第38話 妖刀正宗
『スゥゥゥゥ――――ブルガアアアアアアアア!!!!』
「「っ!?」」
堅実にダメージを与え続け、ミノタウロス・ウルの外皮に刻まれた切り傷が数えきれなくなってきた頃合い、奴の身体が赤く変化する。
広い玄室内の隅まで震わせる大音量の咆哮が衝撃波まで走らせる。
火事場の馬鹿力よろしく、一定以上のHPを削ったことで能力値が強化されたと見ていいだろう。
『様子が変わったわ、注意して』
「分かってる!」
念話魔法で脳に直接響くサーニャの声に返事をする。
『ブルアアアアアアアア!!』
ミノタウロス・ウルは本当に鉄球をぶら下げてるのかよ、と呆れかえる程の膂力で飛び上がり、空中で掲げた両腕を振りかざして2つの鉄球を叩きつける。
既に奴の間合いも鉄球の衝撃波が及ぶ範囲も把握しているので、ギリギリで回避して反撃を食らわせようとするが……。
「おえっ!?」
「きゃっ!?」
避けたにも関わらず、津波のように押し寄せる衝撃波に俺とサーニャはバラバラの方向に吹き飛ばされる。
「……ぬかった。衝撃の範囲と威力が上がってる」
油断するなと忠告された次の瞬間にはこれとはなさけない。
しかも結構遠くまで飛ばされてしまったみたいだ。
マリーの回復魔法が届かない。
『フガッガッガッ!!』
ミノタウロス・ウルは満足気に笑いながら、再び膝を曲げ跳躍の準備をする。
跳ねた先にいるのは――サーニャの方角!
「サーニャ! 避けろ!」
「…………ぐぅ」
サーニャの100センチに満たない身体へミノタウロス・ウルが落ちてくる。
ヒューマンの半分くらいしか体重がないから、吹き飛ばされた際の衝撃が俺より大きかったのだろう。
巨岩の如き巨体がホビットの少女をプレスするその刹那――俺の脇を青い旋風が駆け抜ける。
「【瞬歩】――【空蝉】!」
ミノタウロス・ウルがサーニャに到達する直前に、青髪のエルフがサーニャの身体を抱きかかた。
――鈍!
ミノタウロス・ウルは土煙を巻き上げながら2人の上に落下するが、奴が下敷きにしたのは一本の木の幹。
そこにホビットとエルフの姿はない。
「サーニャ様! ご無事でしょうか!?」
「2度も助けられるなんて……やっぱりまだ、テティーヌがいないとダメね」
俺と同じ忍者特有のスキルだから分かる。
高速で移動するスキル【瞬歩】でサーニャの元まで駆けつけ、木の幹を身代りにしつつ数メートル先へ転移する【空蝉】でミノタウロス・ウルの元から離れたのだ。
「小聖女様! サーニャ様の手当てを!」
「すぐに取り掛かりますわ! あとわたくしに敬語は不要ですわ!」
「じゃあとっととウチのボスを治療しやがれ顔がいいだけの教会のお人形ちゃんがよぉ!」
「それは流石にあんまりですわ!」
「すみません、つい蓄積されていた鬱憤が……」
サーニャを救出してマリーの元へ運んだのは、確かブラックロータスの副ギルドマスターを務めているテティーヌという忍者だ。
玄室の隅で致命傷状態で放置されていたのは気付いていたが、ピンピンしているのを見るにマリーの治療を受けたのであろう。
俺達を回復しながら安全地帯を見極め移動し、他の負傷者まで助けるマリーの行動力には恐れ入った。
オーガと戦った時と比べ、精神的な成長が見て取れる。
俺が強くなったのと同じで、マリーもまたたくましくなっているのだろう。
「ハイヒール!」
「ありがとう」
それに加えてマリーの回復魔法は国内最高峰。
遠距離からでも回復魔法を届けることが出来るし、密着すれば致命傷のダメージも癒すことが出来る。
なんなら死亡してもその場で蘇らせることも出来るしな。
『ブルガアアアアアアアア!!』
「「「っ!?」」」
マリーが回復魔法を施している間に、ミノタウロス・ウルは既に次の行動に移っていた。
太い腕を振りかざし、鎖を通して鉄球を投擲するモーションを取っている。
筋力だけでなく速力も上がってやがる……!
ミノタウロス・ウルが狙うのはマリー達。
「【空刃】!」
咄嗟に中距離攻撃を飛ばすも、うまく力が入らず行動を阻害するには至らない。
サーニャもテティーヌもスピードタイプなので自分1人で避けるならなんとかなりそうだが、マリアンヌを抱えてではそれも難しいだろう。
テティーヌに関してはサーニャを救出する際に移動系スキルを全て使いクールタイム中だと思われる。
『ブルガアアアアアアアア!!』
「させるかああああああああああああああああ!!!!」
その時玄室の前方から、魔物にも引けを取らない叫び声が響き渡る。
「ファナティックキャリバー!!!!」
俺、ミノタウロス・ウル、サーニャ達という位置関係。
俺達に挟まれたミノタウロス・ウルへ、遠方から高出力の魔力の帯のようなぶっとい魔法攻撃が命中する。
魔力の余波に煽られ俺の前髪が一瞬持ち上がりコートがバサバサと翻る程だ。
俺とサーニャが何度攻撃を食らわせてもさして怯みを見せなかったミノタウロス・ウルが、その巨体を浮かせ玄室の奥へ吹き飛んでいく程の威力。
方角からして撃ったのはサーニャでもテティーヌでもない。
一体誰が?
