第52話 狂信と偏屈

「アイザック・アイスバーンだな。マリアンヌ様をどこへやった?」


「おいおいおい……」


 アルティアナは鬼神が如き形相でアイザックを睨ねつける。


「(ここら一帯は洗脳魔法で人払いを済ませて俺の部下が封鎖しているはず。なぜここにアルティアナがいるんだ?)」


 アイザックはアルティアナの登場に困惑するも、それを表に出すことはせずに、大げさに両手を広げて飄々とした態度をとる。


「これはこれはアルティアナ殿。どうされたのですか? その口振りから察するに、もしや小聖女様の身になにかが……?」


「白々しいぞペテン師が。もう1度聞く。マリアンヌ様をどこへやった?」


 アルティアナは小聖女の近衛を務める小聖女聖騎士団の団長。

 アイザックは教皇の近衛を務める第1聖騎士団の副団長。


 一見関わりが薄いように見えるが、かつてアイザックはアルティアナの上司であった。

 その頃は真面目な青年であったと記憶しているのだが15年前、アイザックは王都の外、しかも辺境の地方教区に飛ばされた。

 そんな彼が戻ってきたのは5年前。

 どういうコネクションを使ったのかは不明だが、地方教区所属だったにも関わらず突如として舞い戻ったアイザックは中央教会の中でも選りすぐりのエリートが選ばれる第1聖騎士団の副団長の座に着いていたのだ。


 アルティアナの記憶に残っている真面目な青年の姿はそこにはなく、うすら寒い笑みを不気味に浮かべ、濁った目をした偏屈の騎士へとなっていたのだ。


「それは狂信の騎士と呼ばれているアルティアナ殿も同じでしょう? 昔のあなたは信仰心の欠片も感じ取ることが出来ませんでしたが、今では――」


「黙れ。御託はいい。マリアンヌ様を返してもらうぞ」


「はてはてはて。さっきから申している通り、なんのことやらさっぱりで」


「ズボンのポケット」


「…………は?」


 アルティアナは佩いた剣を抜き、剣先をアイザックに突きつける。


「マリアンヌ様が身に着けている装飾品には、私の魔法によるマーキングで徴を付けている。なぜマリアンヌ様の耳飾りを貴様が持っているんだ?」


「なるほど、最初からバレていたと。てっきりカマでも掛けられているだけかと思ったのによ」


 アイザックはヘラヘラとした態度に改め、弧を描きにやけさせていた眼をすっと細める。


 腰に差した剣を抜く。

 短剣より少しばかし長い短刀サイズの剣であり、教会の騎士団に配られる正規の武器ではなく、その構えも教会で採用されている剣術には存在しない構えであった。


「はぁぁぁぁ……手癖が悪いのはおじさんの悪い癖だけどよぉ、まさかこんなあっさりバレるとはなぁ。計画が狂っちまうぜ。アルティアナちゃんはさ、また後日消すつもりだったのによ」


