聖使徒計画

第49話 教皇と聖女

【まえがき】

 今章は番外編的立ち位置になっており、常に三人称視点描写となり、今までと比べ作品の雰囲気がガラリと変わります。

 お気に召すようでしたら、今後ともお付き合い下さると幸いです。


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 サーベルグ王国王都に建つデュミトレス教総本山――通称【大聖堂】。

 本堂から空中廊下で繋がっている隔離塔には魔導昇降機(エレベーター)があり、それを使うことで塔の最上階へ直行することが出来る。

 そのエレベーターに2人の聖職者が乗り合わせていた。


「長いな。人の時間は限られており、こうしている間も肉体は老いていくというのに、このエレベーターの遅さときたら到底許せるものではない。もっと早くできんのか」


「…………」


 聖職者は階級が高くなるほど纏う法衣は煌びやかになっていくのだが、その男の法衣は何枚もの布も重ねた豪奢なもので、教会の最高権力者――教皇のみが袖を通すことが許されている最上位のものであった。


 教皇。

 ラグールカ・ルカノーヴァ。

 齢は40だが、中世的な美貌を持った彼は実年齢より若く見え30前後に見える。

 柔らかな猫毛の金髪を伸ばした美丈夫は、上昇を続けるエレベーターに苛立ちながら眉をひそめた。


「…………」


 ラグールカに付き従うのは教会の鎧を着た騎士。

 痛んだ亜麻色の髪を背まで伸ばし、髪紐で適当に一まとめにした齢40の男。

 目頭に刻まれた深いシワや、乾燥した肌、口を真一文字に結んだ仏頂面が作用して、こちらは実年齢よりも老けて見える。


 ライノルト・フロンタル。

 12人いる枢機卿団の1席に数えられる中央教会最高幹部の1人であると同時に、教皇の近衛を務める第1聖騎士団の団長を務めている。

 今こうして教皇と共にエレベーターに乗っているのも、彼の剣となりラグールカを守護するためであった。


「ようやっとついたか」


 チン――鐘の音と共に蛇腹扉が解放される。

 一歩先に降りた枢機卿は、教皇に代わって隔離塔最上階にある監獄の戸を開けた。


「っ!? げ、猊下!?」


 隔離されていたのは黄金の髪を膝のあたりまで伸ばした絶世の美女。

 元聖女ラファエラであった。


 小聖女マリアンヌの暗殺未遂が露呈し、聖女の地位を剥奪され終身に渡り幽閉を言い渡され、隔離塔に囚われていた。


「お待ちしておりましたわ猊下ぁ! 猊下ならきっとわたくしが無実であると分かって下さると信じておりましたわぁ!」


 ラファエラは現れたのが食事を運んでくる看守ではなく教皇であることを認めると、その美貌に歓喜を浮かばせながら席を立ち、彼にすり寄る。


「わたくしがマリアンヌに手をかけるなんてありえませんわぁ。何せ彼女はわたくしと猊下の間に出来た大切な娘。愛しこそすれ、殺意を覚えることなど一切合切ありえません! わたくしはハメられたのですわぁ!」


 教皇の肩にかけられた緻密な刺繍が施されたストラに手を添え、豊かに育った乳房を胸板にすりつけながら、元聖女は己の無実を主張する。

 娑婆に出られる可能性があるのならば、例え売女の真似事をしようとも厭わない元聖女。

 隣に枢機卿の目があるのがいささか気に食わないが、今はプライドよりも外に出ることの方が重要であった。


「マリアンヌこそが謀反者ですのよ! 猊下が望むのであれば、わたくしはまた猊下の子を孕みますわ。そしてその子に聖女を継がせましょう。マリアンヌこそ悪魔に憑りつかれた教会の敵なのですわぁ!」


 あわよくばマリアンヌを殺し、もう15年程聖女の地位を維持しようとするラファエラ。


「この距離で見ると分かるが、少し老けたな」


 教皇ラグールカはすり寄るラファエラに冷たい視線を送りながら、鬱陶しそうに眉をひそめた。


「貴様は何か勘違いをしているようだ」


「……へ? 猊下? 何を……?」


「魂の穢れた罪人の分際で余に触れるとは何事だ。不敬であるぞ」



――斬!!



