第39話 俺たちの冒険は終わらない
明晰夢とでも言うべきか、精神が肉体を置いて別の場所へ飛ばされる感覚。
全身の痛みはまだ治まらない。
――――斬レ。殺セ。血ヲ。吸ワセロ。
精神体となった俺の前に、この国では見慣れない鎧で身を固めたガイコツが姿を見せる。
胴は厚い金属で覆われて籠手や脛当ては装備しているが、肩や腰回りは太い糸で彩った金属板を張り付けただけで簡素なもので、関節の動きを邪魔しないように設計されたであろう恰好。
――――肉体ヲ寄越セ。血ヲ。吸ワセロ。
どうやらこのガイコツは正宗に宿る呪いの本体らしい。
俺の精神を汚染して肉体を奪おうとしてくる。
「ざっけんなあああああああ!! 俺の身体は俺のもんだあああああああ!! この腕は酔狂に血を浴びるためのものじゃねぇ! 妹の頭を撫でるためのもんじゃあああああああ!!」
未だ右手に納まる正宗。
家で俺の帰りを待つ妹の顔を思い浮かべながら、支配されかけている肉体を根性で動かす。
そして――
「俺ん中から出て行けカスがあああああああああ!!!!」
――一閃。
振り抜いた正宗がガイコツを一刀で両断する。
ガイコツは霧散し、視界は開け、肉体の自由が戻り、そして俺の腕には大人しくなった正宗が握られる。
「っ! どんくらいこうしていた!?」
危うく死にかけたがここはボスの玄室のど真ん中。
武器を手に入れたくらいで安心している場合ではない。
「っ! サーニャ!?」
サーニャは俺が正宗からの精神支配でもがいている間、ミノタウロス・ウルの攻撃を一手に担ってくれていたようだが、壁際に追い込まれて逃げ場のない所を鉄球に捕まる。
吹き飛ばされ壁にめり込んだサーニャへ、追い打ちの鉄球が襲いかかる。
「あんだけ苦労したんだ! ちったぁ仕事してみせろよ! 【空刃】――【疾風刃雷】!!」
正眼に構えた刀を振り下ろす。
刃から放出された魔法斬撃が鉄球に繋がる鎖を捉え、切断した。
切り離された鉄球は軌道を逸らし、サーニャから数メートル離れた壁に半身を埋め込ませた。
「クナイじゃ弾くので精一杯だったのに、すげえな」
『ブルガッ!?』
ミノタウロス・ウルは自慢の得物を剥奪された怒りで攻撃対象を俺に定める。
残った方の鉄球を飛ばしてくるが、その鎖では正宗の斬撃に耐えられない。
「【空刃】――【疾風刃雷】」
再び雷を帯びた斬撃を繰り出し鉄球の鎖を切断する。
鉄球はあらぬ方向へ逸れて階層主の元を離れていく。
「サーニャ! 一気に畳みかけるぞ!」
「分かった!」
マリーの回復魔法で傷を癒し、めり込んだ壁から脱出するサーニャ。
クナイを構えミノタウロス・ウルへ背後から飛びかかる。
「【獣斬り】」
『ブルウウウウ……!!』
俺もマリーによって大幅に強化された肉体を駆使し、一足飛びでミノタウロス・ウルの元へ到達し斬撃をお見舞いする。
「【獣斬り】」
『ブルガアアアアア!?』
鉄球がなくなり速力が上がると思われていたが、むしろ鉄球があるのがデフォルトだったミノタウロス・ウルは、思ったように身体が動かせないらしく、むしろさっきより攻撃を躱しやすい。
「ふんっ!」
「おらああ!」
サーニャが踊るように宙を舞い細かな斬撃を繰り出し、俺は骨を断つ勢いで力強く刀を振り下ろす。
「ホーリーシャイン!」
『ブルガアアアアアアアア!?』
畳みかけるようにマリーの閃光魔法がミノタウロス・ウルを苦しめる。
時間が経過し閃光魔法へと耐性度が元に戻ったのだろう。
タイミング含めて素晴らしいサポートだ。
「【精密投擲】」
サーニャは俺が渡したクナイを投擲する。
クナイは吸い込まれるようにミノタウロス・ウルの片目に突き刺さったナイフの柄頭に命中し、そのまま刺さっていたナイフを柄元まで押し込んだ。
『ブルガアアアアアアアア!?』
目が見えない状態から急所への追い討ち。
ミノタウロス・ウルは痛みで悶え苦しむ。
「今よ!」
「ああ、分かった」
俺は精神を集中し正宗を頭上へ振り上げる。
魔力を強く練り込むイメージ。
練り込んだ高濃度の魔力を鋭く加工するイメージ。
加工した魔力を可能な限り早く飛ばすイメージで、一閃。
「【空刃】」
――――斬!!