「化けの皮が剥がれたな。どうやら私の問いに答える気はないと見える。であれば、無理やり聞き出すのみ! この背教者が!」


「相変わらず血の気が多いことでっ! 狂信者がよぉ!」



――キィン



 狂信の騎士の長剣と偏屈の騎士の短刀が鍔迫る。


「教会の象徴であらせられる小聖女様を拐かすとはどういった了見だ! 謀反と捉えられても文句は言えんぞ狼藉者め!!」


「へへ……なんと言われようと答える気はねぇぜ。汚れ仕事も仕事の内だ。オレはオレの役目を全うするだけだ」


「ほざけ! その四肢全て切り落としてくれる!」


 アルティアナの重く鋭い剣戟がアイザックに見舞われる。

 アイザックはそれらを捌こうとするも、全てを叩き落とすことは叶わない。



【アイザック】

――HP1160/1400



「(アルティアナの奴、やはり強い……! それにこっちは小聖女を捕まえるのに使った阻害魔法でMPが殆ど残ってねぇんだ。もう阻害魔法は使えねぇ)」


 アルティアナのレベルは48であり、数代に渡りステータスを継承している血統だ。

 それは人類最強サーニャ・ゼノレイや迷宮の代理人エドワード・ノウエンのような人外を除けば最高位クラスのステータスである。

 更に研鑽を重ねた肉体と剣術も名人の域に達しており、ステータスに頼らない素の肉体までもが無駄なく鍛え上げられている。

 それらたゆまぬ努力は全て、守護するべき小聖女への過剰な崇拝によるものか。



【アイザック】

――HP1040/1400



「消えろ! ホーリースラッシュ!」


「ちっ! アイシクルファング!」


 アルティアナは剣に光属性の魔法を付与した斬撃を放ち、アイザックも同じく氷属性の刺突を繰り出す。

 アルティアナの二の腕を短刀が掠り、アイザックは鎧ごと胸部を深く切り裂かれる。



【アルティアナ】

――HP2040/2200


【アイザック】

――HP710/1400



 痛み分けにしてはアイザックに部が悪すぎるダメージ比率。

 既にアイザックのHPは半分を切ろうとしていた。


 しかしアイザックも伊達に第1聖騎士団の副団長を務めていない。

 応用の効く氷属性魔法を多数習得しており、魔法の発動を妨げる阻害魔法、触れた者を操る洗脳魔法と、アイザックは対人戦闘に特化している。

 それはアルティアナとのステータスの差を埋めるのに十分な強さを持っている。


「ははは! 強ぇなぁアルティアナちゃん!」


「そのうすら寒い笑い方を止めろ! 不愉快だ!」


 その後も2人の剣戟は止まらない。

 人気の失せた大聖堂で2人の騎士が刃を何度も交わらせる。

 偏屈の騎士は鎧の隙間に滑り込ませるように短刀を突き刺し、狂信の騎士は鎧ごと砕くが如く長剣を叩きつける。


「へっへっへ……強いなぁ。おじさんもう疲れちまったよ」


「口が減らない奴だな。ヒール」


 2人は一旦戟尺の間から離れ息を整える。


 アルティアナはチマチマと削られたHPを回復魔法で癒す。

 一度に与えられるダメージ量も、保有しているMP量もアルティアナの方が上である。

 更にアルティアナの職業は剣士と僧侶の複合型上級職である白騎士であり、前衛職でありながら回復魔法の扱いにも長けている。

 つまりこの戦い長引きこそすれど、アルティアナの勝利に揺るぎはない。


 対するアイザックのレベルは35。

 彼は剣士、盗賊、魔術師と幅広い職業適性を持っており、複数の職を転々としつつ幅広くスキルを習得しているものも、熟練者クラスにまで鍛えられた技能は1つも有していない器用貧乏タイプ。

 どれだけ小細工を練ろうとアルティアナを屈服させるには至らない――はずだった。



【アルティアナ】

――HP2170/2200



「…………なんだ?」


 アルティアナは回復魔法で傷を治したにも関わらず、刃物で裂かれた痛みが和らがないことに違和感を覚える。

 自分の身体を改めて確認すると、傷が塞がっていないことに気付く。


「くっくっく。アイシクルファングで受けた傷は、上級回復魔法でなければ癒せない部分的な致命傷を与える攻撃なんだぜ。なぁに、数日もすれば自然と治る。でもこの戦いに置いて、アルティアナちゃんはその傷を治せない」