「きぇ? ぎゃああああああああああ!? 腕が!? わたくしの腕がああああああああ!?」


 腕が切断され、血が噴き出す腕を抑えながらラファエラは蹲る。

 ラファエラは即座に欠損した四肢も生やす、上位の回復魔法をかけて腕を再生させる。


「お前かライノルトおおおおおお! わたくしの身体に手をかけるとは何事だあああああああ! 万死に値するぞ! この、聖女であるわたくしに!!」


「…………」


 元聖女の腕を切ったのは教皇の背後に控える枢機卿。

 しかし彼は聖女の訴えに無反応を貫き、ゆっくりと抜刀した剣を鞘に戻した。

 2人の距離と剣のリーチから考えれば刃は届かないはずだが、恐らくは何かしらの剣士系スキルを使ったのだと思われる。


「取り違えるなよラファエラ。ライノルトは余の剣である。貴様の腕を切り捨てたのは余の意思である。文句があるのであれば余に申すが良い」


「……な、なぜそのようなことを」


「貴様が余に触れたからである」


「も、申し訳ございませんわぁ。しかしわたくしは今、猊下の聖なる剣によってその腕を切り落とされたことで、穢れた身から解放されました。どうか猊下の御身に触れることをお許し下さいませ」


「何を言っている? 貴様の魂は既に地の底の底まで堕ちておる。救済の余地はない。自惚れるなよ下郎」



――斬!!



「…………はぇ?」


 次の瞬間ラファエラの首が飛ぶ。

 胴は力を失い倒れ、生首は宙を舞い、地に叩きつけられる寸前――


「オールヒール!!」


 ――生首の下から肉体が再生する。

 骨が生え、神経が伸び、臓器が、脂肪が、筋肉が、皮が、そして首のラインで切り落とされた髪までもが数秒の内に再生する。

 全裸となった聖女が裸体を2人に晒す。


 首を斬られて絶命する直前に、彼女は回復魔法で首から下を再生したのであった。

 1000年もの間回復魔法に特化した血脈のみで継承し続けた彼女だからこそ出来る芸当である。


 聖女に即死はない。

 今彼女が見せた通り、即死の〝即〟が迫るより早く肉体の損傷を修復させられるからだ。


「猊下! どうか正気を取り戻し下さい!」


「余は正気だ」



――斬!!



 再び繰り出される斬撃が、再度ラファエラの首を落とし、その直後にラファエラは回復魔法を行使する。


「かかか。見事なものよの。しかし貴様の生き汚さには恐れ入った。さて、貴様の無尽蔵のMPが底をつくのが先か、大人しく死を選ぶのが先か、見物であるな」


「どうして!? どうしてそのようなことを!?」


「それを貴様が知る必要はない。次の聖女であると同時に娘に手をかけた穢れた魂に用はない。余が欲するのは無尽のMPを内包する肉の器のみ。分かったらその口を閉ざせ。耳障りで敵わぬ」



――斬!!



 三度切り落とされ、三度再生する身体。

 その後もライノルト枢機卿は教皇ラグールカの指示の元ラファエラの首を斬り続け、ラファエラは肉体を再生させ続けた。


 やがて幽閉部屋に無数の首なし死体が積み重ねられた頃――


「お、お許し下さいませ……し、死にたくありません……死にたくないです……何でもいたします。わたくしは猊下のためにどのようなこともいたします故、どうか命だけはお許しください……」


 ――ラファエラは産まれたままの姿で膝を合わせて三つ指をつくと、平身低頭でもっと教皇に許しを請う。

 とても20年近くもの間教会の象徴として聖女の座についていたとは思えない哀れな姿であった。

 土下座をすることで、太ももで潰れた乳がひしゃげ、余った肉が横に広がっており、なんともオスの性欲を煽る扇情的な光景であるが、教皇も枢機卿も情欲を宿すことなく、冷めた目で心の折れた元聖女を見下ろしている。


