第35話 教会の裏切り、小聖女の決意
サーニャは刀を構え、大地を踏みしめた。
「【心眼】【パワーブースト】【精神統一】【スピードブースト】――」
サーニャの職業は侍。
侍は戦士と魔術師の複合型上級職であり、戦士としての攻撃力と魔術師としての魔法を兼ね備えている。
そして侍特有のスキルは前衛で戦闘にすることに特化した自己強化魔法を多々習得する。
自身に多数の強化魔法を付与したサーニャは、鋭い視線で階層主を射抜き――跳ぶ。
「――【ダッシュブレイド】」
剣士スキルでもある攻撃スキルを発動。
追い風を受けたかのような超スピードを出したサーニャが、ミノタウロス・ウルへ切りかかる。
――斬!
「堅いっ!」
腿を裂くもその傷は浅い。
空中で身を翻しミノタウロス・ウルと対峙する。
『ブルアアアアアアアア!!』
ミノタウロス・ウルは攻撃してきたサーニャを攻撃対象として定め、鉄球を振るう。
ホビット族の得意とする軽い身のこなしのバックステップで回避。
ミノタウロス・ウルを戦線から遠ざけ、玄室の奥でサーニャとミノタウロス・ウルが孤立する状況を作り出す。
「【空刃】――【斬炎万丈】」
正宗が刀身に炎を纏う。
横薙ぎに振るわれた斬撃は、纏った炎と共にミノタウロス・ウルへ飛来する。
【空刃】と【火属性魔法】を組み合わせた攻撃であり、剣士と魔術師を熟練クラスにまで鍛えた侍だからこそ為せる強力な中距離攻撃である。
『フルグググ……!』
「あまり効いてるようには見えない……かっ!」
【斬炎万丈】を直撃してもなおピンピンとしている階層主は、跳躍しながら腕を振るい、鉄球をサーニャ目掛けて叩きつける。
サーニャの小さな身体に、巨大な影が降り注ぐ。
「【ダッシュブレイド】」
ミノタウロス・ウルの脇を抜けるように斜め上方へ跳躍。
すれ違い様に横腹を撫で斬りにする。
ミノタウロス・ウルの巨体から繰り出される大ざっぱな攻撃は、小柄で速力の高いホビット族にとって相性が良いと言えた。
サーニャは【ダッシュブレイド】を繰り出した後に空中で方向転換。
ミノタウロス・ウルのがら空きの背中へ更なる追撃をかける。
「【空刃】――【疾風刃雷】」
刀身が火花を散らしながら電流を帯び、雷属性を持った斬撃を飛ばす。
『ブルアアアアアアアア!!』
だがミノタウロス・ウルに怯んだ様子は見えず、振り向きざまに横薙ぎに腕を払う。
まだ空中にいるサーニャに鉄球が襲いかかる。
「【残心】」
サーニャの身体が一瞬透け、鉄球が通り過ぎていく。
攻撃後の1秒間、あらゆる攻撃を透過する侍特有のスキルだ。
「ならこれならどう? 【空刃】――【月下氷刃】」
逆風の構えを取り刀身に冷気を纏わせる。
着地と同時に掬い上げるように斬撃を繰り出し、飛翔する斬撃が直撃する。
『ブルガアアアアアアアア!!』
「(嘘……これも効かない……私が使える属性攻撃に弱点はなしか。有効なのは【獣斬り】くらいかしら)」
ミノタウロス・ウルの強靭さに歯噛みする。
「(怯んでないけどダメージは通っている。私と同等の前衛職1人と後衛職が2人いれば時間をかければなんとかなるレベル……教会の石頭を前衛に、小聖女が後衛で回復を担ってくれれば、倒せない相手ではない)」
しかしサーニャの期待とは裏腹に、小聖女騎士団がこちらに手を貸す様子は見えない。
本当に何もせず手柄を横取りして、世代交代が控えている小聖女に箔を付けるために付いてきただけなのだろう。
――とサーニャは何度目になるか分からない悪態をついた。
『ブルガアアアアアアアア!!』
「っ!?」
ミノタウロス・ウルは左右の鉄球を交互に繰り出しており、先程【残心】で右腕と繋がった鉄球を回避したものも、即座に繰り出された左腕と繋がっている鉄球をその身に受けてしまう。
一瞬とはいえ意識が教会の方へ向いてしまったのも原因の1つだろう。
「しま――――うぐっ!?」
鉄球はサーニャの100センチ強の身体を丸ごと包み吹き飛ばす。
そのままサーニャは玄室の奥まで吹き飛ばされ、叩きつけられた壁に蜘蛛の巣を張ったかのような亀裂が走った。
「かはっ!?」
骨と内蔵にまでダメージが届き吐血する。
『団長!? いま回復部隊を送ります!』
「必要ない。あなた達は既にミノタウロスを抑える付けるので手一杯のはず。戦線の奥にいる私の所にまで回復部隊を送るのに何人の前衛職の護衛が必要だと思うの? 指示は私が出す、あなたは戦況の報告のみに集中して」
『ですが団長!』
鉄球がサーニャへ被弾したのを確認した伝令役のサラが念話魔法を飛ばしてくるが、提案を切り捨てる。
――HP3600/5500
「(まだHPは6割くらい残ってる。あと1発は耐えられるはず。もう同じ手は食らわない)」
『ブルグアアアアアア!!!!』
壁にめり込んだサーニャ目掛けて、ミノタウロス・ウルはその巨体に見合う巨大な角を突きだして突進してくる。
「(これは鉄球より重いかも……避けなきゃ)」
『ブルガアアアアアアアア!!!!』
「【ダッシュブレイド】」
クールタイムが終わった【ダッシュブレイド】でもって突進を回避。
一旦距離を取るも、ミノタウロス・ウルは壁に刺さった角を振り払い、抉り出した壁の破片をサーニャに飛ばす。
「ちっ……!」
正宗を振るい破片を斬り伏せる。
だが破片により視界が遮られたのが悪かった。
破片を振り払ったサーニャが見たのは、既に予備動作を終えてこちら目掛けて飛んでくる鉄球であった。
今から回避しても間に合わず、現在札を切ることが出来る回避系のスキルもない。
「な、めるなっ! 【斬鉄剣】!」
――合!
