第43話 人類最強の初夜
かぽーん。
「あー、いい湯だ」
食事の後に案内された場所は風呂場だった。
しかも大衆浴場のような広さを誇る浴槽である。
日を追うごとに過酷になっていくデイリークエストで溜まった疲れが癒される。
普段は下宿先のシャワー、面倒臭い時は清潔魔法で済ませているが、たまには大衆浴場のような広い風呂に浸かるのもいいかもしれない。
身体を温め浴場からあがると、入浴中に使用人が持ってきてくれたのであろうバスローブが置いてあり、代わりに着ていた服がなくなっていた。
「これを着ろってことか」
バスローブに袖を通して風呂場を後にすると、ずっとそこに控えていたのかメイドが待機しており「お部屋まで案内いたします」と俺を先導する。
もしかして俺、今晩ここに泊まるのか……?
「あのー、俺まだ何の要件で呼ばれたのか把握してないんだけど……」
「それは後ほど、団長より説明があるかと思います」
「本当かよ」
「こちらでございます」
「どうも」
「エドワード様、それではどうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
メイドはドアの前で立ち止まり、最後に一礼すると廊下の奥へと去っていった。
「なんなんだよ……」
モヤモヤとした気持ちを抱きながら、宛がわれた部屋に入る。
「その……いらっしゃい、エドワード」
「…………は?」
部屋の中に、サーニャがいた。
てっきり客間へ通されたのかと思ったけれど、どうやらここはサーニャの寝室な様子。
生活感だたよう家具や小物の配置で、普段からこの部屋で寝ているのだろう。
サーニャの匂いを凝縮したかのような香りが漂う。
ベッドの上には正座を崩したような姿勢でちょこんとサーニャが座っており、袖のないネグリジェで俺を出迎えた。
サーニャの手には、ホビットの身体には大きなクッションが抱かれている。
「ちょいちょいちょい、本当にどういうことだよ。他に部屋沢山あんだろ。なんでサーニャと同室なんだよ。ていうかそもそも俺はなんでここに呼ばれたんだよ」
「これに見覚えはあるかしら?」
サーニャは部屋の隅を指差す。
指の示す方を見ると、俺の知らない文字が書かれた布で包まれた棒状の武器のようなものが掛けられている。
サーニャがその手に魔力を込めると、布はシュルシュルと解けて一振りの刀が姿を見せた。
「正宗か」
「ん。そう」
現代の技術では人の手で作り出すことも鍛えることも出来ず、ダンジョンの中でのみ入手することが出来る神秘の武器。
その刀の中でも最上位に位置するのが、サーニャ・ゼノレイの得物である正宗。
ミノタウロス・ウル戦では俺がそれを振るいトドメを刺したのは記憶に新しい。
「あなたが正宗に経験値を与え、更に正宗を屈服させたおかげで、私が正宗を振れなくなってしまったの」
正宗は俺のクナイと同じで、魔物を狩るたびに強くなる性質を持つ。
だが強くなりすぎて使い手に相応しくないと判断されると、逆に精神を支配されてしまう呪いの武器でもあるのだ。
サーニャはミノタウロス・ウルとの戦いから、正宗の精神支配に抗えなくなってしまったと説明をする。
「だから、責任をとって」
「んなこと言われてもよ……俺にどう責任を取れっていうんだ?」
「あなたの子種が欲しいの」
「なんでだよ!?」
いきなり下ネタに話がシフトして思わず大声を出してしまった。
だが冗談ではないようでサーニャの頬は赤く染まり、抱えたクッションで口元を隠しているが、本気の目をしている。
「んと……隣、座って」
サーニャはベッドをぽんぽんと叩く。
俺は嘆息しながらも指示に従い、サーニャの横に腰掛けた。
「もう少し分かりやすく説明してくれ」
「私ね……もう引退しようと思ってるの」
「引退って、冒険者をか?」
「うん。疲れちゃったの、何もかもが」
サーニャの「疲れた」という言葉は酷く哀愁が漂っており、14歳の少女の口から出たとは思えない疲弊の声音だった。
「4歳の時にパパが死んでから私はゼノレイ家の家督を継いだ。それからずっと戦い続けてきた。何度も死にそうになったし、私の指揮で仲間が死ぬこともあった。正宗の精神支配に抗うのは苦痛でたまらなかった。責任は全てギルドマスターである私が負い、冒険者貴族として王宮に献上するための魔石を集めるために魔物を殺し続けた。王宮も教会もいつも自分勝手で利己的な要求ばかりを押し付けてきて、死にもの狂いでこなしてもそれが当たり前だと言うかのように労いの言葉さえない……そんな生活がもう、疲れちゃった」