「それがどうした。その前に貴様を切り捨てればいいだけのこと」


「さぁて、できるかねぇ」


「ほざけ。貴様の体力が限界なのは当にバレているぞ」


 アルティアナは観察スキルを持っており、対象のHPMPの残り割合を確認することが出来る。

 スキルによればアイザックのHPは残り5割。

 MPに至っては既に2割を切っている。

 更に彼に回復魔法の適正がないことも把握している。


「へっへっへ。誰の体力が限界だってぇ?」


「……っ!」


 アイザックは相も変わらず胡散臭い笑みを浮かべ続ける。

 そして気付く。

 彼の全身は血でべっとりと汚れているが、傷が既に塞がっていることに。

 そして――



【アイザック】

――HP1400/1400


 深い斬撃を何度も叩き込んだにも関わらず、奴のHPが回復していることに。

 アイザックに回復魔法の適正はないし、ポーションを服用した素振りも見せていない。

 にも関わらず急速に回復したHP。

 信じがたい光景ではなるが、観察スキルは嘘をつかない。


「アーティファクトか」


「ご名答。ダンジョン由来のものではなく、人の手で生み出された人工アーティファクトだがな」


 アイザックは首にかけた鎖を指でつまみあげる。

 鎖には緑色の宝石のようなものが通されていた。


「〝聖使徒の心臓エンゼルズハート〟これに魔力が供給される限り無尽蔵にHPを回復させ続ける〝聖使徒計画エンゼルズプラン〟の副産物だ」


「〝聖使徒計画〟……?」


「気になるかい?」


「それは貴様が小聖女様を拐かしたことと関係があるのか?」


「ある。教えてやってもいいぜ」


「……言え」


「くっくっく。はっはっは。ひっひっひ」


 アイザックは愉快そうに笑う。

 他者が見れば不快極まりない笑い方であったが、それらは全て狙っていることであった。


 アイザックが扱う【洗脳魔法】は職業によるものではない。

 彼は他者の感情をコントロールすることに長けた才能があり、それがステータスにも反映して習得したユニーク魔法、それが洗脳魔法であった。


 感情がかき乱されれば、それだけ洗脳魔法を深くかけやすくなる。


「何がおかしい!」


「いやいやいや。失礼。なんでもないぜ。さて、それじゃあどこから話そうかね」


 アイザックは口を開く。

 それはじれったく、不愉快で、アルティアナの神経を逆撫でするような喋り方。


「〝聖使徒計画〟それは――――」




 無音の大聖堂に、アイザックのべしゃりが続く。




「聖女の肉――――小聖女の複製体――――」




 偏屈の騎士の口から語られる言葉を聞く度に、アルティアナの神経が昂ぶっていく。




「無限に近い魔力――――聖堂内に置いて――――」




 その企みは、アルティアナの感情を揺さぶり【洗脳魔法】に対する抵抗値を削るため。




「全ては――――がため――――」




【洗脳魔法】は対象の魔力値、肉体的疲労度、精神的疲労度によって成功確率が変化する。

 それらの確立を上げるための話術を、アイザックは天性の才として持ち合わせていた。


「まあそういう訳で、今頃小聖女様はあられもない姿でその綺麗な肌を焼かれているだろうな」


「きっっっっ……さまあああああああああああああああ!!!!」


 アルティアナは魔物の咆哮にも引けを取らない声量で叫ぶ。

 剣を頭上に掲げると、彼女の剣が白く発光し膨大な魔力が収束していく。

 それは1度に使うにはあまりにも多すぎるMP消費量であり、同時に彼女の命さえ削る最強の魔法。


 桁外れの魔力の奔流に、流石のアイザックも冷や汗を流す。


「なっ……挑発し過ぎたか!? おいやめろバカ! 使うのか! ここで! 人に対して! 大聖堂が半壊するぞ!?」


「知ったことかあああああああああああああああ!!!!」


 自身のHPを1にすることと引き換えに、解き放つ最強の光属性魔法。


「この狂信者があああああ!!」








「ファナティックキャリバー!!!!」








 アルティアナが剣を振り下ろせば、回廊の壁、床、天井を埋め尽くす極大の魔法攻撃がアイザックを飲み込もうと迫りくる。

 アイザックは咄嗟に懐に忍ばせたアーティファクトを取り出した。

 それは腕輪のような形をしていたが、アイザックの呼びかけに呼応して直系50センチ程の輪に巨大化する。


「天に召します――ってんなこと言ってる場合か! 起動せよ〝聖使徒の天輪エンゼルズヘイロー〟!」


〝聖使徒の天輪〟の内側に白く輝く膜が張られると、ファナティックキャリバーは輪の中に吸い込まれていく。

 魔力によって発生した衝撃までも吸収し、背後にいるアイザックには届かない。



「くたばれええええええええええええ!!!!」



「くたばるのはテメェだよ」



――ピキ



〝聖使徒の天輪〟にヒビが走る。

 けれども天輪が壊れる前にファナティックキャリバーはその輝きを失い消滅する。


「くっ……無念」



【アルティアナ】

――HP1/2200





【ファナティックキャリバー】

 消費MP1000

 自身のHPを1にし、筋力と魔力に応じた高威力の遠距離魔法攻撃を繰り出す。

 削ったHPに応じてダメージを上乗せさせる。

 使用後【致命】状態になる。





 カラン、コロン――アルティアナはファナティックキャリバーの代償に致命状態へ陥り、得物の長剣を手放し力尽きた。


「あっぶねー……いかに〝聖使徒の心臓〟があろうと、一撃でHP全部刈り取られたら死んじまうからよ……」


 アイザックは腕輪サイズに戻った〝聖使徒の天輪〟を指にひっかけ、くるくると遠心力をかけて指先で回転させながらアルティアナ近づく。


「ちと予想外のことは起こったが、なんとかアルティアナちゃんも確保完了っと」


 アルティアナの元まで近づいたアイザックは腰を屈めて彼女の顔を覗き込む。

 アルティアナは首を持ち上げる体力も残っておらず、目だけを動かしアイザックを睨みつけた。


「そんな怖い顔をしないでくれ。美人が台無しだぜ?」


「……ほ、ざけ」


「喋るな。安静にしていろ。傷が開いて死ぬぞ」


「……くそ、が」


「シナリオはこうだ。小聖女マリアンヌは謎の失踪を遂げた。教会はそれを誘拐事件と捉える。それと同時に小聖女聖騎士団団長、アルティアナ・アベールが謀反を起こし大聖堂内で大魔法を発動させた。枢機卿団はこの2つの事件に因果関係があると認定。小聖女誘拐の容疑でアルティアナ・アベールの身柄を拘束。更に他の小聖女聖騎士団の面々も誘拐事件に関与したと見てまとめて拘置。小聖女聖騎士団が全員解職されたことで小聖女の捜索は第1聖騎士団が引き継ぐ。これにて小聖女を真面目に捜索する者はいなくなり、〝聖使徒計画〟は秘密裏に進んでいく……ってな具合よ」


 アイザックは右腕をアルティアナの頭部へ伸ばす。


「……ごめんね、アルティアナちゃん。眠れ――コールドマインド」



――凍(キン)!



「マリ……アンヌ……様」


 アイザックの洗脳魔法が発動する。

 アルティアナは瞳から光を失い、意識を手放した。

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