第46話 ダンジョン62層

 ダンジョン62層の回廊。

 正真正銘、人類未踏のダンジョン深層部。

 上層と比較すれば明らかに異質な雰囲気を放つ薄暗いダンジョンに、剣戟の音が響く。


――キィン!


 身の丈2メートルの巨大なカマキリが、刃で出来た両腕を目にも止まらぬ速さで振るう。

 それを受け止めるのは、巨大カマキリの半分の背丈しかないホビットの少女。



【シノビカマキリ】

討伐推奨レベル61

攻撃:A+

防御:B-

速力:SS

魔力:なし

弱点:火属性



 1つ上の61層にも生息している魔物、シノビカマキリとサーニャは幾十合もの刃を合わせ、火花を散りばめ、戦いは熾烈を極めている。

 サーニャの得物は侍職が得意とする刀。

 ただしサーニャの代名詞である正宗ではなく、無銘と呼ばれる特殊能力を持たない武器だ。


――HP5000/5600


『シャア!!』


 シノビカマキリの鎌がサーニャの細腕を浅く切り裂く。


――HP4800/5600


「この……っ!!」


 負けじとサーニャが鎌を掻い潜りシノビカマキリの身を裂く。

 双方傷は浅い。

 決定打を与えらないまま、戦闘は膠着状態に陥っていた。


『シャアアアアア!!』


「っ!?」


 痺れを切らしたシノビカマキリが6本の足をバネのように曲げ、上方へ跳躍する。

 しかしいくら経っても降りてくる気配がない。

 当然、魔物が逃げだした訳ではないことをサーニャは理解している。

 薄青色の魔力光の届かない、天井付近の壁に張りついて、サーニャに奇襲をかけるタイミングを伺っているのである。


「ふぅ――――」


 サーニャは焦らず、刀を正眼に構えながら目を瞑った。

 人間と違い夜目が利くシノビカマキリは、獲物が目を閉じたのを確認し、それを好機と見て背後からサーニャへと襲い掛かる!


「――見えているわ!」



――キィン!



『シャア!?』


 暗闇からの音のない奇襲だったにも関わらず、サーニャは鎌撃を目を瞑ったまま防いだ。

 サーニャは必ず【心眼】という侍特有のスキルを発動してから戦いに臨む。



【心眼】

 消費MP1秒につき1

 目を閉じている間、周囲の空間を第六感で把握することが出来る。

 Lvに応じて空間把握距離と精度が上がる。



 サーニャは【心眼】スキルの範囲内に魔物が入り込んだ瞬間、その位置を特定。

 無音に等しいシノビカマキリの奇襲に対応することが出来たのであった。

 対するシノビカマキリは、必殺を確信していた奇襲が失敗に終わったことで動揺が走る。


 その一瞬の隙を俺は見逃さない。


「【奇襲】」


――斬!


『キシャアアアア!?』


 サーニャがシノビカマキリと戦っている間、ずっと【隠密】スキルで身を潜めていた俺は、この時初めてシノビカマキリの前に姿を見せる。

 最初からサーニャ1人だと思っていたシノビカマキリは、新手の存在に気付けずクナイによって足が1本切り落とされてる。


 バランスを崩すシノビカマキリ。

 大地を支える力が弱まり、身体の軸がブレ、鎌に籠る力も分散される。


「【虫斬り】」


 次いでサーニャの繰り出した【虫斬り】が、シノビカマキリの首を刎ね飛ばした。



――ピコン



□仲間を1人集める(1/1)

■62層の魔物を10体討伐する(9/10)

□62層のマップを20%埋める(22/20)



「ナイスタイミングだったわよ」


「サーニャも魔物の奇襲を正面から迎え撃つのは凄かった。俺なら避けるし、いつ襲ってくるか分からない状況下で冷静さを保てるのは凄い」


 戦闘が終わり魔石を回収。

 サーニャと反省会を行うが、今回はお互いのタイミングもぴったりで完璧に近い戦いだと言える。


「ありがとう。これも侍の【精神統一】スキルによるものなんだけどね」


 刀についた紫色の体液を振り払いながら答えるサーニャ。

 ホビットが扱うにはその刀は大きすぎて、1人で鞘に戻すのに苦労するため、戦闘後も抜き身のままだ。

 ホビット用の刀だってあるはずなのだから、わざわざヒューマンサイズを使わなくてもいいのにと思っているのだが、幼少期から家宝の正宗のサイズに馴れているせいでむしろヒューマン用の武器の方がしっくりくるんだとか。