魔法攻撃が飛んできた方角を見ると、そこには教会のエンブレムを刻んだ白い鎧を纏った美女がいた。
アルティアナ・アベール
28歳
職業:聖騎士
レベル48
HP1/2200
MP2630/3800
筋力330
防御340
速力265
器用140
魔力390
運値195
アルティアナという名に聞き覚えはないが、綺麗な顔と後ろでくくった金髪で思い出した。
マリーの護衛をしている騎士の隊長と思わしき口うるさい騎士だ。
恐らく今回の討伐作戦でもマリーを守るために参加したのだろう。
確かマリーの近くで気を失っていたはずだが、目を覚ましたのだろう。
「魔物如きに……マリアンヌ様の玉体は……指一本、触れさせはせ……ぬぅ……ぐうっ!」
アルティアナは俺の空刃と同様、剣に魔力を乗せてさっきの魔法攻撃を放ったのだろう。
その手には剣が握られていて、地面に突き刺し杖のように使って身体を支えていたが、それでも自重を支えきれず彼女は気を失った。
「アルティアナ!!」
ミノタウロス・ウルを吹き飛ばした強力な一撃は、鑑定スキルで確認したステータスから繰り出されたとは思えない程の高出力だった。
何か特別なスキルか魔法を使ったのだろうか?
――ピコン
【ファナティックキャリバー】
消費MP1000
自身のHPを1にし、筋力と魔力に応じた高威力の遠距離魔法攻撃を繰り出す。
削ったHPに応じてダメージを上乗せさせる。
使用後【致命】状態になる。
俺の疑問に答えるように、視界の隅に板が出現する。
ダンジョンや冒険者に関するデータベースも兼ね備えている鑑定眼が働いたのだろう。
自分の命をギリギリまで削って放つ、まさに致命の一撃と言える。
マリーを助けるためにそこまでするという、彼女の忠誠心と信仰心の高さが伺える一撃だった。
「石頭女も肝心な時には役に立つものね」
サーニャはアルティアナに結構辛酸を舐めさせられていたようだが、皮肉を混ぜながらも彼女の功績を称えて走りだす。
「【ソードダンス】」
腰を捻りながら跳躍したサーニャは、そのままコマのように回転し続け、触れるもの全てを切り裂く疾風となってミノタウロスの腕を刻み始めた。
「こっちの目も貰うわよ」
そして肩の上で着地すると、逆手で握ったナイフを残った眼球に叩きつけようとする。
――キィン
「……ぐふっ!?」
ナイフが眼球を捉える直前、ミノタウロス・ウルは首を振るい角でナイフを受けとめ、そのままサーニャを吹き飛ばす。
角とぶつかった衝撃でナイフが砕ける。
「(ナイフを酷使し過ぎた……これが正宗だったら……っ!)」
ミノタウロス・ウル追い打ちにと鉄球を振るう。
まずい! このままでは着地と同時に鉄球が当たる!
「(武器がないから【ダッシュナイフ】も【ダッシュブレイド】も使えない、でも一撃なら耐えられるしマリアンヌもいる……でも、痛いのはやだな)」
「サーニャ! これを使え!」
「えっ?」
俺もようやく鉄球の衝撃波から復帰すると、クナイをサーニャ目掛けて投擲する。
「助かるわ。【空刃】――【斬炎万丈】」
空中でクナイをキャッチしたサーニャは即座に炎を発現させ、着地と同時に発射。
鉄球を弾き返す。
「威力は落ちるが盗賊のダガーで俺も復帰するか……ん?」
アイテムボックスから2軍落ちした武器を取り出そうとした所、視界の端に落ちている武器を発見する。
血を吸ったかのように鈍い紅色の刀身を持った刀。
サーニャとダンジョンで出会った時、これを使っていたのを思い出す。
【正宗+25】
レア度S
攻撃力+550
侍が装備時攻撃力補正+100
侍が装備時クリティカル率+50%
鍛冶スキルで強化不可。
使用者が経験値を得た際、正宗も経験値を得る。
「とんでもなく強ぇな……少し借りるぞ!」
刀の扱いには馴れていないが、俺の【短剣術】スキルや肉体が覚えた短剣での立ち回りを考慮してもなお、正宗の攻撃力の方がはるかに強い。
正宗に手を伸ばし、握る。
――その瞬間指先を通して全身を駆け巡る激痛!!
「おっ!? ぐおおおおおおお!? なんじゃこりゃあああああああああ!?」
正宗の説明を読む限り、これはクナイと同じで武器自身が経験値を蓄積して強化されるタイプの武器。
ということはクナイ同様、武器から使用者として相応しくないと判断された場合、逆に武器に肉体を支配される呪いの武器……!?
「うぐううううううううううううう!?!?」
そういう重要なことは鑑定スキルの説明文に載せときやがれえええええええ!!
『嘘!? エドワード! それを早く捨てて!!』
「無理っぽい……腕から離れねぇ……!」
各関節が痺れ、頭蓋が締め付けられるように軋み、眼球の裏側の神経をめちゃくちゃにかき乱されているかのような激痛が走る。
それでも右手の正宗だけは一向に離そうとしない俺の肉体。
視界の端が赤く縁取られ視力はどんどん低下して霞んでくる。
「おごおおおおおおおおおおお!?!?」
やがて完全に真っ暗になり、肉体を動かしているという感覚もなくなる。
肉体が……奪われる……!
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