「サーニャ」
心情を吐露したのが原因か、サーニャの小さな肩は小刻みに震えていた。
改めて近くで彼女を見ると、その身体はあまりにも華奢で、小さい。
この小さな肩には俺が考えられないような責任や重圧がのしかかっていて、とても人類最強とまで呼ばれる少女の背中だとはとても思えない。
「だから、引退する」
サーニャは毛量の多い桃銀の髪を押し付けるように、俺の腕に頭を預けてくる。
上目遣いに俺を見つめる。
赤色の瞳には俺の顔が映っていた。
「私のレベルは72。あなたもそれくらいレベルがあるのでしょう?」
「そうだな。68ある」
「私とあなたからステータスを継承した子供は必ず、今の私よりも強く育つ。私はもう十分に働いた。正宗はあなたにあげるわ、だから、あなたの子を産ませて」
「……本当に、いいのか?」
「ん。そうしたいの」
「好きでもない男の子供を産むんだぞ」
「そんなのは貴族として生まれたら物心つくころから覚悟してることよ。最も私の場合はより強い子供を産むためだけど」
サーニャの意思に揺らぎはない。
サーニャの心情を聞いた今、俺のちっぽけな人生経験では、彼女の心を癒す言葉は出てこない。
かと言ってサーニャの誘いを断れる程の意思もない。
俺はこいつを助けることが出来ない。
ならばせめて、サーニャがしたいことを協力するのが、情けというものではないのだろうか。
「……分かったよ」
「ありがとう。あなたに最大級の感謝を」
サーニャは照明を消す。
窓から入る月明かりのみが俺達を照らす。
「その……私経験ないから……あなたに全て、任せていい?」
「ああ」
無論俺にも経験などない。
ただサーニャに恥をかかせる訳にもいかず、俺はサーニャの細い肩を掴み、ゆっくりとベッドに寝かせた。
「……はぁ、はぁ」
サーニャは瞳を潤ませながら横になり、腰まで伸びた桃銀色の髪がベッドシーツに広がる。
俺は彼女の両肩の横に両腕を乗せ、覆いかぶさるように四つん這いになった。
「んっ、痛い」
サーニャは苦しげに身じろぐ。
「悪い」
サーニャの髪を踏んでしまっていることに気付く。
土を掘り進めるように手で髪をかき分けると、指先がベッドシーツまでたどり着く。
サーニャの艶やかな髪に手首が撫でられる感触が気持ちいい。
「気にしないで、続けて……」
ネグリジェの肩紐に手をかける。
っていうかこれ本当に大丈夫なのか?
俺は16歳でサーニャは14歳。
年齢差はたったの2つに過ぎないが、絵面が倫理的にまずいだろ……。
ホビットのサーニャの背丈は1メートル程度しかなく、ヒューマンで言えば4、5歳程度の背丈だ。
「……はぁ、はぁ」
肩に触れるとサーニャはビクリと痙攣が止まらくなり、瞳がグラグラと揺らぎ、動悸も乱れてくる。
「おい、震えてるぞ!」
「ううん……大丈夫。私のパパもホビットだったけど、ママはヒューマンだったから」
両親の例であればなんとかなるかもしれないけど、今は逆パターンじゃん……。
今回はホビットが受け止める側じゃん。
異種族間で性行に及んだ場合、授かる子供の種族は親のどちらか片方の特徴を持って生まれてくる。
もしヒューマンの子を孕んだ場合、母体にかかる負荷が大きなものになることは想像に難くない。
「もう、終りにしたいの……お願い……あなたはただ、子種をくれるだけでいいの。ゼノレイ家に籍を入れる必要なんてない、貴族のしがらみに囚われる必要もない。でも、もしあなたが私の夫になってくれると言うのなら、私はあなたに一生をかけて尽くすわ。だから……私を助けて」
サーニャは俺の頬を挟むように手を伸ばす。
「でもその……いきなり口にされるのはやっぱり少しだけ怖いから、まずはおでこにして、次にほっぺ、で、最後に……口って感じで」
「……?」
なんだか俺の想像と違う要求がきたので、訝しげに重いサーニャに問い返す。
「それはなんの話だ?」
「だから……キ、キスのこと……口と口でちゅーすると……赤ちゃんが出来るって……そうでしょう?」
「…………まじかぁ」
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