第48話 血濡れのお姫様
「どうだ、まだ寒いか?」
「ううん。大丈夫」
パチパチと音を立てながら、たき火が薄闇のダンジョンを照らし、私達の冷えた身体を温める。
エドワードは異空間にアイテムを収納することが出来るアーティファクトを所持しているようで、そこから薪を取り出して火を付けてくれた。
同時に教会の人間でなければ習得することが出来ない、【清潔魔法】で身体の汚れを取り払ってくれたが、それでも濡れた身体だけはどうしようもない。
けれども彼はダンジョン内の宝箱から手に入れたというローブ系の装備をいくつも取り出しては、タオル代わりに濡れた身体を拭い、濡れた装備の代わりに身に纏い、床に敷いてクッション代わりにし、身体が乾いて温まるまでダンジョン内で休息を取ることにした。
「ねぇ、重くない?」
「むしろ心配になるくらい軽い」
「本当?」
「本当だよ。ていうかサーニャ体重いくつ? 20キロないでしょ?」
「……女性に体重を尋ねるのは、禁止」
体温が下がれば手足の動きが鈍り、手足が鈍れば生存率の低下に繋がる。
私達は早急に失った熱を取り戻す必要があるということで、私は足を組んで座るエドワードの膝の上に座り、後ろから抱きかかえられていた。
一際大きなローブをブランケットの代わりにし、エドワードと私の身体を丸ごと包み込んでいる。
昨晩一緒に寝たにも関わらず、恥ずかしくて顔だけ熱い。
身体はまだ冷えているのに……。
「にしてもよくお互い生きてたよな……サーニャが強制転移魔法から俺を庇ってくれた時は肝が冷えた」
「そうね。でもエドワードもよく転移された私の場所を探しだし、しかもそこが階層主の部屋だと分かって躊躇なく入ってこれたわね」
「あの時は必死だったから感覚麻痺してたけど、よく考えると確かにヤバかったな……」
具体的に彼がどうやって私の場所を突き止めたのか尋ねる。
どうやらエドワードは見たスキルや魔法を見様見真似で再現しようとすると習得することが出来る特別な力を持っているとのこと。
それで彼は感覚を研ぎ澄ませ目をつむり、私の【心眼】スキルを土壇場で習得すると、【魔力凝縮】というスキルと併用して【心眼】の範囲を拡大して私の反応が引っかかるまでダンジョン内を走り続けたんだとか
【魔力凝縮】というのは、MPを余分に消費することで、魔法やスキルの威力を増幅させることが出来るスキルで、61層の階層主との戦いで習得したらしい。
更に同じく先日の階層主戦で私がエドワードに念話魔法で話しかけたことで念話魔法も習得し、私に語りかけながら階層主の片目を潰した。
「改めて聞くと凄い機転ね……」
「自分でも驚いてる。多分結構修羅場潜ってきたからかな。極限状態になると凄い頭が回るようになるんだよな……」
自分の生命の危機ではなく、私を助けるために極限状態になった際と同様の状態になってくれた彼の行動に、胸が熱くなるのを感じた。
「なんだかんだあったけどね、今日は凄い楽しかったわ」
「62層の階層主に殺されかけてなお楽しかったと言える感性凄いな……でもまぁ、俺も楽しかったよ」
「ほんと……?」
「ああ、本当だ」
「それじゃあ……また今日みたいに、私と一緒に、ダンジョン潜ってくれる?」
「勿論。俺で良ければ」
「ありがと……」
「それって、引退はまだしないってことでいいんだよな?」
「ん。もう少しだけ頑張ってみる」
会話がひと段落すると、身体が少し温まってきたのもあるのか、少しだけ眠たくなってきた。
「俺が見張ってるから寝てもいいぞ。なんならお腹ぽんぽんしてやろうか?」
「……平気。あとお腹ぽんぽんの件は他の人がいる所では絶対に言わないで」
不本意ながらも人類最強などと言われている身で、大きな手で急所であるお腹を撫でられることに喜びを覚える性癖を持っているだなんて、もし他の人にバレたら恥ずかしくて死んでしまう。
ああ……でもやっぱり眠い。
ここはダンジョンだと言うのに、彼の腕の中にいると安心して力が抜けてしまう。
「やっぱり……寝てもいい?」
「お腹ぽんぽんもいるか?」
「……………………いる」
彼にお腹を優しく撫でられながら睡魔に身を任せると、ふと昨晩見た夢を思い出す。
私の大好きな冒険譚を母親が読み聞かせてくれる夢。
この大陸に住む者ならば、誰もが1度は読んだことのある冒険譚。
王様の住む都の地下には広大なダンジョンが広がっており、お姫様が凶悪な魔物、ミノタウロスに捕われてしまう。
そこに1人の冒険者が立ち上がり、ダンジョンを潜り、数多の魔物を退け、罠を回避し、最後はミノタウロスを倒してお姫様を助け出す。
勇者とお姫様は恋に落ちて結ばれるハッピーエンド。
かれこれ何百年も読まれ続けている物語で、赤子の頃に親から絵本を読み聞かせられ、読み書きが出来るようになる年になったら児童向けに改編されたものを読み、大人になってからも原本の物語を読む者だっている。
誰もがその冒険譚に惹かれ、憧れ、読みふける。
ある者は自分もこんな英雄になりお姫様を助けたいと冒険者を志し――
ある者はお姫様に自己投影して自分の元に駆けつけてくれる英雄の姿に思いを馳せ――
そしてきっと――英雄になることを定められたお姫様だっているはずだ。
私の知るダンジョンには冒険もロマンスもない。
冒険者貴族として王宮に納める魔石を無心にかき集め、部下に指示を出し効率的かつ安全にダンジョンを攻略し、血濡れのお姫様は刀を握って魔物を切り刻む。
けど――血濡れのお姫様は出会った。
ダンジョンという存在そのものに捕われた自分を救い出しに来てくれた英雄に。
それは疑いようもない冒険であり、ロマンスであり――
私が心から彼の子種が欲しいと思ってしまうのに、十分すぎる理由であった。
「……おやすみ、サーニャ」
出来るものなら、この冷えた身体がいつまで温まらなければいいのに。
そうすれば、幸せな時間をいつまでも過ごすことが出来るのに。
それなのに……彼の大きな手は……憎らしいまでに温かく、私に熱を与えてくれるのだった。
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