「しかし侍は自己強化スキルを沢山覚えてていいな。ソロ活動も多いから俺も侍目指してみるかな」


「あなたは攻撃魔法も使えるんだし、理論上はなれるはずよ。少なくとも戦士職は熟練クラスなんだから、やろうと思えばすぐなれるわ」


 俺の忍者は戦士と盗賊を熟練者レベルまで上げた場合になれる複合型上級職。

 対するサーニャの侍は戦士と魔術師の複合型上級職だ。

 元々魔法の才能はないと言われていたが、今は鑑定眼のおかげで3属性の魔法をLv3まで習得しているから、サーニャの言う通り案外すぐなれるかもしれない。


 転職してもスキルは引き継がれるし、侍スキルを覚えるために転職を検討するのも十分ありかもしれないな。


「それじゃあ次の魔物を探しにいきましょ。今の所生息している魔物は61層と同じみたいね」


「その前に回復するか。ヒール。もう1発、ヒール」



――HP5100/5600


――HP5400/5600


「もう1回使うか。ヒール」



――HP5600/5600



「ん。ありがと」


 俺の回復魔法も既にLv4。

 既にHPを1000回復させるハイヒールを覚えているのだが、消費MP当たりの回復量はヒールの方が高いので、非戦闘時はヒール連打の方がMPが温存できる。


 勿論戦闘時はそんな悠長なことしている場合ではないので、ハイヒールを使うけど。


「……なんだか冒険者っぽいわね、こういうの」


「どういう意味だ?」


「同じくらいの実力の冒険者が、同じくらいの実力の魔物と戦い、息を合わせて魔物を倒し、報酬の魔石を回収する。初めて足を踏み入れるダンジョンで、マップを埋めながらどっちへいくべきか考える……なんだか、冒険者っぽい」


 そんなのは当たり前だろう、と思っていたが、サーニャの場合は違うんだ、ということに気付く。


「憧れてたの。冒険をする冒険者に」


「楽しんでくれているならなによりだ。今思えばサーニャには30層でも世話になったからな。あの時と比べれば、俺も十分戦力になってるだろ?」


「そういえばそういうのもあったわね」


 サーニャがあの時のことを思い出したのか、くすりと笑う。

 マリーと一緒にオーガを倒したあと、教会の騎士にマリーとルカが連行され、残ったサーニャに地上まで案内して貰った時のことを思い出す。


「今思えば、あれも楽しい時間だったわ」


「本当に? あの時魔物よりもお前の方が怖ったんだが……」


「あれは教会の奴らの態度に腹を立ててたからで、あなたに非はないわ」


 良かったー。

 俺あの時オーガ倒したことでテンションハイになってて、人類最強に喧嘩腰で挑発してた記憶あるから、根に持たれていたらどうしようかと思った……。


「それじゃあそろそろ次の魔物を探しましょ。丁度十字路になってるわ。どっちへ行こうかしら?」


「そうだな……」


 サーニャとマッピングした地図を見ながら、次の道を相談して決める。

 そんなやり取りも冒険者っぽいと思ったのか、サーニャの横顔は心なしいきいきとしていた。



『…………』


 ――そんな時だった。


「エドワード、止まって」


 心眼スキルが何かを察知したのか、前を歩くサーニャが足を止める。

 薄闇の回廊を覗けば、十字路の角から1匹の魔物が姿を現す。

 骨格は人間と似ているが、肉をそぎ落とされた羊のような顔をしており、歪に発達した巻角を生やしている。



【悪魔神官バロム】

討伐推奨レベル50

筋力C-

防御C-

速力C-

魔力A

属性:闇属性

弱点:聖属性



 初めて見る魔物だったのですかさず鑑定スキルで観察するも、62層の魔物とは思えない低ステータスだった。

 しかし相方のサーニャは顔を蒼白にしてバロムに身構えていた。


『…………』


 バロムは手に持った杖を構える。

 ステータスを見る限り、魔法攻撃を撃って来ようとクナイで撃ち落すことが出来るし、その後ダッシュナイフで一足飛びに距離を詰め、首を切り落とすことが出来る。


「エドワード! 危ない!」


「えっ……!?」


 飛んでくる魔法を撃ち落とそうとクナイを振りかぶる俺を庇うように、サーニャが魔物の撃った魔法の射線に割り込んだ。


「サーニャ!?」


 サーニャは俺の目の前から姿を消す。

 被弾した対象を強制転移させる魔法!?


『…………』


 バロムは骨のような顔を一切動かすことなく、再度杖に魔力を込める。


「食らうか……っ!!」


 ダッシュナイフで斜め前方へ加速。

 バロムの強制転移攻撃を回避した後、2連目で軌道をバロムへ向け――首を刎ねる。



――ピコン


――デイリークエストを全て達成しました


――以下の報酬を全て受け取れます



「うるせぇ! 今それ所じゃねぇ!!」



 サーニャがどこに飛ばされたのか分からない。

 けれども俺は立ち止っている訳にもいかず、バロムの魔石を拾う手間も惜しんでサーニャを探して走り出した。

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