破片を払った返す刀で鉄球を受け止める。
正宗と鉄球の衝突は果たして――
「んが……っ!?」
――衝撃に耐え切れず、正宗はサーニャの手をすっぽ抜け、回転しながら玄室の隅へと飛んでいく。
びりびりとサーニャの小さな手が痺れるも、正宗の方には一切破損が見られないのは流石無数の血を吸い続けた妖刀と言った所か。
『ブルアアアアアアアア!!』
「…………あっ」
ミノタウロス・ウルの右手の鉄球を正宗と引き換えに防いだまでは良かったが、間を置かずに放たれる左手の鉄球がサーニャを捉える。
正宗を失った精神的なダメージに、最初にかけた【精神統一】によるスキルバフが切れたのも原因で、サーニャは放心状態に陥る。
鉄球が迫る。
「(終わった……)」
鈍色の塊が小さな身体を押し潰さんと迫りくる。
「サーニャ様!!」
その刹那。
「……テティーヌ?」
青髪のエルフが桃銀髪のホビットを突き飛ばす。
サーニャの瞳が、スローモーションでテティーヌの顔を捉える。
『ガアアアアアアアアア!!』
テティーヌは主の危機をいち早く察知し、ミノタウロス戦線を抜け出し【ダッシュナイフ】の連続発動に忍者スキル【瞬歩】で即座にサーニャとの距離を縮め、挙句に本来回避に使う【空蝉】による転移を移動のために使いサーニャの元へ駆けつけると、サーニャを鉄球の範囲外へと押し出したのであった。
「嘘……テティーヌ?」
テティーヌはサーニャの代わりに鉄球をその身で食らい、玄室の隅まで吹き飛ばされた。
岩壁に叩きつけられる音に、サーニャのスローモーションの世界は元のスピードを取り戻す。
「どうして……?」
「……サーニャ様……武器を……取ってください……かはっ!」
まだ息はあるが致命傷を負い高等な回復魔法でなければ治療不可能な状態なテティーヌ。
『フガッガッガッガ!!』
ミノタウロス・ウルは自慢の鉄球が直撃したことに満足気に笑い、牛鼻から可視できる鼻息を漏らしながら邪悪に笑う。
『団長! 戦線突破されました! 前線部隊の負傷者6名致命者1名死者1名。現在負傷者の回復をしようにもミノタウロスがいて近づけません。魔法攻撃部隊と回復部隊は損耗0ですが崩れた戦線からミノタウロスが入り込み魔術師部隊が攻撃を受けております。MPポーションには余裕がありますが、前線を維持しきれません!』
伝令係から絶望的な報告を受信する。
「…………報告ご苦労」
戦場を俯瞰する。
正宗は失ったが、今正宗を再び手にすれば、妖刀の精神支配を押さえつけている間に階層主の攻撃を受けてしまうだろう。
副ギルドマスターは致命的な傷を負い自力で自陣へ戻るのは不可能。
ミノタウロス戦線も崩壊。
歴戦の部下が無残にもミノタウロスの集団に蹂躙されている。
挙句の果てにこの状況下でも教会の連中は回復魔法のサポート1つしてこない始末。
サーニャは一度深呼吸をし、指示を出す。
「総員に告げる。作戦は失敗した、撤退する。私がボスを張り付けている間に前衛部隊は戦線を後退。玄室の外にいる補給部隊は動けない者に手を貸してあげて。そしてこれは最重要事項、誰1人仲間を置き去りにしないこと。戦死者は私が教会の連中をはり倒してでも蘇生させる。繰り返す、誰1人置き去りにすることなく総員撤退」
『だ、団長はどうするおつもりですか!?』
「私は最後まで残る。安心して、皆の撤退を確認したらテティーヌを抱えて私も退避する。逃げるだけならテティーヌ抱えながらでも問題ないわ」
『分かりました。ご武運を祈ります』
正宗を鞘に納める際にも一度触れなければならない。
そうなればやはり精神支配から主導権を奪う必要があり大きな隙が出来てしまう。
正宗よりも仲間が重要と判断したサーニャは、まずはテティーヌに攻撃の余波がいかないように場所取りをしながらミノタウロス・ウルの攻撃を回避する。
前言通り攻撃を避けるだけなら大ぶりな攻撃を避けるのは容易い。
玄室の入り口を見れば、外に控えている補給部隊が中に入り負傷者に肩を貸している。
