいいいいい!! いやあああああああああ!?!?」


 マリアンヌの下腹部に高熱の金属が押し付けられ、皮下にある内臓までもが熱されているかのような激痛が走る。

 身をよじって抵抗を見せるが、もう片方の騎士に押さえつけられておりそれも叶わない。


「お″っ! お″お お お お ぉ ぉ ぉ ぉ ~~~~!」


 焼きごてが離れると傷1つなかった珠のような肌に赤黒い火傷の痕が刻まれる。

 死を覚悟する激痛と恐怖であったが、ようやく解放される。

 そう思った矢先。


「さて、そんじゃあもう1回」


「…………っ!?」


 マリアンヌに当てられた番号は33。

 連番のため別の焼きごてを準備するまでのインターバルの時間もなく、再びマリアンヌの色白い肌が黒く焼ける。


「あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″!!!! んお″お″お″お″お″お″お″お″お″お″お″!!!!」


「こんなもんか」


 サディズムを拗らせた騎士が焼きごてを引っ込める。

 数秒の間の出来事だが、当事者のマリアンヌの体感時間は1分くらいにも感じられる耐えがたい時間であった。


 33回目ともなると手慣れたもので、2つの数字は綺麗に平行に並んでおり、騎士は仕事の出来栄えに満足気に笑う。


「こひゅ……こひゅぅ……お″っ……お″ほぉ……お″ぉ~~~~」


 マリアンヌは潰れたカエルのように仰向けで膝と肘を曲げた体勢で痙攣し、おほ顔で悶えながらポーションを精製する。


「さて。それじゃあ新入りも入ったことだし早速仕事に取り掛かってもらうぞ」


 騎士が告げると32人の〝シスターズ〟は条件反射で立ち上がり、部屋の奥に設置された魔導装置へ移動する。

 抵抗すれば暴力を振るわれることを、身を持って教え込まれている少女達は、教会騎士達に逆らうことが出来ない。


「おら! お前もだ33番! って伸びてやがる。しょうがねぇ運んでやるか」


 焼きごてを担当した騎士がマリアンヌをお姫様だっこで抱える。


「は、なして……」


 悲鳴を上げ続け枯れた声で抗議する。

 その抱え方はマリアンヌとって特別なものであり、彼のような残虐な者にされるのは焼印を入れるのと同じくらいに苦痛であった。

 それは窮地を救ってくれた英雄がしてくれた大切な思い出だから。


 マリアンヌはその英雄のことを思い浮かべ、掠れた声で彼を求める。


「助けて…………エド様」


 その声は誰にも届かない。





 一方。

 階上の大聖堂1階では。



「そんな怖い顔をしないでくれ。美人が台無しだぜ?」


「……ほ、ざけ」


「喋るな。安静にしていろ。傷が開いて死ぬぞ」


「……くそ、が」


「悪いなアルティアナ。眠れ――コールドマインド」


 アルティアナの精神がアイザックの洗脳魔法に屈服する。


「マリ……アンヌ……様」


 彼女の声もまた、誰に届くことなく消え失せた。



 その日マリアンヌという名で崇め奉られる小聖女はこの世からいなくなり、33番という少女が誕生する。

 同じ顔の偽物(ホムンクルス)が32人いる現状、33番がマリアンヌであることを証明する手立てはもはや存在しなかった。

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