正宗を振り下ろす。
研ぎ澄まされた魔力の刃は、ミノタウロス・ウルの胴へ叩き込まれ、深い刀傷を刻む。
『ブルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?』
それがミノタウロス・ウルの最後の悲鳴だった。
崩れるように巨体が地に伏し、肉体が崩壊し、灰の山を築く。
背後でも変化があったようで、ボスの消滅がトリガーとなって、子分のミノタウロス達も転移魔法で玄室から姿を消す。
ブラックロータスと教会の面々もまた雄叫びを上げて勝利を喜んでいた。
──レベルがあがりました。
──スキル【魔力圧縮】を習得しました。
「はぁ、はぁ……」
「凄い……忍者なのに、正宗を私より使いこなしている……」
「流石はエド様ですわ! わたくしの英雄です!」
「はは……やば、集中力切れて倒れそう」
元々正宗の精神支配を振り払うのにかなり精神力を摩耗したので、緊張の糸が切れて足がフラフラする。
「エドさ~~~~んっ! 最高ですっっっっ!!」
「ぐえっ!?」
油断していた所にたっぷりと助走をつけたルカが背中に飛びついてくる。
ルカの体重を支えきれず地面に突っ伏す。
「10年間誰も敵わなかった階層主相手に大立ち回り! そして最後は凄い刃がどーんって! もうとにかく凄かったです!!」
「あんがとな……ルカも教会のシスターをまとめて怪我人の治療を頑張ってたみたいじゃん。良くやったな」
「えへへ~ウチも頑張ったもん!」
上体を起こしてルカの頭を撫でてやると、ルカはシスター帽をどけて「もっともっと」とじゃれ付く犬みたいに頭を擦り付けてきて、それを見たマリーが「わたくしもバチクソに頑張りましたわ!」とシスター帽を取って俺の元へやってくる。
サーニャは呆れるような目で俺達を見ており、「わたしで良ければ撫でさせて頂きますよ?」と指をわきわきさせてやってくるテティーヌへ「あなたが撫でたいだけでしょ。どいつもこいつもロリコンね」と、侍の名に恥じない切れ味ある返しで追い払う。
「うおぉぉぉぉ……マリアンヌ様ぁぁぁぁぁ……!!」
更に致命状態に陥ったはずの聖騎士団のアルティアナが、ズルズルと地面を這いながら凄い形相でマリーの元へやってくる。
「まぁ! アルティアナのこと忘れてましたわ!」
マリーは俺の元を離れてパタパタと駆けながらアルティアナを治療し、元気になったと思うと「貴様マリアンヌ様の神聖なる御身体に触れるとは不敬にも程があるぞ! わたしでさえマリアンヌ様が6歳になられて以降滅多に触れていないというのに!」と、俺が精神的疲弊で動けないのをいいことに、ゲシゲシと踏みつけてくる。
「アルティアナ! 止めなさい! 止めなさいアルティアナ! 頭! 頭撫でてあげるから!!」
鎧のマントを掴んで俺をアルティアナから引き剥がそうとしてくれているマリーの言葉を聞いてようやくアルティアナの攻撃が止んだ。
助かった……。
「なんか……締まらないわね。ま、こういう空気、嫌いじゃないけど」
「やっぱりサーニャ様も撫でられたいんですかぁ~」
「……っ!」
「げふっ!? 無言のパンチっ!?」
そんなこんなで人類はその日、また1歩ダンジョンの深層へ踏み込んだ。
より人類が豊かな生活を送るため。
偉業を達成しより大きな栄光を手にするため。
誰も知らないその先に何があるのかを確かめるため。
きっと明日も、人々はダンジョンに潜るのだろう。
危険を孕み、裏切りと謀りが蔓延り、それでも人々を魅了してやまないダンジョンへ、冒険者はロマンを求めて足を踏み入れるのだ。
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