階層主は玄室の外に出ることが出来ない。
このまま全員が退避すれば、また準備を整えて挑むことが出来る。
「(テティーヌ、1人でくたばっちゃダメよ)」
そう、思っていた矢先だった。
サーニャは視界の先にありえない光景を目にした。
「……!?」
「おい! 扉が閉まるぞ!?」
「どうなっているんだ!?」
扉が外側から閉まり、ブラックロータスと教会チームが玄室に閉じ込められる。
負傷者の回収のため、扉の奥に控えていた補給部隊が全員玄室に入った、そのタイミングで閉まる扉。
人為的なものであるのなら、犯人は監督役として聖女聖騎士団から派遣された2人の騎士に他ならない。
「(どういうこと……?)」
小聖女の一団を観察すれば、小聖女聖騎士団の面々も狼狽が見える。
どうやら聖女側と小聖女側で情報を共有出来ていないようだ。
そうでなければ聖女の兵隊が小聖女を玄室内に閉じ込めるはずがない。
「(理由は分からない。でも1つ言えることがあるとすれば……)」
自分達がここから出るためには、階層主を倒さなければならないということだ。
サーニャは頭を切りかえ、各団員へ念話を送る。
「総員に告げる。玄室内に閉じ込められた。外から開く可能性はほぼ0と推測するわ。扉の前まで戦線を後退。なお教会の奴等を戦線内に入れないように。ケツに火がつけば流石の奴等も働くでしょう。でなければ私達はここで全滅するわ」
『りょ、了解!!』
「後退だ!」
「教会の奴等は捨て置いていい! 退け! 扉の前まで後退して陣の密度を上げろ!」
サーニャのやることは変わらない。
教会チームが働いてミノタウロス戦線を2方向から攻めている間、ミノタウロス・ウルのヘイトを自身に向け続ける。
サーニャは懐に差した2本の短剣を逆手で構える。
「正宗ばかり振ってたから久しぶりだけど、実はこっちの方が性に合ってるのよね」
ミノタウロス・ウルが鉄球を振るう。
サーニャは軽い身のこなしで鉄球を回避しながら、階層主の足元で腰を捻りながら飛ぶ。
「【ソードダンス】」
コマのように回転したサーニャが、ミノタウロス・ウルの腕を斬り付け、回転の勢いを緩めることなく手首から肩までを駆けあがるように刻み続ける。
――斬! 斬! 斬!
『フガアアアアアアア!?』
トン――と身長1メートルのホビットが、身長6メートルの魔物の肩に着地する。
「【急所斬り】」
『ブルガアアアアアアアア!?!?』
「っ!?」
短剣がミノタウロス・ウルの右目を貫く!
しかしミノタウロス・ウルは片目を失ったことで断末魔を上げ、顔に張り付いていたサーニャは魔物の咆哮によって25キロにも満たない身体が吹き飛ばされる。
「がっ! ごっ! げっ!?」
――HP2900/5500
6メートルの高所から吹き飛ばされ、地面に叩きつけられるたびにバウンドし、肺の空気が抜けていく。
鼓膜が痺れ、耳鳴りで何も聞こえない上、三半規管も狂い回避行動に移れそうにない。
「(スタン効果付きの咆哮……身体が動かない……ちょっと欲張って突っ込み過ぎたかな……ああ、今度こそ終わった)」
ミノタウロス・ウルは右目をナイフに貫かれたままサーニャを探す。
左目だけで小柄なホビットを探すのに手間取っていたが、ミノタウロス・ウルが横たわるサーニャを発見する――――その直前。
「ホーリーシャイン!」
――閃!
薄暗い玄室内が聖なる光に包まれる。
魔物の目のみを焼く閃光魔法だ。
ミノタウロス・ウルは魔法の発動箇所から背を向けていたので視力を奪われることはなかったが、激昂していたこともあり光の出どころへ身体を向ける。
『ブルググ……!』
ミノタウロス・ウルの視界に映ったのは、黄金の髪を足首まで伸ばしたヒューマンの子供。
「わたくしがお相手致しますわ!」
小聖女マリアンヌがミノタウロス・ウルの注意を引くために閃光魔法を放ったのであった。
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