第50話 冷たい騎士
「すみません。エレベーターに乗りたいのですが、構わないでしょうか?」
「……っ!? こ、これは小聖女様! え、ええと……隔離塔には決められた者しか通してはいけないと言われておりますが……小聖女様の頼みとあらば、通さない訳にはいかないというべきか……」
「あなたが、お仕事で番をなさっているのは承知しておりますが、お願いします。どうしても1度、母に会いたいのです」
大聖堂の空中に伸びる渡り廊下。
隔離塔のエレベーターの扉の前に小聖女マリアンヌ・デュミトレスがいた。
聖女ラファエラの奸計が明るみになったことでラファエラは隔離塔へ終身に渡り幽閉を言い渡された。
繰り上がるようにマリアンヌが聖女の座を引き継ぐことになり、大聖堂ではマリアンヌが聖女の座を引き継ぐ儀式の準備も着々と進められている。
しかしマリアンヌはなぜ母が自分を殺そうとしたのかを理解出来なかった。
母の真意を知るべく、護衛であり世話役でもあるアルティアナにも相談せず単身母の元を尋ねることを決めたのであった。
「(アルティアナのことですから、きっと反対するに決まってますわ。でも、あのお方がわたくしの母であることには変わりません。1度しっかりとお話するべきですわ)」
エレベーターの番をしている男の所属は中央聖騎士団であり、指揮系統は教皇に帰属する。
故に例え小聖女であろうとこの先に通す訳にはいかない。
だが同じ大聖堂に勤めている彼でさえ、小聖女の顔を拝む機会は滅多になく、絶世の美少女であるマリアンヌに至近距離で瞳を潤わせながら懇願されては、無下には出来る聖職者はいないだろう。
その手の魅力(カリスマ)をマリアンヌは持ち合わせていた。
「しょ、承知しました。特別に許可します……ですがその……ワタシが小聖女様をお通ししたことはその……ご内密にお願い申し上げます」
「勿論ですわ! ありがとうございます!」
マリアンヌは感謝の意を示し頭を大きく下げ、髪からふわりと漂った香しい匂いが彼の鼻孔を優しく刺激する。
1000年に渡り美の遺伝子を積み上げてきた聖女のフェロモンに当てられた彼は暫くの間ぼーっとしてしまい、正気に返った頃には既にマリアンヌの姿はなかった。
「……小聖女様、いい匂いだったなぁ」
番兵はだらしなく頬を緩ませながら、もう1度鼻から大きく空気を吸い、マリアンヌの残り香を味わうのであった。
■■■
「お母……様?」
隔離塔最上階。
元聖女ラファエラが幽閉されている部屋を訪れたマリアンヌであったが、そこに母の姿はなかった。
「でも感じます……強い魔法を行使した魔力の残り香を」
マリアンヌはそれが自分と非常に似た魔力――すなわち母の魔力の残滓であり、確かにここにラファエラがいたことを確信する。
しかし果たして今はどこに?
「これはお母様の髪の毛?」
部屋の隅に落ちている長い金色の抜け毛を拾い、照明にかざす。
艶やかで非常に長い黄金の髪がキラキラと光る。
間違いなくラファエラのものである。
マリアンヌは床に手をつき目を凝らし、他に母の痕跡を探す。
しかし魔力の残滓と髪の毛以外には手がかりになるものを見つけることが出来ないでいた。
「不自然なまでに綺麗ですわ……清潔魔法で清めたというより、新品と取り替えたかのように見えますわ……」
確かに母はここにいて、けれどもその痕跡が消されている。
きな臭さを感じ取ったラファエラは、1度頭を整理しようと立ち上がる。
その時。
「……っ!?」
ぞわり――急に気温が下がったかのような気分の悪さを感じ、ぶるりと身体が痙攣して鳥肌が立つ。
「おやおやおや。どなたかと思えば小聖女様ではございませんか。どうも、ご機嫌麗しゅう」
「あなたは……?」
そこにいたのは針金のように細身で背の高い男。
年の頃は40前後か。
教会の所属であることを表す白い鎧を纏い、癖の強い紫の髪を肩のラインまで伸ばしている。
「おっと、これは失礼いたしました。ワタシは第1聖騎士団所属、副団長を務めているアイザック・アイスバーンと申します」
癖毛の男――アイザックは恭しく胸に手を添えて頭を下げるが、どこか作り物めいた慇懃な仕草が胡散臭いとマリアンヌと感じ取る。
「第1聖騎士団……フロンタル卿の所の」
第1聖騎士団の団長であり、枢機卿の1席に数えられるライノルト・フロンタルのことならばマリアンヌも知っている。
そして彼の鎧に着いている記章も、申告通り第1聖騎士団のもので違いなく警戒を薄める。
「ええ。ええ。その通りにございます。ライノルト団長の部下です」
「そうだったのですの。すみません、お顔は見たことあったような気はしたのですが、お名前まで把握しておらず……」
「いえいえいえ。お気にならないでください。それで小聖女様、かような所でいかがされたのですか? 何かお探しとお見受けしますが」
「はい。ここに母がいると聞いて会いにきたのですが……」
「左様でございましたか。それならば丁度良い。ワタシでよければラファエラ様の元までご案内させて頂きます」
「母がどこにいるか知っているのですか!?」
「ええ。ええ。無論にございますとも。さぁ、こちらでございます」
アイザックはどこか胡散臭げに目を細め、ゆっくりとマリアンヌの頭に手を伸ばした。
「っ!?」
アイザックが近づくにつれ、先程感じた冷気が更に増し、アイザックが何かの魔法を行使していることに気付く。
どのような魔法かまでは突き止められないが、どうも嫌な予感がし、マリアンヌはアイザックの手を掻い潜り、そのままエレベーターへ向かって駆ける。
「…………チッ」
理由は分からない。
確かに彼の顔を大聖堂内で見たことはあるし、所属もはっきりとしているし、何より第1聖騎士団は教皇直属の近衛隊だ。
ラファエラの居場所を知っているというのも本当かもしれない。
それでもなおアイザックが醸す胡散臭さと、マリアンヌの直感が彼に付いて行ってはいけないと警鐘を鳴らす。
「おやおやおや。どうされたのですかマリアンヌ様?」
「ち、近づかないでくださいませ!」
再度伸ばされた腕を掻い潜り、アイザックを置いてエレベーターに乗り込む。
アイザックはマリアンヌを追いかけて駆けだすが――
「リフレクト!」
――エレベーターの前に障壁魔法を張ってアイザックの行く手を阻む。
エレベーターはマリアンヌを乗せ降下する。
とにかく今は逃げなければ。
本能が彼に捕まってはいけないと呼びかけている。
マリアンヌは逸る心臓の鼓動を感じながら、冷えた体温を温めるように自分の腕を抱きしめた。
「はいはいはい。分かってますよ。おじさんが子供に好かれないのは、今に始まったことじゃないんでねぇ」
一方。
隔離塔最上階に取り残されたアイザックは、マリアンヌが残した障壁魔法に手を添えると氷属性魔法を行使した。
「フリーズブレイク」
半透明の壁の表面に霜が広がっていき、やがて霜がリフレクト全体に行き渡る。
そして氷の板に亀裂が走るようにヒビが広がり……。
――パリン。
氷属性魔法でリフレクトを破壊したアイザックは、陰気な笑みを浮かべる。
「やれやれやれ。小聖女様は鬼ごっこをご所望か。であれば謹んでお受けしましょうかね」
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