第36話 サプライズニンジャ理論

「マリアンヌ様、何をなさっておられるのですか!?」


「己の役目を果たしているのです」


「あなた様の役目はここで魔物に殺されることではありませぬ! 早くイヤリングオブムーブメントで脱出を」


 制止を振りほどき魔法を行使したマリアンヌへ、アルティアナはダンジョンの入り口まで転移することが出来るアーティファクトによる脱出を進言する。


「いいえ、わたくしは逃げません。わたくしは小聖女です、ここで民を見捨てて1人だけ逃げ出すことが出来ましょうか。少なくとも、わたくしの命を救って下さった英雄は、こんな危機的状況下であっても、自分だけ助かるという選択をしませんでした。わたくしもそんな立派な聖女になるためにも、ここで逃げる訳にはいかないのです!」


「どうか聞き分けて下さい。あなたはここで死ぬ定めではないのです」


「例え脱出出来たとしても、恐らくダンジョンの出入り口にはお母様の兵が待機していますわ。扉を閉めわたくし達を閉じ込めたのはお母様も部下です。であればアーティファクトで脱出してくる可能性も考慮しているはずです」


「聖女様が小聖女様のお命を狙う!? そのようなことありえません!? 聖女様にどのような意図があるかはあずかり知らぬ所ではありますが、小聖女様がイヤリングオブムーブメントを所持している前提で扉を閉じたのかと思われます。であれば小聖女様だけでも脱出を……!」


「アルティアナ団長! 階層主が来ます!」


「な――――っ!?」


『ブルガアアアアアアアア!!!!』


 部下の声に振り向けば、既に巨体を跳躍させ鉄球を振り下ろそうとしているミノタウロス・ウルの姿がある。


「リフレクト!」


 マリアンヌは障壁魔法を張る。

 障壁が鉄球を一時的に受け止めるも、力及ばず砕け散りマリアンヌ達に降り注ぐ

 アルティアナは障壁魔法によって稼ぐことが出来た刹那の時間を利用し、マリアンヌを抱きしめ盾となった。


「マリアンヌ様、ご無礼仕ります!」


「……アルティアナ?」


 鉄球が直撃して吹き飛ばされるアルティアナと彼女に抱きしめられたマリアンヌ。

 だがアルティアナの献身により、鉄球が本来直撃するはずであったマリアンヌに傷はない。


「アルティアナ……そんな! 今回復魔法を使います!」



HP300/2200



「……マリアンヌ様……わたしのことは構いません……早く、脱出なさって下さい……」


「喋らないで! 血が沢山出てますわ……」


「ふふ……わたしのために、泣いて下さるのですね……こんな、口うるさい、いつもあなたを縛り付けているわたしを……」


 確かにアルティアナは口うるさく頑固者の頭でっかちな石頭で、常に小聖女とはこうあるべきだと厳しくされてきた。

 でも物心付く前から世話役として面倒を見てくれていたし、聖女の務めがあり滅多に母親と顔を合わせないマリアンヌにとって、アルティアナは実の母よりも身近な存在であった。


「オールヒール!」


 マリアンヌは致命傷でさえ瞬時に回復させる高等回復魔法を発動する。

 アルティアナの傷口は塞がったが、それでも彼女が閉じた瞳を開けることはなかった。


「傷が治っているということは、死んではいないはず……」


 アルティアナはミノタウロス・ウルの攻撃が直撃した衝撃と、マリアンヌが無事だった安堵で己の役目を果たしたと判断して気を失っていた。

 小聖女の回復魔法でも、気を失ったものを覚醒させることは出来ない。


「アルティアナ、早く起きてくださいっ! ここにいては危険ですわ!」


 マリアンヌは華奢な腕で気絶したアルティアナを引っ張るが、小聖女の非力な腕力では鎧を着たアルティアナはびくともしない。

 そうこうしている間にも、隻眼のミノタウロス・ウルが鉄球を引きずりながらマリアンヌの前に現れる。


『フゴフゴッ……!』


「ひっ! い、いえっ! 来るなら来なさい! アルティアナには指一本触れさせませんわ!」


 絶体絶命。



■■■



 一方。

 訳も分からず61層に連れていかれたルカ・カインズも窮地に立たされていた。


「いつつ……全身痛いけど、ウチは回復魔法を3回しか使えない。まだ身体は動くから、他の人を回復させるのにとっとかないと……」


 先程の鉄球の直撃こそ免れたものも、その衝撃波で吹き飛ばされた東教区第4教会のシスター達。

 元々レベルが低い彼女達は、余波だけで既に満身創痍の状態となっていた。


 そんなルカの目の前に1匹のミノタウロスが戦斧を携えやってくる。


『ブルガアア!』


「あ……エ、エドさん……助けて」


 咄嗟に声になって漏れたのは、ここにはいない青年の姿。


『ガアアアア!』


 ミノタウロスの斧が――落ちる。


 ルカは死を覚悟し目を瞑る。






 ……。











 …………。










 …………………。









「……。…………あれ?」


 しかしいつまで経っても衝撃が来ない。

 もしかして痛みを感じる暇もなく死んじゃった?

 そんな予測を浮かべながらも、ルカはゆっくりと目を開けた。


「あれ……エドさん……どうして……ここに……?」


 視界に映るのはここにいるはずのない、今さっき助けを求めた青年の姿。

 黒いロングコートを羽織ったルカの親友、エドワード・ノウエンがそこにいた。


 エドワードはルカを抱きとめており、いつも隣で嗅いでいた安心する優しい匂いがルカの精神を落ち着かせた。


「言っただろ」


 エドワードは口を開ける。

 鼓膜にすっと溶け込む、優しい声音で。


「今日は引っ越し祝いでリエラと一緒に夕飯食うから、用事が終わったら迎えに行くって。ほら、こいつら片付けて飯食いに行くぞ」


 彼の足元には、厚い筋肉で覆われていたはずのミノタウロスの首が転がっていた。

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