「そうまでして生きたいのか?」


「はい……死にたくありません……死ぬのは怖いのです……」


 聖女とは教会の象徴として洗礼された回復魔法と美の遺伝子を交配し続けたことで誕生した存在。

 積み重ねてきた回復魔法と洗練し続けてきた美貌を次の世代に残すという存在意義が魂に刻まれており、過剰なまでに死を恐れるように〝創られて〟いる。

 故に元聖女はそれが時間稼ぎで苦しむ時間が増えるだけなのを知りつつ、自分の身体を再生させ続けた。


 そしてその精神が崩壊しようとしている。

 ラグールカは神経が衰弱したラファエラを見て、下処理が済んだと判断。

 笑いながらラファエラに問いかける。


「かかか。貴様、なんでもすると抜かしたな? その言葉に偽りはないな?」


「はい。この身、例え聖女に戻れなくとも、助けて下さるのであれば何でもさせて頂きます……」


「ではその言葉の真偽を確かめさせてもらおう。最後のチャンスをくれてやる。立て」


「は……はっ!」


 ラファエラは震える身体で三つ指を解いて立ち上がる。

 無数の首なし死体の中心で、齢40とは思えない美体を2人に晒す。


「ライノルト、右腕からだ」


「…………」



――斬!!



「ぎゃ、ぎゃあああああああ!? ど、どうしてですの!? 猊下!? 猊下あああああ!!」


「オールヒールは使うな。ヒールで癒せ」


「あが……い、痛い……ど、どうしてですの?」


「口答えは許さぬ。ヒールで癒せ。疾くせよ」


 ヒールでは傷口を塞ぐことは出来ても欠損した四肢を生やすことは出来ない。

 けれどもラファエラは穢れた魂を浄化するための試練であると捉え、ヒールでもって右腕の傷を塞いだ。

 傷は塞がり痛みも癒えたはずなのに、失った右腕がズキズキと痛みを発しているような気がしてならない。


「次は左腕だ」


「…………」


 教皇の言葉に返答はせず、ただ黙々と指示通りに元聖女の四肢を1つずつ落としていくライノルト。

 相変わらずその刃は目で捉えることを許さず、気付いた時には残りの腕が地に落ちていた。


「うぎゃああああああ!? 痛い!! 痛い!! 痛いいいいいいいい!?」


 首を斬られた時は死の狭間にいて感覚が麻痺していたため、腕が落とされた時の方がはるかに痛覚が働く。

 ラファエラは美貌を苦痛で歪めながらも、Lv1相当の回復魔法で傷口を塞ぐ。


「い、いかがでしょうか猊下。わたくしの忠義、信用にあたい致しましたでしょうか?」


「半分……と言った所だな」


「はん……ぶん……?」


「右足だ」


「まっ! まっへ――――ぎゃああああああああああ!?」


 片足を失ったことで顔面から床に倒れる元聖女。


「ほれ、早くヒールで癒さぬか」


 こうして残った左足も落とされ、ラファエラは四肢を全て切り落とされてしまう。

 身体を支えることも叶わず、うつ伏せで地に伏しながら嗚咽を漏らして涙を流す。

 目鼻や口からは度重なる激痛と恐怖で分泌液を漏らしており、下腹部からは漏れだしたポーションが絨毯を汚している。


「ライノルト、運べ」


「…………」


 触れることは愚か、見ることさえ許されない聖女の裸体の山を躊躇いなく踏みつけながら枢機卿が前に出る。

 芋虫となったラファエラに首輪状のアーティファクトを嵌めてから身を抱き起した。


 ――【リングオブカース】。

 デバフを付与するタイプのアーティファクトであり、魔法の行使を阻害する効果を持っている。

 手足のないラファエラにはその首輪を外す手段はなく、人間を超越したMPを持ちながらもそれを使うことが出来なくなってしまう。


「け、穢れた身体でわたくしに触れるな…………剣を振ることしか脳のない猿が…………」


「驚いた。よもやよもやだ。このような状態になってまでそんな矜持が残っていようとはな。かかか。愉快だ。まだ魂が死にきっておらぬと見た。では特別に余が運んでやる。感謝せよ」


 教皇は枢機卿に代わってラファエラの黄金の髪を掴むと、引きずるようにエレベーターへ運んでいく。

 ブチブチと艶やかな長髪が何本か抜けるも、束となった髪は元聖女の体重に耐え、ズルズルと運ばれていく。

 その光景を姿見ごしに認め、わずかに残った尊厳が粉々に砕けていくのを実感する。


「た、助け……」


「助けたではないか。貴様は今こうして生きている。何か不満があるのか?」


「こんなことなら、兄の方を……選べば……良かった……」


 蛇腹扉が閉まり、エレベーターは3人を乗せて降下する。

 無人の幽閉部屋には、大量の首なし死体だけが残された。


 果たして、教皇の目的とは…………。













 ――――チン。

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